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ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
最終章 勇者だから、みんなが甘やかすからなんとかします!
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13話 モニカレベル29 ノアレベル211 アルマレベル211 キリカレベル200

 アルマの戦いが終わりを迎えた頃、ノアとシルハの剣戦にも決着がつこうとしていた。


 「――くっ!」


 歯噛みしてしわを寄せるのは、シルハだ。

 ずっと自分を追いかけてきていただけの存在むすめが、純粋なる強敵の剣士として向かってきている。右から刃が煌いたかと思えば、向かってくる剣撃は左から。反応し、空間を切り裂きながらやってくる刃を斬り落とせば、次の瞬間には頭上から刃が振り落とされる。

 吐息にも似た不思議な笑い声がシルハの口から洩れた。


 「追い詰められるって感覚を忘れていたよ! このピリピリとした緊張感を実の娘からまた教えてもらうとはね!」


 段階を重ねていくようにノアの刃は加速する。受けている側のシルハの表情にも焦りの色が浮かび始めていた。

 最初はノアの剣の重さに驚いた。

 次は回り込みの早さに感心した。シルハが剣の狙いを定めて下した時には、背後に回り込まれ強制的に防御を強いられた。

 さらに戦いが進むと、ノアの姿が追えなくなった。今となっては、ほぼ殺気と空気の振動を頼りに攻防を繰り広げるしかない。


 ――私の理想が貴女の希望に追いついた瞬間だ。


 ノアの言い放った言葉がいよいよ信憑性を増していっているような気がした。

 本気の殺意で向かってくるノアを前にしながらもシルハは、不思議な高揚感が高まっていっているのを感じる。


 「嬉しいよ、ノア。どうしようもないぐらい、嬉しくて楽しくなっちゃうよ!」


 口角を上げたシルハは集中力をさらに高める。本当の本気のある一定の壁を超えた者しか見ることのできない世界に飛び込む。

 肉体の限界を強引に引き出されたことで先ほどまでは、目で追うのが精一杯だったノアの動きだったがコマ送りのように遅く見えるようになる。どう攻撃をしているのか、そしてその僅かな時間の中でのノアの手品の正体にも気づいた。

 瞬間的に別の場所へ移動することのできる瞬間移動の魔法をノアは使いこなしているのだ。アブソリュート状態で共有しているアルマの知識にノアは己の魔人としての才能を活かすことで、最小限の動きで最速の攻撃を実現しているのだ。

 自分の肉体に使用する魔法は使用者自信を傷つけ消耗させる。そのため、習得には簡単だが一歩間違えれば大事故を巻き起こす危険のある魔法だとされていた。クルミのような常識から大きく逸脱した者ならまだしも、神経をすり減らしながら使用する魔法を連続使用すること事態自殺行為とすら考える魔法使いもいることだろう。

 しかしながら、ノアは魔人だ。

 魔人は世界に満ちた魔力の恩恵を十分に受けて生まれてくる。そのため、魔人に近づこうとする魔法使いよりもずっと魔力の扱いに慣れている。それこそ、魔力なんて魔人からしてみれば魔力なんて空気よりもずっと身近な存在だといえた。

 魔法使いは決して魔人に魔法を教えることはない。

 魔人は決して魔法使いに魔法を教わることはない。

 そのため、決して合わさることのない力が混ざり合ったノアは世界でただ一人の人間と魔人の両方を兼ね備えた魔法の申し子とすら呼べるのかもしれない。まるで、昔からずっと学んできたかのようにノアは単純かつ凶悪な攻撃を繰り広げてきたのだ。

 だがそれも、これまでだ。

 魔王や勇者であるクルミとも何度も稽古として実践さながらの訓練を行ってきた。あの二人に比べれば、未だにノアの攻撃は甘いと評価するしかない。

 いくつもの死線をくぐり抜けてきた全力の最強の剣士の前では、今でもノアは子供のままだった。ただそれでも、自分と同じ剣士としての愛娘が同じ立場に立ってくれたことは何よりも幸福に感じられた。


 「――いいや、アンタはまだ私の背中を追いかけなさい」


 本気の一撃を受ければ、しばらくノアは動けないだろう。魔人の体は頑丈だし、今はアブソリュート・フォースで守られている。その力が仇になっているのだと内心でノアに言いながら、シルハは瞬間移動を行おうとする魔法陣を顔の前に出現させたノアへと剣を大きく斜めに振り切った。

