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姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています  作者: もちもちほっぺ


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夜会から帰った翌朝、クライドはリリアーナを書斎に呼んだ。

リリアーナが扉を開けて入ってきた。


いつも通り、背筋をまっすぐに伸ばして。首元に、革紐がかかっていた。


「座れ」


リリアーナは椅子に座った。

クライドは机の向こうに立ったまま、リリアーナを見た。


「その首輪、何だと思っている」


リリアーナは首輪に触れた。


「お守りのようなものだと思っています。母が大切にするよう言っていたので」


「お前の力を封じるための術具だ」


静かな書斎に、その言葉が落ちた。

リリアーナは黙っていた。


クライドは続けた。


「精霊の愛し子というものがいる。自然の恵みを媒介する、精霊に愛された存在だ。お前がそれだ」


「……私が」


「虫が集まってくる理由、食べても腹を壊さない理由、蜂に刺されても腫れない理由、全部そこに繋がる」


クライドは言った。


「その首輪は、お前が赤子の頃に神殿の術師が作ったものだ。お前の母親が依頼した」


リリアーナはしばらく、黙っていた。

窓の外を見た。

庭が見えた。春の光の中に、手入れの行き届いた庭が広がっていた。


「……お母様が、依頼した」


「ああ」


「なぜ」


「怖かったのだろう」


クライドは静かに言った。


「お前の力が」


リリアーナは窓の外を見たまま、何も言わなかった。

しばらくして、首輪に触れた。


革紐の感触を確かめるように、そっと指で押さえた。


「……だから」


リリアーナはゆっくりと言った。


「虫さんたちが、少ししか来られなかったんですね」


クライドは笑いをこらえようとした。


こらえきれなかった。

口の端が、かすかに上がった。


「……そういう話をしているんじゃない」


「でも、そういうことですよね」


リリアーナは続けた。


「封印があったから、少ししか来られなくて。だからあんなに嬉しそうに来てくれていたんでしょうか、あの子たちは」


クライドはまた笑いをこらえた。

今度はなんとか、こらえた。


「……お前は」


「はい」


「今の話で、一番最初に虫の心配をするのか」


「だって」


リリアーナは首輪を見た。


「虫さんたちのことが、一番気になって」


クライドは額に手を当てた。


「封印を解く」


クライドは言った。


「明日、庭で。ルシアンと神殿の術師が立ち会う」


リリアーナは顔を上げた。


「解いたら、どうなりますか」


「お前の力が戻る。虫が、今よりずっと集まってくるだろう」


リリアーナの目が、きらりと輝いた。


「それは」


「喜ぶな」


「でも」


「喜ぶな」


リリアーナは少し笑った。


それから、また首輪に触れた。

笑いが、少しだけ静かになった。


「……お母様は」


リリアーナはゆっくりと言った。


「怖かったんですね」


「ああ」


「私が怖くて、首輪をつけた」


「ああ」


「それで、遠ざけた」


クライドは黙っていた。


リリアーナは窓の外を見た。

庭の土が、春の光を受けていた。


責めているわけではなかった。


「……明日、解く」


クライドはもう一度言った。


「はい」


リリアーナは頷いた。


「お願いします」


それから少し間を置いて、クライドを見た。


「クライド様」


「なんだ」


「封印が解けたら、虫さんがたくさん来ますよ」


「わかっている」


「本当に大丈夫ですか」


「大丈夫だ」


「芋虫も来ますよ。バッタも。タガメも来るかもしれません」


「わかっている」


「クライド様も——」


「いらん」


「まだ言っていません」


「いらん」


リリアーナは「はい」と言って、立ち上がった。

扉に向かいながら、一度だけ振り返った。


「……楽しみです」


「そうか」


「はい」


リリアーナは笑った。


「とても」


扉が閉まった。

クライドは書斎に一人残されて、しばらく扉を見ていた。


それから窓の外を見た。

庭が見えた。

明日、あの庭が変わる。


クライドは少しの間、庭を見ていた。

それから、小さくため息をついた。


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