第46話 守護樹の沈黙
前王の肖像画が飾られた部屋。 長い机に椅子がいくつも並べられている。
「……まず、魔力許容量から説明しよう」ガルフはそう言うと、椅子へ深く腰掛けた。
部屋の中には重い沈黙が流れている。
レフィルの話。 王の話。
そして、ヴェルグラード王国そのものの話。
それら全てを理解するには、まずエルフという種族を知らなければならない。
「人間には分かりづらいかもしれないが……魔力許容量というのは、簡単に言えば器の大きさだ」
「グラスに水を入れれば段々と水が溜まり、グラスの限界を超えれば……水は溢れ出す。それと同じだ。それが魔力許容量だ」
「ま、待ってくれ……先程からガルフ殿の話を聞いていたが、魔力許容量? 魔力保有量ではないのか?」リゼルがガルフに尋ねる。
「魔力とは身体の中で作られるものではない。使う時に周囲から集めて使うんだ」
「私は魔法を使えない。それは魔力がないからだと思っていた……だが、違うのか?」リゼルは驚きを隠せないでいる。
人間の常識とエルフの常識には差異があるらしい。
「そうだ……魔法を使えない人間は、魔力許容量を知らないか、極端に魔力許容量が少ない者だけだ」
ガルフは話を続ける。
「俺たちエルフには周囲に霧散している魔力を知覚出来る」
神崎と悠真は話についていけていない。
だが、リゼルは違った。
今まで自分が信じていた常識が間違っていた。 その事実に驚いている。
「リゼルは魔導具を使った事はあるか?」
リゼルは「ああ」と短く頷く。
「何故、魔法が使えないのに魔導具は使える? 考えた事はあるか?」
ガルフの問いに、リゼルは言葉に詰まる。
確かに考えた事がなかった。
魔法は使えない。 だが、魔導具は問題なく扱える。
それを当たり前だと思っていた。
「魔導具は周囲の魔力を吸い上げて動いている」
「つまり、リゼルにも魔力は流れている。ただ、その器が小さすぎて魔法として扱えないだけだ」
そう言うと、ガルフは悠真とエリシアへ視線を向けた。
「だが、例外もある……悠真、お前だ」
悠真は黙ったままガルフを見つめる。
ガルフは真剣な表情で続けた。
「お前の力を見た時から気になっていた」
「あの黒い靄は魔力じゃない」部屋の空気が少し張り詰めた。
「流れを見ていたが、周囲から集めている訳ではない」
「まるで悠真自身の中から溢れ出しているようだった」
ガルフは悠真を見据える。
「あれは……何なんだ?」
そして、一息吐く。
「エリシアもだ」
ガルフは今度はエリシアへ視線を向けた。
「白い遺跡で白竜を消した……あの魔術陣を俺は知らない」
「魔力の流れから感じたのは、通常の魔術ではないという事だ……」
ガルフの言葉にエリシアは黙り込む。
エリシア自身も記憶が曖昧で、どうやって発動したのか覚えていなかった。
そして悠真は自身の手を見る。
女神から与えられた力。
これが、この世界の理に背いている。
自分でも理解出来ていなかった。
「ガルフ……俺の黒い靄は、女神から与えられた力だ」
ガルフはその言葉に顔をしかめる。
「ああ、連邦で確かに女神様から与えられたと聞いた」
「だが、前にも言ったが……それは与えられた“力”というより……“呪い”に近い何かだ……」
その言葉に悠真は眉をひそめる。
「エルフにも過去に女神様から力を授かった者は数人いる」
「もう生きてはいないがな」
神崎が顔を上げた。
「待て……エルフにもいたのか?」
ガルフは頷く。
「伝承でしか残っていない。実際に見た事はないが……皆、一様に白銀の光を纏っていたらしい」
そう言うとガルフはエリシアを見る。
「エリシア王女、遺跡で使った魔術は白銀の光を帯びていた……伝承の通りだ」
部屋の中が静まり返る。誰も口を開かない。
ガルフはゆっくりと続けた。その声は重かった。
「あの遺跡で起きた事は、私たちが知る魔術では説明がつかない、だとすれば――」
ガルフが次の話しを始めようとした瞬間、ガルフの屋敷が揺れた。
地鳴りのような揺れに加え、何がぶつかるような轟音が夜のヴェルグラード王国王城に響く。
1回だけではない、何回も聞こえてくる。
その度に地面が揺れ、轟音が夜空へ響き渡る。
ガルフの表情が強張っている。
その瞬間、悠真と神崎が部屋を飛び出す。
「どこにいく!?」ガルフの声に構わず、悠真と神崎は屋敷の外に出た。
そしてヴェルグラード王城の門前まで到着し、そこから街を見下ろす。
ヒュウゥゥ――。
夜空を裂くような飛翔音。
次の瞬間。
ドォォンッ!!
地面を揺るがす爆発が王都の一角で炸裂した。
神崎と悠真は目を細くする。
遅れてきたガルフたちは、王城の門から見える景色に絶句する。
緑と一帯になっている街では所々で火の手が上がり、街道、家屋、広場。
至る所に巨大な穴が出来ている。
「ガルフ様!」
「なんだ……これは!?」
「わ、わかりません……ですが、王都の広場に大きな穴が……」ガルフに駆け寄ってきた兵士の声は震えていた。
「グラムだ……」
神崎の声にガルフが反応する。
「神崎……お前が見たと言う、帝国の新兵器か!?」
「ああ……」神崎がそう力なく呟く。
「実戦投入出来るように仕上げてきたんだ……」
「お前は言っていたな? 新兵器には問題があると」ガルフの問いに神崎は頷く。
「座標……位置を割り出す方法だ……」
「一体、どうやって?」神崎の背筋を冷たいものが走った。
境界の樹海は突破されていない。
それなのに砲撃は正確だった。
帝国軍は――どうやって座標を割り出した?
だが、考えている間にもグラムの砲撃は続いている。
先ずは、街の人間の救援をしなければと神崎はガルフに伝えた。
ガルフは言葉を止めた。
そして、何かを思い出したように顔を上げる。
「守護樹だ!」
「何?」神崎が問いかける。
「守護樹の真下に地下へ繋がる避難路がある! そこなら――!」
「私は……レフィル様の元へ向かう、人間たち! ガルフ殿を頼むぞ!!」
そういうと、フェリナは王城に向けて走り出した。
「フェリナ! レフィルを頼む!」
「俺たちも街へ行くぞ!」
ガルフがそう言うと、悠真たちは門の外に向けて走り出した。
◆
街に出ると、辺りには火が燃え広がっている。
聞こえてくるのは街の人の悲鳴と兵士たちの怒号だ。
「こっちだ!」
「一体……なんなの!?」
「うぁーん」
燃える街の中でガルフは大きな守護樹を見上げる。
「……何故」
「守護樹の守りが機能していない……」ガルフが小さく疑問を漏らす。
そして、王城へ視線を向ける。
「レフィル……」
そう、呟くとガルフは拳を強く握り締めた。
ヒュウゥゥ――。
夜空を裂く飛翔音。
直後、王都の別の場所で爆発が起きる。
また一つ、王都に火柱が上がっていた。
この時はまだ誰も知らない。
帝国軍が、境界の樹海を攻略する方法を見つけていた事を。




