第9話
傾いた太陽は橙色の光を放ち、時刻はおよそ五時頃。ビルの中からは続々とスーツを着た労働者たちが出ていき、それぞれ家路へ就いて行く。
そんな中、真於と百々刀は対感染者掃討部隊本部の入口に立っており、外にいる警備員の不審な視線を浴び続けていた。
「あぁぁああ~暇じゃぁ。もう少し先のかふぇでゆっくりしていこうぞよぉ。どうせまだ来ないじゃろう?」
「もうすぐ来るよ」
「それもさっき聞いたわぁ……もうこうなれば最終手段じゃ。暇つぶしにお主に襲いかかってもいいかの?」
「この辺一帯を焦土にしないって誓えるならいいよ」
「可可っ、それは無理じゃ。なんせお主みたいな化け物は全力でぶつからんと儂が千切りとなってしまう――おぉ?」
「はぁ……やっと動いた。予定より十分も過ぎてるよ」
ようやく待ち人である虎崎が動いたことを確認し、直ぐに駆け足で職場を抜け出る巨体の姿を見ることが出来た。
彼は急ぎ正門に辿り着くと焦ったように周囲を見渡し、真於たちの姿を確認してぎょっとする。
「遅い」
「申し訳ございません師匠ッ! 会議が長引いてしまいッ!」
「うぉぉう、声がでかいのじゃ。周囲の視線が我らに釘付けじゃぞ」
真於が辺りを見回せば、周囲から無数の驚愕の視線を当てられてしまった。
全国民が知っているほどの有名人が、一般女性に頭を下げている行為を目撃すれば話題の種にもなろうもの。
「ねぇ。こんな人目のつく所でいいの? 根も葉もないスキャンダルとかうるさそうだけど」
「……留意してませんでした。場所を変えましょう」
「キ真面目じゃのう。謝罪で頭がいっぱいいっぱいじゃったか」
「百様もお久しぶりでございます。先程は挨拶が遅れて申し訳ございませんッ!」
「いや声がでかーい! お前は何も考えとらんのか!? 脳筋と言うやつなのかの!?」
百々刀のツッコミで再度気がついたのか、虎崎は慌てて口元を抑える。
兎にも角にも彼の姿は巨大であると同時に有名人であるため、非常に目立つ。
彼は変装をしたつもりなのか、サングラスと帽子を被ると「場所を変えます」と言い残し、リムジンタクシーを止め、それに乗るよう案内した。
「のぅ、我らの姿がゴシップ入りとはまだ時期早々ではないかの」
「……そうかもね。一応気絶させておこう」
パパラッチらしき人物を視界の隅に確認したため、真於は刀気によってその者を気絶させ、リストバンドのフックショットにより一眼レフを破壊する。
あまりにも素早く、細い糸のため、誰も一連の動作を確認できなかった。
カメラが急に壊れ、何も無いのに人が倒れたかのように見られる。
直ぐに彼の気絶を誰かが発見し、騒ぎになるだろう。その前に立ち去るのが理想だった。
「……あ」
「乗らないの?」
「すみません、師匠」
気絶は虎崎も確認したが、放置してこの場はタクシーで過ぎ去る。
向かった先は政府区画といわれる場で、数々の要人の住居があるエリアだった。
今のトウキョウでは区画分けがされており、スラム、一般区画、商業区画、そして政府区画と分けられている。当然後者になればなるほど警備は厳しく、政府区画では二度の検問があり、そして三度に渡る感染者識別のウイルス検査が行われる。
――だから、真於は入れなかった
「だめ、ですか?」
「場所を変えよう」
「いや、しかし、人目がないところと言えばここしか……」
「……それもそうか。分かった。このまま抜けていいよ」
「じゃがお主、間違いなくアウトじゃろ?」
「相手から見えなければ問題ないでしょ」
真於が呟き、虚空から刀を取り出す動作を取る。すると彼女の手元には柄の部分だけで刀身のない刀が現れた。
「これは……」
「そういえばあったのぅ、百刀が内の五十本目、薄透刃。少しの間だけ己の姿を世界から外す刀じゃ」
「あぁ、なるほどそれならば……」
彼女の百刀は刀を出す能力だけでは無い。
研鑽を積み重ねることにより、特殊な能力を持つ刀を作り出すことが可能である潜在能力なのだ。
特別な刀は五十本目までは二十五本の内の一本、百本目までには十本に一本の割合で発現する。それらを真於は勝手に特刃と呼んでいた。
虎崎も知っている事であるため驚くことは無かったが、彼の新たな人生で特殊な刀を見たのは初めてであった。
「そういえばお主。この世界に転生してきて、真於よりも技能の高い百刀の能力者は現れたかの?」
「いいえ。そもそも百刀は研鑽の必要量が超然の次に多く、人生で一本の特刃を発現させれば人間国宝に選ばれる程です。言っておきますが、師匠が図抜け過ぎているだけですよ。百本全て出現させることが可能で、使いこなせる人など聞いたことありません」
