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第九話 教えて藤原せんせ!

 昨日はまったく酷い目あった。有り得ない。ホント最近おかしいことばっか起きる。

 あいつだ。全部あいつが悪い。空野とのこ。あいつが俺の青春を壊乱させている。

 俺はとある部室の前にいた。何度となく探訪した場所だ。俺の教室から結構距離があるが、今日は比較的迷うこと少なく到達できた。今まで気づかなかったが、よく見るとこの教室にはしっかり『文芸部』と掲げてある。

 十五分ほど廊下で待っていると一人の女の子が、小学生かというくらい遅い速度でとぼとぼとこの教室に向かって歩いてきた。何時間でも何日だって待つつもりだった。

「何の用だ? お前やっぱり文芸部に入りたいんか?」

 開口一番意味が分からないことを口走る少女:【空野とのこ】を俺は待っていた。

「んな訳ねえだろ! これ! どういうことだよ?」

 会うなり空野にスマホの画面を突き付ける。そこには俺のプロフィールが記載されてあり、スキルの項目には【狂肩】の文字がある。

「ふ~ん。狂肩。名前だっせ」

 空野の感想はそれだけだった。

「んなことはどうでもいいんだよ! さて、ここには鬼畜はいない訳だしゆっくり聞かせてもらえるな? 俺の身に何が起きて、何をしたら俺は通常の体に戻れる? 巻き込んだのはあんただろ? 頼むから知ってること全部教えてくれ」

「ってことは、文芸部に入るってこと?」

『この扉鍵がかかってる』『ってことは、閉じ込められたってこと?』みたいな自然な流れで、空野はさらっと文芸部に勧誘してきた。顔は超真面目だ。

「何でそうなる!? 俺は野球部に戻んなきゃいけねえんだよ。」

 話に脈絡がなく、噛み合っていないことに凄まじい憤りを感じる。最近こいつは顔を合わせる度にこれだ。どんだけ部員が欲しいんだよ? だとしたら勧誘下手か?

「なんだよ! じゃあ知らね。それでは。わしはこれからバイトあるから。文芸部に入りたい時はいつでも言って。歓迎する」

 ぴしゃ。空野は文芸部部室に入ってしまい、ドアを閉められた。

(なんなんだよ。あいつ~~~~~!!!!)


何故野球部に戻るために文芸部に入る必要がある!?

 敵は想像以上に手強いようだ。そう簡単に打破できる相手ではない。ここは情報収集し、態勢を整える必要がある。

あいつを知ってるヤツはいないだろうか? 野球部に聞いてみる? ……だめだ。あの非リアの巣窟にそんなこと聞いたら凄まじく面倒なことになる。 ――却下。同じ中学のヤツはどうだ? ……あ、ダメだ。全然交友ねえ。 ……俺って、友達少ねーんだな。ははは。少し死にたくなった。

 教室に戻ると、そこにはまだちらほらと生徒が残っていて、おしゃべりをしたり、勉強したりしていた。だけど、その誰にも俺は気軽に声をかけられない。そう、友達が少ないから。

この中で話しかけられるヤツなんて ……こいつくらいだ。

 その目線の先には見慣れた人物が気怠げにプリントの整理をしていた。机に並べられた紙を重ねてホチキスで閉じていくのだが、端は全然揃っておらず、ホチキスの針の場所はバラバラだ。

