表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

7、七並べ

 どうしてこんなことになったのか。

 私はまったく減らない手札と頬を染める友達三人に現実を思い知らされていた。

 夏休み明け初日。

 何故か先生が帰ってこない浮いた時間。

 長期休暇なんてなかったようにトランプを始めた阿黒と赤桐。


 そして、女子四人・・・・


 フラグはあったのだ。

 でも、私はここまで現実が残酷なものだとは知らなかった。


「うーん、パスかな」


 晴野は場にカードを出しもせず手番を譲る。

 次の伊原はニコニコしながらハートの4を置くがそれじゃない。

 そして、頼みの綱の小日向は少し迷って……ダイヤの9を置いた。


「パス……」


 何も出せない。

 私はこんなゲームの序盤でもう二回目のパスを使ってしまう。

 私の手札はスペードばっかなのに、スペードは7しか出ていない。

 ハートとか他のスートは普通に並んでいる。

 スペードだけがハブられているのだ。

 こんな状況でパスをしているのだ。私の手札だって想像がつくはず。

 だから、賭けてもいい。

 スペードの8と6を隠し持っている奴は絶対に性格が悪い。笑っているこいつらが悪魔に見えてきた。


「南さん、あと一回で負けですね」


「照菜の思い出かあ」


「ふふ、楽しみ」


 ちょっと、からかっているだけのつもりだろう。

 でも、今の私には悪魔三人が嘲笑っているようにしか思えなかった。

 こんなことになると知っていたら、絶対にトランプなんてやらなかった。


 暇つぶしに始めたのは七並べ。


 数字の順番さえわかっていれば誰でも遊べるような簡単なゲームだ。

 何しろ、最初に出した四枚の7から続くように、同じスートの数を並べていくだけのシンプルなルールなのだから。


 だけど、たった一つのルールを加えただけで、この遊びは闇のゲームと化した。


 負けたら、夏休みの思い出を一つ話す。

 そんな他愛もない――残酷な罰ゲーム。


 この思い出が何を指しているかなんて明白だ。

 頬を染めた三人が何を思い出しているのかも予想がつく。

 ただ、私がそんな青春に満ちた夏を過ごしたとは思わないでほしい。


 え、夏休みの記憶? 

 冷房のきいた部屋でスマホいじりながらアイス食べていた記憶しかありませんが。

 旅行なんて行っていない。

 友達に遊びにも誘われなかった。

 というか、暑いからほとんど外に出ていない。

 そもそも、海とか山にわざわざ日焼しに行く意味がわからない。


 見た目がギャルっぽいから、華やかな夏を過ごしていると思ったか。

 残念だったな。デートなんてスマホの向こう側に住んでいる男としかしたことがない。

 だから、その、期待に満ちた目をやめてほしいのです。


「た、大した話しなんかないって。私から聞くより晴野とかの方が絶対面白いぞ」


 べつに隠しているわけでもないのに、この空気が真実を語ることをよしとしない。

 なんとか、興味の対象をずらそうとするのだけど……


「え、いやいやいや、私は何も……なかったよ」


 頬を染めて晴野は俯く。

 晴野。それは何かあった人の反応だ。ほら、そこで雨夜が悶えているぞ。


「春ちゃんの方が。だって、ほら」


「あ、あの日はた、たまたま、会っただけです!」


 小日向。そうだな。たまたまどっかで会っただけなのかもな。

 で、その後は。ちらちら見ている影山君と何があったんですかね。


「それに、伊原さんならもっと」


「ふふ。そんな大した話はないよ」


 おかしいな。私と同じことを言っているのに、同じに聞こえない。

 日本語って難しいなー。大した話じゃないのに、視線の先の烏丸が小鳥のように震えているよ。


 そして、三人は私の方をそろって見る。


「あ、あはは……」


 なんなの。

 なんで、そんなに期待に満ちた目をしているの。

 私の夏休みにどんなイベントがあったと思っているの。絶対あなたたちの夏休みの方が楽しいって。青春してるって。

 無情なゲームは続く。

 二学期初日から友達三人に無自覚マウントを取られながら、私は追い詰められていく。

 毎回、毎回、ぎりぎりで出すカードができて敗北を回避する。

 七並べがこんな真綿で首を絞めていくような遊びだとは思わなかった。

 いつになってもこの時間は終わってくれない。がやがやと隣の教室からも騒がしい話し声が聞こえている。初日から先生方はボイコットでもしたらしい。


「うっ……パス……」


 そして、救いの手はどこからも差し伸べられないまま、ついに私は敗北した。

 このゲームの終わりが、私にとってもゲームオーバー。

 負けのなくなった悪魔三人は楽しそうに数字を並べている。どう見ても、今の私にはそれが十三階段的な何かにしか見えなかった。

 これは貴重な夏休みを浪費した罰なのか。

 花の女子高生が人様に見せられないようなぐうたら生活をしていた結果なのか。

 夏の終わり。

 これから始まる公開懺悔を前に、私は誓った。

  

――来年から頑張る。











 一方、教室の隅っこ。


「あー、委員長。トランプタワーでも作らないか?」


「いや、勉強する」


 黙々と今も夏休みも少年は勉学に励んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