「……まぁ一万年も生きてるし」
真於は興味ないといった様子で聞き流していると、街並みの明らかな変化が目に入る。
ビルの多かった街並みは消え失せ、辺りは立方体状の家々が多く見かけられた。
俗に言う豆腐ハウスであるが、耐久力が非常に高く、襲撃を受けても一週間は守りきれるという謳い文句だ。
「十家のうち、七北東の家の子が百刀の能力を保有しているという話はご存知でしょうか? 」
「んんー? 知らんな。そもそも百刀なぞ本数と特刃が無ければ正直他の能力よりも圧倒的に弱いぞ。百刀の神である儂が言うのじゃ。信憑性百億ポイントじゃぞ」
「そ、そう仰らずに……。因みに、七北東の子ですが、十七歳にして二十本ほど作り出せるようです」
「へぇ、俺よりセンスあるね」
「違いない。流石十家じゃのう」
「……」
真於が百々刀を睨みつけると「げっ」という声を上げて吐息しか出てこない口笛を吹く。
彼女が十九の時は研究所暮らしで毎日研鑽の日々であったものの、最高三本が限界だった。
才能の差は明らかな能力の差を作り出すのだ。
「……と、ここから政府区画か」
「どうれ、儂らは消えるとするかの」
二人は柄だけの刀を振るった瞬間、ゆっくりとその姿が薄れて溶けていく。
完全に消えたと同時にリムジンタクシーの扉が開かれ、ボディチェック、そして荷台のチェックが始まった。
何とも簡易的なもので検査は直ぐに終わり、姿消しの効果が切れる頃には政府区画に入っていた。
「自分で調整できないのが難点なんだよね」
「そういうことは超然の能力者に頼むんじゃな」
「さて、ここからが政府区画ですが……はっきり言って、どこにも隠れる場所はなく、常に監視されているようなものであると思ってください」
「監視カメラは壊していいの?」
「出来ればやめていただきたいのですが……いざとなれば」
「まぁ、後でデータなり何なり消せばよかろう」
そうして向かった先は一万年前の世界で国会議事堂にあたる場所であった。
タクシーはこの場で止まり、三人は降りて中へと入る。
明らかな一般人でも、有名人と一緒であれば顔パスで入れるようで、特に検査などは行われなかった。
幾つもの豪華な部屋を潜り抜け、とある部屋にて隠されたボタンを押すと、本棚が左右に開いて隠し部屋が現れた。この先が目的地であるようだ。
「ここなら誰にも知られることはありません。そのように作られております」
「ほっほぅ、隠し部屋とはな。闇は深いのぉ」
「それはこっちにも都合がいいよ。行こう」
特に驚いた様子も見せず、真於と百々刀は黙って付いて行く。
隠し部屋、というよりは隠し階層となっているようで、長い廊下の両端に幾つもの鍵の掛かった部屋があった。
「ではこちらの部屋を使いま――」
「おや、誰かでてきたようじゃ」
入ろうとしていた隣の部屋から初老の夫婦が二人、老齢の女が一人、若年の女子が一人と、同じような年齢の男子が一人現れ、真面目な表情を浮かべ、出ていった。
両側に屈強そうな黒服たちを引き連れており、十家の者であることが予想される。
真於たちを見たことがなかったためか、彼女たちを見る視線は不審な粘つきを感じられた。
特に一番若いであろう凛々しい金髪ツインテールの女の子から非常に鋭い視線を当てられたが、真於は気にする素振りも見せず、視線すら合わせなかった。
「……あの髪色は二上院か」
「はい。仰る通り二上院は代々からブロンドです。ReVoの耐性を持つ人間は髪色が安定せず、統一性がないとされていますが……その……十家ですので」
「純血が大事、か。力を維持する代償として婚約相手は家族の誰かとな。可哀想にのぉ」
「……十家が要らない世界になればいいね」
感情もなく真於は淡々と言う。
その理由は百々刀も虎崎も分かっていたが、敢えて話す気にはとてもなれなかった。
「では行きましょう」
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嫌な女が居た。
ただ見ただけだった。
だけど何となく分かる。
あの黒髪で無能力者の女は私の敵であると。
虎崎とは幼い頃からの長い付き合いだ。そして、家族以外の恋愛相手は許されないという立場であるのに……私は彼に惚れてしまっている。もう、何年も前からだった。
十家を捨てても、彼と結ばれたいと思っていたのに、彼は恋人はいないと言っていたのに!
