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リリアーナは庭を見た。
「私が来たから、土が変わったんですか」
「わからない。でも」
ルシアンは空を見上げた。
「太陽の愛し子として、自然の力には敏感なんだ。この庭の土は、最近急に力を取り戻している」
三人の間に、静かな時間が流れた。
噴水が水を落とす音がした。風が生垣を揺らした。
リリアーナが、土に指を触れた。
「……この土、好きなんです」とリリアーナは言った。
「ベルテ家の庭の土は、いつも乾いていて、ぱさぱさで。でもここの土は、ちゃんと生きている感じがして」
ルシアンがリリアーナを見た。
それからクライドを見た。
クライドは無言で、ルシアンを見た。
二人の間で、言葉なく何かが通じた。
夕方、リリアーナが客室に戻った後で、クライドとルシアンは書斎に移った。
クライドが文献を開いた。
「精霊の愛し子について、調べていた」
ルシアンは文献を覗き込んだ。
「首輪が封印具だと思っている」
クライドは続けた。
「母親が怯えながら外してはいけないと言い続けた理由、ベルテ家の庭の土が痩せていた理由、虫が集まってくる理由。全部繋がる気がして」
ルシアンは文献を読みながら、黙っていた。
しばらくして、口を開いた。
「虫の精霊の愛し子、か」
「知っているか」
「伝承として。自然の恵みを媒介する存在だと言われている」
ルシアンは文献から顔を上げた。
「太陽だけでは作物は育たない。土が必要だ。土を耕す虫が必要だ。ミミズが土を柔らかくして、虫が花粉を運んで、死んだ虫が土の栄養になる」
クライドは黙って聞いていた。
「ここ十数年、日差しは申し分なかった。なのに作物が育たなかった」
ルシアンは続けた。
「私にはずっと、原因がわからなかった。土が、死んでいたからだ」
「封印の首輪のせいで」
「おそらく」
ルシアンは椅子に深く座った。
「その首輪をつけたのはいつだ」
「十数年前だと思われる」
ルシアンが、静かに目を閉じた。
「不作が始まった頃と、一致するな」
書斎に沈黙が落ちた。
暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。
「封印を解けば」
クライドは言った。
「土地が戻るかもしれない」
「戻るだろう」
ルシアンは目を開けた。
「でもそれより」
クライドを見た。
「お前、その娘のことが心配なんだろう。土地のことより先に」
クライドは黙った。
「違うか」
「……調査の結果として、封印を解く必要があると判断した」
「そうか」
ルシアンは笑った。
「まあ、そういうことにしておこう」
クライドは文献に視線を落とした。
「一つ、頼みがある」
「なんだ」
「ベルテ家を調べたい。あの家で何があったか、正式な記録として残したい」
ルシアンの笑いが消えた。
「……どの程度だ」
「食事の記録。居住環境。使用人への聞き取り。全部だ」
ルシアンはしばらく、クライドを見ていた。
「わかった」と言った。
「協力する」
「助かる」
「ただし」
ルシアンは立ち上がった。
「一つ条件がある」
「なんだ」
「今夜の夕食に呼んでくれ。あの娘の虫グルメリポートを、直接聞いてみたい」
クライドは額に手を当てた。
「……王子がすることか」
「いいだろう、たまには」
ルシアンは笑った。
「それに」と続けた。
「あの娘が庭の土に触れた時の顔、見たか?」
クライドは黙った。
「あんな顔をする娘が、十数年そのような過酷な環境に置かれていたのか」
ルシアンは静かに言った。
書斎に、また沈黙が落ちた。
暖炉の火が、静かに燃えていた。
クライドは文献を閉じた。




