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第124話 谷を追い出したもの

 巨大な岩の脇に作った隙間を抜けた先では、地上から差し込む光が急速に弱まり、数メートルも進まないうちに足元の形さえ目では追いづらくなった。


 エイルは腰袋から小さな魔導灯を取り出したものの、すぐに最大まで明るくせず、足元と前方の岩壁だけを照らせる程度に抑えた。奥にいるものが光へ反応する可能性もあり、自分の位置を遠くから知らせる必要はない。


 淡い白光が広がると、湿気を含んだ岩肌と、その表面へ薄く張り付く青緑色の苔が浮かび上がった。魔導灯の光を受けた暗灰色の髪はところどころ銀色に見え、前髪の隙間から覗く淡い青灰色の目だけが、暗い通路の奥を静かに見据えている。


 整った若い顔立ちと、土埃や乾いた血の跡が残る長衣、さらに使い込まれた長剣を腰へ下げた姿には、まだ16歳の少年らしさと、1人で未知の洞窟へ踏み込んできた冒険者としての落ち着きが不自然なほど同居していた。


 ただし、本人は自分の見た目など意識しておらず、足元へ伝わる微細な振動と、奥から流れてくる魔力の濃淡だけを追っている。


 通路は緩やかに下りながら何度も曲がり、岩盤の割れ目を縫うように続いていた。


 足場には細かな石と古い骨片が混ざっており、ところどころに《鉤爪獣》が爪を掛けた跡も残っている。傷の向きはほとんどが地上側へ向いていたため、ここへ入ろうとしたのではなく、奥から逃げる途中で壁へ爪を立てたものらしい。


 さらに進むと、岩肌へ付着していた青緑色の苔が少しずつ減り、代わりに黒く乾いた膜のようなものが増え始めた。


 エイルは膜へ直接触れず、剣の鞘の先で僅かに持ち上げる。


 薄い。


 皮膚ではない。


 乾いた粘液か、何かが分泌した体液が岩へ広がって固まったものに見える。


 魔力反応も微かに残っている。


「奥のやつのものかな」


 独り言が岩壁へ反響した直後、通路のさらに奥から低い震えが返ってきた。


 耳へ聞こえる音ではなく、胸の奥と足裏へ同時に触れるような振動だった。


 一定の間隔で膨らみ、少し弱まり、再び広がってくる。


 呼吸。


 あるいは鼓動。


 地上で感じた時より明確になっている。


 エイルは《振動感知》を岩盤へ深く通そうとしたが、奥から来る低い振動が何度も反射し、自分が送った感知の波と重なって形を崩した。


 距離も大きさも読みづらい。


 それでも、中心となる反応の周囲に小さな動きが6つほどあり、それらが一定の範囲から離れていないことは分かった。


 群れなのか。


 大きな個体と小さな個体がいるのか。


 あるいは、別種の魔物が周囲へ集まっているのか。


 エイルは断定せず、歩幅を小さくして先へ進んだ。


     ◇


 下り道の終点には、通路の幅からは想像できないほど大きな空洞が広がっていた。


 天井までは30メートル以上あり、左右の岩壁も魔導灯の光が端まで届かない。中央付近には地下水が溜まった浅い池があり、その周囲を囲むように黒い膜が厚く積もっている。


 奥から吹いていた風は、この空洞のさらに向こうにある細い亀裂から流れ込んでいた。


 つまり、古地図へ残されていた「谷の奥から吹く風」は、この地下空洞を経由して別の場所から入っている可能性が高い。


 エイルが最初に見つけたのは、池の手前に散らばる《鉤爪獣》の死骸だった。


 3匹。


 どれも昨日倒した個体より大きく、1匹は前脚の長さだけで人間の背丈に近い。


 しかし、外側に目立った傷はない。


 肋骨と腹部だけが内側へ潰れ、口や鼻から黒い血が流れている。


 先ほど見つけた骨と同じ死に方だった。


 エイルは死骸から少し離れた位置で立ち止まり、《警戒圏》を周囲へ広げた。


 小さな6つの反応が動く。


 池の周囲。


 黒い膜の中。


 何かが身体を起こした。


 最初に見えたのは、丸く膨らんだ半透明の袋だった。


 それは岩に付着した植物の実にも見えたが、内部では濁った液体と細い血管のようなものが動いており、底からは短い脚が4本伸びている。


 同じものが6体。


 大きさは人間の胴ほどしかない。


 それぞれが池の周囲へ張り付き、空洞の中央へ身体を向けていた。


 そして、その中心に。


 巨大なものが伏せている。


 最初は黒い岩塊にしか見えなかった。


 体表が周囲の膜と同じ色で覆われ、輪郭が岩盤へ溶け込んでいる。


 ただし低い振動が広がるたび、岩塊の中央にある巨大な袋状器官が膨らみ、その下から太い4本の脚が僅かに動いた。


 全長は8メートルを超える。


 頭部は扁平で、目らしい器官は見当たらず、代わりに顔の両側へ幾つもの細い裂け目が並んでいる。口は顎の下へ大きく開き、牙よりも、喉の奥にある幾重もの膜が目立っていた。


「これが追い出したのか」


 エイルが声を落とした時、周囲の小型個体が一斉に身体を膨らませた。


 《危機感知》が反応する。


 エイルはすぐ横へ動くのではなく、足元の岩盤へ剣先を軽く触れさせ、《衝界》の経路を自分の周囲へ薄く広げた。


 次の瞬間、6体の袋状器官が同時に収縮し、空気を押し潰すような圧力が空洞全体へ放たれた。


 音そのものは低く、耳を塞ぎたくなるほど大きくはない。


 しかし胸部へ重い衝撃が入り、肺と心臓を内側から握られるような圧迫が生まれた。


 エイルは衝撃を身体だけで受けず、長衣の表面、剣、靴底へ触れた圧力を《衝界》で分散し、肩から背中、腰、脚を通して岩盤へ逃がした。


 それでも完全には消えない。


 喉の奥へ鉄の味が広がり、視界の端が一瞬だけ揺れた。


「空気から中へ来るのか」


 地面を通る衝撃だけではない。


 空気圧と低い音が重なり、身体の外側を広く押しながら、内臓そのものまで振動させている。


 《鉤爪獣》の死骸に外傷が少なかった理由も、これなら説明できる。


 小型個体だけでも、普通の人間が無防備に受ければ立っていられない可能性が高い。


 しかも。


 中央の巨大個体は、まだ動いていない。


     ◇


 6体の小型個体は、最初の圧力波を放ったあとも池から離れず、黒い膜を通して巨大個体の周囲へ並び直した。


 独立した魔物というより、大型個体を守るために配置された幼体か、共生する別種に見える。


 エイルはすぐに斬り込まず、2度目の攻撃が来るまでの間隔を測った。


 袋が膨らむ。


 内部へ魔力が集まる。


 6体のうち、右側の2体だけが先に収縮を始めている。


 同時ではない。


 今度は時間差を作るつもりらしい。


 エイルは魔導灯を腰へ固定し、長剣を両手で構えた。


 最初の2体から圧力が放たれた瞬間、正面へ進むのではなく斜め右へ踏み込み、衝撃の中心から外れながら、受けた力を剣と靴底へ分けて岩盤へ流す。


 その直後、残る4体が別方向から圧力波を重ねてきた。


 1度目を避けた先へ攻撃を置いている。


 魔物なりに相手の移動を読んでいるらしい。


 エイルは途中で歩幅を縮め、予定より手前へ身体を落とすことで2度目の中心を外した。


 それでも圧力の外縁が脇腹へ入り、内側から筋肉を揺らす。


 《自己治癒》がすぐに働き始めたものの、この攻撃を何度も受け続けるのは避けた方がいい。


「先に小さい方かな」


 大型個体が動かないうちに、圧力波を作る6体を減らす。


 ただし、池の周囲には黒い膜が広がっており、足場の性質が分からない。


 エイルは近くの岩へ剣先を当て、《衝界》で小さな震えを送った。


 黒い膜へ振動が入る。


 すぐに吸収される。


 泥のように柔らかいわけではなく、厚い皮膚や弾性のある繊維に近い。


 踏み込めば足を取られる可能性がある。


 ならば、膜のない岩場を繋いで近づく。


 エイルは《近域感知》で使える足場を拾いながら、右側にいる小型個体へ向かった。


 最初の一歩へ《身体強化》を乗せ、次の一歩だけ脚部へ《高密度強化》を重ねる。


 圧縮魔力は使わない。


 今の相手へは、まだ通常の強化で足りる。


 小型個体が袋を膨らませた。


 エイルは正面へ剣を振り上げず、相手が圧力を放つ直前に横へ回り込み、袋の付け根へ刃を滑らせた。


 手応えは柔らかい。


 しかし内部へ入った瞬間、強い弾力が刀身を押し返してくる。


 完全には断てない。


 切り口から濁った液体が噴き、袋が不規則に収縮した。


 次の瞬間、制御を失った圧力が至近距離で破裂する。


 エイルは刀身を傷口へ残したまま、《衝界》で外へ広がろうとする力を剣の方向へ寄せ、そのまま上方へ逃がした。


 白い霧と液体が天井側へ噴き上がり、小型個体は黒い膜の上へ崩れ落ちる。


「袋を切るだけだと危ないな」


 内部に圧縮された空気と魔力が残ったまま破れば、近距離で自分も巻き込まれる。


 次からは、先に圧力を抜く必要がある。


 残る5体が一斉にエイルへ身体を向けた。


 そのうち3体が袋を膨らませ、2体は黒い膜の上を這いながら距離を変えている。


 エイルは最も近い1体へ向かうふりをして、途中で剣先を膜へ当てた。


 《衝界》を細く通す。


 膜は広い衝撃を吸収するが、内部へ繋がる繊維の方向は残っている。


 小型個体の脚から膜へ伝わる振動を逆に辿り、身体の位置と袋の収縮を読む。


 正面の個体が圧力を放つより少し早く、エイルは剣を引き、相手の側面へ回った。


 放たれた圧力波が別の小型個体へ当たる。


 同種の攻撃に耐性はあるらしいが、袋の膨張が一瞬止まった。


 その隙にエイルは長剣の切っ先を袋そのものではなく、下部にある細い管へ差し込んだ。


 魔力と空気を袋へ送っている経路。


 そこだけを断つ。


 袋が急速に萎み、攻撃を作れなくなる。


 続けて脚の付け根へ剣を入れると、小型個体は膜の上へ倒れた。


 残る4体。


 そのうち1体が背後へ回っている。


 《警戒圏》で位置は分かる。


 エイルは振り向かず、足元へ来た圧力を左脚から右脚へ流し、その反力を使って身体を半回転させた。


 現在の剣の位置から、そのまま横へ斬る。


 背後の個体が袋を膨らませたまま近づいていたため、先ほどと同じ管へ刃が入った。


 空気が漏れる音と共に身体が萎む。


 そのまま倒し切ろうとした時。


 中央。


 巨大個体の袋が。


 初めて大きく膨らんだ。


     ◇


 空洞全体の魔力が、一瞬だけ中心へ引き寄せられた。


 小型個体とは比べものにならない。


 巨大個体の胸部から喉へかけて、幾重にも重なった膜が外側へ張り出し、周囲の空気と岩盤の振動を同時に吸い込んでいる。


 エイルの《危機感知》が、これまでより強く反応した。


 その場で受けるべきではない。


 しかし空洞内では完全に射線を外せる場所が少なく、圧力波が全方向へ広がるなら距離を取るだけでも足りない。


 エイルは倒した小型個体から剣を抜き、池の周囲にある大きな岩柱へ向かった。


 《高密度強化》を脚と腰へ重ね、今度は少量の圧縮魔力もふくらはぎへ保持する。


 巨大個体の袋が最大まで膨らむ。


 エイルは最初の踏み込みで圧縮を少し解き、次の一歩で太腿、最後に岩柱の陰へ入る直前だけ腰へ繋げた。


 身体へ強い反動を残さず、通常より速く距離を詰める。


 岩柱の背後へ入った直後、巨大個体から低い咆哮が放たれた。


 音というより、空洞そのものが一度縮んだような圧力だった。


 岩柱の表面が削れ、天井から細かな石が降る。


 遮蔽物の背後にいても衝撃は回り込み、胸と腹へ重く入り込んできた。


 エイルは片手を岩柱へ当て、身体へ触れた圧力を《衝界》で岩へ流すだけでなく、岩柱そのものへ入った振動を周囲の岩盤へ分散させた。


 それでも喉から血が僅かに上がる。


 視界が暗くなる。


 膝が一瞬沈む。


 《自己治癒》が反応し、肺と内臓へ入った細かな損傷を補い始めた。


「これは、何回も受けたくないな」


 巨大個体の一撃だけで、《鉤爪獣》が谷を離れた理由は十分に理解できた。


 小型個体が獲物を弱らせ、大型が広範囲の圧力で仕留める。


 あるいは巨大個体が周囲へ放つ振動に耐えられず、《鉤爪獣》たちが生息域から逃げたのかもしれない。


 問題は、この巨大個体が最近ここへ来たのか、それとも以前から眠っており、崩落や別の原因で目覚めたのかだった。


 そして今は。


 観察だけで帰れる状況ではなくなっている。


 巨大個体は伏せていた身体を持ち上げ、池の中からゆっくり立ち上がった。


 空洞の中央へ溜まっていた水が大きく揺れ、太い4本の脚が黒い膜を踏み潰す。


 目がない代わりに、顔の両側へ並ぶ裂け目が一斉に開き、周囲の音と振動を拾うように細かく震えた。


 こちらの位置を。


 岩越しでも捉えている。


     ◇


 エイルは岩柱の陰からすぐ飛び出さず、相手が何を基準に自分を追っているのかを確かめた。


 魔導灯を外し、足元へ置く。


 光は残る。


 自分は岩柱の反対側へ静かに移動する。


 巨大個体の頭部は灯りへ向かない。


 代わりに、エイルが足を置いた方向へ僅かに動く。


 視覚ではない。


 振動。


 それに加えて、空気の動きも拾っている可能性がある。


 ならば隠れ続けても意味は薄い。


 むしろ、強い振動を別方向へ作れば誘導できるかもしれない。


 エイルは岩柱の左側へ《衝界》を送り、少し離れた岩へ低い衝撃を入れた。


 岩が割れる音と振動が広がる。


 巨大個体の頭部がそちらへ向く。


 前脚が1歩動く。


 通じる。


 エイルは反対側から岩柱を出た。


 残る小型個体3体がすぐ反応し、袋を膨らませる。


 エイルは巨大個体との間へ小型個体が並ぶ位置を選び、あえて足音を強く残して走った。


 巨大個体が振動を追う。


 小型個体も圧力波を放つ。


 エイルは中心を外しながら、1体目の管へ剣を差し込み、袋への供給を断った。


 2体目が横から圧力を重ねるが、エイルは受けた力を剣へ集め、そのまま目の前の小型個体へ叩き返すように刀身を押し込んだ。


 人体内部へ力を通す時とは違い、相手は魔物であり、演習の制限もない。


 それでも狙ったのは身体の中心ではなく、袋を支える外側の器官だった。


 圧力が袋の表面へ集中し、膜が裂ける。


 中身が横へ噴き出し、別の小型個体の動きを止めた。


 最後の1体へ向かおうとした時、巨大個体がエイルの位置を捉え直し、太い前脚を持ち上げた。


 振り下ろし。


 エイルは横へ避ける。


 前脚が黒い膜へ落ち、空洞全体が揺れた。


 ただ踏みつけただけでも、周囲の小石が跳ねるほど重い。


 その脚が地面へ残っている間に、エイルは側面へ入り、長剣を振り下ろした。


 刃が表皮へ入る。


 硬い。


 筋肉だけではなく、皮膚の下に弾力のある層があり、斬撃の力を広く逃がしている。


 通常の一撃では浅い傷しか作れない。


 巨大個体が脚を振り上げる。


 エイルは剣を抜きながら下がり、次の位置を探した。


 頭部。


 脚。


 巨大な袋。


 最も危険なのは圧力波を生む胸部から喉の器官だが、正面へ回れば次の咆哮を近距離で受けることになる。


 まずは動きを制限する。


 後脚。


 関節。


 黒い膜の上では足場が悪い。


 逆に言えば、巨大個体も膜の下にある岩盤へ直接立っているわけではない。


 エイルは相手の後脚が次に下りる場所へ《衝界》を通し、黒い膜の内部へ横方向の揺れを作った。


 膜は衝撃を吸収する。


 しかし、表面の位置まで変わらないわけではない。


 巨大個体が足を置いた瞬間、踏み込む場所が数センチずれ、重い身体が僅かに傾いた。


 その程度では倒れない。


 ただし胸部の袋が正面から外れ、側面が露出する。


 エイルはそこへ向かって走った。


 巨大個体もすぐ姿勢を戻そうとする。


 間に合うか。


 通常の強化だけでは、袋が再び正面へ向く方が僅かに早い。


 なら。


 今朝まで繰り返した流れを。


 もう一段だけ強く使う。


 エイルは脚と腰へ《高密度強化》を重ねながら、ふくらはぎへ保持した圧縮魔力を解き、次に太腿、最後に腰へ繋げた。


 そこで終わらせず。


 初めて。


 肩まで。


 少量だけ通す。


 下半身で生まれた加速へ上半身が遅れないよう、腰から背中、右肩へ圧縮魔力を順番に解いていく。


 全身へ一気に爆発させる形ではない。


 走りと斬撃を1本へ繋げるための連続解放。


 身体の内側へ強い圧力が走る。


 それでも昨日の拳より負担は分散されている。


 巨大個体が頭部を戻し切る前に、エイルは胸部の側面へ入った。


 剣を振りかぶらず、走る勢いをそのまま足、腰、背中、肩、腕へ繋げる。


