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クライドはそれを、無言で観察していた。
期待と違ったのだろうと思った。みじめな妹を確認しに来たのに、みじめではなかった。
使用人にいじめられているかと思ったら、親切にされていた。叱られているかと思ったら、されていなかった。
イザベラの視線が、チラリとクライドへ向いた。
クライドは無表情のまま、お茶を飲んだ。
イザベラの視線が、また戻った。
「ねえリリアーナ」
イザベラは続けた。
「こちらのお食事はどう? 口に合っているかしら。あなた、好き嫌いがあるんじゃないかと思って」
「とても美味しいです」
「そう。ならよかったわ」
イザベラはそう言ったが、よかったとは思っていないだろうとクライドには見えた。
「庭もずいぶん素敵ね」
イザベラは窓の外を見た。
「お散歩とかしてるの?」
「はい、毎朝」
「まあ、素敵。一人で?」
「クライド様と」
イザベラの手が、ティーカップの上で一瞬止まった。
「……そう」
「はい」
イザベラはティーカップを置いた。それから焼き菓子に手を伸ばして、一口食べた。
窓の外の庭を眺めながら、何かを考えているようだった。
クライドは無言でそれを見ていた。
来る前に想像していたものと、全部違ったのだろう。みじめな妹ではなく、綺麗になっていく妹がいた。冷たい婚約者ではなく、毎朝散歩する婚約者がいた。
イザベラが計算している気配がした。
次の手を考えている気配が。
「リリアーナ」
イザベラはまた口を開いた。
「肌の手入れは何かしているの? 随分と綺麗になったから、何か秘密があるのかと思って」
リリアーナは少し考えた。
「庭のものを、少し」
「庭のもの」
イザベラは繰り返した。
「薬草か何か?」
「……まあ、そのようなものです」
クライドの口の端が、かすかに動いた。
庭のもの。虫のことだ。リリアーナが虫のことを「庭のもの」と表現して、イザベラに教えなかった。
賢いと思った。
「そう」
イザベラは笑顔で言った。
「今度教えてちょうだい」
「機会があれば」
イザベラはリリアーナを見た。
リリアーナは穏やかに笑っていた。
その笑顔を、イザベラはしばらく見ていた。
ベルテ家でよく見た、感情を飲み込んだ笑顔ではなかった。もっと、落ち着いた、安定した笑顔だった。
イザベラの顔に、何かが過ぎった。
何なのかはクライドには読めなかった。
お茶が終わって、イザベラが立ち上がった。
「また来てもいい?」
リリアーナは少し驚いたように、イザベラを見た。
「……はい」
「そう」
イザベラは手袋を整えた。
「じゃあ、また」
クライドに向かって「お邪魔しました」と頭を下げた。
クライドは「どうも」とだけ言った。
執事が見送りに出た。
応接室の扉が閉まった。
リリアーナは、閉まった扉をしばらく見ていた。
「……お姉様、変でしたね」
「そうか」
「来る前に何かを期待していたみたいで、でも全部外れたみたいで」
「気づいていたのか」
「なんとなく」
リリアーナは言った。
「お姉様の顔は、わかりやすいので」
クライドは少し目を細めた。
「お前は、あの姉をどう思っている」
リリアーナはしばらく考えた。
「意地悪だと思います」と言った。
「でも、嫌いではないです」
「なぜ」
「踏んだパンでも、持ってきてくれたので」
クライドは黙った。
また、胃の底に何かが積み上がった。
踏んだパンを持ってきてくれた。それで「嫌いではない」と言える。
「……そうか」
それだけ言って、クライドは立ち上がった。
書斎に戻って、文献の続きを読まなければならなかった。
首輪のことを、もっと調べなければならなかった。
ベルテ家のことを、もっと調べなければならなかった。
扉を開けながら、クライドは一度だけ振り返った。
リリアーナはまた窓の外を眺めていた。
庭の方を、穏やかな目で。
「リリアーナ」
「はい」
「今夜の夕食に、ハチの子が出る」
リリアーナの目が、ぱっと輝いた。
「本当ですか」
「養蜂家から買い取った」
「……ありがとうございます。気が利きますね」
クライドは「うるさい」と言って、扉を閉めた。
廊下を歩きながら、さっきのリリアーナの顔を思い出した。
ハチの子と聞いた時の、あの顔。
踏んだパンに礼を言った顔でも、食べかけのシチューに礼を言った顔でもなかった。
本当に、嬉しそうな顔だった。
クライドは書斎への廊下を歩きながら、胃の底の何かが、また少し積み上がるのを感じた。




