最終話 モニカ
――私は勇者モニカ。今はそんな風に呼ばれている。この世界ではそれが私の全て――。
改変前の世界。
邪王クルミを倒し、その力を奪い、己がための行為を世界を救っているのだと妄信して突き進んだ道だった。
最初は魔人の街が襲われるよりも、クルミさんが現れるよりもずっと前の時代に飛んだ。それから、しばらくは人と魔人の間で戦い続けた。
時に人間の味方をし、時に魔人を救い、時には両者と同時に敵対することもあった。それでも負けずに戦うことができたのは、アブソリュートによって改変前の世界から強制的に繋がれたこの力のお陰でしかない。
最初の数年は、ただがむしゃらに戦い続けた。
それからしばらくして名前が噂話のように語れるようになってからは、世界情勢を学びよく考えて戦うようになった。たぶんこの頃ぐらいから、分身を使うことの効率の良さに気づいたんだ。
勇者だ、英雄だ、神様だ、悪魔だ、破壊者だ、調律者だ、と、いろんな名前を付けられるようになってから、クルミさんがこの世界にやってきたことを知ったのだ。
そこからは慎重に動くようにした。争いの火種を消し過ぎては、勇者クルミが成り立たない。そのため、ほどほどにうまく動き回り、魔人とのいざこざも遺恨を残さないように動くようにした。これがなかなか神経を使う毎日で、要領の悪い自分があそこまでやれたことを褒めてあげたくなる。
この時がチャンスだった。言い方が悪いが……勇者としてのクルミと魔王を利用することにした。
二人の結婚を全力で担ぎ上げ、それこそ神聖化させた。この時は、長年の積み重ねが実を結んだ瞬間だということを、キリカが産まれた時にその場にいたからこそ実感できた。この数年後には、発病したエステラに世界の果てで生えていた薬草を与えたことで命を救っている。つい数か月前にも様子を見に行ったが、学園に通うエステラの姿を見た時は心底安心したものだ。
緩やかに確実に世界は、私が望む方向へと進んだ。この平和は、未だに不安定なものだが、それでも必死にもぎとった唯一の平和だ。
これが正しい選択だったのか、それは今でも分からない。だが、キリカやクルミ達の笑顔を見ていると、例え間違いを重ねた結果だとしても価値はあったのだと罪悪感に押し潰されそうな気持を保つことができる。
――そして、世界は私の手を離れて走り出す。
今日は十五歳になったキリカちゃんの旅立ちの日だ。
キリカちゃんが産まれてからは、クルミさんと魔王様に頼んで、彼女の剣の先生にしてもらった。それからは、デコンカイトス城を拠点に動くようにしていたのだが、今こうしている間にも、分身達が世界中で働いているので、私一人がここにいてもこの世界の人達にとっては正直どうでもいいことかもしれない。
前の世界では、一応はキリカちゃんとは姉妹なのだと知った。どちらかといえば自分が妹ではないのだろうかと思うが、キリカちゃん的には姉になるらしいので、私はキリカちゃんの姉のような存在として徹してきたつもりだ。
何はともあれ、私はキリカちゃんの成長を近くで見守り続けた。
悲しいことがあれば、眠たくなるまで話を聞き、嬉しいことがあれば、共にはしゃいで喜びを共有した。キリカちゃんとしては、どう思っているのかは分からないが、少なくとも私にとっては妹のような存在になった。
さて、どうしてキリカちゃんが旅立とうとしているのか。
普通のお姫様なら、まずお城から出ることはない。出たとしても政事が中心になる。だが、それは世間一般の国の話だ。
女王は勇者で王様は魔王。そんな二人の子供が、『冒険の旅に出たい』と言えば、身を心配して外出を禁止するどころか、それはいい考えだもっと世の中を見てこいと言う方がどういうわけかしっくり来る。
護衛を付けての旅にしようかという話もあったが、キリカちゃんの希望で一人で考えて旅をして、仲間にしたいと思った人間と共に冒険をしたいということだった。それはきっと、この世界の誰も知らない勇者モニカの旅をかいつまんで話したことが大きな原因なのだろうがそれは黙っておこう。私のせいで、キリカちゃんが旅立ったなんてことが知られたら、キリカちゃん大好きのお城の人達に三日三晩文句を言われそうだ。
