どっちがどっち?手術?
明子から幸恵の話を聞いた豊は、なんとかテストで良い点数をとってもらおうと、必死になって音子に勉強をさせた。
「この人髭なげぇ~」
音子は、歴史教科書に載っている人の絵を見て、やたらと喜んでいた。
でも豊はそんな事にかまってはいられない。
「分かったからここ覚える!」
音子はシュンとなって、再び教科書に向かう。
しばらくすると、音子が教科書を閉じた。
「覚えたのさ!豊、テレビみるのさ。」
音子が取ろうとしたリモコンを、豊は先につかんで腕の中に隠した。
「駄目!次、英語覚えるよ。」
音子はまたシュンとして、ゆっくりと教科書を開いた。
そんなやり取りを何度かしていると、いきなり音子が切れた。
「豊!それはイジメなのさ!先生より酷いのさ!」
音子の目には、涙があふれていた。
豊はハッとした。
そして思い出していた。
明子に聞かされた、幸恵の話を。
もしかしたら今、自分は幸恵の母親と、同じ事をしていたのかもしれない。
いくら良い点数を取る事が必要でも、無理をしすぎてはいけない。
豊は素直に「ごめん」と謝った。
そして「ちょっと休憩しよう。テレビ見るかw」と言って、持っていたリモコンでテレビをつけた。
この後は、音子に無理をさせない程度に、なんとか予定の勉強を終えた。
試験期間は、あっという間に終わった。
音子も頑張ったし、豊にはある程度の手ごたえがあった。
これならきっと、幸恵の父親は、考え直してくれるはずだと思った。
マンションに帰ると、豊は既に日課となっている、トレーニングに汗を流す。
こんな短期間のトレーニングで、そんなに大きな違いは無かったが、少しは体が引き締まってきたようだ。
豊は大きな鏡の前で、ポーズをとって自己満足に浸った。
リビングに戻ると、音子と幸恵が同じ服を着ていた。
豊は一瞬、どっちがどっちか分からなかった。
そんな豊に「さてぇ、私はどっちでしょう?」と、豊が音子だと思っていた方が質問してきた。
当然音子だと思ったわけだが、喋り方が幸恵の喋り方だった。
豊が少し動揺していると見るや、もう一方が「豊迷ってるのさ。おもしれぇ~」と笑いだした。
今度は、幸恵だと思っていた方が、音子の喋り方をした。
それでも、自分が間違えるはずはないと、豊は思ったとおりに対応する事にした。
「そっちが川上さんでしょ。音子のマネがうまいねwで、こっちが音子くんだね。」
豊はそう言って、最初に話しかけてきた方の頭をなでた。
「なんでわかったのさ。くやしいのさ。」
頭をなでられながら、音子は残念そうだった。
でもすぐに、嬉しそうな顔になった。
「今度はもっと頑張ろうねぇ。」
幸恵は凄く楽しそうだった。
そんな事をしていたリビングに、明子が入ってきた。
楽しそうな雰囲気に、明子も心なしか笑っているようだった。
また、音子がはしゃぎ、幸恵が楽しそうに相手しているのを、豊と明子は、少し離れたところから眺めていた。
「正直最初、音子様に代わりに学校に行ってもらうのは、躊躇しました。」
はしゃぐ二人を見たまま、明子が喋りだした。
「そうでしょうね。」
豊も正直、音子が学校に行くなんて想像できなかったし、まずい事になりそうだと考えていた。
「だけど、今の幸恵お嬢様を見ていると、良かったと思っています。バカに見られたら嫌だとか、変に思われたら恥ずかしいとか、音子様を見ていると、なんだかどうでも良くなってきますね。」
明子の気持ちは、豊も嫌と言うほど感じている。
こんなバカな音子でも、常識はずれな女の子でも、学校では人気者だし、音子の周りには笑顔があふれている。
そしてそれは、この部屋でもそうだ。
更に言えば、人の命も救っていたりする。
それが本当の事なのか、豊はまだ信じきれてはいなかったが、納得できるだけのものは、音子に見せてもらっている気がした。
「僕も同じ気持ちです。勉強で1番になっても、なんだか音子にはかなわない気がしますから。」
何がかなわないのか、何が負けているのか、豊には説明できない。
ただ、音子にはかなわないと感じた。
「幸恵もきっと、そう感じているみたいですよ。最近は記憶も安定してるんですよ。豊さんの事も、忘れずにちゃんと覚えていますし。」
そう言って豊をみる明子の顔は、凄くやさしい笑顔だった。
夕食の後は、相変わらずストリートビューで、発着点探しをしていた。
地図にあるベクトルラインはまっすぐではないし、やや北寄りになっているものの、かなり東京都心へと近付いてきていた。
このペースだと、もう間もなく事故現場を特定して、いよいよ本格的に、命の恩人探しに入れそうだと、豊は思った。
だからパソコンに向かう時間はそこそこにして、テレビをつけてマッタリしていた。
その頃、幸恵の部屋には、のぞみが遊びにきていた。
といっても、音子のように暴れまわって遊ぶわけではない。
静かに部屋でタロットカード占いだ。
「どう?減ってる?」
のぞみの言葉に、幸恵は黙って首を振った。
そして幸恵の口から出た言葉は、信じられないものだった。
「確率が増えてるぅ。もうすぐ死ぬ確率90%だって・・・」
それを聞いて、のぞみは声をあげた。
「なんで!もしかして、手術の可能性が増えてるの?」
そう、のぞみの言葉は、この時点では正しかった。
実は父親は、幸恵がおとなしくしていれば、特に何かをするつもりはなかった。
だが、最近学校に通い、やたら目立った行動をしている。
それも、常識離れした行動をだ。
それを知るに至った方法は、金の力と言えば、だいたい想像ができるだろう。
だから、何か手を打たなければならないと考えていた。
その為に、手術をする確率が上がっていた。
幸恵が死へと向かう手術の確率が・・・
「行くの?」
のぞみの質問に幸恵は、少し考えてからこたえた。
「行かないわけにはいかないよ。音子ちゃんの話を聞いたところ、私が音子ちゃんに色々教える事になってるみたいだから。」
幸恵は笑顔だった。
「でも、手術からは絶対に逃げてね。」
のぞみの顔は真剣で、不安があふれていた。
「うん、きっと・・・」
幸恵とのぞみは、抱擁を交わした。
もうすぐ尽きるかもしれない命のぬくもりを感じる為に。
そしてこの時、幸恵は理解し始めていた。
自分がどうして、生まれてきたのかを。
何故、自分に瓜二つの音子が、未来からやってきたのかを。
22時になろうかという時間、豊と音子は、テスト勉強に疲れていたのか、テレビをつけっぱなしにしながら、豊の部屋で眠っていた。
テレビでは、ドラマのエンディング曲が流れていた。
俳優のキャスト名の中に「福田明子」の名前がある事に、豊は気づく由も無かった。