 ノアの肉体が歪めば――。


 「なっ――!?」


 ――半分に分裂し空間に消えた。


 「――ほら、やっぱりモニカはダメじゃない。いつだって、私を助けてくれる」


 響いたノアの声に反射的に首を動かすシルハだったが、体が追いつこうとしない。ノアの攻撃を受け続け、蓄積したダメージが今出てきたなんて考えが追いつかないほどの衝撃を受けた。

 頭上から降りてくるのはノア。それだけなら、まだ理解できる。ただそこにいたのは、十名ほどのノアだ。

 これは魔法か、いや、魔法ならもっと曖昧であるはずだ。シルハだって魔人の一人。ただの幻影ではないことは、すぐに気づいた。まるで――そのままノアが増えたようにしか見えない。

 呼吸が乱れるほど驚いたシルハだったが、先ほどの言葉が脳裏に蘇る。


 ――ほら、やっぱりモニカはダメじゃない。いつだって、私を助けてくれる。


 そうか、これはあの子の力……!?



                 ※



 ノアは己の分身達に心で命じる。声を出すようなら、おそらくその間にシルハは迎え撃つ準備を整えるだろう。だったら、そんな時間はもったいないし、その必要はない。

 ノア・アブソリュートとしての力を手に入れてから、シルハを倒すためには前々からこの力を使うしかないと考えていたのだ。

 そのため、全力でたっぷりと時間を稼ぎ、その間に自分の分身を少しずつ増やしていった。どういうわけか、魔法使いであるアルマの力とは違い、モニカの勇者の力は使用するためにある程度の時間を必要とした。やはり勇者と魔人という性質は合わないのかもしれない。

 全員が一斉にシルハへと刃の先を向けていた。そこから、迸るのは雷と炎。

 剣が体の一部のように、少し考えるだけで刃から攻撃魔法が溢れ出る。僅かに胸の奥でチクリと痛むのは親を全力で攻撃するという躊躇。否、目の前にいるのは母として見るものではない、自分と同じ死闘を繰り広げた剣士だ。この戦いは下手な同情で終わらせるものではない。

 ノアは剣を真っ直ぐに伸ばした。躊躇も、過去も、弱さすら超えて――。


 「「「「「――雷撃裂ライトニングラッシュッ!!!」」」」」


 既にそれは雷撃なんて言葉すら生易しい稲妻。響き渡る雷鳴にシルハのいた場所から吹き上がる炎と合わせてみると火山雷のようにも見える。あまりの熱量のせいで、そこに大きなクレーターを作るどころか、どろりと地面を溶解させる。

 爆風に煽られて宙を漂うシルハを見つけたノアは、シルハの漂う場所まで走り飛び抱きかかえれば、そっと部屋の端に降ろした。同時にノアは、久しぶりに会った母親の体の軽さに驚いた。それは自分の力が強くなったからなのか、それとも彼女の体に対してそう感じてしまうからなのか。

 薄く目を開けてノアを見つめるシルハと視線を交錯する。


 「もう戦わなくて、いいんだ……」


 シルハは震える手でノアの肩を掴む。


 「しかし、私は……」


 「いいんだよ、お母さん。これから、私達が貴女達の覚悟を背負うことに決めた。……貴女達よりもずっと困難な道を選ぶことに決めたよ」


 戦いが終わったからなのか、自然にシルハの心にノアの言葉が染み込んでいく。

 自分の求め続けた理想が、愛した希望によって砕けた瞬間だった。それは、ただの言葉だけだからではない。今まで見たことのない、どう言っていいのかも分からないほどの無邪気な――満面の笑顔だった。

 その顔を見たシルハは、体が軽くなっていくような気がした。それから、込み上げてくるのは涙。子供のように泣き出した母をノアは、穏やかな眼差しで見つめていた。


 「貴女の戦いは終わった。……やっと貴女の背負っていたものを、私は背負えるようになったよ。遅くなったよ、お母さん」


 ずしりと重たくなるその体の感触を嬉しく思いながら、ノアは自分とよく似たその顔の頬にキスをした。

 うまくは言えない分、最大限の愛情と行動で感謝をする。


 ――ありがとう、お母さん。と。



                ※



 時間は少しばかり前後し、場所は最終決戦の魔王の座に移る。


 ――それは、どうかな?