いろいろと話が長くなってしまったが、私はキリカちゃんとデコンカイトスの街の門の前に立つ。既に城と街の人間達と別れを済ませたキリカの目の周りは赤い。やはり、旅に出たいと大声で言っても気持ちはまだまだ十五歳の少女なのだろう。
「いよいよ冒険の始まりだね。……準備はいいかい?」
街から真っ直ぐに伸びる道は舗装されている。それは、行商人のため旅人のために魔王様が力を入れた道だ。だけど、この街から離れれば離れるほどに、道はどんどん険しくなり、道から外れるようなことがあればモンスターから襲われる可能性だってある。そんな数ある危険に立ち向かうために、たくさんのことを教えてきたんだ。そう自分に言い聞かせて、見つめたキリカちゃんの瞳は真っ直ぐと揺るぎない。
「うん、大丈夫だよ。モニカ様」
ずっと昔に見たことのあるようなキリカちゃんの顔を見て、少し懐かしく思う。いいや、せっかくの旅立ちにこれは失礼か。
「気をつけてね、何かあったらいつでも相談するんだよ。道に迷った時の為に、地図は持った?」
「持った」
「お金はちゃんとある? 途中で足りなくなったら、自分で稼がないといけないんだよ?」
「持ってるし、知ってる」
「あ、後ね、教えたと思うけど、お腹が空いたからといって適当に野草を採ったりとかは――」
「――わかってるって、心配し過ぎだよ」
少しだけ不満そうに言うキリカちゃんに気づき、私は口を閉ざす。
今さら何を言っているんだ。旅に出たばかりの頃の私と違って、キリカちゃんはずっとしっかりしているじゃないか。
首を横に振り、私は改めてキリカちゃんに向き直った。
「ううん、もう教えることは全部教えたから言うことはないはずだもんね。……でも、これだけ……ずっと応援しているから。だから……これ、受け取ってほしいな」
キリカちゃんに差し出したのは勇者の剣の柄のところに付いていた宝石をペンダントにした物だった。
どうせもう本気で戦うこともないし、今までの戦いでも役に立つことはなかった。これぐらいあげてもバチは当たらないだろう。
こういう光り物みたいなのは喜ぶか不安だったが、キリカちゃんはその二つの目を輝かせていた。
私はホッとして、言葉を続ける。
「お守りだよ。ずっと私を見守ってくれていた物だから、きっとキリカちゃんのことも守ってくれるさ」
首にペンダントを提げたキリカちゃんは宝石を握れば、大切そうに両手で包んで服の下に入れた。
「ありがとうございます、モニカ様」
よほど嬉しいのか、それほど寂しさを誤魔化すためなのかは判断できないが、キリカちゃんは私の右手を両手でぎゅっと握った。まるで、私の元気をもらうように。
「今度は成長した姿を見せてね、キリカちゃん。――いってらしゃい」
「はい、いってきます」
弾んだ声でキリカちゃんが言えば、もう一度強く私の手を握りパッと離した。そして、背中を向けて歩いていくキリカちゃんの姿が見えなくなるまでずっと見つめ続けた。
「ふう、やれやれ……。やっと、私のワガママが全部終わったかな……。――て、あれ?」
忘れていた疲労という感覚に倒れそうになる体を支えるために壁に手をついた。
違和感を感じて自分の髪に触れれば、金色の髪が抜け落ち、抜けて地面に落ちた髪は久しぶりに見た黒色に変わっていた。
「終わりが近づいているのか……。ここまで待ってくれていたなんて、十分すぎるよ」
――私のアブソリュート・フォースの力に終わりが近づいていた。
※
結局のところ、力の流出を止めていたとはいえ、既に存在しない世界の力だ。もう一つの世界の力が働くように、この世界の力も本来の形を取り戻そうと働こうとする。結果的に、この世界の力の作用により私の力は少しずつ減少していっていた。いつかは終わりが来るだろうと考えていたが、ちょうどいいタイミングで終わりが来たようだった。
キリカちゃんと別れてから一年後――。
