第一話 早めの下校
高校二年生の夏休み初日
俺は相変わらず電車で学校に向かっていた、夏休みが始まっても部活動は続くのだ。
ちなみに俺はパソコン部の部長である。
二年生の俺が部長になれたのは三年生の部員が一人しかいないのとその三年生が絶対にやりたがらなかったからだ。
俺も最初は断ろうと思ったが、部長は一番良いスペックのPCが使えると聞いて渋々引き受けた。
まあ、俺も良いPCがあったほうが「目的」を達成しやすいし、今となっては後悔はしていない。
「ッガッチャン」
学校の最寄り駅についた。
いつも通り階段を上り、いつも通り改札を抜け、いつもの道に出る。
そして最悪なことに、いつも通り前に同じクラスの男子が他クラスの女子と一緒に登校している。
せっかく夏休みでこいつらを追い抜く時の恐怖心から解放されると思っていたが、どうやら部活の時間もかぶっているらしい。
なんでこいつらはこんなに歩くのが遅いのだろう?
それとも毎日一人登下校を遂行している俺の歩きが早すぎるのだろうか?
というか、なんでこんなことでいちいち怖がらなきゃいけないんだよ、と考え始めそうになったが、こんな問いはこの状況になるたびに毎日考えてきた故、脳みそが即座に回答を出してくる。
それは、人前に出るということ、あるいは、人に意識されるということは、足場もない、真っ暗で寒い、ただ一方的に評価されるだけの他人の脳みその中に自分を投げ込むことだからだ。
そして、どう評価されたかなんてこちら側にはわからない、自分に自信があればいい評価をもらえたと思い込むことができるだろう、しかし、俺たちのような人種にとって自分への評価=悪い評価なのだ、自分に自信がないからね。
それに女子と登校するような俺とは正反対のやつが俺に良い評価なんてするはずがない。俺がこいつをしゃべったこともないのに勝手に嫌な奴と評価しているように。
まあ、こういう恐怖は本能的なものだ、俺は自分の理性に圧倒的な自信を持ているし、理性以外の俺なんて俺は俺として認めていない。
だからこの恐怖心もしょせん俺が操っているこの体が感じているのであって俺の感情ではない。
だからこういう時俺は、理性的に考えればとっととこいつらを追い抜かして学校に行きパソコンをやる方が合理的だ、と考え、この脳みそアパートの親愛なる隣人であるわがまま本能ちゃんを黙らせて、追い抜く。
そんなこんなで学校に着きまっすぐパソコン室に向かう、パソコン室は機材を冷やすためという名目でかなりクーラーが効いていて夏には最高の場所だ、まあ、冬は寒すぎるのだが。
「ガチャ」
部室のドアを開けると部員の一人と目が合う。
こいつの名前は安藤孝太郎、こいつとは中学からの知り合いで俺にとってこの学校で唯一の同学年の友達だ。
「う」
「おはようございます」
ちょうど他の奴らも同時に来たらしい。
謎の一単語でのあいさつをかましたのが、この部活唯一の三年生である明石宗助だ。こいつはかなり適当なとこは多いが、根はまじめで基本的には頼りになる人だ。
そして後に礼儀正しくあいさつしたのが、この部唯一の一年生、我が部のアイドル、坂本翔太ちゃんだ。
彼女の特徴は何といってもそのかわいらしいお顔、パソコン部とは思えない茶色く焦げた肌、自己主張の少ない胸、スレンダーでくびれた体、そしてなんと下半身にはかわいらしい棒状のアクセサリーがついているのだ。
と、言ってみたもののもちろんパソコン部なんてさえない男しかいないところに女子がいるはずもなく。
彼は正真正銘の男である。
しかし、彼がとてもかわいくて、時々発情してしまうことは事実である。
「どうしたんですか、そんな僕の顔じろじろ見て」
「な、何でもないよ」
彼を見つめていたら、話しかけられてしまった。
このように彼は非常に社交的で優しい、パソコン部唯一の癒しキャラといったところだろう。
