21話 PK事件
「ここ最近、ランキング上位のプレイヤーが襲われている事は知っているか?」
賑やかなカジノの中、テーブルで向かい合いながらシドはユーリにそう聞いた。
「ああ、それなら丁度、一昨日テンヤから聞いたよ」
「……テンヤが?」
すると、シドは僅かに眉を顰める。そしてユーリは、そんな彼の様子に首を傾げながら言葉を続けた。
「うん。テンヤも担当の人からその話を聞いたみたいだけど」
「そうか……」
ユーリの続けた言葉で、シドは更に考え込む素振りを見せる。
しかしそれもほんのわずかの事。シドはすぐに思考を切り替え、本題へと話を切り替えた。
「なら話が早い。その事件に関する調査が、今回受けた依頼の内容だ」
「は? 何だって運営がそんな依頼すんだよ」
突然、二人の会話に口を挟む形で、カケルが疑問の声を発した。
ユーリとしても同様の疑問を感じていたのだろう。会話に割り込まれたというのに特に気にした様子を見せてはいない。
別に、運営がプレイヤーに対して何らかの依頼をするというのは、珍しい事ではあるが異常なことではない。
元々、この仮想世界は広大すぎるのだ。現在確認されている領域だけでも、日本と同様の面積が有ることが分かっている。
それだけ広いと、監視の目が行き届かないのも無理はない。
例えば、現実世界では無数の人工衛星が飛んでいるが、地上で起こる事件の一つ一つ、全てを把握することはできない。それと同じ事だ。
そのため運営側では、仮想世界で異常な事態が起こった際には、その調査を信頼できるプレイヤーに依頼することがある。
しかし今回の話は、通り魔と言っても所詮はただのPKだ。わざわざ運営側が調査に乗り出す内容とも思えなかった。
「どういう意図かは知らん。私が頼まれたのは、犯人の特定、及びその目的を探ることだ」
「ふーん……それは分かったけど、何でカジノに来てるの?」
ユーリは適当に相槌を打ちながらそう聞いた。
「……今までの情報から、犯人がここに来る可能性があったのでな」
「へぇ、一昨日依頼をうけたばかりで、もうそこまで分かってるの?」
ユーリは、シドの答えに感心した様子を見せた。ほんの一日や二日で、犯人の居場所に目星を付けるなど、そうそうできる事ではない。
「あくまで、可能性の話だ。少ない可能性でも、当てもなくさまようよりはましなのでな」
「ふーん……」
それを聞いたユーリは、再びどうでもよさそうに相槌を打った。
元々、ユーリが聞きたかったのは、なぜ会議に来なかったのか、という事だけ。
以来の内容自体にそこまでの興味は無かったのだろう。
しかし、その隣で話を聞いていたコトネは、何か気になることが有ったのか、シドに対して質問を投げかけた。
「……あの、その通り魔について、詳しく教えてもらえませんか?」
先ほど険悪な空気になった相手に対して話しかけるのは躊躇いがあるのか、コトネはわずかに躊躇する様子を見せながらも、シドに対して説明を求めた。
もっとも、シドはそんなことは気にしていない様子で、PKに関する情報を説明し始めた。
――――――――――――
昨年の10月中旬、ランキング100位のプレイヤーがPKにあう。
ひょっとしたらそれ以前、101以下のプレイヤーもキルされていた可能性もあるが、少なくとも現在確認されている限り、通り魔が活動を開始したのはこの時期からだと考えられる。
それ以降、ランキング上位のものが順々に倒されていき、少なくとも47位までのプレイヤーがPKにあったことが確認されている。
そのどれもが、高威力の魔法を見えない場所から不意打ちされたことによる、一撃での死亡。そのため、犯人の姿を確認できたものはいない。
その手口が同じであることから、これらの襲撃は、高確率で同一犯の手によるものである。
襲撃の発生は不定期。1日の間に二人のプレイヤーが襲われたこともあれば、一回の襲撃から数日の間が置かれたこともあった。
しかし、それでも一週間以上の間が置かれたことは無く、その短期間で複数のプレイヤーの居場所を掴み、襲っていることから、単独犯ではないと考えられる。
犯人の目的については、現状断定することはできない。
しかし、上位ランカーの全てが襲われたわけではなく、その襲われた者、襲われなかった者の共通点から、金銭が目的ではないかと予想される。
――――――――――――
「今のところ、分かっているのはこれぐらいか」
一通り説明し終えたシドをよそに、コトネは何やら考え込んでいる。
