35.大層不味い
青天。気温は高め。湿度は普通。風はそこそこ。
ざっくりとしたデータで申し訳ない。これが僕の限界である。
ただ、一つだけ言うならば。これといって、特に何も支障はない。
「ふぅ……緊張してきた」
「大丈夫ですよぉ。何とかなりますって~」
「逆に聞くけど、クリムこそ大丈夫? 頭にしっかり叩き込んだ?」
「ふっふーん。今日の私には秘策がありますっ!」
クリムは僕に手の平を見せ付ける。
そこにはびっしりと書かれた文字列が。
「カンペ!!」
「どうですかぁ~。天才でしょう?」
「天才天才。さすがクリム。僕には読めないけど。ただ、うっかり門衛に見せちゃダメだよ?」
「うえっ! 確かに~! 危ないところでしたねぇ」
「おや? 心配になってきたぞ……」
クリムはえへへーと笑いながらごまかす。いや、えへへで済めばいいんだけど……。ちょっと今回ばかりはそうもいかない。
そして、僕たちが話しているかたわらでは。さらに別の人物が何かを言い争っている。
「いいな。油断は禁物だ。決死の覚悟で臨め。万が一、衛兵に捕まったとしても。俺たちは一切関与しない」
「ふん、当然でしょう。ブレン先輩こそ、ミスったら承知しませんからねっ!」
「俺が失敗するとでも? まず有り得ないな。エリートだぞ。数々の任務をこなしてきた俺に、怖いものなどない」
「ふぅん。じゃあ、一つでもミスったら、クリムにあることないこと吹き込んでもいいですね?」
「それはやめろ」
「精々足手まといにはならないでくださいよ」
「なに、心配ない。お前はもっと自分の心配でもしてろ」
「お前じゃなくてミキサですっ!」
説明するまでもなく、ブレンとミキサである。
今日も今日とてバチバチしてるよ。仲良くする契約はどうした。契約は。
土壇場で喧嘩なんてやめてよね。
作戦決行の直前なのに――!!
「ほら、二人とも仲良く! そろそろ時間でしょ!?」
「グルメ様っ! はぁ……今日もまた一段とカッコイイ……どっかの先輩と違って!」
「なんだ。やる気か?」
「火に油を注がないで――!!」
「あっ、そういえば! またお菓子を作ってきたんですよっ! 今度こそ自信作です。ほら、見てください。今度は初代の形をモチーフにして」
「それ作戦の後じゃダメかな!?」
ミキサは相変わらず乙女心に真っ直ぐである。初代よりも猪突猛進。
そして、今日ばかりは衣装に気合いが入っている。普段の私服とは違う。明るい黄緑色のドレスみたいな格好。煌びやかアクセサリーまで身に付けて。本当に管理局で働いているミキサと同一人物だろうか。そう疑ってしまうほどの変貌っぷり。どこかのお姫様みたい。
いつもの街でこんな服を着ていたら、絶対に浮いちゃう。つまり、これから僕たちが訪れるA級エリアでは浮かないのだろう。上流階級の呼び名は伊達じゃない。
ちなみに、僕とクリムは普段の格好と同じ。ブレンは兵士の正装。
「やれやれ。このメンバーを指揮できるのは僕しかいないのか……」
「グルメさん、ファイトですぅ~」
「はい! じゃあ、みんな右手を出して!」
四人で手を重ねて何をするか。もちろん、作戦開始の合図。癖のあるメンバーだけど、やる時はやってくれると信じる!
「無事に成功することを願って! みんな、頑張ろう! 行くぞっ!」
「しゅっぱーつ! 美味しいものが私を呼んでますぅ~!」
「グルメ様のためにも頑張ります! 成功したら、うんと褒めてくださいねっ!」
「俺は役割を全うするのみ。安心しろ。任務を失敗したことは一度もない」
「ブモオオオオォ!」
こうして、四人と一匹は歩き出した――!!
