第25話 夜を越えて
馬車は走り続けていた。夜の闇を切り裂くように、蹄の音が響く。荷台は激しく揺れ、木板が軋む音が途切れない。
その中で、悠真は歯を食いしばっていた。
(……まだ来る)
背後。追手の気配が消えない。
悠真は右手に意識を集中する。黒い球体を生み出す。形を作る。銃へ――だが。
「……くそ」
輪郭が崩れる。形にならない。靄のようにほどけて消える。魔力が足りない。何度やっても同じだった。
悠真は息を吐き、懐に手を入れる。取り出したのは、ひとつの金属塊――手榴弾。
(これが最後だ)
一瞬だけ目を閉じる。
「ガリフ!」
御者台へ声を飛ばす。
「なんだ!」
「今から後ろに投げる。爆音が来る、驚くな!」
「――は?」
理解が追いついていない声。だが説明している時間はない。
悠真は安全ピンを抜く。一拍。そして――振りかぶり、後方へ投げた。
数秒の静寂。
次の瞬間、爆音が夜を裂いた。衝撃が空気を叩き、遅れて爆風が馬車を揺らす。馬が大きくいななき、ガリフが必死に手綱を抑える。
爆風の余韻が、しばらく空気を震わせていた。
「なんだ今のはッ!?」
振り返る。
爆心地は抉れ、地面が黒く焼け焦げていた。巻き上げられた土と煙がまだ揺らいでいる。追手の姿は原形を留めていない。吹き飛ばされた破片が、ばらばらに散っていた。
一撃で、終わっていた。
荷台の騎士が息を呑む。
「……なんだ……今のは……」
掠れた声。目の前で起きたものが理解できない。剣でも、魔法でもない。見たことのない殺し方だった。
(……これが、あの男の力か……)
背筋に冷たいものが走る。だが同時に。
(……助かった)
その事実だけが、確かに残る。
悠真は小さく息を吐く。
こめかみの奥が鈍く痛む。意識を保つだけで精一杯だった。
「……これで終わりだ」
ぽつりと呟く。
ガリフが振り返る。目に警戒と驚きが混じっている。
「……とんでもねぇ魔道具だな」
悠真は短く答える。
「最後の一つだ」
それ以上は何も言わない。
そのとき、ふと足元にわずかな重みを感じた。
視線を落とす。
人の姿のフェンが、悠真の足に頭を乗せていた。かすかに指が動く。迷彩服の裾を、弱く、だが確かに掴んでいる。
ゆっくりと、目が開く。
「……主……」
掠れた声。
悠真は静かに答える。
「大丈夫だ。俺はここにいる」
フェンはゆっくりと悠真を見上げる。その瞳がわずかに揺れる。安堵が滲む。
やがて、力が抜ける。
そのまま、再び目を閉じた。
呼吸は穏やかだった。
眠ったのを確認し、悠真はそっと支える位置を整える。
しばらくして、ガリフがぽつりと口を開く。
「……王女様は、無事なんだろうな」
その言葉に、リゼルの肩がびくりと震えた。
「――っ」
顔が上がる。焦点が合っていない。
「王女殿下……エリシア様……!」
呼吸が乱れる。声が掠れる。
「違う……違う……私は……守れなかった……!」
錯乱。身体が暴れようとする。
悠真はすぐに押さえ込む。
「リゼル!」
肩を掴む。逃がさない。
「落ち着け」
低く、強く言う。
「……終わってない。まだ終わってない」
その言葉を繰り返す。
数秒。
やがて、リゼルの力が抜けた。崩れるように沈む。
「……すまない……」
かすれた声。
悠真は何も言わない。ただ支える。
ガリフはそれ以上何も言わなかった。代わりに懐から小さな包みを取り出す。
「……これを使え」
差し出す。
「ノクティスの雫だ。眠れる。悪夢も見ねぇ」
悠真は受け取り、リゼルへ飲ませる。
しばらくして、呼吸がゆっくりと整っていく。目が閉じる。眠りに落ちた。
その横で、騎士の一人がもう一人の脚に布を巻いていた。応急処置だ。完全には治らない。だが、生かすための最低限。
夜は続く。馬車は止まらない。
やがて、空が白み始める。夜が終わる。
長い逃走の果て。
視界の先に国境線が見えた。
「……抜けるぞ」
ガリフが低く呟く。
馬が最後の力で駆ける。そして――越えた。
王国の外へ。
朝日が昇る。
その先は、レグナルト連邦。中立を掲げる国。
馬車はそのまま走り続ける。
止まらない。止まれない。
だが――
生き延びた。
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