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異世界特戦群  作者: 猿渡銀部
第三章 交錯する思惑
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第50話 神聖剣域

「……何だ、あれは」

誰かが呟いた。


王都の上空に浮かぶ、巨大な白銀の竜。

月明かりを受けた鱗は白銀に輝き、広げられた両翼は王都の一角を覆い隠すほどの大きさを誇っていた。


その姿を前に、戦場の至る所で兵士たちが動きを止めていた。


「……竜?」

「おい、嘘だろ……」

帝国兵たちの間に動揺が広がっていく。

魔物が存在する世界とはいえ、これほど巨大な竜を目撃したことのある者は、ほとんどいない。


それは、松岡も同じだった。


「……何なんだよ、あれは」


思わず言葉が漏れる。

しかし、すぐに視線を地上へ戻した。


白銀の光を纏ったエリシアが立っている。

その背後には倒れたレフィルと、彼女を抱き留めるフェリナの姿がある。


(……あの女が、何かしたのか?)


国が滅ぶ時すら何もできなかった亡国の元王女。

松岡が見た最後の姿は虚ろな目をした姿だ。

その時の面影はない。

ただ、力強い目をこちらに向けている。

そして、その元王女を中心に戦況が一変しようとしていた。


「エリシア……?」

神崎もまた、目の前の光景を理解出来ずにいた。


帝国に捕らえられ、自分の身を守ることさえ出来なかった王女。

そんな彼女が、今は白銀の光を纏っている。


「一体、何が起きているんだ……?」


「分からない……」

ガルフも呆然と呟いた。


その時、上空のエルヴァリオンがゆっくりと翼を動かした。


巨大な身体が静かに降下を始める。


翼が生み出す風圧によって王都を覆っていた黒煙が押し流され、周囲の建物が軋みを上げた。


そして、エリシアの背後へと降り立つ。


ズゥンッ!!

