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028


武闘大会の優勝者には、ギンバイカの花冠が贈られることになっている。

他国を招いての光華祭は初の試みであったため、特別に用意されたものだ。


ゼノンはゆっくりと砂の上を歩み、ルシェルの前に立った。


(……何かしら?)


ルシェルは不思議そうにゼノンを見つめる。

彼の手にはギンバイカの花冠がある。

光を受けて淡く輝くその花冠は、勝利の証であり、誠実な心の表れでもある。


ゼノンの瞳は、静かに、しかし確かにルシェルを捉えている。

彼はそっとルシェルに花冠を差し出した。


花冠を差し出すその指先には、力強さだけでなく、柔らかで清らかな空気も纏っていた。

観客席のざわめきが遠くなり、ルシェルの意識は自然とゼノンに集中する。


「……皇后陛下、この勝利と栄光をあなたに。受け取っていただけますか?」


低く柔らかな声が、ルシェルの耳に直接届く。

体温が一気に上がり、心がざわめくのを感じた。


「……私に……ですか?」


「はい。私には、皇后陛下以外に渡したい相手はいませんので」


花冠を差し出すその動作には、彼の優しさが溢れていた。

ルシェルは息を呑み、そっと答えた。


「……ありがとうございます」


ルシェルはそっと手を伸ばし、花冠を受け取った。

触れた瞬間、ゼノンの掌の温もりが伝わり、胸の奥に小さな波紋が広がる。


その光景をノアは冷たい視線で見つめていた。

しかし、その瞳の奥にわずかに光る鋭さは、ルシェルとゼノンの間に交わされた微細な空気を捉えていることを示していた。

怒りや嫉妬ーー何か計り知れない感情がその冷たい輪郭に潜む。


観客のざわめきが聞こえる。


「なぜ王子殿下は皇后陛下に花冠を…?」

「単に、他に渡すお相手がこの場にいなかったからではないですか?」

「でも、以前からお二人は噂になっていましたわよね?」

「まさか……本当にお二人はそういうご関係だと…?」


観客たちのざわめきをよそに、ルシェルは花冠を頭に載せ、微かに笑みを浮かべる。

ゼノンの瞳が一瞬柔らかく光り、短く頷いた。


「とてもよくお似合いです。まるで、あなたのためだけに作られたようだ…」


情熱と静けさを兼ね備えたその目が、ルシェルの心を捕らえた。


「王子殿下、ありがとうございます」


ルシェルは恥ずかしそうに微笑んだ。


「陛下、私もあの花冠が欲しいです!」


イザベルがノアを見つめ、無邪気に微笑む。


「……」


ノアにはまるで聞こえていないようだった。


「……陛下……?」


「……あぁ、すまない。花冠などいくらでも作ってやる」


ノアはぎこちなく微笑み、イザベルの頭をそっと撫でた。


***


武闘大会の熱がようやく消えかけた広場に、再び別の拍子が生まれた。

太鼓の低い響きと笛の細い調べが混ざり合い、舞台の周囲に設えられた照明が柔らかく灯る。


藍の立てた企てはここにある——璃州の商芸を演出する舞で、

ただの余興ではなく、外交と交易の見本市の面目躍如たる舞台だ。


藍は静かに立ち上がり、周到に配した席順を確認する。

藍が仕組んだ舞は、広場の空気そのものを変えた。


灯りが柔らかく掌を差し伸べるように揺れると、群舞の青い絹が一斉に波打ち、

まるで静かな海面に朝光が差し込む瞬間を、そっと切り取ったかのようだった。


笛の細い旋律が風を編み、太鼓の低い一打が大地の脈拍を打ち返す。


庶民たちの反応は素直だった。

子どもたちは布の端に飛びつきたがり、老人は昔聞いた港の話を思い出して頬を緩める。


商人は唇を噛み、指で青磁の縁を思い描き、香辛料の利幅を計算する。

舞が終わるごとに、小さな拍手と驚嘆が湧き上がり、やがてそれは商談の火花へと変わる。


舞のクライマックス、舞を舞う使節たちが布を大きく広げた瞬間、

刺繍された紋様が光を受けて浮かび上がる。


商人たちのざわめき、使節団の囁き、観客の驚嘆と期待——場は藍の仕組んだ流れに寄せられていく。

舞が終わるや否や、広場のあちこちで商談の輪ができ始めた。


璃州の職人が用意した商品に群がる商人たち、警戒を緩めて興味を示す者たち

——藍の狙いは確実に実を結んでいるようだ。


「……実に、見事なものだ」と最初に声を上げたのはルクレル将軍だった。


骨ばった掌で膝を打ち、豪快に笑う。


「芸で国を語るとはーー戦も舞も、結局は人を惹きつける力が肝だな!」


そして庶民の輪は、もう商談の熱で膨れ上がっていた。


「この香り、どんな肉にも合うぞ!」

「この青磁を売れたら、街で一番の富豪だ!」


興奮と希望の叫びが飛び交い、酒場よりも騒がしい賑わいが広がる。

藍はそんな光景を見やり、表情にわずかな満足を浮かべた。


「ずいぶん気に入ったようだな」


花冠を大事そうに抱えるルシェルの姿を見て、ノアが堪えきれずに声をかける。


「……ええ。とても美しいので……」


「……そうか」


ノアはそれ以上言葉を重ねず、背を向けた。

月明かりに照らされたその背中からは、嫉妬とも怒りともつかぬ黒い影が滲み出ていた。


一方で、ゼノンは人々に囲まれ、笑みを浮かべながら杯を受けていた。

だがその瞳は時折、広場の片隅にいるルシェルを探し求めるように動く。


本当に欲しているものは、ただひとつ――彼女の幸福だけ。


(彼女の笑顔が見られてよかった…)


花冠を大事そうにしているルシェルを見て、ゼノンの心はさらに高鳴った。

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