「忙しそうですな~藤原せんせ!」

 数少ない話し相手は、俺の方をチラッとみるなり興味なさそうにすぐにプリントに目を戻した。

「なんだよ平助。邪魔しにくんじゃねえよ。これだからニート予備軍と化した帰宅部はよお」

 藤原は野球部退部を少しも気を遣わず、ズカズカと人の心に土足で侵入してきた。

「手伝って欲しいか?」

「ああ。猿の手でも借りたいよ俺は。でもお前に借りを作ると後で怖いからな。遠慮しとく」

「誰が猿だよ! 素直になろうぜ藤原さんよお。こんな心が澄みきった聖少年が手伝ってくれるって言うんだ。素直に好意に甘えたらいいじゃねえか」

「どの口が言う。 ……しょうがねえなあ。聞くだけ聞いてやる」

 藤原は俺に何か裏があることを見抜いているようだ。流石は藤原。話が早い。

「ほらぁ、僕って野球部クビになっちゃった、かわいそうな迷える子羊じゃないですかぁ?」

 俺は精一杯萌え値を上げて目を潤ませる。

「キモいから止めろ。俺には会社クビになって浮浪する中年おっさんにしか見えねえよ」

「誰が中年おっさんだよ! で、ですねぇ。他に何か私目に合う部活かなんかないか考えてるんですよぉ。例えば文芸部とかぁ!? 文芸部とかぁ!? 文芸部とかぁ!? 例えばですよぉ、例えばぁ! どんな部活か少しでも知ってたらぁー。教えてもらいたいなぁ ――みたいなぁ」

「まず、その語尾にちっちゃい母音付けるの止めてくんないか。鳥肌立つわ」

「なんだよ。せっかく人が母性をくすぐる天真爛漫な天使を演じてやってんのに。で、どうなの? 知ってるの? 知らないの? こっちはもう対価(プリント整理を5分手伝った)払っちゃってんだよ。ここで知らないとかなったら事だよ、事! アメリカじゃ詐称モンだからな。舐めんなよアメリカ!」

 藤原がくだらない茶番でも見ているかのような顔で俺を見ている。

「なんで文芸部なんだ? 他に部活なんていっぱいあんだろ? お前の身体能力だったら大抵の運動部でレギュラー狙えるだろ?」

「だよなー。俺すげーし」

 柄にもなく褒められて少し照れる俺。

「あれか! お前根暗か? 実は自宅警備隊所属だったりするか? 3chとかでアイドルとか女子アナ罵って変な優越感に浸っているタチだな。 ……怖っ。 ……引くわー」

 でもそこから真っ逆さまに突き落とされるシステム。

「いいから、なんか知ってることあったら教えろっつーの!」

 あんなに回りくどく攻めていたのに、ここに来て面倒になりド直球だった。始めからそうそればいいのに。つまり俺は暇だったのだ。

「変わってんなお前。まぁいいだろ。何を隠そう俺は文芸部の顧問だからな。まいったぜ。新任教師だからってあんな人気ねえ貧困部活をよぉ」

藤原が文芸部の顧問? すげーラッキーだ。偶然ってあるもんだ。

 藤原により得られた情報によると、文芸部部員は一年の空野とのこのみで、こいつが部長というのは、間違いないらしい。活動はというと、一人でいそいそと小説を書いているのだそうだ。それを、春の新入生歓迎会、秋の文化祭の二回出版して売るのだとか。そういえば、最初空野に部室で会った時もそんな物が置いてあった。しかし、あのドアのことは藤原の口から語られない。

「本書く以外は何もしねえのかその部活は? 例えばどっかに遠足に行くだとか、劇団を立ち上げてRPGの世界を演じるとかよ」

「文芸部だぞ。んなことする訳ねえだろ? 頭大丈夫かお前? ……はーん。さてはとのこ気になってんだろ!? 一緒に遠足行って厨二病設定でいちゃいちゃしたい……と。青春ですなーおい」

「な訳あるか! 俺はあいつには大きな仇がだな――」

「はい、はい。ムキになるところがさらに怪しいな」

「もう面倒くせぇな~。だから違うっつーの。もうどうでもいいからどんなヤツか教えろよ?」

 この際体裁など気にしていられない。藤原にどう思われようが、空野とのこの情報を入手することが最優先だ。

「しゃあねえなあ。なんでも体が弱いらしくてな。登校するのはいつも二限目とかだ。頭はまずまず良いから先生達はそれほど問題視していない。しっかし変わったヤツだよ。授業中いきなり『織田信長がホモって本当ですか?』とか『西行法師が人造人間作ったってやばくないですか?』とか聞いてきたリな」

 容易に想像が付いた。凄くそういうことを言いそうだ。

「まあ変わっていてあんまよく分かんねえヤツだけど仲良くしてやってくれ。お前と似て人見知りで友達いねえみてえだしな。がはははは」

プリント整理が終了するなり、藤原は下品な笑い声を木霊させてそそくさと教室を後にした。

「かぁー。これだから最近の大人は。感謝の気持ちもあったもんじゃねえ」

 もちろん俺だって情報をくれた藤原に対する感謝の気持ちなんて微塵もない。


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