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コールオブイビルシャイン  作者: ぽこぴー
14/14

怠惰な二人

「まず初めに言うことはありませんか?」


 受付嬢が憤怒を向ける。烈火の如し形相は般若そのものだ。

 カウンター越しに、身を震わせるアイリス。対して、釈然と髪を弄るイビルシャイン。



 片や反省と怯え。片や余裕と不満。二人、各々の意中は胸に仕舞い込む。

 沈黙を貫く姿は、一見ただの不貞腐れ。ギルドにいる者達の視線が三人に集中している。



 先に痺れを切らしたのは、受付嬢アグリス。

 磨かれた埃のないカウンターをバンッと強く叩く。同時にアイリスの身が跳ね上がる。

 裂ける程、大きく口を開き、アグリスは声を発した。


「二人が聖国に行ってから、全く報告がなかったんですけど!?」

「ひいっ、ご、ごめんなさい!! 調子乗りました!!」


 結局、怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)を如何様に退治したのか。

 その報告を二人がギルドにしたのは、実に五日後。

 待てども待てども、一向に姿を見せる気配のないアイリス達。



 ギルドからの呼び出しで、彼女達はやっと偉そうに重い腰を上げたのだ。

 勿論、明確な理由があることは彼女とて認知していた。聖国においての悲惨な事件。



 闇ギルド第一階級『終わりの七日間(ウィークエンド)』。

 その構成員であるフレイアが見世物屋と称し、凄惨な劇を聖国でおこなっていたのだ。

 しかし、アイリスとイビルシャインが見事フレイアを討伐。見世物屋ごと悪の一角を討ったのだ。



 この話は聖国の騎士団を通じて、瞬く間に国々に広まった。

 声明を出したのが騎士団長が一人。グフタフ・ドライロッジということもあり、それが事実だということを強く証明していた。



 そして疲労困憊した二人を労い、ギルドは報告を催促しなかった。

 一介の受付嬢では想像を絶する命のやり取りが行われていたのだろう。



 きっと、二人は身も心も傷を負ったに違いない。十分に休む時間が必要だ。

 アグリスはそんな思いやりから、催促を止める様に上を説得した。



 次に二人が姿を見せたら、普段と変わらぬ、見慣れた笑顔を見せてあげたい。

 せめてギルドでは暖かな日常を思い出してほしい。

 そんな想いを胸に秘め、アグリスはアイリス達を待った。


「ごめんなさいですむなら冒険者も騎士団もいりません!!」


 しかし、今は違う。胸に溢れるは燃える怒り。そして呆れ。だが、幾分かの安心。

 どうしてこうなった。アグリスは溜め息を吐く。



 こんなはずではなかった、と。

 そもそもは二人が悪い。それは間違いないだろう。自信を持って言える。



 事の発端は冒険者同士の雑談だ。人の話を盗み聞きするのはいい趣味ではないだろう。

 しかし、カウンターへ人の波が押し寄せる時間が過ぎると、受付嬢とは暇になるものだ。



 勿論、依頼の査定をしたりと仕事はある。が、息抜きは必要だ。

 それに冒険者の世情を知ることも職務の一環。寡聞は職員としてよろしくない。



 そういった大義名分に暇を混ぜ込めれば、盗み聞きは合法だ。

 やがて、耳に入る内容。二人の冒険者の話。アイリスとイビルシャインの活躍譚。



 ――いまさら、二人の凄さに気づいたんですか。