身長が低くなり、金髪に黒が混じるようになった頃、クルミさんが私の体調の心配を始めた。いろいろ悩んだが、クルミさんにこれ以上心配をかけたくなくて街を去ることにした。
どうやら、いつも通りの人助けの旅に出たと思っているようだが、その役目はきっと私ではなく次世代の勇者であるキリカちゃんに回ってくるだろう。世界に勇者は一人いれば、事足りる。
おかっぱになった金髪と少し低くなった身長を気にしながら、馬を借りて旅立つ。食料は三日分程度。正直なところ、今の私の体が三日持つか分からない。
明確な目的地なんてなかったが、ダメ勇者モニカだった頃に三人で旅した場所を見て回りたくなった。
この三日を無駄にしたくないからこそ、時間いっぱい使って私は馬を走らせた。まともに走っていても間に合わないので、この三日で終わらせるつもりで、魔力を馬に注ぎ本来の何倍も速く走らせて思い出を巡る。
巨大な洞窟が近くにある小さな村の酒場で過ごし、
人と共存するようになったオオグと人間の村を見て回り、
魔法学園の校舎を眺めて喫茶店でお茶を飲み、
海の側で魔人と人のハーフの女性と優しそうな男性が夫婦で営んでいるレストランで食事をし、海を眺め、
大きな町でイカによく似た食べ物を口にした。露店では、どこかで見たことのある小太りの魔人が商売に精を出していた。
世界は当たり前に平和だった。そして、これは自分の努力の結果だと知り、改めて勇者の力を手に入れたことに感謝した。
何もない私が、何かを手にした。それに明確な名前を付けることはできないけど、それはたくさんの人が求めても求めて手にすることが困難な何かなのだろうと一人で納得する。
三日目の夕方、私はこの馬を通りかかった行商人に売ると、貰ったお金で馬に何か良い物でも食べさせてやってくれと告げて徒歩で旅を続けることにする。最後に無口な馬が高く鳴いたが、私には別れの挨拶に聞こえた。
※
頭からすっぽりとローブを被り、山道を進む。
ぶ厚い雲が空にかかっていたのだが、それが夕方になってから本格的に雨が降り出した。
天候に文句を言ってもしょうがないが、正直最悪だった。だから、私は前向きに考えることにする。
例えば、ここで急に力尽きて倒れたら、私はこの雨水と共にこの世界に流れ落ちるだろう。そうなったら、この世界の一部として永遠に見守っていける。
それも悪くはない。
重たくなるローブの下で体を小さくさせた。
「悪くない……はずだよ……。なのに、なんでだろうね……。みんなに会いたくなっちゃうよ……」
涙が流れた。アブソリュート状態の時は、どこか達観していて、どんな絶望的な状況でも泣くことはなかった。きっと、これは力が消えていっている証拠なのだろう。
「ノアちゃん……」
視界が霞む。キミの料理が食べたいよ。
「アルマちゃ……ん……」
声が震える。またいろんなことを教えてほしいよ。
「キリカ……ちゃん……」
涙が頬を伝い、これは涙ではなくこのバケツをひっくり返したような雨のせいだと誤魔化して顔を拭う。先生とか姉妹とかじゃなくて、友達としての時間が欲しかったな。
声が聞こえ、顔を前に向ければ、目の前に馬車を押す男性と小さな女の子がいた。
二人とも雨の中で顔を真っ赤にして馬車を押しているので、何事かと近づいてみる。
「……どうかしたんですか?」
「え!? あぁ……旅のお方ですか……。い、いや、実はですね……」
おそらく男性と小さな女の子は親子なのだろう。二人の目元はよく似ていた。
それよりも男性の目線を追えば、どうやらただでさえ細い山道にぬかるんだ地面のせいで後ろの片側の車輪が脱輪しているようだ。
「なるほど、おおよそ理解しました」
これぐらいなら何とかなるだろうと思い、馬車に手を触れて、扉でも開く程度の力で前に押す。
親子の歓声が上がる。質量を感じさせないほどスムーズに馬車の後輪が元の道へと戻った。
「あ……ありがとうございます! ありがとうございます! これで、村まで戻れそうです!」
「お姉ちゃん、すごーい!」
同じような顔して笑いかける二人に微笑む。
