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小学校に伸びる真っ直ぐなこの道は鮮やかな桜で彩られていた。
今年は雨で桜の花びらが散らされることなく、艶やかに人の目を楽しませてくれている。
「パパ、早く!」
ランドセルを背負った透子ははしゃぎながら花びらの舞い落ちる桜並木を駈けている。
小学校の入学式でそんなにはしゃいでるのはお前だけだぞ。ちょっとは緊張しろ。
他の子を見てみろ。みんな不安そうな面持ちで歩いてるじゃねぇか。
おじいちゃんはカメラマンにさせられ、必死に追い掛けながらビデオ撮影をしてくれている。
おばあちゃん二人は何か話ながら笑っていた。どうせ俺の子育て奮闘記を脚色して盛り上がってるんだろう。
牧子、空の上から見てるか? 透子は小学生になったよ。
近頃どんどんお前に似てきている。遺伝子の情報ってそんなに細かいところまで伝えるんだなって驚くくらい。
でも人としてもっとも大切である足の爪の指は俺にどんどん似てきている。だから引き分けだな。
透子をこうやって後ろから見てるとランドセルが一人で歩いているかのように見える。
俺は安いランドセルでいいって言ったのに、透子はいつの間にかおじいちゃんを買い物に連れ出してやたら高級なランドセルを買ってもらっていた。ちゃっかりした奴だ。
おじいちゃんもおじいちゃんで孫には甘い。
透子はおじいちゃんをなんだと思ってるのか、お馬にさせて跨がったり、虫取りの助手にさせたりとやりたい放題だ。
そのおじいちゃん何十人、いや何百人も部下がいるような偉い人なんだぞ?
保育園の友達もみんな同じ小学校だから入学式に向かう途中でグループが出来ている。
透子の隣を歩いている男の子が蓮君だ。透子が将来結婚すると言ってた相手。
比較的大人しくて優しい子で、顔立ちも整っている。でもお父さんは反対だ。特に理由はないけど反対だ。
鞄にはこの街で最初の家族写真が写真が入っている。式が始まったら鞄から出して入学式を見せてやるからな、牧子。
そうそう、今年も無事にあの写真館で家族写真撮影が出来たぞ。今年は人数が増えた。
透子が椅子に座って、その後ろに俺が牧子の遺影を持ち、おじいちゃんとおばあちゃんふたりが立っている写真だ。
予定通りどんどん家族が増えて来る家族写真だが、年寄りが増えてどうする?
仰ぎ見た空に、牧子の姿を探す。こっちからは見えないけど、牧子はきっと見てくれている。
そっちはどうだ?
愉しくやってるか?
透子はしっかり大きくなってるぞ。俺も頑張ってるだろ? 正直大変なことも多いけどな。牧子がいてくれたらって、弱音を吐いちまうこともある。
だけどちゃんと育ててるんだぞ、褒めてくれよな。
透子はお前に似て頭もいい。保育園の先生も驚いていた。
俺みたいな中卒ではすぐに勉強も教えてやれなくなるな。
お前が旅立ってから色んなことがあったよ。
話しきれないほど、いっぱい。
とりあえずお前が逝ってから二週間後に使っても使ってもなくならない魔法のシャンプーが切れた。それ以降はなくなる度に俺が補充をしている。
料理も少しは上達した。はじめは無駄に凝ったものを作ろうとして大惨事にも見舞われたが、今はそれなりに食べられるものを作れる。
『ネット検索で見つけたお洒落な料理は安易に作らない』ということを学んだよ。白ワインとお酢を混ぜても白ワイン酢にならないことも学んだ。
小さい頃は「うちにはなんでママがいないの?」って透子がしょっちゅう訊いてきたのには参った。でもその都度ちゃんと教えてやっている。
「透子のママはお空から透子やパパを見守ってくれているんだよ」って。そしたら透子は飛行機に乗りたいって言うんだ。「お空にいるなら飛行機に乗ると逢える」って。
でも最近は訊いてこないんだ。お母さんが死んだということを理解したんだろうな。
「うちはパパが優しいから嬉しい。あやめちゃん家なんてパパ全然遊んでくれないんだって!」とか言ってくる。そんな時は透子に申し訳なくて、「寂しい思いさせてごめんな」って謝ってぎゅっと抱き締めてしまう。
まあ、悪いのは俺じゃなくてお前なんだけどな、本当は。
と言うわけでなにかと忙しいから、悪いけど俺はまだまだそっちに行けない。
透子を育てなくちゃいけないからな。
透子の初潮でオロオロして、高校はもちろん、大学まで行かせてやらなきゃいけない。
そして透子が彼氏を連れて来たら追い返してやるんだ。でも結局嫁に行かせて、孫まで見てやる。
俺の人生はこれからも大忙しだ。それまで牧子は天国で放置プレイな。
んで、天国に行ったら行ったでお前の知らない透子の話やら、孫を抱いた話とか自慢しまくってやる。先に逝ったお前が悪い!
さすが俺。天国に行ってまで鬼畜だ。
あ、それからお前の人生最後の願い、あれは叶えてやらないからな。
「私が死んでしばらくしたら、再婚して下さい」だっけ?
ウケる。せっかく晴れて独身の自由を手に入れたのに、二度と結婚なんかするか!
お前の人生最後の願いすら叶えてやらない。
やべぇ、俺、マジ鬼畜っ!
〈俺、マジ鬼畜〉 終
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
本小説は他サイトにアップしていたものを大幅に加筆、修正したものです。
私の一番大切な作品です。
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