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35.大層不味い

 青天。気温は高め。湿度は普通。風はそこそこ。


 ざっくりとしたデータで申し訳ない。これが僕の限界である。


 ただ、一つだけ言うならば。これといって、特に何も()()はない。


「ふぅ……緊張してきた」

「大丈夫ですよぉ。何とかなりますって~」

「逆に聞くけど、クリムこそ大丈夫? 頭にしっかり叩き込んだ?」

「ふっふーん。今日の私には秘策がありますっ!」


 クリムは僕に手の平を見せ付ける。


 そこにはびっしりと書かれた文字列が。


「カンペ!!」

「どうですかぁ~。天才でしょう?」

「天才天才。さすがクリム。僕には読めないけど。ただ、うっかり門衛に見せちゃダメだよ?」

「うえっ! 確かに~! 危ないところでしたねぇ」

「おや? 心配になってきたぞ……」


 クリムはえへへーと笑いながらごまかす。いや、えへへで済めばいいんだけど……。ちょっと今回ばかりはそうもいかない。


 そして、僕たちが話しているかたわらでは。さらに別の人物が何かを言い争っている。


「いいな。油断は禁物だ。決死の覚悟で臨め。万が一、衛兵に捕まったとしても。俺たちは一切関与しない」

「ふん、当然でしょう。ブレン先輩こそ、ミスったら承知しませんからねっ!」

「俺が失敗するとでも? まず有り得ないな。エリートだぞ。数々の任務をこなしてきた俺に、怖いものなどない」

「ふぅん。じゃあ、一つでもミスったら、クリムにあることないこと吹き込んでもいいですね?」

「それはやめろ」

「精々足手まといにはならないでくださいよ」

「なに、心配ない。お前はもっと自分の心配でもしてろ」

「お前じゃなくてミキサですっ!」

 

 説明するまでもなく、ブレンとミキサである。


 今日も今日とてバチバチしてるよ。仲良くする契約はどうした。契約は。


 土壇場で喧嘩なんてやめてよね。


 作戦決行の直前なのに――!!


「ほら、二人とも仲良く! そろそろ時間でしょ!?」

「グルメ様っ! はぁ……今日もまた一段とカッコイイ……どっかの先輩と違って!」

「なんだ。やる気か?」

「火に油を注がないで――!!」

「あっ、そういえば! またお菓子を作ってきたんですよっ! 今度こそ自信作です。ほら、見てください。今度は初代の形をモチーフにして」

「それ作戦の後じゃダメかな!?」


 ミキサは相変わらず乙女心に真っ直ぐである。初代よりも猪突猛進。


 そして、今日ばかりは衣装に気合いが入っている。普段の私服とは違う。明るい黄緑色のドレスみたいな格好。煌びやかアクセサリーまで身に付けて。本当に管理局で働いているミキサと同一人物だろうか。そう疑ってしまうほどの変貌っぷり。どこかのお姫様みたい。


 いつもの街でこんな服を着ていたら、絶対に浮いちゃう。つまり、これから僕たちが訪れるA級エリアでは()()()()のだろう。上流階級の呼び名は伊達じゃない。


 ちなみに、僕とクリムは普段の格好と同じ。ブレンは兵士の正装。


「やれやれ。このメンバーを指揮できるのは僕しかいないのか……」

「グルメさん、ファイトですぅ~」

「はい! じゃあ、みんな右手を出して!」


 四人で手を重ねて何をするか。もちろん、作戦開始の合図。癖のあるメンバーだけど、やる時はやってくれると信じる!


「無事に成功することを願って! みんな、頑張ろう! 行くぞっ!」

「しゅっぱーつ! 美味しいものが私を呼んでますぅ~!」

「グルメ様のためにも頑張ります! 成功したら、うんと褒めてくださいねっ!」

「俺は役割を全うするのみ。安心しろ。任務を失敗したことは一度もない」

「ブモオオオオォ!」


 こうして、四人と一匹は歩き出した――!!


「あっ、初代はお留守番だからね」

「ブハッ!?」


 こればかりは仕方ない。魔獣を連れては入れない。討伐されちゃうから。初代が待てを覚えてくれて助かった。無事に帰って来れたらご褒美をあげなきゃ。


 初代が暴れて門衛の兵士たちを混乱させるのは、本当に本当の最終手段。故に、僕が却下した。そんな大事にはしたくない。


「うえっ! 大変です!」

「早くも!? クリム、どうしたの?」

「今回の作戦名を考えていませんでしたぁ~!」

「うん。それを大変とは言わないよね?」

「どうしましょう。うーん……『グルメさんをA級のエリアへ侵入させましょう作戦』。これだと長いですねぇ……略して『グエエ作戦』ですっ!」

「グエエ作戦」


 どうしてだろう。嫌な予感しかしない。とても不味そう。


 いや、名前はともかく! グエエ作戦、決行ーっ!!



   ☠



 まず第一の関門。


 僕が侵入用の荷車の中に隠れる。


 今回ミキサが手配したのは、正式な貨物運搬の依頼なのだ。つまり、荷車の運び人は作戦を知らない。


 手順はこうである。あらかじめ架空の取引依頼書を潜り込ませ、ミキサ経由で正式な許可を取得する。こうして出来上がったのが、正体不明の差出人による貨物運搬依頼を受けた荷車。ちなみに、馬車のように動物が引いている訳ではなく、人力で引くタイプ。


 依頼した通りならば、運び人は一人、貨物は大きな木箱が四つ。


 ミキサが依頼書の不審な点に気付いた()()で、運び人と接触。管理局の権限で荷車を停止させ、貨物を確認している隙に、僕が忍び込むという算段だ。


「すいませーん! そこの御方! ちょっと良いですか?」

「なんだい? 仕事中なんだが」

「はぁ、はぁ……管理局の者ですっ! ミキサと申します。お手数をお掛けします。運んでいる貨物ですが、こちらの依頼で間違いありませんか?」

「そうだな」

「間に合って良かったぁ~。依頼書に不審な点が見付かったので、同行させて頂きます。詳しいことは後で話しましょう。まずは貨物の中身を確認させてください」


 ……停まった。


 最初の関門はクリア。大通りへ差し掛かる前に、停車成功。ミキサの演技もパーフェクト。ただ、彼女だけでは荷車を止められたかどうか。分からない。でも、付き添いの()()がいれば話は別である。


「俺は兵団に所属するブレンだ。ほら、これが身分証。今から正式な手続きに則って、貨物を拝見する。お前たちはここで待機」

「はいっ!」


 一転して、緊迫した雰囲気。兵団の力が強いとは知っていたが、これほどなのか。運び人のお兄さんは、もう心配そうな顔で焦り出した。ヤバイものを運ばされてないよな。そう思ってる顔。


 すかさず、ブレンからハンドサインで合図が届く。僕は死角に回ってダッシュで駆け寄り、指示された木箱へ隠れる。箱の中の荷物の分量は、依頼の時点で調整済み。人間が一人だけ隠れられるスペースを確保してあるのだ。四つ全ての木箱に。


 そして、成功っ!


 練習した通り、速やかに木箱へ潜り込んだ! 我ながら完璧!


「うむ。どうやら、荷物は依頼通りだな。怪しい物品も見当たらない。ならば、依頼者へ直に尋ねるしかないだろう。俺も同行する。よし、出発して良いぞ」


 僕は荷物と一緒に、ガタガタと荷車に揺られるのだった。


 ところで、荷車が重くなって運び人は気付かないのだろうか。問題ない。元々が重いし、恐らく彼はそれどころじゃない。村の外ならいざ知らず、村の中で兵士が同行するなんて。


 例えるならば、警察が隣にいるようなもの。僕だって緊張する。


「よーしよし。上手くいってるぞ。第一関門、突破。ただ……荷車って、こんなに揺れるのか。ちょっとヤバイ。気持ち悪くなりそう。吐いちゃダメだ、吐いちゃダメだ……」



   ☠



 その後、クリムが登場する手筈だけど。大丈夫かな。


「ああっ! ミキサちゃーん! おひさぁ~! 元気ぃ~?」

「クリムじゃないの! こんなところで偶然ね」


 彼女の声が聞こえた。無事に合流できたようだ。


 クリムに演技は難しい。だから、素のままで出会ってもらうことにした。


「ミキサちゃん、お仕事中? どこへ行くのぉ~?」

「野暮用でA級エリアへ行くところ」

「うえっ!? ホントに!? じゃあじゃあ、一緒に行こうっ!」

「まさか、アンタも?」


 少しだけ不自然な気もするが、偶然ということで目を瞑ってもらおう。これで役者は揃った。


 運び人に同行するミキサとブレン。偶然にも出会ったクリム。荷物に揺られる僕。


 そして、第二の関門にして、最難関地点。


 これをクリアすれば、A級エリアに侵入できたも同然。


 最終関門の帰りは簡単。同じく荷車に隠れるだけ。A級エリアは、外から入る時にはチェックが厳しい分、中から出る時にはチェックが緩い。怪しい奴を絶対に入れることがなければ、出ていく訳がないという発想だ。


 そう、第二関門とは……門衛の貨物チェックを潜り抜ける!