「いいえ、これぐらいは気にしないでください」
「いえいえ! 何かお礼をさせてください! あ、近くに私の村がありますので、そこまでご案内しますよ! さあ、馬車に乗ってください!」
ありがたい話だ。少し悩むが、私は「よろしくお願いします」と頷いた。馬車を動かす程度の力があったなら、村に行くまでの道ぐらいは体が持つだろう。
女の子に手を引かれて、馬車に乗り込もうとしたら、視界の外れに小石が転がっていったのが見えた。嫌な予感がして、山の斜面を見た――直後、地面が震えた。
「――二人とも急いで逃げてっ!!!」
と叫ぶと同時に、轟音が周囲を駆け巡った。
斜面を大きな石と土砂が転がり、それが視界いっぱいに広がってくる。急ぎ走り出した二人を横目で見るが、どうやらあのままでこの馬車ごと二人が巻き込まれる。
「私の後ろに隠れてっ!」
迷いは一瞬で消え、私はローブを剥ぎ取れば、馬車と二人の中間に立てば前方に腕を突き出して魔力の障壁を発生させる。
「はあああぁぁぁ――!!!」
つい一年前のモニカなら山ごと消し飛ばす力があったのだが、今の私では襲い来る土砂を防ぐので精一杯だ。
腕が軋み、障壁が不安定に揺らぐ、揺らぐ度に激痛を感じた腕から血が流れ落ちる。
これが最後の命の使いどころというのなら、勇者にはこれ以上相応しい場所はない。
大切な人達と共に生きることはできなかったけど、大切な人達の笑顔は守れた。
ダメな私なりにやれることは全部やった。これ以上の幸せはない、みんなの笑顔を見つめ続けることが私のハッピーエンドなんだ。
「負けるなああぁぁぁ――!!! 私ぃ――!!!」
悲鳴にも似た声を上げれば、黒混じりの髪は再び金一色になり、黒くなりかけていた瞳は赤と青のオッドアイを取り戻す。今一度、勇者の力を完全に取り戻し魔力障壁で土砂を押し崩した。
「……えへへ」
気の抜けた笑い声が自然と口から洩れる。
土砂崩れは止まったことを確認すれば、体は地面へと吸い込まれる。
「お姉ちゃん!」
呆然とする父親よりも先に女の子が駆け寄ってくる。何とか手を動かして、安心させるために頭でも撫でようと思うが、うまく体が動かない。
「お姉ちゃん! 起きて、お姉ちゃん!」
体をユサユサと動かす少女の泣き顔を見ていたら申し訳ない気持ちになる。
最後の最後に悲しませるようなことしちゃって、ごめんね。これがキミにとって、悲しい記憶にならないことを祈っているよ。
やっと、終わるんだ。
長く、長く、長く、どこまでも長い、戦いの日々がようやく終わる。
私はようやく眠れるんだ……。
「――大変だっ!?」
男性の声が聞こえた。そこでようやく、地面を何かが滑り落ちてくるような音が聞こえた。
激しい轟音に視線だけ向ければ、巨大な岩がこちらへ向けて転がってきているところが見えた。あんなものが落ちてくれば、ひとたまりもないだろう。
「にげ……て……」
うまくいけば、少女は逃げられるかもしれない。そう考えたが、少女は首を大きく横に振った。
「嫌だ! お姉ちゃんを置いていけないよ!」
「そん……な……」
なんて皮肉だ。最後の最後に、人の心の優しさに苦しむことになるんて。
そうこうしている内に父親まで走ってきた。これではだめだ、これでは間に合わない。ここまできて、何て失敗だ、こんな最後なんて最低だ――。
「――雷撃裂!」
「――イフリートフレアッ!」
「――アンナス・セイバー!」
三つの光が空を駆け、降りかかる大岩が粉々に砕け散った。
そんな音なんかよりも、私にはもっと気になる声が聞こえていた。
「どうして、ここに……」
自分が出したとは思えない掠れた声で呟けば、視界の中に三人分の足が見えた。
「言ったでしょ? すぐにモニカに追いつくって」
「うぅあ……うぅ……」
嬉しくて寂しさが溢れだして涙がこぼれだす。
「おい、アルマ! モニカを泣かせるな!」
「……二人とも、落ち着いて」
「私は最初から落ち着いているわよ! 恰好がつかないじゃない!」
うつぶせの私の体を誰かが支えて体を起こさせた。――長い銀髪に綺麗な顔した少女、ノアちゃんだ。
