↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

111/160

第111話 勝つために離れる

 アルベルトが踏み込んだ瞬間、エイルはこれまでより僅かに早く剣を動かしたが、《身体強化》の出力を上げたわけでも、素の敏捷に任せて先手を取ったわけでもなかった。


 相手の右足が地面を離れるより前に、その姿勢と重心、剣先の位置から次に選べる攻撃を3つほどへ絞り込み、どれが来ても最短距離で対応できる位置へ、あらかじめ刀身を置いただけだった。


 アルベルトの長剣が右上から入り、エイルがそれを受けると、騎士は接触した瞬間にはもう力を抜き、剣を下段へ繋げようとする。しかしエイルも相手の刃を追うように自分の剣を戻さず、最初から次の軌道へ刀身を滑らせていたため、続けて鳴った金属音は1撃目の余韻が消えるより早かった。


「いい」


 短く評価したアルベルトは、そのまま右足をエイルの前足へ寄せる。


 剣による攻撃ではなく、足を踏ませて動きを止めるつもりだと気づいたエイルは、踏まれる前に半歩だけ位置を変え、その移動を横薙ぎへ繋げた。


 アルベルトが長剣で受ける。


 そこで今度はエイルが接触直前に力を抜き、防御へ合わせていた剣先を僅かに落としたことで騎士の刀身が上へ浮き、その下へ胴を狙う軌道が生まれる。


 しかし、アルベルトは腰を引くだけで届かない位置へ逃れた。


 以前のエイルなら、自分の敏捷と膂力を使ってそのまま追ったかもしれないが、今回は足を止める。


「追わないのか」


「追ったら、右から返されそうなので」


「なら試してみるか」


 本当に右から剣が返ってきたため、エイルはそれを受けながら僅かに笑った。


「それ、少し前にも見ました」


「そうか。なら次からは変える」


 アルベルトが平然と答え、そこから数合が続いた。


 エイルは明らかに以前ほど押されなくなっているが、それは単純に《剣術》の数値が上がったからでも、アルベルトとの基礎能力差によって押し切れるようになったからでもない。


 同じ技能Lvへ達すれば同じ技量になるわけではなく、技能として蓄積された扱いの精度とは別に、何十年も人間と武器を交えてきた者だけが持つ経験が存在する。


 アルベルトは、怯えた人間が踏みやすい足、疲労した相手が選びやすい防御、囲まれた者が無意識に視線を送る方向、武器を弾かれた人間が咄嗟に何を掴もうとするかまで知っている。