「あっ、初代はお留守番だからね」
「ブハッ!?」
こればかりは仕方ない。魔獣を連れては入れない。討伐されちゃうから。初代が待てを覚えてくれて助かった。無事に帰って来れたらご褒美をあげなきゃ。
初代が暴れて門衛の兵士たちを混乱させるのは、本当に本当の最終手段。故に、僕が却下した。そんな大事にはしたくない。
「うえっ! 大変です!」
「早くも!? クリム、どうしたの?」
「今回の作戦名を考えていませんでしたぁ~!」
「うん。それを大変とは言わないよね?」
「どうしましょう。うーん……『グルメさんをA級のエリアへ侵入させましょう作戦』。これだと長いですねぇ……略して『グエエ作戦』ですっ!」
「グエエ作戦」
どうしてだろう。嫌な予感しかしない。とても不味そう。
いや、名前はともかく! グエエ作戦、決行ーっ!!
☠
まず第一の関門。
僕が侵入用の荷車の中に隠れる。
今回ミキサが手配したのは、正式な貨物運搬の依頼なのだ。つまり、荷車の運び人は作戦を知らない。
手順はこうである。あらかじめ架空の取引依頼書を潜り込ませ、ミキサ経由で正式な許可を取得する。こうして出来上がったのが、正体不明の差出人による貨物運搬依頼を受けた荷車。ちなみに、馬車のように動物が引いている訳ではなく、人力で引くタイプ。
依頼した通りならば、運び人は一人、貨物は大きな木箱が四つ。
ミキサが依頼書の不審な点に気付いたていで、運び人と接触。管理局の権限で荷車を停止させ、貨物を確認している隙に、僕が忍び込むという算段だ。
「すいませーん! そこの御方! ちょっと良いですか?」
「なんだい? 仕事中なんだが」
「はぁ、はぁ……管理局の者ですっ! ミキサと申します。お手数をお掛けします。運んでいる貨物ですが、こちらの依頼で間違いありませんか?」
「そうだな」
「間に合って良かったぁ~。依頼書に不審な点が見付かったので、同行させて頂きます。詳しいことは後で話しましょう。まずは貨物の中身を確認させてください」
……停まった。
最初の関門はクリア。大通りへ差し掛かる前に、停車成功。ミキサの演技もパーフェクト。ただ、彼女だけでは荷車を止められたかどうか。分からない。でも、付き添いの兵士がいれば話は別である。
「俺は兵団に所属するブレンだ。ほら、これが身分証。今から正式な手続きに則って、貨物を拝見する。お前たちはここで待機」
「はいっ!」
一転して、緊迫した雰囲気。兵団の力が強いとは知っていたが、これほどなのか。運び人のお兄さんは、もう心配そうな顔で焦り出した。ヤバイものを運ばされてないよな。そう思ってる顔。
すかさず、ブレンからハンドサインで合図が届く。僕は死角に回ってダッシュで駆け寄り、指示された木箱へ隠れる。箱の中の荷物の分量は、依頼の時点で調整済み。人間が一人だけ隠れられるスペースを確保してあるのだ。四つ全ての木箱に。
そして、成功っ!
練習した通り、速やかに木箱へ潜り込んだ! 我ながら完璧!
「うむ。どうやら、荷物は依頼通りだな。怪しい物品も見当たらない。ならば、依頼者へ直に尋ねるしかないだろう。俺も同行する。よし、出発して良いぞ」
僕は荷物と一緒に、ガタガタと荷車に揺られるのだった。
ところで、荷車が重くなって運び人は気付かないのだろうか。問題ない。元々が重いし、恐らく彼はそれどころじゃない。村の外ならいざ知らず、村の中で兵士が同行するなんて。
例えるならば、警察が隣にいるようなもの。僕だって緊張する。
「よーしよし。上手くいってるぞ。第一関門、突破。ただ……荷車って、こんなに揺れるのか。ちょっとヤバイ。気持ち悪くなりそう。吐いちゃダメだ、吐いちゃダメだ……」
☠
その後、クリムが登場する手筈だけど。大丈夫かな。
「ああっ! ミキサちゃーん! おひさぁ~! 元気ぃ~?」
「クリムじゃないの! こんなところで偶然ね」
彼女の声が聞こえた。無事に合流できたようだ。
クリムに演技は難しい。だから、素のままで出会ってもらうことにした。
「ミキサちゃん、お仕事中? どこへ行くのぉ~?」
「野暮用でA級エリアへ行くところ」
「うえっ!? ホントに!? じゃあじゃあ、一緒に行こうっ!」
「まさか、アンタも?」
少しだけ不自然な気もするが、偶然ということで目を瞑ってもらおう。これで役者は揃った。
運び人に同行するミキサとブレン。偶然にも出会ったクリム。荷物に揺られる僕。
そして、第二の関門にして、最難関地点。
これをクリアすれば、A級エリアに侵入できたも同然。
最終関門の帰りは簡単。同じく荷車に隠れるだけ。A級エリアは、外から入る時にはチェックが厳しい分、中から出る時にはチェックが緩い。怪しい奴を絶対に入れることがなければ、出ていく訳がないという発想だ。
そう、第二関門とは……門衛の貨物チェックを潜り抜ける!