私の顔を覗き込む二人は、二度と顔を見ることができないと思っていたアルマちゃんとキリカちゃんだ。
三角の長い帽子を持ち上げて、アルマはちゃんはキリカちゃんに目配せをした。
「また遅くなったね、モニカ。あんなにも近くにいたのに、今の今まで忘れていたよ。……これ、キミに返す時が来たんだ」
キリカちゃんは、私が一年前にあげたペンダントを差し出した。
「これにはね、モニカの願いを叶える力があるんだ。樹木髪様は世界を救った勇者の少女にお礼として願いを叶えてきたんだ。その願いを叶えるための力の源になるのは、勇者の剣に付いているこの宝石だったんだ。世界を救った時、この宝石の本来の役割が解放されるんだ」
キリカちゃんの言葉を補うようにアルマちゃんは口を開く。
「モニカてば、キリカに自分が辿った道のことを教えたのね。そのせいで、私とノアはキリカと出会い、旅をすることになったわ。何となく初めて見た時に、初対面じゃない気がしていた理由が今さら分かったわよ」
アルマちゃんの次の優しい声で語りだすのはノアちゃん。
「三人の旅は樹木神様の元へと到達した。いくつかの偶然が重なって、私は前の世界のことを思い出したんだ。……モニカの力が弱くなっていたこと、キリカが宝石を持ち歩いていたこと、樹木神様がこの世界に違和感を感じていたこと……。そんないくつかの偶然を重ねていく内に、樹木神様はモニカを思い出し、そして樹木神様の世界へ干渉する力を使い、私達もモニカを思い出したんだ」
キリカちゃんは話の区切りのいいところで、首にペンダントを巻いてくれた。
「さあ、モニカ。願うんだ。……キミは今何を願う?」
もうありとあらゆることがどうでもいい、私が願うことなんて一つしかない。
みんなの顔が涙で見えなくなる。いいんだ、見えなくたって――。
「――みんなと一緒にいたいよ」
――これから、何度だってその顔を飽きるまで見るんだ。
ペンダントが光りだした。今にも力尽きそうだった氷のように冷たくなっていた肉体が少しずつ熱を帯びる。
「うぅぅ……みんなぁ……」
「モニカは相変わらず泣き虫だな。……でも、よく頑張ったじゃないか」
「ええ、本当によく頑張ったわね」
「おかえり、モニカ」
三人が心も体も包み込むように、しっかりと私を抱きしめた。
もう金色の髪も高くなった身長も青い瞳も赤い瞳もない。だけど、私はここにいる。
ありのままの私を受け入れる人達がここにいる。
探し続けて、探し求めて、やっと手にした。
ここに私はいる、大切な人達がここにいる。
どれだけ戦っても、どれだけ傷ついても、どんなに平和を唱えても、私が叶えたい願いは一つだけだった。
「――ただいま、みんな」
※
――それから、また少しだけ時間が流れる。
今日は夕方までに山を越えなければいけない。正直、足はもうフラフラだし、それにものすごく暑い。
額から顎に流れる汗を拭えば、思い出すのは遠い昔の前の前の世界の話。
私は足が遅くて、遠足やマラソンもいつも最後だった。
遠足で普通に歩いてるはずが、あまりの足の遅さに引率の先生すら忘れるぐらい遥か後方を歩き、みんながお昼ごはんを食べ終わる頃にようやく目的地に着くような生徒だった。
マラソンだって、そう。走れば当たり前のようにいつもビリ。
ひぃひぃ言いながらようやくゴールをすれば、既にそこには誰もいない。何度も次の授業の合図を告げるチャイムを耳にしたものだ。
だけど、それはずっと前の話――。
私は少しも嫌そうな顔をせずに、足を止めて私を待ってくれている三人に手を振った。
「みんな、すぐ行くよー!」
足は重たくない、私はまた駆けだす。
何で、こんなに頑張れるのだろう? なんてことを考える時に、言えば怒られるので、みんなに秘密だが恥ずかしくもこんなことを思ってしまう。そして、これは胸を張って言えることなのだと私は知っている。
ダメな私だけど、みんなが甘やかしくれるからなんとかなっています。
完
長い間、読んでいただきありがとうございました!
新作は九月に掲載予定です!