 キリカの堂々とした言葉を前にして、クルミは一切の表情を変えることはない。キリカが、戦闘中に口先だけの脅しをするような子ではないことを知っていた。そして、その言葉からモニカ達の戦いが、クルミにとって良くないことで終わろうとしていることに気づいた。

 そもそも、魔王城はクルミが作り出したものだ。薄々と仲間であるシルハとイリヤの反応が薄くなっていることは感じ取っていた。


 「……そうか、私が思っていた以上にモニカちゃん達は強くなっていたんだね」


 「ああそうさ、キミが思っている以上にモニカ達は強くなった。――それは、ボクもだ!」


 つい今まで、モニカの横に立っていたはずのキリカの姿が消えた。その次に金属音が聞こえた時には、キリカの姿はクルミの前に立っていた。

 クルミのカルプルヌスとキリカのアンナス・セイバーが悲鳴を上げるように、火花を散らす。それは火花と呼べるものではなく、単純に互いの魔力がぶつかり合った上の魔力の摩擦によるものだ。

 続いて左手からアンナス・セイバーを発生させれば、横に振るいクルミと距離を開けた。


 「モニカッ!」


 間髪入れずに、モニカの名前を叫んだ。弾かれたように、モニカは全身におうえんスキルを満たせば、弾丸のようにクルミへと突進した。

 剣を振り、クルミはカルプルヌスで対抗する。しかし、圧倒的に力量の足りないモニカでは受け止めることが関の山だ。


 「ボクはここだぞ!」


 モニカに気を取られたクルミは背後に回り込んだキリカに慌てて反応するが、光のような速さで現れたキリカの刃はクルミの体を裂こうとする。


 「隙なんてありはしないよ!」


 モニカを足蹴にしたクルミは背中を向けたままで、背後からやってくるキリカを払いのけた。前方と後方で転がっていくモニカとキリカの姿を見ながら、自分がじりじりと追い詰められていることに気づく。


 「二人そろって、ようやく私と向き合えたってことか」


 「そうだ」と答えたキリカはゆっくりと立ち上がれば、手の甲の輝く印を掲げてみせた。


 「これが勇者の印だと思っていたけど、まさか魔王の印だったなんてね……皮肉なものだ。倒さなければいけない敵がボク自身だったなんて。でもね、ボクはこの決められた運命を超えていける。……ボクらは」


 「私達は」と、傷ついた体を立ち上がらせるモニカ。その右手の印を輝かせる。


 「……私達は、今までの勇者でも今までも魔王とも違う。これからだって、ずっと戦い続けるとは限らないよ。……私とキリカちゃんで、これからの世界を変えてみせる」


 「そう簡単に変わるものか! 世界は何度だって、同じ過ちを繰り返す! モニカ、私達が住んでいた元の世界だって同じことだろう!?」


 無意識の内に声を荒げるクルミ。じわりじわりと近づいていた不安が形になりだした瞬間だった。そして、その不安はさらにはっきりとしたものに変わる。


 「いいや、違うな」


 新たな声が響く。モニカぐんだんの出現で、壊れた壁の中からノアの姿が現れる。鎧は完全に壊れ、全身が傷だらけだというのにその目からは強い意志が燃える。


 「同じじゃないさ、この世界はお前の世界とも違う。それだけじゃない、ここにはモニカと私達がいる」


 もう一つ足音が聞こえたかと思えば、ノアの後ろからアルマも姿を現した。


 「まだ未来がある、明日がある。……それだけで、なんだってできるのよ。アンタ達は、そんな当たり前のことを絶望を前にして忘れてしまっただけよ」


 モニカ、キリカ、ノア、アルマの四人は武器を握る。

 モニカは汚れた手で勇者の剣を握り、

 キリカは赤い目をさらに輝かせながら、両手に一本ずつのアンナス・セイバーを発生させ、

 ノアは再び魔人化しながら、腰を低くし、

 アルマは背中から魔力による翼を発生させて、光の剣を握る。


 『テッテテー! おめでとう、キリカがモニカの仲間になったのじゃ!』


 場違いな樹木神の声を耳にしたモニカは、深く大きく深呼吸をした。そして、この旅で出せるようになった大きな声を発した。


 「――よし! 行こう、みんなっ!」


 その声を合図に、モニカ達はクルミに飛びかかった。

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