第6話 王宮への招待状
翌朝。
俺の人生で、一番ありえないものが届いた。
王宮からの手紙だった。
正確には、王家の紋章が押された正式な召喚状。
それを見た役所の職員たちは、誰も声を出せなかった。
「……エイル。」
上司のバルトが震える手で紙を見る。
「これは本物か?」
「俺にも分かりません。」
「分からないって……」
バルトは深いため息をついた。
「王宮がお前を呼ぶ理由なんてないだろう。」
その通りだった。
俺はただの雑用係。戸籍台帳を運び、古い書類を整理するだけの人間だ。王宮の人間と会話する資格すらない。
それがこの国の常識だった。
「何をした?」
バルトが小声で聞く。
「何も。」
本当は言えない。
皇女を助けたことも。戸籍を書き換えたことも。
すべて話せば、この役所だけでなく、ここにいる全員が危険になる。
「……気をつけろ。」
バルトは真剣な顔で言った。
「王宮は、ここよりずっと怖い場所だ。」
その言葉は妙に重かった。
俺は荷物をまとめ、役所を出る。
いつも歩いている街。しかし今日は、周囲の視線が違った。
「あの人、王宮から呼ばれたらしい。」
「労民なのに?」
「何か犯罪でもしたんじゃないか?」
噂はすぐ広がる。この国では、身分の違う場所へ行く人間は、それだけで異端なのだ。
王宮の門へ到着する。今まで遠くから見ていた巨大な門。
門番が俺を見る。
「身分証を。」
俺は差し出す。
門番の表情が変わった。
「……労民?」
嫌悪の色が浮かぶ。
「ここは王宮だ。」
「分かっています。」
「お前のような者が入れる場所では――」
「彼は私が呼んだ。」
後ろから声がした。振り返る。
そこにいたのは、リリアだった。
いや。今の彼女は、昨日までの逃亡者ではない。
質素な服ではあるが、立ち姿だけで分かる。皇族の人間だ。
「皇女殿下……」
門番が慌てて頭を下げる。俺は思わず息を止めた。
昨日まで、追われていた少女。
今日は王宮の中で、堂々と立っている。
「彼は私の協力者です。」
リリアが言う。
「今後、王宮内で働いてもらいます。」
門番は驚く。
「しかし……」
「問題がありますか?」
その一言で、門番は黙った。
身分制度の頂点にいる人間の言葉。それは、絶対だった。
俺は王宮へ入った。そこは、別世界だった。
床には高級な絨毯。壁には巨大な絵画。歩く人間は皆、綺麗な服を着ている。
だが。俺には分かった。
ここにも同じものがある。
壁だ。
見えない壁。身分による壁。
貴族たちは、俺を見るたびに眉をひそめる。
「誰だ、あの男は。」
「平民……いや、もっと下か?」
「なぜ王宮にいる?」
小声が聞こえる。リリアは気にしていない。
しかし俺は理解した。
ここでは。
俺が存在するだけで、敵が生まれる。
「エイル。」
リリアが立ち止まる。
「今日からあなたには役職を与えます。」
「役職?」
彼女は一枚の紙を取り出した。
そこには、正式な王命が書かれていた。
『王国戸籍管理改革室』
その責任者。俺の名前。
「待ってください。」
思わず声が出る。
「俺は役人ですらありません。」
「今日から違う。」
リリアは言った。
「あなたには、この国の人間を知る力がある。だから必要なの。」
俺は紙を見る。
戸籍管理改革。
つまり。この国の身分を管理する場所。
俺は笑いそうになった。
昨日まで身分制度に苦しめられていた。
今日からその制度を管理する側になる。
「無理だと思っていますか?」
リリアが聞く。
俺は少し考えた。確かに怖い。貴族相手に戦った経験などない。権力もない。味方も少ない。
でも。
俺には一つだけある。
何万人もの人生を見てきた経験。
「やります。」
俺は答えた。
「この国の記録を、全部見直します。」
その瞬間。
王宮の奥で、一人の男が報告を受けていた。
「皇女リリアが動きました。」
「そして、隣には労民の少年がいます。」
男は笑う。
「労民が王宮へ?面白い。」
彼は新皇帝の側近。この国の実権を握る大貴族だった。
「ならば見せてもらおう。身分なき者が、どこまで足掻けるのか。」
こうして。
最低階級の少年と、最高階級の貴族たちの戦いが始まった。