巨体が降り立ち、大地が震える。


「……エルヴァリオン」


ガルフがその名を口にする。

記憶の片隅に残る、エルフ王族に伝わる伝承。

昼間は突然の事で思い出せなかったが、今は違う。


神話の時代、女神に仕えた白竜の存在だ。


『我が主《あるじ》よ』


低い声がその場にいる全員に響いた。

それは耳から聞こえる声ではない。

直接、意識へ語りかけてくるような不思議な感覚だった。


『貴方様の望みを』


エリシアはゆっくりと顔を上げた。


「……はい」


自分でも分からない。


何故? こんな力が自分に宿っているのか。

何故? あの白竜が自分を主と呼ぶのか。


それでも、不思議と恐怖はなかった。


エリシアは胸元に手を当てる。


身体の奥から、温かな何かが溢れ出していた。


自然と言葉が浮かんでくる。


一度も聞いたことがないはずの言葉。


それなのに、ずっと以前から知っていたような感覚。

エリシアは静かに右手を掲げた。


「我が声に応えよ、神代に眠りし白銀の刃」


その瞬間、夜空に一つの光が生まれた。


「……な、なんだ?」

悠真が目を細める。


その光は次第に形を変えていく。

細長く伸び、先端が鋭く尖る。


「光《ひかり》の剣……?」

リゼルが呟いた。


それは一振りの剣だ。

だが、それだけでは終わらない。


「千の刃よ、時を越え、万の輝きとなりて天を覆え」


エリシアの詠唱が続く。


その光は増殖するように次々と現れる。

そして、その剣は形を変えていく。


長剣、槍、戦斧、巨大な戦槌。


見たこともない形状の武具までもが、次々と夜空へ姿を現していく。


「……何だ、これは」


松岡は眉をひそめた。


魔法によって武器を生成する。


それ自体は珍しいことではない。


八雲も似たような能力を持っている。


しかし、目の前で起きている現象は明らかに規模が違った。


それでも増加は止まらない。


やがて、数えることさえ不可能なほどの武具が、帝国兵たちの頭上を埋め尽くし始めた。


月明かりを遮るほどの白銀の武具。


その異様な光景に、帝国兵たちは言葉を失っていた。


「ん?……待て」


その一方で、ガルフは上空を見つめたまま動きを止めていた。


無数に浮かぶ武具。


その中の一振りに、見覚えがあった。


細身の刀身。

独特な形状の鍔。

そして、柄頭に埋め込まれた深緑色の宝石。


「……馬鹿な」


思わず声が漏れる。

見間違えるはずがなかった。


幼い頃から何度も目にしてきた剣だった。


「あれは……我が国の宝剣ではないか!」


「宝剣?」

悠真がガルフに振り返った。


「あの剣は、神代の時代からエルフ王家に代々受け継がれてきたものだ!」


ガルフは夜空に浮かぶ一振りの剣を指差す。


「今も王宮の宝物殿に厳重に保管されている! それにあの剣は……刃先が欠けていたはず!!」


「……は?」


悠真は再び空を見上げた。

ガルフが指差した剣は、欠けているはずの刃先まで完全な形を保っていた。


「……本物なのか?」

悠真は呟く。


「分からん! だが、あの鍔の形状……それに柄頭の宝石。見間違えるはずがない!」

ガルフの表情には、困惑と驚愕が入り混じっていた。


神代から受け継がれ、王家の象徴として大切に保管されてきた宝剣。


その姿が、今、数え切れないほどの武具の一つとして夜空に浮かんでいる。


「……一体、エリシア様は何を……」


ガルフはエリシアへ視線を向けた。


しかし、当の本人は何も答えない。

ただ静かに詠唱を続けていた。


「我が意志の下に集い、立ちはだかる災厄を退けよ!」


その言葉と同時に。


夜空に浮かんでいた無数の武具が、一斉に向きを変える。


剣先が、槍の穂先が、戦斧の刃が。

全て帝国軍へ向けられていた。


「……っ!」


松岡の背筋に悪寒が走った。

(まずい……!)


直感だった。

あれを完成させてはならない。


「八雲!!」

松岡が叫んだ。


「今すぐあの女を殺せ!!」

その命令に、八雲が反応した。


先ほど吹き飛ばされた場所から立ち上がる。

右手に握られていた長剣を構え、地面を蹴る。

石畳が砕け散り、八雲の身体が一直線にエリシアへ迫った。


「エリシア!!」

神崎が叫ぶ。

悠真も咄嗟にライフルを向けるが、八雲の動きが速すぎる。


リゼルも剣を構えた。

しかし、間に合わない。


エリシアは八雲を見ていなかった。


その瞬間。


夜空を埋め尽くす神代の武具が、一斉に白銀の輝きを放った。


しかし、八雲は止まらない。


長剣を振り上げ、エリシアへと斬り掛かる。


「くそっ!」


悠真がライフルを向ける。

だが、射線上にはエリシアがいる。


撃てない。


八雲の刃がエリシアへ迫った、その刹那。


ガァァンッ!!

凄まじい金属音が戦場へ響き渡った。


「なっ!?」


八雲の長剣が止まっていた。

いや、受け止められていた。


エリシアの前に差し出された、巨大な白銀の翼によって。


エルヴァリオンだった。


『……無礼な』

白竜の蒼銀色の瞳が、八雲を見据える。


『我が主に刃を向けるとは』


八雲は即座に後退する。

その右手が光を放ち、長剣が槍へと姿を変えた。


そして、再び地面を蹴る。


槍の穂先が白竜の翼へ突き出された。


ギィンッ!!


鋭い金属音。

しかし、貫けない。


白銀の鱗には、傷一つついていなかった。


「……嘘だろ」

悠真が呟いた。


リゼルやフェリナを圧倒していた八雲。


その攻撃を、エルヴァリオンはほとんど動くことなく受け止めている。


八雲は槍を引き戻そうとした。


しかし、それよりも早く白竜の翼が動いた。


巨大な翼が八雲を横から打ち払う。


ドォンッ!!


八雲の身体が吹き飛んだ。


石畳へ叩きつけられ、何度も転がる。

それでも立ち上がろうとする八雲。

だが、その目に輝きはない。


その姿を見たエルヴァリオンは、静かに瞳を細める。


『……なるほど』

エルヴァリオンは八雲を見つめる。

それ以上、何も言わない。


そして大きく口を開け、咆哮にも似た声が辺りに響き渡る。

エルヴァリオンが叫んだ。


それと同時に八雲はその場に力無く倒れ込んだ。


その背後では、エリシアが静かに帝国軍へ視線を向けていた。


そして、掲げていた右手を振り下ろす。


「――神聖剣域(ディヴィナ・グラディウス)!!」


その言葉と共に最初の一振りが、夜空を切り裂いた。

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