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053 新たな王へ


ーーその頃、アンダルシア王国。


ゼノンは、海が一望できる自室のバルコニーに立っていた。

彼の頭上を、銀色の蝶が舞っている。


蝶の視界は、今まさに帝都で起きている出来事を映し出していた。

ヴェルディア帝国の皇帝の執務室。

皇帝と皇后、そして、テオドールと藍。


皇帝の態度と、違和感。

ゼノンは静かに目を閉じた。


「……間違いない」


低く呟く。

これはーーあの時と同じだ。


「……俺としたことが……迂闊だったな」


魅了は、ただ――

最も大切な存在を、霧で覆う。

そして、その場所に別の存在を置く。


本人は、自分の意思で選んでいると思い込む。

だからこそ、異常に気づかない。


前世では、魔女が堂々と力を振るっていたが、今世では違う。

魔女の血は絶えたとされ、魔女の存在自体が歴史から消えている。


だから、ゼノンも油断していた。

その異常に、蝶を通じてようやく気づいた。


ゼノンは、手にした手紙に視線を落とす。

テオドールへ宛てたものだった。


「……今度こそ……必ず守ってみせる」


この知らせが届く頃には、ヴェルディア帝国内はさらに混乱しているかもしれない。

それでも、早く伝えなければならない。

一刻も早くーー。


彼は口笛を鳴らした。


暗闇を切り裂くように、一羽の美しい大きな白い鳥が舞い降りる。

王家専用に育てられた、長距離飛行に耐える鳥だ。

ゼノンは手紙を小さな筒に収め、鳥の脚へしっかりと固定した。


「いつも悪いな。頼むぞ、ローエン」


鳥は一声鳴き、迷いなく夜空へ飛び立った。


これで知らせは届く。あとは――俺が動くだけだ。

その時、背後に足音がした。


「殿下」


「レイセルか」


「はい」


レイセルは静かに歩み寄る。


「ヴェルディアの皇后陛下に、何かあったのですね?」


「ヴェルディア帝国の宮廷内で、異変が起きているんだ。俺が行かなくてはならない」


レイセルはそれ以上聞かなかった。


「今すぐ、ヴェルディアへ向かう」と、ゼノンは続ける。


レイセルの眉がわずかに動く。


「最速で、ですよね」


「ああ。可能な限り早く。ヴェルディアまで、最速でどのくらいかかるだろうか?」


レイセルは計算するように視線を落とす。


「通常なら、殿下もご存知の通り、馬で丘を越え、海路を使うので、会わせて六日ほどですが――」


レイセルはパッと顔を上げる。


「今すぐ準備に取りかかれば、最短で五日ーーいや、四日でつけるかと。足の速い馬をご用意いたします。夜明け前に出発いたしましょう」


「ああ。頼むぞ」


レイセルは小さく息を吐いた。


「……本当に彼の方のためとはいえ、無茶ばかりなさいますね殿下は」


だが、口調はどこか嬉しそうだった。

ゼノンはわずかに笑う。


「いつも悪いな」


「今さらですよ」


「護衛は最低限のものだけで整えますが、よろしいですか?」


「それでいい」


「では、夜明け前にお迎えに参ります」


そう言い残し、足音は遠ざかった。

静寂が戻り、ゼノンは強く拳を握った。


――早く彼女のもとに行きたい。

心の中で、ただそれだけを繰り返す。


そして彼は、もう一つ行かなければならない場所へと向かった。


***


ーーアンダルシア国王の執務室。


王は灯りの下、書簡に目を通している。

扉の前で、護衛の騎士が王に声をかける。


「国王陛下、王子殿下がお越しです」


「通してくれ」


ゼノンは入室してすぐに、深々と頭を下げる。


「父上、こんな時間まで……。ほどほどにされないと、お体にさわりますよ」


心配する息子を見て、国王アルヴァレス・アンダルシアは小さく微笑む。


「行くのか?」


すでに、すべて分かっているような口調だった。


「……はい」


ゼノンの短い返答に、アルヴァレスは頷く。


「ヴェルディア帝国に残してきた、想い人のところか?」


「はい。私が行かねばなりません」


少しの沈黙の後、深く息を吐きながら、何かを思い出したように王は微笑んだ。


「お前は昔からそうだったな」


「昔……ですか?」


「ああ。お前は幼い頃から、そういう目をよくしていた。何か大切なものをずっと探しているようなーーどこか所在なさげにしているのに、それでいて、何か確固たる意志を持っているようなーーそんな目だ」


「……そうでしたか?」


「ああ、そうだった。私はお前の父親だ。息子のことをいつも見ていればわかるさ」


アルヴァレスは優しく微笑んだ。

だが、次の瞬間ーー王の声色が静かに変わった。


「ゼノンよ。私は、お前に王位を譲ろうと思う」


ゼノンは息を止めた。


「……はい?」


「今が、その時だと思うのだ」


「父上、何を――」


「まあ、聞け」


王は、ゼノンの言葉を遮って続ける。


「今からお前が、この国の王になるのだ」


言葉の重みが胸に落ちる。


「父上……それは……あまりにも時期尚早です」


王は静かに首を振る。


「そんなことはない。ずっと考えてきたことだ。今か、そうでないかの違いでしかないだろう」


そして続ける。


「前にも言っただろう?『お前はきっと民に愛される、良き王になるだろう』と。私も、もういい歳だ。そろそろこの老体を休ませてはくれぬか?側近たちからも、早く王位を継承するように詰め寄られていたのではないか?」


「……」


ゼノンが俯き返答できずにいると、王はさらに言葉を続けた。


「ゼノン、お前に守りたいものがあるのならーーアンダルシアの国王の名を持ってゆけ」


王は穏やかに言った。

ゼノンは言葉を失う。


「父上……即位式もせずに……王位をお譲りになるというのですか?」


「そんな形式上の即位式など後で構わんさ」


そういうと、王は高らかに笑った。


「ただし、王位継承の詔書だけは、夜が明けたらすぐに出すとしよう。そうすれば、お前は正式にこの国の王だ。お前が国外に出ている間は、私が摂政として国を預かろう。お前は、想い人のために、最善を尽くしてこい。まあ、欲を言うならば、このおいぼれにお前の想い人を会わせて欲しいものだがな」


と再び王は高らかに笑う。


ーーゼノンの脳裏に、幼い頃の記憶がよぎる。


常に国王として、大きな背中で家族と国民を守ってくれた父。

そして、今は亡き母と、三人で笑い合った日々。


「……父上。本当に、ありがとうございます」


わずかに声がかすれる。


「すぐに……すぐに戻ります」


王は頷いた。


「ああ。必ず帰ってこい」


そして静かに言う。


「この国の王として、笑顔で戻るのだぞ」


ゼノンは深く頷き、頭を下げた。


こうして、まだ誰も知らぬままに、アンダルシア王国に新たな王が誕生した。

そして彼は、まだ薄暗い夜明け前に、最愛の彼女の元へ行くため国を後にした。

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