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031 


藍の胸元は、包帯で固く締め上げられた白い肌が月光に照らされ、

女の輪郭がはっきりと浮かび上がる。


ルシェルは思わず息を呑んだ。


「あなたは……」


藍 は視線を逸らし、囁くように言った。


「…ええ。私は女です。騙すようになってしまい、申し訳ありません」


藍は胸元の留め具を留め直しながら、静かに話し出した。


「私は……藍家の一人娘として生まれました。璃州では、女性が家督を継ぐことはできません。私は、藍家の後継者となるため、男として生きざるを得ませんでした。それが父との約束であり、私の生きる道だったのです」


ルシェルの胸に、鋭い痛みと共鳴が走った。


「……藍様……無理をして話すことはありませんよ?」


「いいえ…どうか聞いて下さい」


藍は話を続けた。


「……宴ではあのように横柄に振る舞いましたが……、本当の私は、弱くて……臆病で……けれど男の仮面をつけ続けるうちに、嫉妬や憎しみが募っていったのです。どうして私ばかりこんな目に……。私は、生きていてもいいんだろうか……生まれてきたことに意味はあったのか……。そんなことばかりを考えて生きてきました。そんな時、今回の光華祭で使節としてこの国に来ることになりました。昔から、ヴェルディア帝国の皇后は美しいと聞いていましたが、実際に見るあなたは、一国の皇后として輝かしく生きておられました。私は、そんなあなたが羨ましくて……妬ましくて……。それで……あのような発言をしてしまいました…。あなたを……困らせたかったのです」


震える声に涙が混じる。

ルシェルは藍に静かに近づき、そっと彼女の手を取った。


「……そうだったのね。大事な秘密を教えてくれて、ありがとうございます。秘密を明かすのは、勇気が要ることだったでしょう……?あなたがこれまでどんな思いで生きてきたか、私には理解できるなんていうつもりはありません。それはあなたに失礼だと思うから。だけど、あなたが女性か男性かということを、私は気にしていません。だって――あなたは、あなたでしょう?私以外の人にもきっとあなたは、美しくて素敵な人に見えているはずです。それはあなたがこれまで生き抜いてきた証であり、誇っていいことです」


ルシェルが藍に微笑みかけ、さらに話を続ける。


「どうかご自分を否定しないでください。私もまた、皇后としての生き方しか知らないだけの、ただの女です。あなたが私を羨ましく思う必要なんてないのです。あなたと私は同じ人間で、同じ女性で、そして互いにたくさん傷ついてきた。……ただ、それだけですよ。大丈夫です、私はあなたを許します」


その瞬間ーー藍の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

ルシェルが藍を深く見つめる瞳は揺るぎないものだった。


藍は、押し殺してきた感情が堰を切ったように溢れ出す。

ルシェルは何も言わず、その肩を抱き寄せ、優しく囁いた。

藍はその胸に顔を埋め、泣き崩れた。


長い年月、男の名と仮面の下に隠し続けた”自分”という存在を、

初めて肯定してくれる声を得たのだった。


藍はそのまましばらく泣いていた。

そして、涙で濡れた頬を隠すように俯いた。


「……お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありません……」


その声音は恥じらいと自嘲の入り混じったものだった。

だがルシェルは首を横に振り、柔らかな笑みを浮かべる。


「いいえ、見苦しくなんてないですよ。私だって泣きたい時はあります……。泣ける時にめいいっぱい泣いたらいいんです」


思いがけない言葉に、藍ははっと顔を上げる。


涙の縁に揺れる瞳と、ルシェルの澄んだ瞳がまっすぐに重なった。

二人は自然と、ほっとしたように微笑み合った。


「実は…皇后陛下に謝罪するようにと、アンダルシアの王子殿下に言われてきたのです。……自分の意思ではなくて申し訳ありません……」


「王子殿下が?」


「……はい、それはもう恐ろしい剣幕で…。王子殿下は、皇后陛下のことをとても大切に思っていらっしゃるのですね」


「そうかしら……」


「ええ、きっと」


藍は微笑み、そして再び真剣な表情でルシェルを見た。


「皇后陛下……私に何か償いをさせて下さいませんか?」


「…償い、ですか?」


「ええ」


「……そうですね。どうしてもということでしたら……私と友人になってくれませんか?」


「……え?」


藍は思わず目を瞬く。


「実は、私は皇后という立場もあって、本音を話せる友人が少ないのです。だから、あなたが私の友人になってくれたらとても嬉しいです」


「……それでは償いではなく、褒美になってしまいますよ……?」


藍は微笑みながら言う。


「ダメですか?」


ルシェルは少女のように微笑む。


「そのお顔はずるいですね……。……ありがとうございます。皇后陛下さえよろしければ、是非、私を友人にしてください……」


ルシェルはほっとしたように微笑んだ。


「ええ、ありがとう」


「私の本来の名は……藍 丁香 《ディンシャン》と言います。皇后陛下にだけは……私の本当の名を知っていてほしいので……」


「ありがとう。とても素敵なお名前ですね。”丁香” …とはどういう意味があるのですか?」


「私は暖かな春の日に生まれました。今は亡き私の母は、ライラックの花がとても好きでした。”春を告げるライラックの香り”という意味を込めて”丁香”と名付けたそうです」


「とても素敵ですね。実は、ライラックは私が一番好きな花なのですよ。あなたと私は、やはり縁があるようです」


ルシェルは優しく微笑みかける。


「ええ、皇后陛下」


藍は恥ずかしそうにしながら、ルシェルに微笑見返した。


「二人きりの時は、丁香様とお呼びしてもよろしいですか?」


「……はい。その名を呼ぶのは、きっともう皇后陛下だけですので…。また誰かに呼んでもらえる日が来るなんて……本当に嬉しです」


藍は少し恥じらいながら、再び涙を浮かべる。


「では、私のことはルシェルと呼んでください」


「そんな…畏れ多いです…」


「何を言ってるんですか?私たちは友人なのでしょう?」


「…はい…ルシェル様」


二人は再び顔を合わせて微笑みあった。


「そういえば、気になっていたのですが……。丁香様はどうして私が王子殿下から髪飾りを贈られたことを知っていたのですか?」


「あぁ、それはですね…、たまたま王子殿下がルシェル様のお部屋に入られるのを見かけて、扉の前で聞き耳を立てていたのです……ごめんなさい」


「なるほど…では、イザベルにこの話をしたのもあなたですか?」


「……はい。申し訳ありません」


「いいのですよ。ただ、気になっていただけですから」


申し訳なさそうに俯く藍に、ルシェルは「気にしないで」と苦笑した。


「…ルシェル様、こんな私が言うのもなんですが…イザベル様にはどうか、お気をつけください」


藍が神妙な面持ちで言う。


「…どうして?」


「彼女、きっと何か…人にはいえない秘密があると思います。私は自分が長い間人を欺いてきたので……なんとなくわかるのです。嘘のニオイ……みたいなものが」


(人にはいえない秘密…)


「そうですか…。ご忠告ありがとう、気をつけておきますね」


「何かあれば私が必ず力になります。これでも璃州ではそれなりに力があるのですよ?」


藍は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「ええ、ありがとう。とても心強いです」

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