そして、パソコン部部長のこの俺、谷原正人、この四人がパソコン部のメンバーである。
まあ、人数は少ないが程よい距離感で楽しくやれている。
顧問は確か、入部したての頃はいたってことは覚えているけど、接点がなさ過ぎて顔も名前も思い出せない。
まあどうせよくわかんない禿げたおっさんだろう。
どうでもいい話は終わらせて、PCを立ち上げる。
「さてと、今日も頑張りますか」
パソコン部というと、オタクたちが集まってよくわからないゲームをしてるイメージがあるかもしれないが、少なくともこの部は違う。
みんな、自分のやりたいことがあってそれのためにパソコンを使っている。
かくいう俺も、色々頑張っているのだ。
そうして数時間ほど作業をして、疲れたのでふと、部屋の隅に目をやってみた。
すると、
ありえないものが目に入ってきた、
いや、
目に入ってきたという表現は適切ではないかもしれない、
なぜなら目には何も入っていないからだ。
そう、
何もに入らないというのがおかしいのだ。
部屋の隅に電柱ほどの大きさの何もない空間が角柱状に上に向かって伸びていた。
いや、近づいてみるとどうやら下にも伸びているらしい。
これは何だろうと、手を伸ばそうとしてみたが本能的にこれに触れるのはヤバい気がしたのでやめておいた。
というか、これはいつからあったんだ、まあこんな部屋の隅なんてめったに来るもんじゃないし、もしかしたらずっと前からあったのかもしれない。
「おーい、何してんだー」
安藤が近づいてくる。
今はそんなことはどうでもいい。
俺は昔から知的好奇心が強いやつだ、そして今となってはその知への欲求に正直かつ合理的に従うことが、俺の人生の指針であり、俺自身になっている。
だから、
俺はその空間に何かを投げ入れてみた。
何を投げたかはその時興奮しすぎていたせいかどうにも思い出せない。
「は?」
投げたものが、
消えた。
俺は超常現象なんて全く信じない人間だが、我が脳みそにとって最も信頼できる情報源であるお目目ちゃんがいうのだから真実なのだろう。
これが一体何なのか、その結論を出すには、俺はあまりにもこれについて知らなすぎる。
わからないものについて、まずは調べてみるというのは化学の基本である。
「ちょっと、みんな集まってくれないか」
とりあえず部員たちに状況を説明してみる。
「警察だな」
「警察行った方がいいでしょ」
「僕たちにはどうにもできない問題かと」
全員が夢のない返答をしてきた。
「いやー、でも、やっぱ、こういうのは自分たちで調べてみたくならない?」
「いや別に」
「はー、安藤、やはりお前はつまらない奴だな」
「いやまず、俺らが調べてもなんもわかんないでしょ」
「そういう、やってもいないのにできないと決めつけるのが、つまらないと言ってるのだ」
「えー、だって危なそうじゃん」
安藤と口論していると、宗助先輩が近づいてくる。
「俺も、さっさと警察に連絡すべきだと思う」
「何でですか?」
「確かに、俺もこの現象には興味がある。だが、命を危険にさらしてまで、調べるほどの興味ではない。もしこれに俺たちが触れて消えてしまったらお前はどうするのだ?」
「それは…」
「それに、」
「然るべき機関が調べたほうが、お前の大好きな科学技術の発展に役立つんじゃないか」
確かに、と思ってしまった。俺の人生の夢であり目的は、科学の力と人間の理性で世界の真理を知りたいというものだ。別にその真理を発見するのが俺でなくてもいい。
と、思っていた。
思っていた、はずなのに。
なぜか、無力感と不快感が、あふれてくる。
これが、誰の感情なのかも、わからない。
「明日まで…、答えを待ってくれませんか?」
「わかった、明日の朝までにな」
まだ、5時、いつもよりかなり早いが今日は帰ることにした。