――コン、コン、コン
音が聞こえた。三人の内の誰かが、木箱を叩いてくれた音だ。もうすぐ目的地へ到着するという合図。それと同時に、異常を報せる役割も果たしている。
ノックが2回ならば、異常なし。ノックが3回ならば、異常あり。
……待って待って。3回聞こえたんだけど――!?
異常あるの!? 嘘でしょ! もう引き返せないよ! こうなったら、強行突破するしかないッ!!
直後、ミキサの声が響き渡った。
「ちょっと、ブレンせ……ブレンさーん? 何だか、いつもより門衛が多くないですかね~?」
「……確かに。俺の記憶によれば、この時間帯は四人だったはず。今は、ざっと八人いるな。何かあったのか」
二倍!? 四人が八人って! マジで何があったの!? っていうか、タイミングが悪すぎない!?
これは不味いよ。恐ろしくなってきた。確実に成功率が低くなった。もう、捕まった場合の謝り方を考えておくべきだろうか。悪気はなかったんです。ただの興味本位でした。一人で勝手に乗り込みました。
しかし、詳しく調査されれば、ブレンとミキサまで疑われるのは明白。除隊や懲戒免職も有り得る。下手したら、実刑を受けるなんてことも……。
文字通り、二人は命懸けで今回の作戦に臨んでくれたのだ。ならば、僕としても成功させなければならない。絶対に! 二人のためにも!
ちょっとした異常事態で! 諦めてなるものか――!!
荷車は停まらない。いや、停められない。門前で停車するなんて、それこそ不審認定される恐れがある。
そして、全くの想定外という訳ではない。思い通りにいかないのは覚悟の上。そんな時のために、ミキサが、ブレンが、クリムがいるのだ!
僕には手が出せない。みんなを信じる!
「うえぇ……兵士さん一杯。お疲れ様ですねぇ」
「そうそう、あの中にブレンさんの知り合いっていらっしゃいますか?」
「当然だろう。門衛と見張りに配備されるのは新米。つまり、全員が俺の後輩に当たる。仮に俺が知らなくても、向こうは知っているはずだ」
「でしたら、何があったか聞いてきてくださらなーい?」
「お安い御用。着いた時にそれとなく聞いてやろう。なに、快く答えてくれるさ。任せろ。六人くらいは」
おっと。恐れていたことが、現実になりかけている。さすがに、この状況下で二人は喧嘩しない。しかし、運び人が近くにいる手前、こっそりと相談もできない。
結果、さっきの一連のやり取りである。察するに、現在の二人の意見が食い違っているようだ。
ミキサは先に行って聞いてこいと提案した。しかし、ブレンは却下。理由を聞いても意味はないから、怪しい行動は極力避けるべきと判断。貨物チェックが始まる時まで一緒にいると答えた。その代わり、八人中六人は無力化させてみせようと。多分、そんな感じの意味合いだろう。
そして、クリムは気付かず平常運転。
やっぱり心配だァ――!!
何でもない時間帯の南門。交代する時間でもないし、衛兵は四人を想定していた。今は二倍いるけど。勝負となるのは、八人中何人が僕のいる荷車の貨物チェックに回るか。人の目が少ないに越したことはない。
しばらく経って、次に聞こえたのはブレンの呼び掛けだった。
「よう、お前たち。お疲れ。精が出るな」
「ぶっ、ブレン先輩っ!? お疲れ様ですっ!」
「ところで、今日は人が多いようだな。何かあったのか?」
「いえ、大した問題ではありません! ご存知でしょうか! 近頃、人間に飼い慣らされた魔獣が村をうろついておりまして!」
「あぁ。よく知ってる」
「害はないと思われますが、念のため! 警戒レベルを引き上げるに至ったと、聞き及んでおります!」
「それにしても急だな」
「恐らく、A級の方々からの要請ではないかと!」
「ふん。納得だ」
人間に飼い慣らされた魔獣……初代イイイイイイィ!!