 そうしたものは筋力1187や敏捷1461という数値の中には表れない。


 だからこそ、基礎能力ではエイルが上でも、剣を交えればまだ学ぶものがいくらでもあった。


 その事実が、エイルには面白かった。


     ◇


 中央拠点の北側では白陣営が再び防御線を整えつつあり、ハルドが遠距離射撃へ戻ったことで青側は簡単に前へ出られなくなっていた。


 さらに赤陣営は第11席を中心に南側へ戦力を寄せながら、青と白が再び消耗する瞬間を待っているようで、中央旗へ無理に突っ込む気配がない。


 エイルはアルベルトの剣を受け流しながら、その動きを《振動感知》で拾っていた。


「赤、待ってますね」


「当然だろう。青と白がここで潰し合えば、最後に残った側へ入ればいい」


「じゃあ白も一回下がった方がいいんじゃないですか?」


「君が味方なら検討した」


「今は駄目ですか」


「駄目だ」


 答えと同時に剣が来たため、エイルは受けながら中央旗ではなく、その西側へ感知を伸ばした。


 青陣営が8人ほど。


 白側も同程度。


 大きな戦力はいない。


 さらにその奥には中央拠点の西門があり、白が主に使っている北東側とは逆方向に位置しているため、現在はほとんど誰も通っていなかった。


 正面から旗を取り合う必要はない。


 西へ回り込み、白の防御線を後ろから揺さぶればいい。


「ガルムさん!」


 第9席がすぐにこちらを見る。


「西門、かなり空いてます!」


 ガルムはほんの一瞬だけ視線を西へ送り、状況を確認すると迷わなかった。


「軽装8、西へ回れ! 旗へ突っ込むな、北の盾列を後ろから押せ!」


 青兵たちが即座に動き出す。


 その間にもアルベルトの剣がエイルの肩へ迫ったため、エイルは刀身で受けたが、そこで新しい考えが浮かんだ。


 西へ向かう8人だけでは、白が防御へ回した戦力に止められる可能性がある。


 なら、自分も行った方が早い。


「……僕も西へ行こうかな」


「何?」


 エイルが今までより大きく剣を振り、アルベルトが受け流すために身体を僅かに開いた瞬間、自分から刀身を引いた。


 追撃しない。


 向きを変える。


 西。


「待て」


 アルベルトがすぐ追うものの、エイルは《身体強化》を脚へ寄せ、踏み込みの反力を《衝界》で後方へ流すことで一気に距離を開いた。


 直線速度で競えば、基礎敏捷も含めてエイル側に分がある。


「逃げるのか!」


 北側からハルドの声まで飛んできた。


 続いて矢が2本。


 エイルは走ったまま振り返らず、《近域感知》へ入った位置だけを頼りに1本を剣の背で弾き、もう1本は僅かに進路をずらして避けた。


「逃げてません!」


「じゃあ何だ!」


「勝ちに行きます!」


 その言葉を聞いたアルベルトが、追撃の速度を少しだけ緩めた。


 意図を理解したらしい。


     ◇


 数分前までのエイルなら、アルベルトとの戦闘をそのまま続けていたかもしれない。


 《剣術 Lv.78》。


 今の自分にとって、これ以上ないほど良い相手であり、実際に剣を交えるほど《剣術》は異常な速度で伸びている。


 もっと見たい。


 もっと戦いたい。


 そう思っていること自体は否定できない。


 それでも、今行っているのは剣術訓練ではなく、青、赤、白の3陣営が勝敗を競う実戦形式の演習だった。


 自分がアルベルトと戦い続けることより、西側の戦力差を崩す方が青陣営の勝利へ大きく繋がるなら、そちらを選ぶべきだ。


 強い相手が目の前にいるから戦うのではなく、必要がなくなれば離れる。


 また機会があれば戦えばいい。


 そう切り替えた瞬間、エイル自身の中でも何かが整理されたような感覚があった。


     ◇


 西へ向かうエイルの前には先行した青兵8人が走っていたが、そのさらに前方では白の軽装兵5人が西門を塞ぐために移動している。


「エイル!」


 青兵の1人が振り返る。


「前に白が5人いる!」


「見えてます!」


「どうする!」


 エイルは速度を落とさず、相手の構成を感知と目で確認した。


 剣士2人。


 槍兵2人。


 中央に盾1人。


 後続の反応はない。


 5人全員を倒す必要はない。


 通れる道だけ作ればいい。


「そのまま走ってください!」


「そのまま!?」


「僕が開けます!」


 白兵もこちらへ気づき、中央の盾を前へ出しながら左右の槍を構えた。


 簡単な形ではあるものの、狭い西門へ入ろうとする相手を止めるには十分な陣形だった。


 エイルは正面から速度を落とさず入る。


「止めろ!」


 左右から槍が伸びたため、最初の穂先を剣で外し、2本目は身体を僅かに傾けるだけで避けると、真正面から盾兵がぶつかってきた。


 エイルは盾を破壊しない。


 身体へ《衝界》も通さない。


 剣の腹を盾面へ触れさせ、その表面全体へ力を広げながら横方向へ押し流す。


 ただでさえ高い膂力へ《身体強化》まで加わっているため、盾兵は踏ん張ったものの止め切れず、2歩ほど右へずらされた。


 道が開く。


 そこへ白の剣士が飛び込んできたが、エイルは相手の身体ではなく長剣の根元へ自分の刀身を当て、振り始めた軌道そのものを外側へ逃がす。


 反対側からもう1人。


 エイルはその剣を受けると、そこで自分の刀身を止めず、最初の剣士が武器を戻そうとしていた場所へそのまま繋げた。


 白兵2人の剣が互いにぶつかる。


「なっ!」


「今です!」


 エイルが抜けた場所へ、後ろから来た青兵8人が一気に突っ込んだ。


 白兵たちはすぐ追撃へ移ろうとしたが、その進路へエイルが《震圧》を細く走らせる。


 人体へ当てず、踏み込む直前の地面だけを横へ揺らすと、追撃側の足が一斉に止まった。


「先に行ってください!」


「お前は!?」


「すぐ追います!」


 青兵たちは迷ったものの、目の前に開いた機会を逃さず西門を抜けていく。


 エイルは5人を倒し切ることに拘らず、追えない程度に陣形を崩したところで自分もすぐ後を追った。


 必要な仕事だけして、次へ行く。


 それでいい。


     ◇


 演習区域外の本部監視所では、エイルの反応が中央から西へ急激に移動したことで、記録担当たちが戦況盤へ視線を集めていた。


「クライゼン副長との交戦が切れました」


「戦闘不能か?」


「違います。エイル側が自主離脱、西門へ向かっています」


「逃げた?」


「青の軽装8名も同方向です」


 軍評価官が西側の配置を見て、すぐに首を振った。


「逃走ではない。白の北側防御線を後ろから崩すつもりだ」


 そこへ別の担当が報告する。


「西門前、白5名と接触しました」


「足止めされるか」


「……突破」


「5人倒した?」


「いえ、戦闘不能判定は双方0です。陣形だけ開き、青8名を通過させています。追撃へ入った白側には地形干渉を1回、本人もすぐ西へ移動しました」


 評価官が数秒黙ったあと、僅かに眉を寄せる。


「前より厄介になったな」


「厄介?」


「本人が目の前の敵を全部倒そうとしなくなった」


 その意味を理解した軍人も、戦況盤を見る。


 戦闘力が高い人間でも、現れた敵を全員倒すことへ拘れば、その時間だけは1ヶ所へ留めておける。


 しかしエイルは、今や必要な道を開け、追撃を止め、味方を通した時点で戦闘を切り上げている。


 必要な場所だけへ現れ。


 必要な分だけ手を出し。


 次の場所へ消える。


「敵からしたら、捕まえづらいな」


「しかも放っておけば別地点へ手を出します」


「……嫌な遊撃が出来上がってきた」


     ◇


 西門を抜けた先で先行する青兵8人が速度を落としたのは、白の北側防御線の裏手まで残り100メートルほどへ近づいたところだった。


 前方には白兵12人。


 正面から戦えば青側が不利。


 ただし白兵のほとんどは中央旗側を向いており、青本隊と赤陣営を警戒しているため、こちらへはまだ完全に対応していない。


「後ろ取れたぞ……」


 青兵の1人が息を整えながら言う。


「でも12人いる。正面も白の盾だらけだし、ここで止められたら回った意味が薄い」


「エイル、どうする?」


 自然に自分へ判断を求められたため、エイルは僅かに驚いた。


「僕ですか?」


「お前がここまで道開けてきただろ!」


「西へ回るのはガルムさんの指示ですよ」


「ここからどう崩すかまでは聞こえてねえ!」


 確かにそうだった。


 エイルは前方の12人、そのさらに向こうにある盾列と中央旗、青本隊、赤側の位置、ハルドの射線、そして後方からこちらへ追ってくるアルベルトまでまとめて拾う。


 あまり時間はない。


「僕が先に入ります」


「また1人で?」


「でも、倒し切る必要はありません」


「じゃあ何する?」


 エイルは前方の白兵へ視線を向けた。


「全員、こっち向かせます。その間に皆さんは横から抜けて、盾列の後ろへ入ってください」


 青兵たちは数秒だけ黙った。


「……お前1人で12人引きつけるのか?」


「少しだけなら」


「お前の『少し』、だんだん信用できなくなってきたな」


 それでも反対する者はいなかった。


     ◇


 エイルが1人で近づくと、白兵たちはすぐにこちらへ気づいた。


「後ろ!」


「青だ、9人!」


「違う、先頭……《地鳴り》だ!」


 名前ではなく異名で呼ばれたことに、エイルは僅かに眉を寄せたものの、訂正している暇はない。


 12人全員がこちらへ向き直る。


 その時点で目的の半分は達成していた。


 最初の槍が来る。


 エイルは穂先を剣で流す。


 続いて剣。


 身体を僅かにずらすだけで避ける。


 正面から盾が押し込まれてきたため、一度は純粋な膂力で受け止めたものの、押し返して相手を吹き飛ばすのではなく、触れたまま自分が横へ位置を変えることで盾兵の身体と視線を中央から外へ向けさせた。