 鼻を高くして、アグリスは嬉々した。自分の方が二人に目を付けたのは早いのだと。

 しかし、自慢げな表情は次の言葉で崩れる。



 ――なんでも最近は、仲よく王都を遊び回っているらしいぜ。



 聞き捨てならない話だ。なにせあの二人は傷を癒す為に休養中なはず。

 そうでなければ、五日間もギルドに顔を見せないはずがない。



 報告を忘れて。もしくは怠り、遊び呆けるなどありえないに決まっている。

 ――出鱈目を広める冒険者に文句を言ってやろう。

 そうして、世間話に花咲かす冒険者の元へ行けば、事実と知り、アグリスに雷が落ちたのだ。



 そう。アグリスは悪くない。非は火を見るより明らかに二人にある。

 だというのに――。


「本当にごめんなさい! あ、あのつい忘れていて……!」

「何も来ないから、てっきり報告はもうしなくて良いものだと思っていたのよ」


 何故だか、責めている自分が悪者に思えてしまう。

とはいい、こうした冒険者のミスを叱るのも受付嬢の務め。

 アグリスは肩を落として、わざとらしく声のトーンを下げた。


「私は悲しいです。お二人が壮絶な戦いをしたと聞いて、きっと心も身体もボロボロに違いないと心配していたんですよ? なのに……なのに、遊び歩いていたってなんですか!」


 シクシクと声を漏らす。実に見え透いた嘘泣きだ。勿論、言葉は本心だが。

 アイリスがわたわたと慌てふためく。純粋な少女は、受付嬢から流れる涙でも幻視したのだろう。



 しかし、驚くはイビルシャインだ。その表情は酷く呆気に取られていた。

 アグリスは心に驚愕を隠す。彼女までも騙されるとは何とも度し難い。



 僅かに抱く愉悦感を払いのけるように一度、咳払い。

 ついさっきまで泣いていましたと言わんばかりに、目をこすり、二人を見据える。


「えっと、ごほん。ということで、私は凄く心配していました! なのに、なのにですよ!!」

「嘘泣きだったのね」

「えっ、そうなんですか!?」

「違いますよ! 心は泣きましたから!!」


 ギクリと身体を震わせ、尚も平然。とは言えない反応で、アグリスは反論した。

 とはいっても、それは開き直りに近いが。アイリスは思わず、苦笑いを浮かべた。



 イビルシャインに至っては落胆とも思える視線を向けている。

 今度は本当に泣きそう……。

 痛む心が救いを求める。一向に進まないやり取り。



 だが、アグリスには本当に久しい感覚だった。たかだか六日ぶりに会っただけなのに。

 それゆえか――。


「……あれ?」


 頬を流れる生温かな滴。それが何か分からず。いや、何故か分からず、アグリスは拭えなかった。



 目の前の二人が面白おかしく、表情を変化させている。

 片や、真紅の目を見開き。片や、エメラルド色の目を見開き。


「ちょ、どうしたのよ? もしかして私達のせいで何か辛い思いでもしたのかしら?」

「まさか、クビとか!? え!? 嫌ですよ!! やめないでください!!」

「とりあえず、泣き止みなさいな。滝なの? あなたは滝なの?」


 イビルシャインからハンカチを渡され、初めて自分が泣いていたことに気が付く。



 ――ああ、そうか。



 じゃあ、なんで自分は泣いているのか。

 その答えは涙を流していると自覚するより早く分かった。


「本当に……本当に心配したんですよ。フレイアを倒したって聞いて、でも全然来なくて。本当は死んだんじゃないかって。生きていても酷いことになっているんじゃないかって……!」