うぉい! 初代ッ! お前のせいか!!
初代が村をうろうろしていたから! 警戒レベルが上がっちゃったの!? 急に衛兵が倍増したの!?
もし、この場に初代がいたならば。「ブモォ?」とか言って、惚けたことだろう。まぁ、連れてこなくて良かった。大混乱になるところだった。そりゃあ、魔獣なんていたら警戒するよね。草食なんだけど。
しかし、衛兵の声が僕の耳まで届いたということは、既に門の近くまで来ている。もうすぐ荷車も停車するだろう。そして、貨物チェックが開始――
この絶体絶命の状況を、世間話だけで乗り切れるとは思えない! ブレンにも何か秘策があるのか……!? こんな事態も想定済みなのか……!?
ブレンは極めて落ち着いた声で、恐らく後輩の兵士たちに言い放った。
「そうだ。右端のお前。確か、ピーラだったな。いつか俺に握手をせがんできた」
「おっ、覚えていたのですか!? 光栄です!」
「大事な後輩を名前を、忘れる訳がないだろう。ここで再会したのも何かの縁だ。良いものをやろう」
「良いもの……?」
「ほら、俺の古い相棒だ。一度折れて修理したが、もう使い物にならない。記念にどうだ」
「あわわわわわ……ブレン先輩の、前に使っていたナイフ……!?」
そう来たか。憧れの先輩が愛用していたナイフ。喉から手が出るほど欲しいだろう。ちなみに、折ったのは僕です。謝りながらブレンに返却したけど、ちゃんと直していたとは。
どうやらブレンは兵団でも名の知れたエリートらしい。後輩があわあわし始めるなんて。あわわはクリムを前にしたブレンのセリフだろうに。ちょっと不思議な感じがする。
そして、後輩の兵士が八人もいれば、こうなることは必然だった。
「なっ、ズルいぞ! 俺も欲しい!!」
「コンロも欲しいのか。残念ながら、ナイフは一つしかない。誰が受け取るか、お前たちで相談して決めてくれ」
「じゃあ、僕も! 争奪戦に参加します! 握手もお願いします!」
「おい、仕事中だぞ。さっさと決めよう。オレも混ぜてくれ」
外の様子は見えなくても、何となく想像はできる。新米兵士が集まって、ブレンを取り囲んでいる様子が。一人が欲しいと言い出せば、芋づる式に釣れる。さすがブレン。なかなかの策士。
「うっわぁ……ブレンさん、超人気ですねぇ……」
「ふぅん。思ったよりも、人望はあるみたいですね。四人も兵士が集まっちゃっていますよ」
ミキサから僕に向けたメッセージのようだ。言い方に棘がある。「六人って豪語した癖に、四人しか無力化できてないじゃない!」そんな彼女の叫び声まで聞こそう。
果たしてクリムとミキサだけで、残る四人を対処できるのか。
「はい、停まってー。検問でーす。入構許可証を拝見しまーす」
「いつもお疲れ様ですっ! 兵士さん、甘いものはお好きですかっ?」
「甘いもの? 好きですけどー……」
「良かったぁ。実は私、お菓子を作り過ぎちゃって。ちょうど配って回っているんですよ。宜しければ、皆さんで食べてくださいっ! はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございまーす! 嬉しい! 嬉しいでーす!」
「喜んで頂けてなによりですっ! それと、まだギリギリ出来立てで温かいですから。お早目に召し上がってください。もう、すぐに食べちゃった方が美味しいですよ」
「はいっ! 頂きまーす!」
なるほど。ミキサもミキサで準備していたのか。こんなところでお菓子が役に立つとは。運び人に渡して懐柔するだけでなく、兵士の足止めにも使えてしまう。万能だ。ミキサのお菓子、万能。
まぁ、お姉さんからお菓子を貰ったら、舞い上がっちゃうよね。分かる。
そういえば、ブレンも言っていた。兵団は基本的に男ばかりだから、色香で惑わせる作戦は有効であると。それはミキサにより却下されたが、少し方向性を変えて有効活用してきた。
「ミキサちゃーん。私も食べたいなぁ~」
「アンタにはさっきあげたでしょ! 残りは兵士さんの分っ!」
「はぁーい……」
「じゃあ、誰か一人。私と一緒に貨物チェックお願いしますっ! 少し急いでいるので、手早く済ませちゃってくださいね。私の許可証は、運び人さんに渡しておきます」
お菓子で二人を足止めして、一人が入構許可証を確認すれば、貨物チェックは残り一人。
いける……いけるぞ……!! 希望が見えてきた!