――コン、コン、コン


 音が聞こえた。三人の内の誰かが、木箱を叩いてくれた音だ。もうすぐ目的地へ到着するという合図。それと同時に、異常を報せる役割も果たしている。


 ノックが2回ならば、異常なし。ノックが3回ならば、異常あり。


 ……待って待って。3回聞こえたんだけど――!?


 異常あるの!? 嘘でしょ! もう引き返せないよ! こうなったら、強行突破するしかないッ!!


 直後、ミキサの声が響き渡った。


「ちょっと、ブレンせ……ブレンさーん? 何だか、いつもより門衛が多くないですかね~?」

「……確かに。俺の記憶によれば、この時間帯は四人だったはず。今は、ざっと八人いるな。何かあったのか」


 二倍!? 四人が八人って! マジで何があったの!? っていうか、タイミングが悪すぎない!?


 これは不味いよ。恐ろしくなってきた。確実に成功率が低くなった。もう、捕まった場合の謝り方を考えておくべきだろうか。悪気はなかったんです。ただの興味本位でした。一人で勝手に乗り込みました。


 しかし、詳しく調査されれば、ブレンとミキサまで疑われるのは明白。除隊や懲戒免職も有り得る。下手したら、実刑を受けるなんてことも……。


 文字通り、二人は命懸けで今回の作戦に臨んでくれたのだ。ならば、僕としても成功させなければならない。絶対に! 二人のためにも!


 ちょっとした異常事態で! 諦めてなるものか――!!


 荷車は停まらない。いや、停められない。門前で停車するなんて、それこそ不審認定される恐れがある。


 そして、全くの想定外という訳ではない。思い通りにいかないのは覚悟の上。そんな時のために、ミキサが、ブレンが、クリムがいるのだ!


 僕には手が出せない。みんなを信じる!


「うえぇ……兵士さん一杯。お疲れ様ですねぇ」

「そうそう、あの中にブレンさんの知り合いっていらっしゃいますか?」

「当然だろう。門衛と見張りに配備されるのは新米。つまり、全員が俺の後輩に当たる。仮に俺が知らなくても、向こうは知っているはずだ」

「でしたら、何があったか聞いてきてくださらなーい?」

「お安い御用。着いた時にそれとなく聞いてやろう。なに、快く答えてくれるさ。任せろ。六人くらいは」


 おっと。恐れていたことが、現実になりかけている。さすがに、この状況下で二人は喧嘩しない。しかし、運び人が近くにいる手前、こっそりと相談もできない。


 結果、さっきの一連のやり取りである。察するに、現在の二人の意見が食い違っているようだ。


 ミキサは先に行って聞いてこいと提案した。しかし、ブレンは却下。理由を聞いても意味はないから、怪しい行動は極力避けるべきと判断。貨物チェックが始まる時まで一緒にいると答えた。その代わり、八人中六人は無力化させてみせようと。多分、そんな感じの意味合いだろう。


 そして、クリムは気付かず平常運転。


 やっぱり心配だァ――!!


 何でもない時間帯の南門。交代する時間でもないし、衛兵は四人を想定していた。今は二倍いるけど。勝負となるのは、八人中()()が僕のいる荷車の貨物チェックに回るか。人の目が少ないに越したことはない。


 しばらく経って、次に聞こえたのはブレンの呼び掛けだった。


「よう、お前たち。お疲れ。精が出るな」

「ぶっ、ブレン先輩っ!? お疲れ様ですっ!」

「ところで、今日は人が多いようだな。何かあったのか?」

「いえ、大した問題ではありません! ご存知でしょうか! 近頃、人間に飼い慣らされた魔獣が村をうろついておりまして!」

「あぁ。よく知ってる」

「害はないと思われますが、念のため! 警戒レベルを引き上げるに至ったと、聞き及んでおります!」

「それにしても急だな」

「恐らく、A級の方々からの要請ではないかと!」

「ふん。納得だ」


 人間に飼い慣らされた魔獣……初代イイイイイイィ!!