特に、犯人が単独犯ではないと言うところで、コトネの様子に真剣みが増した。
説明が終わっても、何の反応も返さないコトネに、シドは訝しげな表情を向け、場には沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、カケルだった。
「なぁ、それでどうしてカジノに来ることになるんだ?」
上位ランカー狙いのPKなら、カジノに探しに来るのは見当違いではないのか。そんなカケルの問いかけに対して、シドは淡々と返答した。
「犯人の目的は金。複数犯で、それなりの実力を持っている。ならば当然、一昨日のクエストは受けている筈だ」
説明するまでもないだろうが、一昨日のクエストというのは、大晦日のおみくじクエストのことだ。
LUC値の補正はプレイヤーの金銭関係に影響を与える。
金目的のプレイヤーで、それなりの実力を持っているならば、おみくじクエストを受けている可能性は高い。
「あぁ、なるほ……いや、ちょっと待て」
それを聞いたカケルは一瞬納得しかけるが、即座に思い直して再び問いを繰り返す。
「LUC値の補正つっても、そんなに儲けられるもんじゃねぇし、それに、カジノなんて他の街にもあるだろ?」
ユーリ達が受けたような最高ランクのクエストならばともかく、それ以外のおみくじなど、それほど大きい効果は無い。
せいぜい、カジノで大損する確率が限りなく低くなる程度。必ず勝てる保証を得られる程ではない。
それにそもそも、数ある街のカジノの中で、この場所に犯人が来る可能性がどれほどあるのか。
カケルはそれが疑問だった。
「元から期待はしていない。だが、少なくとも可能性はあるし、そうでなくとも人が多くて情報が集まるのでな」
「……次に狙われそうなプレイヤーに張り込んだ方がいいんじゃねぇか?」
「その標的のプレイヤーの居場所を特定するのも時間がかかり面倒なのでな」
「いや、あんた、一昨日依頼を受けたばっかで、さっきの情報集めたんだろ?
それだけの情報源があんなら、有名人の行動範囲ぐらい把握できんだろ」
するとシドは、珍しく顔をそらし、気まずそうに口を開いた。
「……さっきのは、ネットで集めた情報と私の推測を統合したものだ」
「ネットかよ!!」
カケルは予想外の言葉につい、驚愕の声を上げた。
あれほど、自信満々に、確信したように話された情報が、ネットで集めたものだというのは完全に予想外だ。
カケルはてっきり、広い人脈やら、凄腕の情報屋やらを駆使して調べたのかと思ったのに、その情報源がネットとは、あまりにも普通すぎだろう。
「ネットと言っても、ちゃんと信頼性の高い情報を集めた」
「いや、別に情報が信用できないとかの問題じゃねぇよ」
脱線してきたカケル達の会話をよそに、コトネはユーリの袖を掴んで、ちょいちょいと引っ張った。
「ん?」
ユーリがそちらの方を振り向くと、コトネは顔を近づけて小声で話しかけてきた。
「ねぇ、兄さん。その通り魔って、もしかして……」
そこまでで、何が言いたいのか察したユーリは、コトネに合わせて小声で言葉を返した。
「ああ、多分さっきの人達だろうね」
二人の頭の中には、先ほど闘技場で出会った黒マントの青年の姿が浮かんだ。
「ッ! ……このこと、話さなくていいの?」
そう聞かれたユーリは、何やら悩む様子を見せる。
「んー、別にそんな義理もないし……」
以前にも述べたが、≪エニアグラム≫のメンバーは仲間同士でも、友達同士でもない。基本的にはゲームクリアを目指すライバルだ。
そんな相手に対して、ユーリがただで情報を渡す理由はない。
もっとも、渡さない理由もないため、ユーリとしてはどうでもいい、というのが正直な気持ちだった。
聞かれたら答えればいいし、聞かれもしないのに教える必要も無いと言った感じだ。
そんな二人のコソコソとしたやり取りに気が付いたらしく、いつの間にかシドとカケルの視線が二人に向いていた。
「何の話だ」
聞かれたら答えればいいのスタンスでいたユーリは、シドからの問いかけに素直に答えることにした。
「あー……僕ら、多分その通り魔にさっき会ってる」
「「………………はぁ!?」」
長く感じる数秒の沈黙の後、カケルとシド、二人の驚愕の声が同時に響いた。
シドに至っては、落ち着いたクールな雰囲気が崩壊している始末だ。
「どういうことだ。詳しく聞かせろ」
そうしてユーリは、先ほど闘技場での出来事を話し始めた。