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第二章 狂瀾怒濤(6)その5 拓海編

――――――――――

「…と、やっぱり先にいました、ね」

俺がさっきの部屋に戻ると、その男は静かに椅子に座って俺のことを待っていた。

「お待たせしましたか?」

「いいえ。私も先ほどきたばかりですので」

うーん、こいつのこの口調、どうにかなんねえのかな。椅子に座りながら、俺は俺の意見を口にする。

「あのさ、もう、同一人物ってことで、お互い敬語なしにしよー、なんて、思ってるんっすけど…あの、なんかいくら違う世界の自分とはいえ、自分にかっちりした敬語使うのもな、…って」

さすがの俺でも、俺の方が年下なわけだし、ちょっとしどろもどろな提案になってしまう。

「…別に私は構わないが。君がそれでいいならね」

「あ、なんかちょっとほっとした…。うん、これでいいと思う」

こういうのは、お互いが納得すればいいと思っている主義だ。

「私は、こういうのはお互いが納得すればいいと思っているからね。まあ、この世界、こういう風に上手くはいかないがね」

もう一人の俺が、ふふっと笑う。…なんだか、旧日本軍みたいなお堅い人かと思っていたけど、案外話しやすいのかもしれない。…そういえば、世界や年齢は違うといっても俺、だもんな…。

「あー、えっと、そんで、話したいことや訪ねたいこと、ってのがあるんだろ?えっと、」

「守田、でいい。私は君のことを、なんと呼べばいい?」

「あー…名前同じっすもんね、じゃあ拓海、とかそんなアレでいっすよ」

「そうか。で、拓海君。さっそく本題に入らせてもらうよ」

そういって、机の上で軽く手を組む別世界の俺。…うーん、やっぱりどこか雰囲気が俺にしてはかってえなあ…。

「君が連れてきた、過去の別世界の亜美子。あの子は、直美が自分の娘にあたる、ということを知らないね?」

お、さすが俺、察しが早いな。

「そうっすね。何度も何度も気づくタイミングはあったはずなのに、あいつ、肝心なところでいつも鈍感だからやっぱ気づいてないんだよな…」

「…肝心なところで鈍感なところは、同意する。こちらの亜美子もそうだったからね」

何かを懐かしみ愛おしみ、そして哀しみを滲ませた顔をもう一人の俺がする。

「…ちょっと、つっこんだこと聞きますけど、えーと…この世界の亜美子さんは、なんでお亡くなりに…」

「……」

俺が、俺に黙り込む。少しの間、沈黙が訪れる。

「……政府に、殺されたんだ」

「…政府に、ですか」

「………そうだ、政府に」

…俺は、それ以上、亜美子さんについては聞くことができなくなってしまった。雰囲気を変える様に、俺は話題を変えた。

「あ、えーっと…そのさ、なんで、俺の癖にそんな雰囲気かたいんっすか?」

「……え?あ、ああ、その件か…。…私は昔からこうだが?」

「いやいや~そんなことないでしょ~」

「君こそ、私の癖にそんなにくだけてていいのか?それほどそっちの世界というのは平和だったのか…」

「うーん、話を聞く限りでは、確かに俺たちの世界はとんでもなく平和だった。日本で生活していれば食べるものにはまずそうそう困ることはないし、コンビニっていう買い物に便利なとこでは、賞味期限が切れただけで廃棄されるものはごまんとでるって、コンビニで働いてる友達が言ってたしな」

「コンビニ……それは、どんなところかな」

「まあ、コンパクトな生活用品店、っていうんですかね。生活に必要なものがなんでもそろってる。生鮮食品も売ってるし、ティッシュや雑誌なんかも売ってる。それに、自分のお金を引き出せるATMなんて機械もある」

「…雑誌……。いいね、懐かしい響きだ。私の世代には、本当に懐かしいものだ。その、えーてぃーえむというものもとても便利そう、だな」

「そうっすね、めっちゃ便利っすね!出先でお金がない!ってときも、ちゃっと引き出せるし」

「それに、働くものまで自分で選べる。…ああ、懐かしくて感傷に浸ってしまいそうになる」

もう一人の俺は、気分を切り替えるためか、頭をぶん、と数回身震いするように降る。

「きっと、拓海君が私のことを雰囲気が固い、というのは、別世界だから、という問題ではなさそうだね。育った環境が根本的に大違いだ」

「ああ、そっすね。なんというか……俺って、実はこんなに強いんだなって、あなたを見てると思います」

俺は正直、この世界には生まれたくないな、と思っている。でも、生きていかなければならない状況なら、こんなふうに生きていけるのが、きっと俺なのかな、と自分をちょっと高く評価してみる。それと同時に、しっかり生き抜いてる“俺”に、尊敬の念を抱く。

「なんか、守田さんのことちょこっとだけ勘違いしていたみたいだ。やっぱり、どっか俺っぽいな。…あー、でも、似てるか似てないか、って言われると全然似てないけどな」

「それは私も同感だな。君みたいな私だったら、きっとさぞかし毎日が楽しかろう」

「あはは、そうっすよ」

なんだか、“俺”と、ちょっと打ち解けられた気がする。

「それじゃ、夜ももう暮れてきたし、君も早く寝なさい。…私はまた明日の晩か明後日の晩とかに話したいと思ったが、君はどうだ?」

「ええ、もちろんいっすよ。俺もまた話したいなって思いましたから」

そういって、俺は席を立つ。同じようなタイミングで、もう一人の俺も席を立つ。

「それじゃあ、おやすみ、私」

「おやすみ、俺」

そして、俺と“俺”は、別々のドアから去って行った。


「ふう…さすがに亜美子はもう寝ちまったかな」

寝ているかもしれない亜美子を起こさないように、こっそりと医務室へ戻る。亜美子は、すうすう寝息を立ててぐっすり眠れているようだ。

「……少しだけなら、いいよな。…うん、いい、俺は今日頑張ったからな」

誰に言い訳するわけでもなくそうつぶやくと、こっそり亜美子の寝顔をのぞき見る。

「……かわいいなあ」

なんでこいつはここまで鈍感かな。昔から、へんなところで勘が働き、重要なところで鈍感なのは変わらない。そんなことを思いながら、亜美子の前髪をさらりとかきあげる。

「ん…」

「おっと」

ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。こっそり亜美子の前髪をいじいじして遊びたい気持ちを抑えながら、手を離して寝顔をじいっと見ることに努めることにした。

「ん……も、モモ…」

「!」

こいつは、やっぱり、城田のこと…。

…親友に裏切られたら、そりゃあ、いくらこいつだって…。

「…モモ…モモ…どう、して…」

そう寝言で呟く亜美子。何も言えずに、でも目もそらせずに、俺はじっと亜美子を見つめていた。亜美子の目からは、一筋涙が零れていた。


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