スピリチュアル・ジャーニー

私に分からないことなんてない

　人生なんて簡単だ。人の悩みなんて、くだらない。私に分からないことなんてない。

　私の名前は遠山梨花(りか)。１７歳。生まれた時から私に分からないことなんてなかった。　５歳で施設に入った私は、周りの子や大人達が些細なことでいがみ合ったり、傷つけ合ったり、悲しんだりしているのを眺めて、アホらしいと、思いながら育った。だって、そんなことするだけ無駄なのだから。

　人生は障害物走と同じ。俺は敷かれたレールの上なんか走りたくない！ なんて言うヤツほどバカ。この世に生まれた時に与えられた最善のレールを素直に進んでりゃあ万事うまくいくものを、悩み苦しんで、勝手にそのレールから落ちてゆく。そもそも、落ちても落ちても越えられなかった障害を避けて通ることはできないし、逃げれば逃げるだけ無限ループにはまってゆく。わかりきったことなのに、人は悩む。でも、私には正しい道がわかる。でも、悩んでいる人がごまんといる。でも、私にはわかる。・・・ほら！ お金の匂いがしてきませんか？ そこで需要と供給が一致して、私は今、アルバイトで個人の占い師をやっています。時給五千円。職場は自宅。カウンセラーなんかより、よっぽど割が良いんだこれが。

　　　　　　　　　　＊

　「こんばんは。今日はどうしましたか？」

　私の占いのスタイルは占星術と数秘術。占星術は、万物が互いに及ぼす影響を星や天体の周期性から読み解き、数秘術は、その仕組みを数と数学によって表す学問だ。

　相談はスカイプのみ。もちろん、顔はベールで隠し、派手なつけ爪をつけて、占い師感を演出している。今日の相談者はずいぶん綺麗な人だ。美人ほど悩み多し、と。

　「あの、彼が……、彼が連絡をくれないんです……」

　まぁ、夜中の３時だもんね、そりゃもう待っても無理なんじゃない？ なんてことは言わない。占いはサービス業。お客様は神様だ。

　「ずっと一人で待ってたんですね。苦しかったでしょう？ もう我慢しなくていいんですよ」

　まずは優しく受け入れる。すると案の定、

　「……うっ、うっ、はい……」

　相談者は百発百中泣き出す。

　この仕事を始めてからわかったことは、人はとりあえず誰かに自分を受け入れて欲しいと願っているということ。だからはじめに、もう気を張らなくて大丈夫ですよ、と、言ってあげることが大切。お金を払ってまで占い師に相談しようとするくらいだ。それはもう水がパンパンに入った風船のような状態で、優しくプスっと針を入れた瞬間、そこはもう大洪水。

　「私、ずっと、ずっと彼のために尽くしてきたんです。うっ……、掃除だって、洗濯だって、好物だっていつも作ってあげてたし、ずっと、ずっと努力してたのに……。最近、とても素っ気なくて、今日は連絡しても、ついに返事がありませんでした……。私、もうどうしたらよいか……うっ……」

　「それでご連絡くださったのですね。えっと、より深く見るために、あなたと彼のお名前と生年月日を教えてください。」

　「私の名前は、橋本貴子です。生年月日は１９８６年５月１５日。彼は、常磐健治、１９８２年４月１４日生まれです。」

　「はい、わかりました。ありがとうございます。」

　星や数は生まれた日と星々の位置から、私たちに正しい生き方を教えてくれる。

　さて、あなたが生まれた時、太陽はどこを通過していただろうか？ 一般的に自分の星座といわれるものは、出生時に太陽がどこの星座の領域を通過していたかで決まる。もし、あなたが水瓶座ならば、あなたが生まれた時、太陽は水瓶座の領域にいたということ。その位置は、その人の性質や意志などを表わす。

　しかし、あなたが生まれた時、地球の周りを回っていた天体は太陽だけではない。月や水星、火星、金星など異なる周期性をもった残り９つの天体の位置も合わせて、相談者の人格、過去・現在・未来を分析していく。

　貴子さんは、牡牛座。支配星は土星。親しみやすくて心が温かく、人を引きつける魅力を持つ。しかし、感受性が豊かすぎて些細なことで傷つくタイプ。健治さんは、牡羊座。支配星は木星。少し短気だけど交友関係も広く、エネルギッシュなリーダータイプ。そして、この二人の星の配置図・ホロスコープを読み解くと……。

　「まず、貴子さん、あなたに言えることは、もっと自分を信じるべきだと言うこと。あなたは、何がそんなに不安なのですか？」

　「……私、自分に自信がないんです……。飛び抜けた才能もないし、美人でもないし。私、彼に必要とされていないと、怖いんです……」

　「貴子さん、あなたの人生の答えは、あなたしか持っていないんです。あなたの価値を決めるのは、あなた自身なんですよ？ 健治さんは、周りの人から大変評価をされていますね。あなたは、評価されている人に評価されること、つまり今回は愛されることが、自分の価値が社会に認められた証になると勘違いしていませんか？ そんな女の人、彼からしたら重たいと思いませんか？」

　「……で、でも、今までは上手くやってきたんです……。だから、もしかして、誰か他に好きな人が出来たんじゃないかって……」

「その可能性も大いにあります」

　パーソナル・イヤーを計算すると、その数字がその人の一年を教えてくれる。計算の仕方は簡単。生年月日の年の部分を知りたい年に置き換え一桁になるまで、すべての数字を足しあげる。今年は２０１６年なので、健治さんの場合は、２＋０＋１＋６＋４＋１＋４＝１８。そしてさらに足し上げ、１＋８＝９となるので、健治さんの２０１６年のパーソナル・イヤーは９となる。

　１は始まりと飛躍、５は変化と変革など、１から９までの数字にそれぞれ意味が与えられている。９は、完結と準備の年を表す数字だ。

　「彼のパーソナル・イヤーは９、大きな仕事をやり遂げる年です。そして、次のステップに進むために、身の回りを見つめ直し、必要のないものをそぎ落とす時期でもあります。彼が求めているのは未来を支え合えるパートナーです。しかし、今のあなたは、彼に寄りかかって生きている。ですから、距離を置かれてしまったんです。貴子さん、あなたが変わらなければ、あなたはこのまま捨てられてしまいますよ。だから……」

　「プツッ」

　スカイプが切られた。

　だから、もっと自分の出した答えを信じるべきです、あなたには、健治さんが愛した、あなたにしかない魅力があるのだから……。

　どうしたらよいですか、と聞いてくる割に、自分に気持ちのいいことを言って欲しいだけの人がたくさんいる。

　「お前っまた！！ お客様は神様だって言ってんだろ？ 何、傷口に塩塗ってやがるんだ。だからお前には友達がいねーんだよっ！」

　突然、耳元のイヤホンから怒鳴り声がした。ジョージだ。別室で、私と相談者の会話を全部聞いている。年齢不詳。たぶん４５くらいのチャラいオヤジ。

　「うっるさいなぁ、仕方ないじゃん！ なんで本当のこと言っちゃいけないの！？」

　ひげ面のジョージは、営業活動や相談者との繋ぎ、経費処理など、利益の８割もせしめて、私の占いビジネスを運営・管理している。趣味の悪いゴツゴツとした金のネックレスをして、ロックンローラーみたいな格好をしているくせに、いちいち細かい。そして残念なことに彼は、私とひとつ屋根の下で暮らす私の保護者（仮）でもある。

　「料金は時間決めなんだよ！ 知ってるだろ？ そんなに早く切られちゃ、俺の営業努力が水の泡じゃねーか！ お前に仕事もってきてやってんのは俺なんだからな？ はい、今回のバイト料没収！」

　「は！？ こんな時間まで女子高生を働かせといて何いってんの！？」

　「お前が学習しねーからだ。俺はな、お前の生活まで面倒見てやってんだ。生活費、食費、光熱費、学費！少しは感謝してほしいね。明日から学校休みだろ？ はい、次！」

　次の相談者は最悪だった。福山真希さん、２００１年８月３０日生まれ。おとめ座。支配星は水星。相談時間は３時間。終わったのは朝の７時だ。人の悪口ばっかりだったけど、ジョージがうるさいから、なだめて、励まして、結局本当のことは言えなかった。「人の価値観を否定して、自分を正当化するのはよくないですよ」って。そういう人達は、私はあなたと違うと言いながら、周りの人が自分と同じ考えではないことが不安なんだ。だから、自分と同じではない人を攻撃する。

＜続く＞