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最終話 もう戻れない──

 神前裁判が終わってから、たった一年ですべてが変わってしまいました。

 国王レオニート陛下は離縁後、体調不良のため離宮で療養、そのまま退位。

 次の国王は当然実弟のアントニー殿下で、独身で婚約者もいなかった彼の王妃は私マルタ──私でいいのですか? 群衆の前で浮気女にされちゃったんですけど!


「噂は使いようだ」


 驚く私に、お父様はそう言って微笑みました。

 この一年間、国内を回っていた旅芸人の一座がいるそうです。

 彼らが披露する演目は、とある王子様の物語。悪逆非道の兄王子に恋人を奪われるも密かに心を通じて奪い返し、王となる弟王子を描いたお芝居。それは大変好評で、物語の新王と妃を現実の王と妃に重ねる人々もいるとか。


 浮気ではなく純愛ですか。

 いえ、そもそも浮気なんかしてないんですけど。

 恨みがましい目で見つめれば、お父様は呆れた顔でおっしゃいます。


「お前がレオニート殿下と結婚しなければ、ヤツの求婚を受けなければ、卒業パーティの時点で見限っていれば、浮気女にされることはなかったんだぞ?」

「……」


 ぐうの音も出ません。

 自分でもわかっているのです。婚約者だから、幼いころから想っていたから、第二王子(アントニー殿下)は優秀過ぎて気に食わないから、そんな理由でレオニート殿下にこだわり続けていたのが間違いなのだと。

 今はもうあれが愛だったのか意地だったのかもよくわかりません。


 そんなわけで釈然としない気持ちはあるものの、私はアントニー陛下に嫁いだのでした。

 今日は即位兼婚礼の日。王宮の窓から祝福してくれる民に応えます。

 神前裁判に集まってくれていた人々の顔がいくつか見えます。こんな結末になるとはだれも思っていなかったでしょう。私だって思ってませんでしたよ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 初夜が明け、私は隣で眠るアントニー陛下の寝顔を見つめました。

 兄弟だから基本の造作は似ていますが、レオニート殿下の百倍くらい整った美貌です。

 正直なところ、私よりも美しいのです。ふたつ年下だというだけでは、この肌の張りは納得出来ません。なんだか腹が立ってきて、私は彼の頬を抓りました。


「おはよう、マルタ」


 長いまつ毛がゆっくりと動いて、透き通った瞳が私を映します。


「昨夜の僕、下手だった? 怒らせちゃったかな?」

「そ、そんなことはありませんわ」

「良かった。……君を傷つけるようなことはしなかった?」

「はい。陛下は……とても優しかったですわ」


 ふふふ、と笑って体を起こし、彼は私の頬にキスをしました。

 そのまま頭を動かして、耳元で囁きます。


「……女の悦びは知ることが出来た?……」

「は、い……」


 彼は、ずっと昔から私を好きだったと言います。

 すぐには信じられませんでした。私はほかの人々と同じように彼の優秀さを恐れ妬んでいました。優しくした記憶もありません。

 でも彼は、私に愛されているレオニート殿下()にずっと嫉妬していたというのです。


他人()のものだから欲しかっただけで、手に入れたら不要になったのではないですか?」

「そんなこと言うの?……そう思う?」


 真っ直ぐ見つめられて、唇を重ねられました。熱い舌が私の口腔へ忍び込んできます。

 息が苦しくなるほど貪られても、少しも嫌だとは思いません。

 重なり合う火照ったふたつの体が、このままひとつに溶けてしまえば良いのに──


 昨夜のアントニー陛下は、何度もレオニート殿下を殺そうと思ったけれど、私を悲しませるのが怖くて出来なかったのだと言いました。

 あの日私に離縁を告げられたとき、天にも昇る気持ちになったとも。

 レオニート殿下に裏切られた過去があるので、今はまだアントニー陛下を信じ切ることは出来ませんが、いつか愛し愛されるふたりになれたら良いと思っています。もちろんこの国のため、そうなるよう努力をするつもりです。


 それになにより、もうレオニート殿下のもとへは戻れません。

 彼は退位後、辺境に与えられた領地であの女やモシェンニクと暮らしていました。いえ、今も暮らしています。ただ、今はひとりで暮らしています。

 あの女が産んだ子どもをモシェンニクが殺し、怒ったあの女がモシェンニクを殺して自害したのです。子どもは明らかにモシェンニクの種でした。


 根本的にあの女とモシェンニクは短絡的なのです。目先の欲しか見ていません。

 だからこそ裏になにかあるのではと深読みして、お父様達まともな貴族が後手後手に回ってしまったのです。

 モシェンニクはあの女との浮気に気づかれてはいけないと思って証拠の子どもを殺し、あの女は愛する男(モシェンニク)の子どもを殺した男を殺し、目の前の状況に混乱して自害しました。モシェンニクの実家の子爵家はとっくに潰されています。


 ひとりになったレオニート殿下は私の名前を呼び続けているそうです。でもだからって会いに行く気はありません。

 だって、あのとき下手だと言ったのは意趣返しが主だったのですが、今になって()()()()()()下手だったのだとわかったのです。

 ほかの男性──アントニー陛下と比べて、です。というか、彼はだれよりも上手なのではないかと思います。それが私への愛があるからなのか、その美貌でこっそり遊んでいたからなのかはわかりません。


「あー。なにか変なこと考えてるでしょ。僕の初めての女性(ひと)はマルタだよ。君の最後の男性(オトコ)は僕にしてくれない? 僕の最後の女性(ひと)は君だと決めてるんだから」


 唇を離して言われた私は、考えておきますと答えて、彼の胸に顔を埋めました。

 王宮からモシェンニク一派を一掃出来たので、子どももすぐに授かれるのではないかと思います。

 彼らは私と夜を過ごす前のレオニート殿下に妙な薬を飲ませていたらしいんですよね。あの女の子どもがモシェンニクの種だったのも、そのせいではないでしょうか。


「……僕は愛妾が欲しいだなんて絶対言わないからね?」


 強く抱き締められ髪を撫でながら囁かれて、私はそうなら良いのにと心から願ったのでした。

 気がつくと、顔にも体にも無数のキスを落とされ始めていました。

 大丈夫、急いで仕事へ向かう必要はありません。私が再婚になるとはいえ一応新婚夫婦なので、蜜月の間は余裕のある日程にしてくれているのです。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──即位兼婚礼の日の王宮の窓の下。


子『父ちゃん、新しい王様は上手なの?』

父『お前、まだあのときのこと覚えてたのか』

母『どうかしらねー、ふふふ』

赤子『……あぶあぶ……』←NEW!


 たまたま散歩のついでに来てしまったという表情だった上品な老婦人は、王宮の窓に並ぶ幸せそうな国王夫妻を瞳に映すと、満足そうに頷いて帰路に就いたのだった。

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