 うぉい! 初代ッ! お前のせいか!!


 初代が村をうろうろしていたから! 警戒レベルが上がっちゃったの!? 急に衛兵が倍増したの!?


 もし、この場に初代がいたならば。「ブモォ?」とか言って、惚けたことだろう。まぁ、連れてこなくて良かった。大混乱になるところだった。そりゃあ、魔獣なんていたら警戒するよね。草食なんだけど。


 しかし、衛兵の声が僕の耳まで届いたということは、既に門の近くまで来ている。もうすぐ荷車も停車するだろう。そして、貨物チェックが開始――


 この絶体絶命の状況を、世間話だけで乗り切れるとは思えない! ブレンにも何か秘策があるのか……!? こんな事態も想定済みなのか……!?


 ブレンは極めて落ち着いた声で、恐らく後輩の兵士たちに言い放った。


「そうだ。右端のお前。確か、ピーラだったな。いつか俺に握手をせがんできた」

「おっ、覚えていたのですか!? 光栄です!」

「大事な後輩を名前を、忘れる訳がないだろう。ここで再会したのも何かの縁だ。良いものをやろう」

「良いもの……?」

「ほら、俺の古い相棒だ。一度折れて修理したが、もう使い物にならない。記念にどうだ」

「あわわわわわ……ブレン先輩の、前に使っていたナイフ……!?」


 そう来たか。憧れの先輩が愛用していたナイフ。喉から手が出るほど欲しいだろう。ちなみに、折ったのは僕です。謝りながらブレンに返却したけど、ちゃんと直していたとは。


 どうやらブレンは兵団でも名の知れたエリートらしい。後輩があわあわし始めるなんて。あわわはクリムを前にしたブレンのセリフだろうに。ちょっと不思議な感じがする。


 そして、後輩の兵士が()()もいれば、こうなることは必然だった。


「なっ、ズルいぞ! 俺も欲しい!!」

「コンロも欲しいのか。残念ながら、ナイフは一つしかない。誰が受け取るか、お前たちで相談して決めてくれ」

「じゃあ、僕も! 争奪戦に参加します! 握手もお願いします!」

「おい、仕事中だぞ。さっさと決めよう。オレも混ぜてくれ」


 外の様子は見えなくても、何となく想像はできる。新米兵士が集まって、ブレンを取り囲んでいる様子が。一人が欲しいと言い出せば、芋づる式に釣れる。さすがブレン。なかなかの策士。


「うっわぁ……ブレンさん、超人気ですねぇ……」

「ふぅん。思ったよりも、人望はあるみたいですね。()()も兵士が集まっちゃっていますよ」


 ミキサから僕に向けたメッセージのようだ。言い方に棘がある。「六人って豪語した癖に、四人しか無力化できてないじゃない!」そんな彼女の叫び声まで聞こそう。


 果たしてクリムとミキサだけで、残る四人を対処できるのか。


「はい、停まってー。検問でーす。入構許可証を拝見しまーす」

「いつもお疲れ様ですっ! 兵士さん、甘いものはお好きですかっ?」

「甘いもの? 好きですけどー……」

「良かったぁ。実は私、お菓子を作り過ぎちゃって。ちょうど配って回っているんですよ。宜しければ、皆さんで食べてくださいっ! はい、どうぞ」

「あっ、ありがとうございまーす! 嬉しい! 嬉しいでーす!」

「喜んで頂けてなによりですっ! それと、まだギリギリ出来立てで温かいですから。お早目に召し上がってください。もう、すぐに食べちゃった方が美味しいですよ」

「はいっ! 頂きまーす!」


 なるほど。ミキサもミキサで準備していたのか。こんなところでお菓子が役に立つとは。運び人に渡して懐柔するだけでなく、兵士の足止めにも使えてしまう。万能だ。ミキサのお菓子、万能。


 まぁ、お姉さんからお菓子を貰ったら、舞い上がっちゃうよね。分かる。


 そういえば、ブレンも言っていた。兵団は基本的に男ばかりだから、色香で惑わせる作戦は有効であると。それはミキサにより却下されたが、少し方向性を変えて有効活用してきた。


「ミキサちゃーん。私も食べたいなぁ~」

「アンタにはさっきあげたでしょ! 残りは兵士さんの分っ!」

「はぁーい……」

「じゃあ、誰か一人。私と一緒に貨物チェックお願いしますっ! 少し急いでいるので、手早く済ませちゃってくださいね。私の許可証は、運び人さんに渡しておきます」


 お菓子で二人を足止めして、一人が入構許可証を確認すれば、貨物チェックは残り一人。


 いける……いけるぞ……!! 希望が見えてきた!


