第八話:再構築――未来の奪い方
目を覚ました瞬間 最初に五感を支配したのは 耳が痛くなるほどの 静けさ であった。
「……ここは……」
廉はゆっくりと上身を起こした。
視界に広がっているのは どこまでも平坦な白い空間。
何ひとつ存在しない。だが どこか 整っている という奇妙な感覚。
「安全領域です」
背後からの声に振り返ると そこには彼女がいた。
選ばれなかったジャンヌ 。
「あなたたちが壊れないために用意された 揺り籠 のような場所」
その言葉が引き金となり 脳裏に忌々しい記憶が濁流となって戻ってくる。
敗北。圧倒的な戦力差。そして 無様な撤退。
「……助けられたのか。あんたに」
「ええ」
彼女は静かに頷く。
その瞳には 憐憫も嘲笑も宿っていない。
「今のまま戦い続けていれば あなたたちは跡形もなく消えていました」
沈黙。
その事実を 否定できる言葉を廉は持ち合わせていなかった。
「九条さん……」
隣から 消え入りそうな弱い声が届く。
見れば ジャンヌが石畳のように白い床に横たわっていた。
「……無事か。意識ははっきりしてるか」
「はい……なんとか……」
答える彼女の表情には 濃い疲弊が刻まれている。
(……当然だ。あんな無茶をさせた)
廉は自嘲気味に視線を落とした。
(俺のせいだ。俺の判断が遅れたから あいつに無理をさせた)
守るべき存在を 守り切ることができなかった。
その苦い後悔が 胸の奥で鋭く疼く。
「……違います」
小さな しかし芯のある声。
ジャンヌが 潤んだ瞳でこちらを見つめていた。
「私が……。私が土壇場で迷ってしまったから……」
「違うな」
廉は即座に 拒絶に近い強さで否定した。
「全責任は俺にある。あそこで戦うと判断したのは 俺だ」
ジャンヌが 反論を飲み込んで沈黙する。
だが その重苦しい空気を少女が切り裂いた。
「どちらが正しく どちらが間違っているかなど この場所では無意味です」
平坦な声が響く。
「問題の本質は そんな感情論にはありません」
廉が顔を上げた。
「……なら 何が問題だって言うんだ」
少女は一歩 無機質に歩み寄る。
「あなたたちは 戦い方 を何ひとつ理解していない」
場に ぴんと張り詰めたような緊張が走った。
「未来を視る」
少女の視線が廉を射抜く。
「未来を壊す」
次いでジャンヌを捉える。
「どちらも確かに強力な個能です。ですが――」
一拍置いて 少女は冷酷に告げた。
「それだけでは 選別者 に勝つことは決して叶わない」
廉の手が 白くなるほどに強く握り締められる。
「……じゃあ どうすればいい。どうすればあいつを越えられる」
少女は 迷うことなく答えを投げ返した。
「 奪い方 を学ぶことです」
空気が 一瞬で重質に変質した。
「壊すだけでは 何の意味も持たない」
「……どういうことだ。壊さなきゃ こっちが殺されるんだぞ」
「壊せば その未来はただ消滅する。ですが――」
少女は淡々と この世界の真実を説く。
「奪い取れば。それは 自分のもの になる」
ジャンヌが 弾かれたように目を見開いた。
「……それって……」
「あなたが無意識のうちにやりかけていたことです」
少女はジャンヌをじっと見据える。
「あなたは 選ばれなかった未来 を 自分の方へと引き寄せた。そうではありませんか?」
脳裏に蘇る感覚。
あの土壇場。視えないはずの未来が 濁流となって脳内に流れ込んできたあの瞬間のこと。
「……あれが……そうなのか」
「ええ。それが 奪取 の第一段階です」
廉の思考が 急速に熱を帯びて繋がっていく。
「……なるほどな。壊して終わりじゃない。壊し 奪い 自分の力として使う」
「その通りです。未来とは この世界における唯一の 資源 なのですから」
あまりにも冷徹な理。
だが それこそが生存の条件なのだ。
「……気に入らねえルールだな。反吐が出る」
廉は小さく毒づいた。
「そんな血生臭い世界かよ」
「嫌なら 選ばれる側 の家畜に戻りますか? その瞬間に あなたという個体は抹消されますが」
即答であった。
「却下だ。真っ平御免だな」
ジャンヌも 力強く頷いた。
「私も……戻りたくはありません」
二人の答えを聞いて 少女はわずかに口角を上げた。
「なら 始めましょうか」
彼女が手を掲げると 周囲の光景が再び変転する。
白い空間に 無数の 線 が浮かび上がった。
複雑に絡み合い 交差し 無限に広がっていく光の糸。
「……これは……?」
「未来の流れです。本来 観測者ではないあなたには見えないもの」
廉の右目が 奥底で脈打つように反応した。
「……いや。見える。断片的にだがな」
「それで十分。資質はあります」
空間の一点が ひときわ強く発光した。
「ここです。この未来を 奪ってみせてください」
ジャンヌが 息を呑んで光の糸を見つめる。
「……どうやって……」
「欲しいと 心底願ってください。それだけでいい」
沈黙。
「……それだけでいいのか?」
「未来とは 選択 そのものですから」
ジャンヌが 震える手をゆっくりと光の線へ伸ばした。
「……欲しい」
消え入るような呟き。
だが その瞬間。
光の線が 生き物のように激しく身悶えた。
「――っ!」
ジャンヌの身体が燐光を放つ。
未来の情報が 容赦なく彼女の中に流れ込み始めた。
断片的な映像。動きの残像。あらゆる可能性の欠片。
「……視える! 成功しているぞ!」
廉が叫ぶ。
だが 直後にジャンヌの顔が苦悶に歪んだ。
「っ……重い、です……!」
「当然です。それは本来 あなたのものではない余所者の未来なのですから」
光の線が暴れ 元の流れへと戻ろうと抵抗を強める。
「手を離せば 元通りになります」
少女が静かに見守る。
「ですが 抗い続ければ――。それは あなたの糧 となります」
ジャンヌが 奥歯を噛み締め 顔を上げた。
「……やります。私は もう……迷いません」
光が 爆ぜるように強まった。
暴れる糸が 彼女の手の中へと吸い込まれていく。
パキン と 何かが折れるような音が響いた。
未来が 根源から切り取られた音だ。
「――取った!」
ジャンヌが 激しく肩を揺らしながら息を吐く。
その掌の中には 淡く輝く光の塊が宿っていた。
「……これが……私の……」
「あなたの 戦利品 です」
少女が告げた。
廉は それを見て不敵に笑った。
「……なるほどな。これが 勝ち筋 か」
「はい……! 分かった気がします!」
ジャンヌの瞳に 先ほどまでの迷いは微塵もなかった。
「私 もっと取れます。もっと強くなれます」
「焦るな。まずはそれを 使いこなせる ようにしろ」
「はい!」
少女が 並び立つ二人を静かに見つめる。
「これで ようやくスタートラインです。世界に挑むための 最低限 のね」
その言葉はどこまでも厳しい。
だが 間違いなく真理であった。
廉は 拳を固く握った。
「……次こそは あいつに土を付ける」
ジャンヌも 迷いなく頷いた。
「はい。必ず」
二人の視線は すでに次の戦場を捉えている。
手にしたのは 未来を 奪う という禁断の力。
「行くぞ」
「はい!」
新たな武器を魂に刻み 二人は再び 歪んだ世界の深淵へと踏み出した。




