1話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル92
クリムヒルトを出発した一行は、例のごとく山道を歩いていた。
山は山だとしても、ここは今まで歩いた道の中では斜面が急な道が多く、おぼつかない足取りでモニカが、フラフラと道を進んでいた。
「あいった!」
「大丈夫か、モニカ!」
突然、地面から半分顔を出した岩に躓いたモニカを気遣うようにノアは腰に手を回して、無駄に体を密着させて体を受け支える。
「あ、ありがとう。ノアちゃん」
「はぁはぁふぅふぅ……。これが、モニカの香りだ……。たまらんな、これでサンドイッチが作れるな」
「ノアちゃん!? 何か、スゴイ怖くて意味不明なことを言っていることに気づいてお願い!」
先頭を歩いていたアルマが、気づけば離れていたモニカとノアを見て苛立ちのままに叫んだ。
「――うるさい! 二人とも! そんなことしているから、山道で躓くのよ!」
「私は躓いてないぞ」と否定するノア。
「揚げ足取るぐらいなら、ちゃんと助けてから揚げ足取りなさい!」
アルマは溜め息を吐けば、近くの大きな岩に背中を預けた。
どうして、今自分がこんな場所にいるのかをアルマはここで改めて考えてみる。
クリムヒルトで経験した忌むべき戦いの後、祖母であるプリセラの協力を受け、この世界の異変とも呼べる黒い炎の気配を探っていた。
胸元に手を突っ込めば、首から提げたペンダントを取り出した。先が透明なガラス玉のようなものを付けたペンダント。これは、プリセラが用意してくれた黒い炎の魔力の反応を探知することのできる魔法具だ。
黒い炎に近づけば近づくほど、ガラス玉の中の魔力物質と標的の魔力が反応して液体が溜まる仕組みになっている。
今のアルマなら、魔法少女というかなり特殊な魔法使いであるため、強力な魔法使いなら近くにいれば分かるだろう。しかし、相手は規格外の魔法を扱える凶悪な存在だ。簡単には敵も尻尾を出さないことは容易に想像できた。プリセラとアルマの二人の力を合わせて、やっと最近強い魔力が発生した場所を発見することができた。現在の目的地は、その魔力の反応があった場所なのだが、黒い炎に関係するかは分からない。一応の目的地に近づいているはずだが、一向にペンダントが反応しないことも気になる。それでも――。
「――絶対に見つけてみせる」
気合を入れて呟けば、頭に手を伸ばしたところではっと気づいた。
あの三角帽子はもう被っていないのだ。あれは、魔法使いが持つものだ。今の自分は魔法少女。着ているものは、あの制服と変わらないが、そこには黒いローブは明るい淡い赤色のローブに変わっていた。同時に、自分の中の進むべき道が定まったようにも思える。
「――おーい! アルマー! 黄昏てないで、早く急ぐぞ!」
既に先を歩いているアルマの背中にはモニカが背負われていた。
「らくちん、らくちんー」とモニカは、暖をとろうとしいている猫のように目を細めている。
正直、ノアと触れ合うのは嫌なのか嬉しいのかはっきりしてほしいところだとアルマは思う。
「人がせっかく、これからのことを考えようとしていたって時に……。空気が読めないわね……」
「どうした。置いていくぞー」と急かすノアを見ていれば、うだうだ考えているのも妙に肩に力が入るのもおかしなことに思えてきた。ただ今は前進するのみだ。
「分かった! 分かったわよ! だけど、アンタ達だけで行くと道に迷うから、大人しくしてなさい! いいわね!!!」
困った二人だと内心で笑いつつ、ただ先へと歩き出した。
※
三日ほど山中を歩き続けた三人は野宿を挟み、ペンダントの反応を頼りに進んだ。そうして、山を乗り越えた先である小さな村に辿り着いた。
活気があるとは言えないが、それでも穏やかなその村独自の穏やかな雰囲気に疲労を重ねていた三人は安堵の息を漏らす。
宿を取り、久しぶりの落ち着いた食事をとるために食堂で席に着いた三人。
「ねえ、ノア。……アンタ気づいている?」
おもむろにアルマがそんなことを口にする。モニカは不思議そうに「気づいてる?」とアルマの言ったことをオウム返ししていたが、ノアの表情には戸惑いはなく神妙に頷いた。
「ああ、やはり私の気のせいではなかったか……」
「もしかして、アンタここでなんかしたの? 暴走するところがあるから、ちょっと疑っているんだけど」
「馬鹿を言うな。ついこの間まで、しがない村娘だったんだ。いくら私のモニカへの想いが少々病的だとしても人から嫌われるようなことはしていない」