と、考えるのは早計だった。
「あの、貨物チェックは一人で十分ですよ?」
「いやいや。せっかくだから、二人でチェックするぜぃ」
「おう。今日は人手も多くて、暇だからな」
僕は察した。ならば、ミキサも同じことを察したと思う。
多分だけど、ちょっと下心がある!
兵団は基本的に男ばっかりだから! 気持ちは分かる! 今日のミキサは一段と美人! つまり、衣装に気合いを入れてきたのが裏目に出てしまった――!!
お菓子で一人しか足止めできなかった。
二人か……若干厳しいかもしれない。不可能ではないが、発見されないかどうか。怪しい。今はミキサも手一杯だろうし。ということは、全てはクリムに託された!
お願いだから、頼むよ! クリム、頼むよ!!
「ミキサちゃん、大丈夫ぅ~?」
「はぁ……大丈夫だから。アンタはアンタのやることでもやってなさい。では、兵士さん。お願いします。まずは、一つ目の木箱から」
直後、僕の隣の木箱が開けられた。そんな音がした。
今は荷車の上に四人。僕と、ミキサと、兵士が二人。ミキサが順々に木箱を開けて、一つずつ確認してもらっているのだろう。
さて、僕はどうやってチェックを擦り抜けるのか。トリックは実に単純。
木箱に細工が施してある訳でもない。
兵士の隙を見て、チェック済みの木箱へ移動する。ただ、それだけ。
行動のタイミングは、ミキサから指示があるとして。問題は、どの木箱へ移るか。当然だが、きちんと打ち合わせ済み。
隣接した大きな箱が全部で四つ。うち一つに僕が入っている。他の三つの箱には2~4の番号が割り振られていて、ノックの回数で移動先が決まるのだ。ノックが2回ならば2番の箱、3回ならば3番の箱といった具合に。
一度調べた場所は、二度と調べない。
隠れ場所にはまさに打って付け。荷車の下に貼り付くよりも確実だろう。
チェックする兵士が一人ならば、彼が木箱に頭を突っ込んでいる間に悠々と移動できる。ただ、二人の場合は……隙が生じると信じるしかない。
「うーんと……えっとぉ……誰か、私の許可証を見てくださーい!」
「はーい。こちらで承りますよー」
声から判断するに、お菓子を受け取った兵士だ。そうか。お菓子を食べながらでも、許可証の確認はできる。盲点だった。
どうにかして、貨物チェック中の兵士の気を逸らさなければ。僕が発見されてしまう。クリムも分かってるはず。お願いだから、頑張って! 色々と対応策を一緒に考えてきたよね! そのためのカンペでしょ!
二つ目の箱が開けられた。残り一つ。
「うえぇ……こんな時、どうするんでしたっけぇ……?」
あっ、ダメそう。
覚悟を決めよう。精一杯の謝罪する覚悟を。
そして、開けられた。三つ目の箱。この機を逃したら、絶望的。
……ミキサからの合図はない。
失敗か! 作戦失敗かァ――!! 南無三っ!
「おい! そこの女! 何をしている!」
「うえっ? 他に誰かいましたぁ?」
「お前のことだ! さっきから何を見ている!? 手の平に何か書いてあるな! 見せてみろッ!」
「ダメでーす! 絶対に見ちゃダメェ~! 乙女の秘密ですぅ~!!」
「どうして隠したッ!? 怪しいな! 見せろ! 速やかに手を出せ!」
「ひえええぇ~!!」
いや、不味いことになってる! さらに不味い状況だよ!?
万事休す! もうダメだ――!!
――コン、コン
ミキサからの合図。ノックが2回。
2番の箱!!
兵士たちがクリムに注目した、一瞬の隙を突いて。
僕は箱のフタを開け、スルリと移動した。
……大丈夫。バレてない。やった! 作戦成功っ!
上手くいった。同じ木箱を使って、何度も練習した甲斐があった。
これでA級エリアに侵入できる!
