二話
突然現れたシスターに小百合達は警戒心を持ち、不審げに見つめる。
じっくりと目の前の人物を観察すると、桃花達とはまた違った美女だ。
桃花がお姉さん的な容姿に対し、シスターはお姉様といったセクシー系。
服の上からでも分かるメリハリのある体は同性から羨望の目で見られるだろう。
一言で表すならエロい。
禁欲的な修道服に反し、妖艶な色気がダダ漏れであり、とても聖職者には見えない。
「初めまして、あたくし、榎奈と言うの。よろしくねぇ」
挨拶されるが小百合達は一言も返さない。
シスターとしてはフレンドリーに挨拶したようだが、小百合達には彼女の行動が不気味に映る。
目が覚めて自身の足元には魔方陣が描かれていて、知らない場所にいてやって来たのはシスター。
口調もねっとりとして厭らしいし、とても本職のシスターには見えない。
警戒を解く方が無理な話だ。
「うふふ、警戒しているのね、可愛い。あたくしは敵ではないわ。その証拠に、貴女達の疑問に答えて差し上げてよ」
「ここは何処? どうして、あたし達はここにいるの?」
始めに口を開いたのは少女だった。
一番知りたいことを聞いてくれたので、小百合も聞き耳を立てる。
「ここは異世界ノルアールで、貴女達は女神様に召喚されたのよぉ。言っておくけど、あたくしの頭は正常で、狂人ではなくってよ」
左手でロザリオを握り、右手を小百合達に見えるように向けると小さい炎が上がった。
魔法みたいな現象に小百合は目を瞬かせ、頬を抓るが痛い。
シスターの言った通り、異世界なのかもしれない。
「そんなの手品でも見たことあるわ」
信じそうになっていたのだが、鼻で笑う少女の言葉で現実に引き戻された。
確かに、手品で似たようなものを見たことがある。
他の二人も同じだったようで、納得しかけていた顔から一転、まだ警戒心は解かない。
「やあねぇ、用心深い。まあ、いいわぁ。外に出れば嫌でも納得するわねん。ついてらっしゃい」
「そう言われて素直について行くと思うの?」
「でもぉ、何かするなら眠っている間にしてよ?」
シスターの言葉に少女は黙る。
「分かった。私は貴女について行こう」
名乗りを上げたのは女学生で小百合も便乗する。
魔法陣の敷かれた怪しい場所で待つのは苦痛だ。
「わ、私も行きます」
「うん、私も。お姉ちゃんも行こう」
桃花が姉を促し、少女は渋面ながらも頷いた。
「じゃあ、こっちよぉ」
シスターが手招きし、四人は後をついて行く。
外に出ると緑豊な地が広がっていた。
見上げた空は青く、どこまでも澄んだ空気は美味しい。
建物を振り返るとギリシャ神話などに出てきそうな神殿で、あまりの神々しさに足が止まる。
「綺麗だな」
「うん」
「これを見ると、本当に異世界なのかもしれない」
「そう、ですね」
女学生の言葉は小百合が心の中で思っていたことだ。
言葉にしてしまえば本当になってしまいそうで、怖くて口にできなかった。
「あんた達、早く来なさいよ」
少女の怒声に小百合と女学生は足早に追いかけた。
三人が待っている先には一面花畑。
様々な色、種類の花達の中心には小さな泉があり、花に負けないほど美しい幼女が立っている。
六歳くらいだろうか?
幼女の姿を確認するとシスターが一目散に走っていった。
「花織様!」
置いてけぼりを食らった小百合達もシスターの後を追う。
「×××××、×××」
幼女、花織の口から知らない言語が流れる。
日本語ではないし、英語のようでもない。
母がよく見るドラマの韓国語でもないようだし、発音の響きからドイツ語やイタリア語も違う。
首を傾げる小百合達にシスターは、右手を頭につけため息を吐く。
「あ~あ、忘れたましたわぁ。貴女達、この泉に浸かってくださいな」
「はあ? いきなり何を言うの?」
「うふふ、え~い」
シスターが笑ったかと思えば、気の抜けたような掛け声をかけると少女が泉へと落ちていく。
超能力、はたまた魔法かと思えば、何てことはない。
少女のいた場所には青年が両手を伸ばした格好で立っている。
シスターの掛け声と共に、彼が少女を泉へと落としたのだ。
えげつないと思っていると、シスターは小百合達に目を向ける。
「さぁ、貴女達もどうぞお入りなさいな」
シスターはあくまでお願いを口にしているが小百合には分かった。
断れば、少女と同じように突き落とされることを。
三人で見合わせるが、一人問題がある。
車椅子で入ることはできない。
「私が入れよう。いいか?」
「うん、お願い」
桃花は先ほどと同じように女学生がお姫様抱っこして入れることに決まった。
爪先からゆっくりと足を入れていく。
驚くことに泉の水は冷たくも温くもない。
温度が全く感じられなかった。
一度片足を引き上げると、靴はおかしいことに濡れていない。
もたもたしていると、背後に誰かが立っているのを察知した。
落とされる前に自分から飛び込んだ。
肩まで漬かっていると、何か忘れているような気がしてならない。
そう言えばやけに静かだ。
周囲を見渡して一人いないことに気づいた。
青年に落とされた少女がいない。
「あ、あの、貴女のお姉さんは……」
「へ? あ! やだ、お姉ちゃんは金槌だった。溺れてるかも」