「病的だって気づいたことに、改めて驚いたわ」
「――ちょ、ちょ、ちょっと! 二人とも! 一体、さっきから何の話をしているのー!」
二人だけで話をしていた間に割って入るようにモニカが両手を上げて自分をアピールする。アルマは少し困ったようにノアと目を合わせれば、モニカの耳に顔を寄せた。
「どうやら、私達……この村の人達に凄く見られているみたいなの?」
「見られている……。てことは、私の勇者としての知名度が上がったってこと!?」
キラキラとした眼差しをアルマに向けるモニカ。対して、アルマは疲れたようにゆっくりと首を横に振った。
「たぶん、違う。……まあ、悪意は感じられないというか悪い風に見られているようには思えないんだけどね」
「確かにな」とノアが頷けば、捕捉するように言葉を続けた。
「不思議そうに、まるで珍獣でも見るような目だ。どういうことだ、ここではそんなに女の旅人が珍しいというのか」
「若い人やよそ者が珍しいてのは、最初に感じていたんだけど……途中からはどうもそんなんじゃないのよ。……ていうか、モニカ。気づかなかったの?」
あはははー、とモニカは乾いた笑い声を上げた。
「ああアレね、あの感じの視線だよねー。こうビュション、ヌッション、ていう風なあの肌にまとわりつくノアちゃん的な視線だよね」
「意外とおしい」
「おしいとは何だ、私に失礼だぞ。主にアルマ。……実際は、ぬあーん、のふうーん、ていう感じの視線だったぞ」
「……おしいとか言ったことは謝るから、二人で馬鹿面して、変な声を出すのはやめましょう」
アルマがとりあえずその場をまとめたところで、トレイを持った自分達と年齢の変わらないぐらいの給仕の女性がやってきた。茶色の三つ編の髪に垂れた眉が、優しげなイメージを与える少女だった。
トレイの上には三人分の食事。テキパキに並べられるのを見ている内に、モニカ達の悩みは遠くに消えていったようだった。
全員分の料理の確認が終わり、さて、今から待ちに待った時間だとスプーンやフォークを手にした――。
「――どうした、何か聞きたいことがあるのか?」
ノアの鋭い声が聞こえ、モニカとアルマは食事に伸ばしていた手を止めた。ノアにいたっては、スプーンもフォークも握ることはなく、じっと一点を見ている。その視線の先には、トレイを胸元で抱きしめた給仕の少女がじっとノアの顔を見つめていた。
「うぁ……えっと……」
もじもじとする給仕の少女は不安そうだ。普段から威圧感があることも影響しているのだが、いくつもの修羅場をくぐってきたノアの鋭い眼差しで真っ直ぐに見られたら普通の少女ならまともに会話もできないはずだ。
アルマが助け舟を出そうとした時に、大きな深呼吸を一回した給仕の少女は目を見開き真っ直ぐな声を発した。
「――む、昔、ここにいた女性の戦士様とよく似ていたものですから……。まるで、その人が年をとらずに、またやってきたみたいに思えて……」
「なーんだ、そっくりさんがいたの」
途中まで開きかけていた口を軽口に変えたアルマは、モニカと一緒に肩の力を抜いた。しかし、ノアだけはその額から頬を一筋の汗が流れた。
様子のおかしなノアにモニカが「ノアちゃん?」と心配そうに声をかけるが、それに反応することはない。その姿に、アルマも違和感を覚え始めるが、給仕の少女はノアが怒っていると思ったのか申し訳なさそうに言葉を続ける。
「すいません、すいません! 昔、その戦士様にこの村は危機を救われました。だから、その戦士様はこの村では知らない人がいないぐらい有名な人なんです。でも、世界の異変を追って近くの洞窟に行くと言ったきり、もう戻って来ませんでした……。みんなはもう諦めているみたいですが、私は戦士様が生きていると信じています。……だから、きっと村の人達が戦士様に似ている方がやってきたので、もの凄く驚いたんだと思います。……本当に申し訳ございません!」
頭を下げている給仕の少女よりも明らかにノアの方が動揺していた。テーブルの上のコップの水を飲み干すと、少しずつ言葉を発した。
「その女戦士の名前は……なんだ?」
やっとの思いで、という感じでノアが言えば、給仕の少女はすぐに答えを告げた。
「――シルハ様です! 凄くかっこよくて綺麗で優しい方なんですよ! それにそれに――」
「――母だ」
「――へ?」
はっきりと聞こえたノアの言葉を確かめるように、給仕の少女はノアを改めて見た。そして、はっきりと顔を上げて言った。
「シルハは、私の母だ。母さんなんだ……」




