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葦による約千文字の短編集  作者: 風見鏡花
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海星と海月は満天の空に

 葦が立っていた。月星の輝く空の下に、波の音が高く響く砂浜に、ただ一人熱を持って立っていた。




 性別や名前、その他については、この際全くの意味を持たないので省略する。それこそ、それを味噌汁だとか画用紙だとか、そう呼んだところで何の意味もなければ、不都合もないだろう。ただし、書き記すことについてはその限りではない。よって、今後それを葦と筆記することにしよう。




 葦は手を伸ばした。葦は右利きであった。しかし月星はこの世に輝く我が身唯一つと光り、海はそれらをそっくり映して嘲笑う。


 右利きの葦はそのまま手を黒天に掲げた。月星は煌々と光を放ち、しかし海が自ら闇を消し去ることはなかった。


「空は海に身を投げて、海は空をただ映す。これが世界の姿なら、生命は果たしてどれほどありふれているのか」


 葦は一人皮肉った。手は大きく開かれ、そして遂に自分から空を覆った。葦はそれに失望した。


「この世はこれほどまでに小さく、それでいて深遠だ。たった今、空を覆ってみて初めて、この身の浅ましさに自信を持った」


 海風は砂を撫でまわし、やがて撒きあがった砂は葦を打った。葦は笑い出した。


「こうして手を伸ばせば、空が、海が、風が、すべてが応える。今までこれほどまでに気色の悪いことが、一体全体何処にあっただろうか!」


 葦は満足した。月も海も、まったくもって満ちることはなかったが、しかし葦はただ一人満ち足りた。砂と星には、満ちるための上限が存在しなかった。


 葦は水平線に目を向けた。そして葦は俯きがちに呟いた。


「たった今に限っては、世界はあの境界までしか存在し得ない。しかしそれは、こちらが一歩進むと一歩遠ざかり、また一歩進めばさらに一歩遠ざかる。砂上を歩けば世界は広がり、また海を泳げば更に世界は広がる」


 葦は、自分はすべてを悟ったと感じた。しかし、直後、前へ進むために後ろへ蹴った砂が撒きあがり、葦の背を打った。後ろを振り返ると、葦はあまりの衝撃にその口を失った。


 葦は海に向かって数歩歩いたに過ぎなかった。しかし、後ろには永遠と砂浜が続いている。海風にさらわれたのか、足跡は一切残っていなかった。




 葦は自身をゆっくりと見下ろした。今まで歩いていたはずの足は、夜の風に消えていた。




 葦は月星が自身を照らしていることに気がついた。空を覆っていたはずの手は、そもそも存在していなかった。




――葦には四肢がなかった。




 だが、しかし。




 葦は立っていた。それは、月星が照らす空の下に、風と波の音が響く海辺に。




 葦はただただ、立っていた。




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