 二人が無事だったことが嬉しかったのだ。生きていたことが嬉しかったのだ。

 顔を見るまで、本当は半信半疑だった。



 生きているのか。死んでしまったのか。無事にここまで辿り着いたのか。

 二人が倒したのは、第一階級の闇ギルドメンバーだ。



 生きてはいても無事とは思えなかった。

 寧ろ、生きているというだけで奇跡だ。そう思っていた。

 闇ギルドはいくつもある。その中で、第一階級に選ばれるということ。危険視されるということには相応の要因がある。



 受付嬢ともなれば、一介の冒険者でも知らないような情報を知ることもある。

 『終わりの七日間(ウィークエンド)』の話だって何度も聞いたことがあった。

 アグリスはその度、身を震わせた。恐怖した。



 村一つを奪い、住む村人を操り、殺し合いをさせ、まだ幼い少年少女に人肉を食わせる。

 攫われ、オークの巣に放り込また挙句、魔法により無理やり子を孕ませ、大衆の前でモンスターの子を産ませられた令嬢。



 四肢を切断され、モンスターの手足を付けられた少年。

 拷問され、傷を癒され、拷問され、再び傷を癒され、死ぬことすら叶うず、精神は壊れ、ひたすら悲鳴を上げる生き物へと変えられた少女。



 数えれば、限のない凄惨な行い。仕事でなくとも遊びで人を虐げる集団。

 そして、幾度となく向かってきた者達を屠る圧倒的な力。



 聖国の元騎士団長が殺され、オリーゴ階級の冒険者が殺され、決して尾を掴ませない存在。



 そこに飛び込み、無事に、何気なく、こちらの心配を余所に戻ってきた二人。

 アグリスは、今初めて実感し、やっと心から認めることができたのだ。

 二人の帰還を。


「あ、アグリスさん……!」


 感動の声。アイリスの言葉は震えていた。見れば、彼女も同様に涙を流している。

 イビルシャインは「なにこれ」と言った表情で二人を見た。



 それもそうだ。イビルシャインはフレイアに苦戦しなかった。

 全く、微塵も、寧ろ一方的に勝った。故に、アグリスの心配する理由など分かりもしなかった。

 ただ、一つ言えることは――。


(で、いつ報告すればいいのかしら?)


 流れる時と共に、イビルシャインは一人、ため息を吐いた。






**********


「コホン、それじゃあ、報告は以上ですね」

「はい!」

「ええ」

「では、昇格手続きと報告お疲れ様でした! あと、聖国の件もお疲れ様です!」


 ぺこりとアグリスは頭を下げる。

 赤の五芒星の刻印が描かれた手を高く突き上げ、アイリスの高鳴る返答。



 イビルシャインも僅かに口元を緩ませ、凛とした声色で相槌を打つ。

 結局、報告と昇格手続きは、アグリスとアイリスが泣き止むまで行われなかった。



 しかし、始まれば一瞬。詳しい状況説明は既に聖国ギルドから知らされていたようだ。

 その為、彼女達が伝えたのは、果たして、怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)の討伐方法のみ。



 時間にすれば、アグリスのお説教の方が長いだろう。それほどに僅か。

 ついでに、とアグリスは二人にクラス昇格の話を進めてきた。



 というのも、イビルシャインは『慈悲深き(ミゼリコルド)災いの剣(レーヴァテイン)』を固有魔法として報告したのだ。



 それを使い見事、怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)を焼き殺したと言う。

 勿論、この五日間の間に、アイリスにはあれが固有魔法だと虚偽の説明をしてある。



 イビルシャインは固有魔法を使えない。

 しかし、(じぶん)能力(スキル)である、『慈悲深き(ミゼリコルド)災いの剣(レーヴァテイン)』を固有魔法として貫こうと考えていた。



 炎を操る魔法ならば別段、怪しまれる心配もないだろうと考え。

 そして、同時にアイリスが第三流出魔法と同じく固有魔法を扱えること。



 自分は第五流出まで扱えると伝えた結果、目を丸くさせたアグリスが昇格を提案。

 かくして二人は流されるまま、証明として外の安全地帯で魔法を使用。

 見事、冒険者階級と共にクラス階級の昇格を果たした。


「いやー、まさか星詠みの魔法使い(ステラウィザード)まで飛び級とは。むふー!!」

「随分と嬉しそうね。アイリス」


 荒い鼻息にイビルシャインは顔を顰める。しかし、やはり透き通った声調。

 彼女とて、アイリスが嬉々する理由が分からないわけではない。



 なればこそ、窘める言葉は無粋だろうと。イビルシャインは、暖かく視線を移した。

 蠱惑的な表情に僅かな温もりを乗せて。


「でもでも、いきなりネプテューヌ階級まで昇格するとは思いませんでした」

「それは同意見ね。良くてせいぜい、ウェヌスかと思っていたわ」


 二人の手に彩られた刻印。それを形どる色は赤。

 つまり、ネプテューヌ階級を示していた。

 セフィロトを除く階級では五番目の地位を有する階級だ。



 怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)の他に、『終わりの七日間(ウィークエンド)』のフレイアの討伐。

 ギルドは彼女を難度四二パーセントと判断し、審議を行った。



 結果として、二人は一気に四つも昇格を果たすこととなったのだ。

 とはいえ、実際に怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)もフレイアも倒したのはイビルシャインである。


