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異世界特戦群  作者: 猿渡銀部
第二章 歪みの始まり―壊れた仲間―
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第27話 連れていく覚悟

帝国城塞、その離れにある塔。

外界から切り離されたような静寂の中、ひとつの部屋だけが息をしていた。


広い室内。過剰な装飾はないが、王族を迎えるための質だけは保たれている。


その中央。

1人の少女が、静かに座っていた。


エリシア・ライラルフ。


柔らかな金髪は長く、美しく整えられている。窓から差し込む光を受け、淡く輝いていた。


瞳は淡い碧――青緑に近い色。だが今は、その奥にあったはずの光が、ほとんど消えている。

虚ろだった。


焦点が合っていない。何も映していないような目。

ただ、そこに座っているだけだった。


――コン、と。


扉がノックされる。


反応はない。


数秒の間を置いて、扉が静かに開いた。


迷彩服の男が入ってくる。

足音を殺しながら、室内へ踏み入る。


その手には、小さな花束があった。

どこにでも咲いていそうな、ありふれた花。

だが、この場所には不釣り合いなほど“外”の匂いを持っている。


男はゆっくりと歩み寄り、エリシアの横にある机へそれを置いた。

花瓶に差し、水を整える。


無駄のない動き。だが、どこか慎重だった。


そして、少女へ視線を向ける。

「……綺麗な花を見つけた」


わずかに間を置く。

「王女さんに、似合うと思ってな」

返答はない。


エリシアは微動だにしない。

視線も動かない。


男はその様子を見つめ、わずかに眉を寄せた。

(……このままじゃ、長くない)


心の中で短く結論を出す。

身体的な衰弱ではない。精神の摩耗。

それが、明らかだった。


そのとき――

扉が、再び開いた。


重く、無遠慮な動き。足音。


迷彩服の男が、もう1人。

入ってきた瞬間、空気がわずかに変わる。


男は視線だけを動かし、室内を一瞥する。

そして、花瓶の前に立つ男を見た。


「……神崎」

低く呼ぶ。


呼ばれた男――神崎祐司かんざきゆうじが振り向く。


一瞬の遅れもなく姿勢を正し、鋭く敬礼。


「……隊長!」


松岡はその敬礼を受け流すように、わずかに顎を引いた。

視線はエリシアへ向いたまま。


「……何をしている」


短い問い。

責めるでもない。だが、温度のない声だった。

松岡はその場から動かない。


視線だけが、エリシアから神崎へと移る。

神崎は一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いた。


「……隊長、謁見はどうでした」


話題を変える。意図的に。


松岡はそれを理解していた。

だが、追及はしない。


「終わった」


短く答える。


「次の戦だが、正規軍が増える」

神崎の眉がわずかに動く。


「……どれくらいです」


「倍だ」


一拍。

「俺たちの指揮下に入る」

神崎は小さく息を吐く。


驚きはない。だが、納得もしていない。

松岡は続ける。

「それと――」

わずかな間。


「5人目が来た」

神崎は視線を外したまま、軽く返す。


「……そうですか」

興味がない。その一言で十分だった。

松岡はその反応を気にした様子もなく、視線をエリシアへ戻す。


しばらく、無言。


そして、口を開く。

「……あまり肩入れするな」

静かな声。だが、明確な線引きだった。


神崎の動きが止まる。ゆっくりと振り向く。

「……何ですか、それ」


声が低くなる。

松岡は答えない。ただ、エリシアを見たまま続ける。


「そいつは“必要な存在”だ」


「それ以上でも、それ以下でもない」

神崎の眉間に皺が寄る。


「……必要、ですか」

一歩、近づく。


「人ですよ」

押し殺した声。


「この子は、ただの“道具”じゃない」


松岡はようやく視線を向けた。

「同じだ」


即答。

「俺たちもな」


神崎の目が揺れる。言葉を失う。

松岡は続ける。


「使われる側か、使う側かの違いでしかない」

「ただ、それだけだ」


淡々とした声。そこに迷いはない。


神崎は歯を噛み締める。


「……あんた、変わりましたよ」

吐き出すように言う。

「ここに来る前は、そんなこと言う人じゃなかった」


一歩、さらに踏み込む。


「仲間を“道具”扱いするような人じゃなかった」


空気が張り詰める。


だが、松岡の表情は変わらない。

「……そうか」

短い返答。それだけだった。


神崎の拳が、わずかに震える。


「……くそ」


小さく吐き捨てる。

視線を逸らし、エリシアを見る。


その瞳は、やはり何も映していない。


神崎はゆっくりと息を吐いた。

松岡はもう何も言わない。


ただ静かに、その場に立っていた。

「……隊長」


松岡は答えない。


神崎は一瞬だけ言葉を探す。


その前に――

松岡が先に言った。


「王国で、あいつを見た」

空気が止まる。


「榊原悠真だ」


神崎の喉が鳴る。

「……生きてたんですか」


「少なくとも、俺の前には立った」

沈黙。


「……仮に」

「殺したとしたら、どうする」


神崎の表情が変わる。

「元仲間ですよ?」


松岡は、その言葉を受けても変わらない。

「……だから何だ」


一言。

神崎の目が揺れる。

松岡は続ける。


「ここは戦場だ」

揺らがない声。

「立ちはだかるなら敵だ」


一拍。

「それが、誰であろうとな」


神崎の拳が震える。

「……っ」


松岡は動かない。

「元仲間だろうと関係ない」

静かに断言する。


「それだけだ」


――そのとき。

神崎と松岡の会話の最中。

エリシアの指が、わずかに動いた。

誰にも気付かれないほどの微かな動き。


だが、その視線だけは――


ほんの一瞬だけ、松岡を捉えていた。

憎しみでも、恐怖でもない。


ただ、そこにあったのは――

“理解しようとする目”


次の瞬間。

その光は、再び消える。

エリシアの瞳は元の虚ろへと戻り、何も映さなくなる。


神崎は何も言わなかった。

握った拳の震えだけが、かろうじて感情を示している。


視線の先にいるのは、かつての隊長。

だが――


そこに、あの頃の姿はなかった。

あの戦場で、誰よりも前に立ち、誰よりも後ろを見ていた男。


無茶をしながらも、最後には必ず全員を引き上げていた背中。


その面影は、もうどこにもない。

(……別人だ)


胸の奥で、冷たいものが広がる。

自分が4人目の勇者としてこの世界に呼び出されてから、ひと月。


たったそれだけの時間で――

目の前の男は、完全に変わってしまった。


人情味はない。


躊躇もない。


感情の揺らぎすら、見えない。

ただ、合理だけで動く存在。


(……まるで)


言葉にならない。

だが、頭の中でははっきりと形になる。

機械だ。


感情を削ぎ落とされ、目的のためだけに動く何か。


そんなものと、会話している錯覚すら覚える。

神崎はゆっくりと息を吐いた。


――そして


松岡に背を向ける。

視線が、エリシアへ落ちた。

虚ろなまま座る少女。

(……ここに置いておけば、死ぬ)


理解している。確実に。


このままなら、遠くないうちに壊れる。

それでも――


今は、動けない。

だが。


(……連れていく)

声には出さない。


だが、その決意だけは確かにあった。

神崎は視線を逸らす。


それ以上、この場に意味はなかった。

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