 と、考えるのは早計だった。


「あの、貨物チェックは一人で十分ですよ?」

「いやいや。せっかくだから、二人でチェックするぜぃ」

「おう。今日は人手も多くて、暇だからな」


 僕は察した。ならば、ミキサも同じことを察したと思う。


 多分だけど、ちょっと下心がある!


 兵団は基本的に男ばっかりだから! 気持ちは分かる! 今日のミキサは一段と美人! つまり、衣装に気合いを入れてきたのが裏目に出てしまった――!!


 お菓子で一人しか足止めできなかった。


 二人か……若干厳しいかもしれない。不可能ではないが、発見されないかどうか。怪しい。今はミキサも手一杯だろうし。ということは、全てはクリムに託された!


 お願いだから、頼むよ! クリム、頼むよ!!


「ミキサちゃん、大丈夫ぅ~?」

「はぁ……大丈夫だから。アンタはアンタのやることでもやってなさい。では、兵士さん。お願いします。まずは、一つ目の木箱から」


 直後、僕の隣の木箱が開けられた。そんな音がした。


 今は荷車の上に四人。僕と、ミキサと、兵士が二人。ミキサが順々に木箱を開けて、一つずつ確認してもらっているのだろう。


 さて、僕はどうやってチェックを擦り抜けるのか。トリックは実に単純。


 木箱に細工が施してある訳でもない。


 兵士の隙を見て、チェック済みの木箱へ移動する。ただ、それだけ。


 行動のタイミングは、ミキサから指示があるとして。問題は、()()()()へ移るか。当然だが、きちんと打ち合わせ済み。


 隣接した大きな箱が全部で四つ。うち一つに僕が入っている。他の三つの箱には2~4の番号が割り振られていて、ノックの()()で移動先が決まるのだ。ノックが2回ならば2番の箱、3回ならば3番の箱といった具合に。


 一度調べた場所は、二度と調べない。


 隠れ場所にはまさに打って付け。荷車の下に貼り付くよりも確実だろう。


 チェックする兵士が一人ならば、彼が木箱に頭を突っ込んでいる間に悠々と移動できる。ただ、二人の場合は……隙が生じると信じるしかない。


「うーんと……えっとぉ……誰か、私の許可証を見てくださーい!」

「はーい。こちらで承りますよー」


 声から判断するに、お菓子を受け取った兵士だ。そうか。お菓子を食べながらでも、許可証の確認はできる。盲点だった。


 どうにかして、貨物チェック中の兵士の気を逸らさなければ。僕が発見されてしまう。クリムも分かってるはず。お願いだから、頑張って! 色々と対応策を一緒に考えてきたよね! そのためのカンペでしょ!


 二つ目の箱が開けられた。残り一つ。


「うえぇ……こんな時、どうするんでしたっけぇ……?」


 あっ、ダメそう。


 覚悟を決めよう。精一杯の謝罪する覚悟を。


 そして、開けられた。三つ目の箱。この機を逃したら、絶望的。


 ……ミキサからの合図はない。


 失敗か! 作戦失敗かァ――!! 南無三っ!


「おい! そこの女! 何をしている!」

「うえっ? 他に誰かいましたぁ?」

「お前のことだ! さっきから何を見ている!? 手の平に何か書いてあるな! 見せてみろッ!」

「ダメでーす! 絶対に見ちゃダメェ~! 乙女の秘密ですぅ~!!」

「どうして隠したッ!? 怪しいな! 見せろ! 速やかに手を出せ!」

「ひえええぇ~!!」


 いや、不味いことになってる! さらに不味い状況だよ!?


 万事休す! もうダメだ――!!


――コン、コン


 ミキサからの合図。ノックが2回。


 2番の箱!!


 兵士たちがクリムに注目した、一瞬の隙を突いて。


 僕は箱のフタを開け、スルリと移動した。


 ……大丈夫。バレてない。やった! 作戦成功っ!


 上手くいった。同じ木箱を使って、何度も練習した甲斐があった。


 これでA級エリアに侵入できる!


 ただ、クリムのカンペが見付かってしまったら……。


 ヤバイぞ。何を書いたんだ。クリムは一体、何を書いたんだ――!?


 それと、ブレン! 絶対に早まるなよ!!