(あれが虎崎の彼女ってわけ!? ありえない!ありえない!)
想いを寄せているからこそ、奥歯を噛み締める顎に力が入る。
帰路に就いているのに、心の中の苛立ちと虚無感が収まらない。
虎崎は超が付くほどの真面目な人物だ。
そして、黒服たちに調べさせても恋人の存在はないと伝えられている。
きっと嘘はついていない、そう思っていた。
だったら、あの女たちは誰なのか。
女の私からしても明らかに美少女な二人であり、侍らせてた彼の顔は崩れていなかったが……明らかに尻に敷かれている雰囲気を感じられた。
「……ムカつく」
「急に呼び出してどうかしました?」
「さっき擦れ違ったあの女たちのことよ。煌覇は知ってる?」
「いいえ。しかし、虎崎さんと一緒にいるという時点で只者じゃないんだと思います」
家に帰り、早速弟を無駄に広い部屋に呼び出して作戦会議を開く。
目の前にいる弟の名前は二上院煌覇。あと二年後に控えた私の結婚相手である。
しかし、彼もまた別の女に恋をしているのは知っている。
どうにかこの運命を協力して逃れようとする、私からすれば唯一の協力相手だった。
「……姉上、考えていることは分かります。しかし危険です! 下手をすれば十家全員の権利剥奪、そしてこのトウキョウの追放を行われかねませんよ!」
「バレなきゃいいんでしょ?」
「いいえ。僕たちが巻き込みを食らうのは御免ですよ。それに虎崎さんの知り合いで、隠し部屋に連れていったということは……僕たちが知らないだけで、大物の可能性が高いです。一回落ち着きましょう」
苦々しい表情のまま溜息を吐いて一度目を閉じ、頭を冷やして考え直す。
確かにあの黒髪の女は恋人では無いかもしれない。
可能性は低いが、適当そうな派手衣装の女が虎崎になにか情報を提供しようとしただけで、ボディーガードの可能性だってある。そして、煌覇の言う通り、他国の要人である可能性も存在する。
だけど、心から気に入らないのだ。
ぽっと出の“顔がいいだけの無能力者”が虎崎の隣にいるその事実が。
「まずはあの女を調べましょう。もうすぐ、調べさせた結果が来る――」
その瞬間、机の上から軽い電子音が響く。それは黒服たちに黒髪の女を調べさせた報告に関する内容であり、急いで端末のロックを解除する。
「……」
「どう、ですか?」
「――三下院と接触したって報告があるっ……! 籠絡の能力をものともしない精神の強さが特徴、十家に手を出すことに躊躇いはない、って……」
「……!?」
予想を超えた展開にお互い黙り込んでしまう。
十家を追い返す時点でただの無能力者でないことは明らかだった。
だからこそ、虎崎は彼女を連れて尋問をしたのだろうか。
「……まだまだ情報が足りないわ。煌覇、あなたも調べておいて頂戴」
「分かりました。姉上も約束のモノをよろしくお願いしますね」
「お父様の超然なんて軽く超えてみせるわ。バカにしないで」
ふわりと髪の毛をはためかせ、この部屋を後にしようとした時、弟に声をかけられて足を止める。
「……そういえば、虎崎さんに直接聞けばいいのでは?」
「もとよりそのつもりよ。だから明日は訓練校を休むから、よろしくね」
「……姉上、お父様が悲しみますよ」
「悲しいのはこっちよ。自由な恋愛すら許されないこの家に生まれてしまったのだから」
不機嫌な声のまま部屋を後にする。目指す先は超然の修練場だった。
あの女にはまず負ける要素はないが、0.1パーセントでも負ける可能性を作りたくないからである。
「見てなさい黒髪の無能力者。そして後悔しなさい、この二上院の敵意を買ったことをね……!」
※執筆が終わったのはコロナの存在が発覚する少し前です。
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません