第20話 未来を選ぶ国
反乱軍の城、広間の中央で俺とアルベルト公爵は向かい合っていた。
公爵の手には剣。俺の手には、一枚の紙。
あまりにも違うものを持っている。
しかし、戦っているものは同じだった。
この国の未来。
「武器も持たずに何をしに来た?」
アルベルト公爵が言う。
「命乞いか?」
俺は首を振った。
「違います。」
「なら何だ?」
俺は紙を差し出した。
「これを読んでください。」
公爵は笑う。
「改革案か。そんなものに何の価値がある。国を動かすのは理想ではない。力だ。」
俺は静かに答えた。
「昔の俺も、そう思っていました。」
公爵が眉をひそめる。
「昔?」
「はい。」
「自分は何も変えられないと思っていました。生まれた場所で人生は決まる。そう諦めていました。」
俺は城の外を見る。
そこには反乱軍の兵士たちがいた。そして、その多くは貴族ではなかった。徴集された兵士。普通の民。
「でも。」
俺は続ける。
「彼らも同じです。生まれた場所で、自分の未来を決められている。」
公爵は黙る。
「あなたは貴族として生まれた。私は労民として生まれた。でも。」
一歩近づく。
「本当に違う人間ですか?」
沈黙。
長い沈黙だった。
やがて、公爵は低い声で言った。
「……甘いな。人間は平等ではない。能力の差もある。争いも起きる。だから秩序が必要なのだ。」
俺は頷いた。
「その通りです。」
公爵が意外そうな顔をする。
「何?」
「人間は完全に同じではありません。だからこそ。生まれだけで決めるべきではない。
努力した人間。才能を持つ人間。誰かを支える力を持つ人間。その人たちが正しく評価される仕組みが必要なんです。」
公爵は剣を見る。
そして、ゆっくり下ろした。
「……先代皇帝も、……同じことを言っていた。」
俺は驚く。
「知っていたんですか?」
「ああ。」
公爵は苦笑する。
「だから恐れた。本当に国が変わってしまうと思った。」
その時。城の外から声が響いた。
「公爵様!王都から連絡です!」
兵士が駆け込む。
「地方貴族の多くが撤退しました。民衆も改革支持を表明しています。反乱は……失敗です。」
公爵は目を閉じた。
そして。
「そうか。」
小さく呟いた。戦いは終わった。しかし。本当の改革はここからだった。
――――――
半年後。王国は大きく変わり始めていた。
身分制度は廃止された。貴族という称号は残った。ただし。権力を保証するものではなくなった。
役職は試験によって選ばれる。学校には身分による制限がなくなった。
戸籍は、人を縛るものではなく、人を守る記録になった。
「忙しそうね。」
改革室。リリアが書類の山を見る。
「昔より大変です。」
俺は笑う。
「でも。」
机の上を見る。そこには新しい戸籍台帳。誰かの人生を決めるものではない。誰かの未来を守るもの。
「悪くありません。」
リリアは微笑む。
「皇帝になる気はないの?」
突然の質問。俺は笑った。
「ありません。」
「本当に?」
「はい。」
「では、何になりたいの?」
少し考える。昔なら答えられなかった。
でも今は。
「記録官です。」
リリアは笑う。
「最初と同じね。」
「はい。」
「でも、意味は全然違います。」
窓の外を見る。王都には多くの人が歩いている。
昔なら生まれた瞬間に未来を決められた人々。
今は自分で未来を選ぼうとしている。
俺は知っている。制度を変えても差別や不公平が完全になくなるわけではない。
人間が作る社会に、問題は必ず起きる。
だから記録する人間が必要なのだ。
間違いを残し。過去を忘れず。未来を修正するために。
数年後。王国の歴史書には、こう記された。
『三百年続いた身分制度を終わらせた者』
『皇女リリア』
『改革者エイル』
しかし本人たちは違う言葉を選んだ。
英雄ではない。革命家でもない。
ただ間違った記録を書き直した人間。
それだけだ。
そして、新しい時代が始まった。
生まれではなく。
自分自身の選択で未来を作れる時代が。
これにて完結となります。
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