第21話 越えられない差――元隊長
「武器は使うな」
松岡が言った。
森の中、わずかに開けた空間。周囲では金属音と咆哮が交錯している。リゼルが剣を振るい、フェンが牙を剥き、騎士たちが必死に食い下がる。だが、そのどれもがこちらに届くことはない。完全に分断されている。
松岡は両手を下げたまま、無造作に立っていた。
「お前の全部を見せろ、榊原。銃も、剣もいらん。どうせ当たらん」
挑発だった。悠真は一瞬だけ黙る。そして――銃を消した。拳を握る。
「……上等だ」
低く言う。地面を蹴る。踏み込み、最短距離、迷いのない一撃。だが届かない。松岡の身体が、わずかにずれる。それだけで軌道が外れる。
「遅い」
その一言と同時に、拳が腹に突き刺さる。衝撃。内側を抉られるような痛み。呼吸が一瞬で奪われる。悠真の身体が折れる。だが止まらない。無理やり身体を起こし、もう一撃。打つ。外される。流される。次の瞬間、視界が反転する。投げられた。背中から叩きつけられ、肺の空気が吐き出される。
「が……っ!」
息が入らない。立てない。だが無理やり起き上がる、踏み込む、打つ、崩される、繰り返し。
何度も、何度も、何度も。そのすべてが同じ結末に終わる。
「その踏み込み、重心が前に流れてる。腕の振りが大きい。だから読まれる。力に頼りすぎだ。だから止められる」
悠真の渾身の一撃が、片手で止められる。
「っ……!」
そのまま腕を捻られ、膝が腹に入る。衝撃。視界が白く弾ける。膝がつく。
「お前の動きは全部知ってる。当たり前だろ。教えたのは俺だ!」
悠真の呼吸が荒くなる。拳が震える。それでも立ち上がる。構える。だが距離が違う。速さが違う。精度が違う。まるで大人と子供だった。
「……どうした。それが全てか?」
悠真は歯を食いしばる。答えない。
「まだあるだろ。女神から貰った力。使え。それで届かないなら、諦めもつくだろ」
完全に見透かされている。悠真は息を吐く。震える手を上げる。黒い球体が掌に現れる。圧縮された力。それを解放する。銃が形成される。照準を合わせる。引き金を引く。
発射。
だが届かない。松岡の手前で、弾が消える。霧のように。
「……は?」
もう一発。撃つ。また消える。
三発、四発、五発。すべて同じ。松岡に届く前に霧散する。
「なんだ、それは……」
悠真の声が掠れる。松岡は動かない。避けてもいない。ただ立っているだけ。それだけで弾が消える。
「その程度か?」
静かに言う。悠真はまた歯を食いしばる。撃つ。撃つ。撃つ。何発も、何発も、何発も。だが一発たりとも届かない。弾はすべて松岡の前で消える。無意味。完全な無力。
引き金を引く指が止まる。呼吸が乱れる。理解してしまう。
(……勝てない)
力でも、技でも、手段でも、何一つ届かない。銃が消える。悠真の腕が下がる。
松岡が一歩踏み出す。
「それでいい。理解したか」
悠真は何も言わない。ただ立っている。震えながら。それでも倒れずに。
松岡はその姿を見て、わずかに目を細める。「……まだ折れてないか」
一歩、距離を詰める。悠真は拳を握る。震えている。それでも構える。
松岡は、ゆっくりと腕を上げた。終わらせるための動き。――その直前、「……最後だ」と低く言う。悠真の目を、まっすぐ見据える。
「まだ選べる。こっちに来い、榊原。今なら間に合う。無駄に死ぬ必要はない。守れなかった過去に、これ以上縛られるな。奪う側に来い」
沈黙が落ちる。悠真の拳が震える。呼吸が荒い。だが――ゆっくりと顔を上げる。その目は、揺れていなかった。
「……断る」
短く、はっきりと。
松岡は、ほんのわずかに目を細めた。「……そうか」
その瞬間、空気が変わる。完全に“敵”としての目になる。
「なら――終わりだ」
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