 その為、アイリスは幾分か納得のいっていない様子。

 知らずか、知ってか、彼女へと慰め。ではない、言葉をイビルシャインは投げる。


「でも、これであなたも沢山の経験を積めるでしょうね」

「そう……でしょうか?」

「ええ。それに星読みの魔法使い(ステラ・ウィザード)になったのだから、少しは自信を持ちなさい」

「……はい!」


 むん、と力強く頷く。瞳に宿るは燃えたぎる闘志。

胸に残った不安はすぐさま消え去った。

 手の甲に描かれた五芒星の刻印。星詠みの魔法使い(ステラ・ウィザード)の証。



 これだけは、自分の成果だ。固有魔法と第三流出を扱えるようになった努力の結果。

 アイリスは胸を張って今のクラスを誇る。この証だけは事実なのだと。


「そういえば、イビルシャインさんは大魔法使い(アークウィザード)ですよね? あと一歩でタツヤさんと同じになりますね!」

「あら、そうなの?」


 イビルシャインのクラスは一つ上の大魔法使い(アークウィザード)となった。

 同じく、錬金術師も選ぶことが出来たらしいが勝手が分からないと言い、彼女は拒んだ。



 アイリスとしては若干、錬金術師を選択してほしかったところだが。

 尊敬の眼差しがイビルシャインに刺さる。見れば、キラキラと輝くアイリスの顔。

 今度こそは蠱惑的な表情が困惑的に変化した。


「それよりも、今日はどうしましょうか?」

「そうですね……。何か依頼でも見てみましょうか?」


 露骨な話題逸らし。とはいえ、また事実。

 この後の予定は皆無だった。折角、昇格したのだし、何か依頼を受けよう。



 二人は依頼の記載された羊皮紙が張られているボードへ向かおうと、腰を上げた。

 今は昼時。冒険者は既に依頼へ行ったか、はたまた休暇中か。



 兎も角、朝方では溢れんばかりの人混みも、今現在はない。

 ボードの前には、僅かな冒険者が残りの依頼を物色しているだけ。



 揉みくちゃにされる心配はないだろう。随時更新されるボードにめぼしい依頼がないか二人は確認した。


「うーん。正直、いきなり難度ネプテューヌって不安です」

「あら、じゃあウェヌス辺りにでもしましょうか」


 とはいえ、はたして残りの依頼に期待するものはあるだろうか。

 ボードを凝視する二人だが、突然、彼女たちの名前が呼ばれる。


「イビルシャインさーん! アイリスちゃん!」


 見れば、カウンターでアグリスが辺りをキョロキョロと見回していた。

 決定的に二人を探しているのだろう。

 アイリスとイビルシャインは互いに顔を見合わせ、首を傾げた。


「どうかしたのかしら? というか、いきなり名前を叫ばれるのはいささか羞恥を感じるわね」

「あ、イビルシャインさん! アイリスちゃんも!!」

「私は相変わらずちゃんなんですね……」


 取りあえずはいかないと分からないだろう。二人はアグリスの元まで行き、声をかけた。

 急用だったのか、彼女達の姿を確認するとアグリスは顔をパッと輝かせた。



 しかし、すぐに真剣な表情へと変わる。

 イビルシャインもアイリスも、空気の変化を察して、これ以上の無駄口を止めた。


「お二人にご指名の依頼です」

「なるほどね」


 ごくりとアイリスは唾を呑む。指名の依頼。つまりは、特別な依頼だ。

 昇格したばかりで指名を受けるということは、聖国の一件を知ってのことだろう。



 であれば、依頼内容も相応の難度があると予測できる。

 緊張するアイリスを横目にイビルシャインは「それで?」と先を促す。

 アグリスはゆっくりと口を開けて、依頼内容を伝えた。


「『屋敷に来てほしい』。依頼人は、ミリア・オーデンス・デュミア」

「え!?」

「どうしたのよ?」


 声を上げるアイリス。しかし、その反応は当たり前なのだろう。

 アグリスは焦燥を浮べて言葉を発した。


「流出者の名を持つ、セフィロトの称号を持つ冒険者です……!」


 イビルシャインの真紅が僅かに揺れた。

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