ただ、クリムのカンペが見付かってしまったら……。
ヤバイぞ。何を書いたんだ。クリムは一体、何を書いたんだ――!?
それと、ブレン! 絶対に早まるなよ!!
「ふん。やっと素直になったな。全く。最初から大人しく見せれば良いものを。どれどれ」
「あぁ……見られちゃいましたぁ……」
「なっ、何だこりゃ!? 字が汚くて読めない――!!」
「うえっ!? 失礼なぁー!!」
待って待って! そんなことある!?
僕にだけ読めないんじゃなくて! みんなに読めなかった! クリムの字が汚いから――!!
ただ、そのお陰で作戦がバレずに済んだ。どうやら兵士のみんなで回して読んでいるようが、誰一人として読めない。
「きゃ~! 読まれちゃいましたぁ~!! 恥ずかしいですぅ~!」
「なぁ、別に大したことは書いてないんじゃないか?」
「てめぇの気にし過ぎだろ」
「……その、なんだ。すまなかったな」
「読んじゃいましたぁ!? どこまで読んじゃいましたぁ!?」
「安心しろ。誰も読めなかったから」
「それ、どぉーいう意味ですかぁ~!?」
その後は、特に問題も起きず。僕は無事にA級エリアへ侵入を果たした。
第二関門、突破っ!!
まさか、クリムのカンペに救われるとは。
あとは荷車から脱出して、二手に別れる。美味いものを食べに行く、グルメ・クリム組。運び人と一緒に所定の時刻まで街中を徘徊する、ミキサ・ブレン組。
別れ際に、ミキサとブレンは僕に視線を交わしてくれた。僕は目一杯の手振りで応える。感謝の気持ちを込めて。
「はぁ、はぁ……成功した……心臓に悪いぞ……」
「ふぅ~。危ないところでしたねぇ」
「クリムも頑張った! ホントに助かった! ありがとうっ!」
「えへへー。やりましたっ! これも日頃の行いですぅ~」
「じゃあ早速、予約した店へ行こう! 帰りの荷車に乗り損ねたら、僕が出れなくなっちゃうから」
「待ってください」
「どうしたの?」
「じっとして」
真剣な表情で、僕の顔を見つめるクリム。
そのまま、僕の頭に手を伸ばし――
――ヒョイ
「グルメさん、髪にポペポポンが付いてましたよぉ~!」
「ポペポポンが!?」
「もしかして、荷物の中に混じってたんですかねぇ」
「ポペポポンが。そういうことか。急いで木箱に入ったからなぁ」
長いツルに先にくっ付いた、緑色のサクランボのような果実。前にどこかで見たことあるな。
そうそう、思い出した。ビストロ・メシマズで料理に添えられてた奴だ。
「もう一個はっけーん。あむぅ」
「あ、食べちゃった。これで証拠隠滅」
「んっ! いつものポペポポンより美味しいですぅ~!」
「なるほど。選別してB級に降りてくる前の食材なのか。なら、美味いのも納得」
「ほら、グルメさんもっ! 食べてください! どうぞどうぞっ!」
「これから食べに行くんだよね? そんな、興奮して押し付けないで。分かった。食べる食べる。食べるから! 食べたら出発するよ!」
――プチッ
………
……
…
「ポペポポオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!! ペッ! ぽぺぇ!? パペポっ! マッズ!! 大層不味いッ!! 違いが分からない――!! 前に食べたポペポポンと! 何が違うのかァ!? 違いの分かる男になりたいッ!! 今の僕に分かるのは! とりあえず、どっちもクッソ不味いッ!! この青臭さは! パセリ第二弾――!! 見た目はサクランボ! 中身はパセリ! その名も、ポペポポン!! 道理で料理に添えられている訳だァ! 騙された! ちょっとサクランボを期待しちゃったよ! なーにが、あたしサクランボだッ! てめぇパセリ――!! これ以上は! 不味さを言い表せない! だって、不味いんだもん!!」
やっぱりか。食材のレベルが多少上がったところで、不味いものは不味い。
ただ、言うなれば――これは前菜。
そして、次が本番! 絶対に美味い、メインディッシュ!
「……よしっ! 気を取り直して! 行くよ、クリムっ!」
「行っきますよぉ~! 美味しいものが私を待ってますぅ~!」
僕たちは走り出した!
今度こそ!! 美味いものに有り付けると信じて――!!