 長剣が。


 袋の付け根へ。


 深く入った。


 弾力のある外皮が最初は刃を押し返そうとしたものの、圧縮解放で繋がった身体出力と、《高密度強化》を重ねた一撃が抵抗を上回る。


 刀身が半ばまで沈む。


 そこから。


 《衝界》。


 剣が作った切れ目を起点に、外側の膜へ沿って衝撃を広げる。


 内部へ無差別に破壊を通すのではなく、袋を身体へ固定している周縁部だけを断つ。


 巨大な袋が大きく揺れた。


 濁った液体と空気が裂け目から噴き出す。


 巨大個体が初めて。


 空洞全体を震わせるほど大きく身を捩った。


     ◇


 エイルは剣を引き抜きながら後方へ跳び、噴き出した液体を避けた。


 右肩から腕へ鈍い痛みが残り、腰にも重い疲労がある。


 ただし、筋肉が裂けた感覚はない。


 圧縮魔力を1ヶ所で爆発させず、脚から肩まで順番に繋いだことで、威力を保ちながら負担を分けられた。


【《魔力圧縮 Lv.63 → Lv.64》】


【《高密度強化 Lv.42 → Lv.43》】


【複数部位へ連続する圧縮解放の安定性が上昇しました】


【未定着技術の統合が進行しています】


 表示が浮かんだが、戦闘は終わっていない。


 巨大個体は胸部の袋を大きく損傷しながらも倒れず、残る膜を強引に膨らませようとしている。


 しかし空気が切り口から漏れ、先ほどのような圧力を作れない。


 周囲に残っていた最後の小型個体が、巨大個体を守るようにエイルとの間へ入った。


 エイルはその位置関係を見て、一瞬だけ剣を止めた。


 小型個体は逃げない。


 巨大個体も、傷つきながら池の奥へ下がろうとしている。


 親子。


 あるいは巣の中心。


 だからといって、人間の街道付近まで《鉤爪獣》を追い出し、谷の生態を崩している原因を放置できるわけではない。


 巨大個体がここから移動しないとしても、圧力波が周囲へ届き続ける限り、《鉤爪獣》は谷へ戻れず、さらに外側へ広がる可能性が高い。


 エイルは最後の小型個体へ剣を向けた。


 相手が袋を膨らませる。


 ただし攻撃を放つ前に、巨大個体が低い振動を出した。


 命令なのか。


 小型個体の動きが止まる。


 次の瞬間、巨大個体は自ら身体を持ち上げ、空洞のさらに奥にある亀裂へ向かって動き始めた。


 逃げる。


 エイルは追うべきか考えながら、《振動感知》を亀裂の先へ伸ばした。


 通路は狭い。


 巨大個体が無理に身体を押し込めば、周囲の岩盤が崩れる可能性がある。


 さらに奥から吹いてくる風は強く、別の空間へ繋がっている。


 ここで逃がせば、別の谷やさらに西側へ移動するかもしれない。


 しかし損傷した袋では、同じ圧力波をすぐ作れない。


 動きも遅い。


 追跡は可能。


 その判断をしている間に、巨大個体の前脚が亀裂の奥へ入った。


 そこで。


 空洞のさらに深い場所から。


 別の振動が返ってきた。


 巨大個体よりも。


 遅く。


 重い。


 1度。


 岩盤全体が沈む。


 巨大個体が動きを止めた。


 小型個体も袋を萎ませ、黒い膜へ伏せる。


 エイルも剣を構えたまま、亀裂の奥へ意識を向けた。


 今戦っていた巨大個体は。


 この空洞で最も大きな反応ではなかった。


 最初に感知した中心の反応は、目の前の個体だと思っていた。


 違う。


 巨大個体のさらに奥。


 岩盤と風の向こうに。


 もう1つ。


 何かがいる。


 そして、今の振動を受けた巨大個体は、逃げることさえやめて身体を低くしていた。


 《鉤爪獣》を谷から追い出したのが目の前の魔物だったとしても。


 その魔物自身が。


 ここへ留まっていた理由は。


 まだ別にあるのかもしれなかった。


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