 左右から剣士2人。


 《身体強化》を維持したまま、その攻撃の間へ滑り込む。


 片方の剣を流した軌道から、もう一方の槍へ自分の刀身を繋げる。


 人間そのものを斬る必要はない。


 武器。


 位置。


 視線。


 足場。


 それだけを変える。


 エイルが12人の中心近くへ入ったことで、白兵は完全にこちらへ意識を向けた。


「囲め!」


「前へ出すぎるな、速いぞ!」


「盾を寄せろ!」


 その瞬間。


「今です!」


 後方で待っていた青兵8人が一斉に走った。


 エイルの横を抜け、白の北防御線へ向かう。


「抜けた!」


「追え!」


 白兵が反転しようとしたため、エイルはその間へ《震圧》を走らせた。


 低い地鳴りとともに地面が僅かに盛り上がり、追撃側の足が一瞬止まる。


 その1秒で十分だった。


 青兵たちはもう盾列の背後へ近づいている。


     ◇


「後ろだ!」


 白の北防御線に混乱が走った。


 正面にはガルム率いる青本隊。


 側面には赤。


 そして背後へ青8人。


 ハルドが即座に反応し、長弓を引く。


「《連環射(チェイン・ボルト)》!」


 青兵の進路へ矢を置き、魔力線で足止めするつもりだ。


 しかし1本目が地面へ刺さる前に、エイルの剣が横から入った。


 金属音。


 矢が落ちる。


 2本目も。


 白兵12人の間から抜けたエイルが青兵を追いながら弾き落とす。


「またお前か!」


 ハルドの声が飛ぶ。


「すみません!」


「謝るなら落とすな!」


 3本目。


 これは距離がある。


 剣では間に合わない。


 なら刺さったあと。


 エイルは《魔力感知》で魔力網の接続点を拾い、地面を通して《衝界》を送った。


 矢が僅かに傾く。


 次の矢との魔力線が繋がらない。


 《連環射》は成立しなかった。


「……本当に嫌な相手だな!」


 ハルドが叫んでいるが、エイルはもう前を見ている。


 青兵8人の先に白の盾列。


 その正面からはガルム。


 挟める。


「ガルムさん!」


 第9席はエイルたちの位置を見ると、一瞬で意味を理解した。


「押せ!」


 巨大な戦斧が振られる。


 正面から盾列が大きく揺れ、白兵たちが踏ん張ろうとする。


 そこへ背後から青の8人。


 盾兵の何人かが振り返る。


 防御が割れる。


 エイルはその瞬間、中央へ《衝界》を送り、盾兵同士の身体ではなく、踏ん張るために使っている足元の隙間3ヶ所だけを短く揺らした。


 ドン、と低い地鳴りが連続する。


 わずかに重心が崩れる。


「今だ!」


 青側が一斉に入った。


     ◇


 白の北防御線が割れたことで、中央旗へ向かう道が1本だけ開いた。


 完全崩壊には遠いが、青兵が流れ込めるようになれば状況は大きく変わる。


 当然赤も動き始めるため、戦場は一気に混戦へ戻っていく。


 その中へエイルも戻った。


 そして正面から。


 アルベルト。


「やるな」


「追いつきましたね」


「追ったからな」


 再び剣が重なる。


 数分しか離れていない。


 それでもエイル自身の感覚は、アルベルトから離れる前とは少し違っていた。


 12人の白兵を同時に相手し、剣、槍、盾を別々に処理し、その間に青兵を通し、さらにハルドの矢まで落とした。


 そこで得たものが、全部剣へ残っている。


 アルベルトの右からの斬撃を受ける。


 次は左。


 最初からそこへ置く。


 騎士が軌道を変える。


 突き。


 エイルは身体を外す。


 そこから反撃。


 以前より短い。


 アルベルトが受ける。


 エイルは刀身同士が触れた瞬間に押し合わず、その表面を滑らせて手元へ狙いを変えた。


 騎士が引く。


 その引き先。


 今までなら右が濃い。


 しかし。


「左」


 エイルは小さく呟く。


 アルベルトが左へ動いた。


 エイルの剣もそこへ入る。


 金属音。


 騎士は防いだ。


 ただし、ほんの僅かに。


 以前より遅かった。


「……また変わったな」


「人が多かったので」


「普通、その理由で剣が上手くはならん」


 アルベルトが苦笑する。


【《剣術 Lv.73 → Lv.74》】


 表示は浮かんだが、エイルはほとんど意識を向けなかった。


 数字よりも、さっきまで届かなかった剣へ少し近づいた感覚の方が大きかった。


     ◇


 そして戦場のあちこちでも、ようやく別々だった情報が繋がり始めていた。


「……あれ、さっき西にいたよな?」


 白兵の1人が呟く。


「俺ら12人のところに突っ込んできた奴だ」


「その前、中央で第11席と戦ってなかったか?」


「第7席の矢落としてたのもあいつだぞ」


「レオンとやってたA級も同じ奴だろ?」


「南西で地鳴りが出たって話は?」


「それも《地鳴り》らしい」


 演習が進むほど、それぞれの場所でエイルを見ていた人間たちの話が重なっていく。


 S級レオンと長く戦っていた少年。


 第11席の魔術を止めた剣士。


 第7席の矢を次々に落としたA級。


 《剣術 Lv.78》の王国騎士と斬り合う16歳。


 中央全体へ地面越しの援護を送り、600メートル以上離れた南西の別働隊まで助けた《地鳴り》。


 西へ走ったと思えば12人を1人で引きつけ、その直後には中央へ戻っている。


 全部。


 同じ人間だった。


「……あいつ、いつ休んでるんだ?」


 誰かが呟いたが、答えられる者はいなかった。


     ◇


 本部監視所では、その異常さがもっと分かりやすい形で記録されていた。


「エイル・アーネット、再び中央へ復帰。クライゼン副長との交戦再開」


「西側は?」


「青8名の突破成功。白北防御線の崩壊へ直接関与」


「その直前は?」


「白12名を単独で引きつけています。ただし戦闘不能判定は双方0」


「南西別働隊」


「2名とも帰投経路へ入りました」


「第7席からの射撃迎撃は?」


「継続。西移動中にも《連環射》を妨害」


 軍評価官が記録票を見る。


 すでに余白の大半が埋まっていた。


「交戦開始から、本人の休止時間は?」


 担当者が記録を追う。


「……ほぼありません。レオン戦以降、移動時間を除けば常に近接戦闘、射撃迎撃、索敵、支援、地形干渉のいずれかを行っています」


 部屋が静かになる。


 能力値。


 技能Lv。


 1対1の強さ。


 そういった数字だけを見れば、比較はできる。


 しかし、今のエイルの異常さはそこだけでは説明できない。


 どれほど長く戦場へ関与し続けられるか。


 何ヶ所へ同時に手を伸ばせるか。


 自分が戦いながら、味方の仕事量まで増やせるか。


 その尺度で見れば。


 明らかに普通ではない。


「孤軍奮闘という言葉とも少し違うな」


 騎士団側の評価官が言った。


「本人だけで全部倒しているわけではない。むしろ味方を使い始めている」


 軍評価官が頷く。


「だから厄介なんだ。1人で戦う怪物なら、そいつ1人を止めればいい。あれは止めても、別の場所へ仕事を残す」


 戦況盤では、中央、西、南西に同じ人物から伸びた記録線が残っている。


「今のあいつ、実質何人分だ?」


 誰もすぐには答えなかった。


     ◇


 中央へ戻ったエイル自身には、そこまで大げさなことをしている自覚がなかった。


 目の前にはアルベルト。


 《剣術 Lv.78》。


 能力値では自分が上回る項目が多い。


 それでも技量では、まだ相手から学ぶものがある。


 だから剣を交える。


 同時に、周囲で助けが必要なら手を出す。


 全部を自分で倒す必要がないなら、味方へ任せる。


 その程度の感覚だった。


 アルベルトが数合のあと、一度距離を取る。


「君、この演習が始まってからどれくらい戦った?」


「時間ですか?」


「人数でも構わない」


 エイルは少し考えた。


 レオン。


 第11席。


 アルベルト。


 ハルド。


 兵士。


 盾列。


 矢。


 遠隔援護。


 正確には分からない。


「覚えてません」


「だろうな」


 アルベルトが周囲を見る。


「私はかなり長く君の近くにいるから分かる。君、ほとんど休んでいないぞ」


「まだ大丈夫です」


「体力の話ではない」


 アルベルトは首を振った。


「君自身が、この状況を普通だと思い始めていることを言っている」


 エイルは黙った。


「少し周囲を見ろ」


 言われて。


 見る。


 青兵。


 こちらを見ている。


 白も。


 赤側にも。


 戦闘の合間に、妙に多くの視線がエイルへ集まっていた。


「君は今、私と戦っている。その前は第11席、その前はS級のレオンだ。その間に第7席の射撃を何本も落とし、中央の兵士を援護し、南西の別働隊を助け、西へ走って12人を引きつけて、またここへ戻ってきた」


 1つずつ並べられると。


 少し多い気がする。


「僕、そんなにやってました?」


「自覚がないのが一番怖いな」


 アルベルトが珍しく、本気で呆れた顔をした。


     ◇


 そこへ青兵の報告が飛んでくる。


「第9席! 東側、押し返しました!」


「前へ出すぎるな、旗の周囲を固めろ!」


「了解!」


 さらに別方向から。


「南西別働2名、生存確認! 帰投経路へ入りました!」


 ガルムの視線がエイルへ向いた。


「お前か」


「少しだけです」


「少しで600メートル以上先の追撃止めるな」


「地面が柔らかかったのでやりやすかったです」


「そういう話をしてない」


 遠くから第11席まで声を上げる。


「第9席、そいつ中央から南西まで殴ってましたよ!」


「人は殴ってません!」


「地面をだ!」


「なら……まあ」


「納得するな!」


 青側から少し笑いが起きた。


 緊張の続く演習の中では珍しい空気だったが、その笑いに混じっているのは親しみだけではない。


 驚き。


 警戒。


 そしてようやく共有され始めた認識。


 エイル・アーネットという16歳のA級冒険者は、単純に1対1で強いだけではない。


 戦場へ置いた時。


 存在している場所の数がおかしい。


     ◇


 大きな鐘が鳴った。


 終了ではない。


 時間経過を知らせる鐘。


「残り30分!」


 各陣営で声が上がる。


 エイルはアルベルトの剣を受けながら、その数字に少し驚いた。


「まだ30分あるんですね」


 アルベルトが一瞬だけ剣を止めかけた。


「君、今の感想それか」


「思ったより長いなって」


「普通は疲労を心配するところだ」


「疲れてはいますけど、まだ動けます」


 実際、身体に疲労がないわけではない。


 魔力もかなり使っている。


 腕には矢や剣を受け続けた細かな痺れが残り、《身体強化》を長時間維持している負担も積み重なっている。


 それでも。


 まだ戦える。


 まだ学べる。


 そして。


 《高密度強化》は。


 ここまで一度も使っていない。


 それを知っているのは、今のところエイル本人と、戦いの途中で気づいたレオンくらいだった。


 アルベルトが再び長剣を構える。


 エイルも剣先を上げた。


 今度はただ目の前の相手へ勝つためではなく、残り30分で青陣営を勝たせるために。


 戦場全体を見ながら、必要な場所へ必要な分だけ手を伸ばす。


 その上で。


 目の前の《剣術 Lv.78》からも。


 まだ盗めるものは全部盗むつもりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。