「それはまずい。私が……って、無理か。すみませんが、宜しくお願いします」
小百合が任され、眼鏡をジーンズポケットに仕舞ってから泉に顔を漬ける。
思った通り難なく目を開くことができ、水底に沈んでいる少女を見つけた。
慌てて潜って引っ張る。
少女は体を小さくして震えていた。
意外と強い力で引っ付かれたが、女学生が来てくれて二人がかりで陸へと運んだ。
「初めまして、皆さん」
今度こそ花織はしっかりとした言葉で呼びかけた。
先ほど入らされた泉には翻訳機能があったようだ。
「私はこの世界ノルアールの創造神の娘で、今は管理者として守護する女神です」
突拍子もないことを言い出した花織に小百合は目を丸くする。
「言いたいことは後でねぇ。今は、女神様の言葉を黙って聞いてねぇん」
口を開いて何か言おうとした少女をシスターが先に制す。
「突然のことですが、私が貴女達をこの世界に召喚しました。理由として、この世界は滅びに向かっているからです」
語り出した花織の顔色は悪い。
冷や汗を掻き、体はちゃんと立っていられないのか揺れている。
知らない言語で話しかけてきた時よりも体調は悪そうだ。
「我が父の趣味によりノルアールの女性が絶滅してしまい、このままでは種が滅びてしまいます。そこで、地球で死ぬ筈だった貴女達を喚び、防ぐことに決めたのです。どうか、私に力を貸してください。この世界の者達を助けてください」
小百合なりに花織の言葉を纏めてみると、用は地球で死ぬ筈の命を助けたのだから私に協力して世界を救え、ということらしい。
勇者なんだから魔王を倒せとかいう無茶な注文ではないがこれもこれで酷い。
助けるということはノルアールの男の子どもを孕めと言っている。
「ふざけないで!」
小百合と同じ考えに行き着いたのか、少女は激昂して花織に掴みかかろうとする。
「ごめんなさい。謝り足りないですが、ここまでのようです」
目蓋が閉じると、膝から崩れ落ちた。
すぐに手を貸したシスターの手をしっかり握り締めると、苦しそうな顔のまま言葉を残す。
さすがに少女はこんな状態の花織を前にして、握り締めていた拳は下げた。
「榎奈さん、後は頼みました」
シスターが返事をする前に、花織の姿がたちまち縮んでいき赤ん坊になってしまう。
同時に泉の水が引いていき、水溜りくらいの大きさに変化した。
「花織様」
切なげに女神の名を呼び、縮んだ赤ん坊を抱きしめる。
何とも言えないしんみりとした空気の中、誰も口を開けずにいると少女が一歩前へ出た。
「ちょっと、どういうことなの?」
「花織様は力を使い果たし、永い眠りにつかれたのよぉ。当分の間、起きないわねぇん」
口調は同じだが声が小さく震え、弱弱しくなっている。
「私達はどうなるんですか?」
遠慮がちに女学生が尋ねる。
「それについては、あたくしが任されているから安心してぇ。八手、花織様をお願いね」
「うん、分かった」
少女を突き落とした青年が花織を受け取り、神殿の方へと向かっていく。
八手を見送ってから、シスターこと榎奈が両手を叩く。
小百合達の関心を集めると、暗かった表情は影を潜め笑顔になる。
口元が少し引きつっていて、作っているのが分かり痛々しい。
「まず、始めに自己紹介をしましょう。あたくしは榎奈」
「わたしは、う」
続けて少女が名前を言おうとすると、榎奈が大声を出して止める。
「ストーップ! 言い忘れたわぁ。苗字は言わないで、名前だけを言ってねぇん」
「あたしは桜花。言っておくけど、これでも大学生だから」
気を取り直してから、よく通る声で大学生を強調する。
身長が低く童顔、おまけに胸もないので小学生に間違われるのだろう。
「私は柳美です。こんな外見ですけど、女なのでよろしく」
スカートを摘み、女性ということをアピールする。
桜花が驚いたように小百合でも聞いた事のある有名なお嬢様校の名を呟くと、合っていたらしく柳美は微笑する。
「わ、私は小百合です。よろしくお願いします」
榎奈を除いてこの中で年上なのだが、性格上どうしても遠慮がちになってしまう。
「私は桃花だよ。桜花お姉ちゃんの妹で十六歳。よろしく」
元気良く桃花が挨拶して、自己紹介が終わる。
「さっそく、説明と言いたいけどねぇ。それは明日にするわねぇん」
「どうして?」
「一回で説明されても頭がこんがらがっちゃうでしょぉ? 一日置いてからの方が効率がいいのよん。部屋に案内するわぁ」
神殿に戻り、案内された部屋はシンプルで質素だが自分の部屋と同じか少し大きいかもしれない。
榎奈の指摘通り、小百合はいっぱいいっぱいだった。
異世界に召喚されたこと、魔法のこと、何よりも自称女神幼女が赤ん坊になってしまったのが衝撃で、精神的に疲れて何も考えることができない。
腰掛けたベッドに横たわり、目を閉じる。
「訳分かんない」
何で自分だったのだろうか?
理不尽な運命を呪いながら、小百合の意識は落ちていった。
小説情報にR15と残酷な描写を追加しました。
まだ先ですが旦那様ができるので、キス以上の表現が入ると思います。
後、ファンタジーとしては魔物と戦いたいので、戦闘シーンで血が出たりとかします。