「ふん。やっと素直になったな。全く。最初から大人しく見せれば良いものを。どれどれ」

「あぁ……見られちゃいましたぁ……」

「なっ、何だこりゃ!? 字が汚くて読めない――!!」

「うえっ!? 失礼なぁー!!」


 待って待って! そんなことある!?


 僕にだけ読めないんじゃなくて! みんなに読めなかった! クリムの字が汚いから――!!


 ただ、そのお陰で作戦がバレずに済んだ。どうやら兵士のみんなで回して読んでいるようが、誰一人として読めない。


「きゃ~! 読まれちゃいましたぁ~!! 恥ずかしいですぅ~!」

「なぁ、別に大したことは書いてないんじゃないか?」

「てめぇの気にし過ぎだろ」

「……その、なんだ。すまなかったな」

「読んじゃいましたぁ!? どこまで読んじゃいましたぁ!?」

「安心しろ。誰も読めなかったから」

「それ、どぉーいう意味ですかぁ~!?」


 その後は、特に問題も起きず。僕は無事にA級エリアへ侵入を果たした。


 第二関門、突破っ!!


 まさか、クリムのカンペに救われるとは。


 あとは荷車から脱出して、二手に別れる。美味いものを食べに行く、グルメ・クリム組。運び人と一緒に所定の時刻まで街中を徘徊する、ミキサ・ブレン組。


 別れ際に、ミキサとブレンは僕に視線を交わしてくれた。僕は目一杯の手振りで応える。感謝の気持ちを込めて。


「はぁ、はぁ……成功した……心臓に悪いぞ……」

「ふぅ~。危ないところでしたねぇ」

「クリムも頑張った! ホントに助かった! ありがとうっ!」

「えへへー。やりましたっ! これも日頃の行いですぅ~」

「じゃあ早速、予約した店へ行こう! 帰りの荷車に乗り損ねたら、僕が出れなくなっちゃうから」

「待ってください」

「どうしたの?」

「じっとして」


 真剣な表情で、僕の顔を見つめるクリム。


 そのまま、僕の頭に手を伸ばし――


――ヒョイ


「グルメさん、髪にポペポポンが付いてましたよぉ~!」

「ポペポポンが!?」

「もしかして、荷物の中に混じってたんですかねぇ」

「ポペポポンが。そういうことか。急いで木箱に入ったからなぁ」


 長いツルに先にくっ付いた、緑色のサクランボのような果実。前にどこかで見たことあるな。


 そうそう、思い出した。ビストロ・メシマズで料理に添えられてた奴だ。


「もう一個はっけーん。あむぅ」

「あ、食べちゃった。これで証拠隠滅」

「んっ! いつものポペポポンより美味しいですぅ~!」

「なるほど。選別してB級に降りてくる()の食材なのか。なら、美味いのも納得」

「ほら、グルメさんもっ! 食べてください! どうぞどうぞっ!」

「これから食べに行くんだよね? そんな、興奮して押し付けないで。分かった。食べる食べる。食べるから! 食べたら出発するよ!」


――プチッ





………





……









「ポペポポオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!! ペッ! ぽぺぇ!? パペポっ! マッズ!! 大層不味いッ!! 違いが分からない――!! 前に食べたポペポポンと! 何が違うのかァ!? 違いの分かる男になりたいッ!! 今の僕に分かるのは! とりあえず、どっちもクッソ不味いッ!! この青臭さは! パセリ第二弾――!! 見た目はサクランボ! 中身はパセリ! その名も、ポペポポン!! 道理で料理に添えられている訳だァ! 騙された! ちょっとサクランボを期待しちゃったよ! なーにが、あたしサクランボだッ! てめぇパセリ――!! これ以上は! 不味さを言い表せない! だって、不味いんだもん!!」


 やっぱりか。食材のレベルが多少上がったところで、不味いものは不味い。


 ただ、言うなれば――これは前菜。


 そして、次が本番! 絶対に美味い、メインディッシュ!


「……よしっ! 気を取り直して! 行くよ、クリムっ!」

「行っきますよぉ~! 美味しいものが私を待ってますぅ~!」


 僕たちは走り出した!


 今度こそ!! 美味いものに有り付けると信じて――!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何日か前から読み始めて最新話まで辿りつきましたが個人的にはとても好みでした。A級の食事を食べてどんな感想を主人公が言うのがとても楽しみだったのですが、現在は更新停止しているようで残念です。…
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