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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第六章第四節 未知に心ざわめかす。それは私自身の意思であり、私は新たな旅へ出る。
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夢の外 ??? 白光石窟 それが私のしたいこと

「……、ん」


 目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。


 まぶたに差したまぶしさに反応した。


 夢の世界からの離脱、そして現実へ。その橋渡しは、眠りからの目覚め。そういう演出なのか、儀式なのか。


 まあ、どちらでもいい。不快ではないのだから。


 質の良い睡眠から目覚めたかのような爽快感そうかいかんを感じる。体は活力であふれかえるかのようだ。


「すぅぅう、ぅぅんんんんんっ、はぁ」


 頭をその初期位置からずらしつつ、仰向あおむけに寝転んだまま、背伸びする。そうして、鮮明さを増す視界と、回り始める頭。視界に映る天井、それは視界に収まる位にせまい。






 寝転んだまま、周囲をゆっくりと見渡す。


 石灰岩の岩壁がんぺきだろうか? 石灰岩で囲った空間なのか、石灰岩をくり抜いた空間なのか? 恐らくそれは後者だろう。


 だが、そもそも、人工的か、自然物かという最初に来る前提。それの判断がつかない。


 私は寝そべっていて、それは、何か、ベット代わりの、比較的平らで長方形に近い面を持つ、固い台の上であるようだ。この、凡そ正方形であると見えないこともない、角ばっていないほらのような空間の中央にその台は存在している。


 そんな固いものの上で眠っていたというのに、体に痛みどころか、微塵みじんの不快感すらない。


 兎に角、石が削り出された、中央から光差す、凡そ一辺3メートル程度の正方形に近い、丸みを少々帯びた、石の中のくり抜かれたか、浸食しんしょくされた空間、というところだろうか。


 にしても、これが、ここが、現実?


 説明も情報も引き継ぎも何も無かった。この明け渡された体に、一切の予備知識は残されていなかった。何も知らない。分からない。時代も立場もこの場所も。


 そして、この体の、個体としての、個人としての名すらも。


 ……。


 夢の中の多層世界の頂、中心である、スポットに立って、そのまま、何も変わっていないような……。内面的には。


 だが、外面的、見掛け的な、変化が、それもとても分かりやすいものがあるのだから、無論そうではない。


 もう、夢は終わったのだ。


 ここは、現実。夢の外。


 分かりやすくもそうであると示してくれるもの。それは、私が今、布一つまとっていない状態である、ということだ。背伸びの際に頭の方へ伸ばした両腕は、スーツの黒色でも、シャツの白色でも無かったのだから。


 であるとして、ここは一体何処なのだろか? 私はどういう状況で、どういう立ち位置にいる人間なのだろうか?


 




 周囲は無音。そして、暑くも寒くもない。一応、天井からどういう仕組みかは分からないが、自然光らしき光が、私の頭が最初あった位置の真上、天井の中央部。そこには、半径20センチ程度の円柱状のくぼみがあるようで、上へと真っ直ぐ貫通している訳ではないようだが、存在する外部から、光を反射しつつ、運んできてくれているらしい。


 仕組みは分からない。それに、届かない。その石のベットの上から立とうにも、恐らく数十センチ、くぼみまで届かない。


 その光は、春の昼の陽気のような強さで差し込んでいる。強くもなく弱くもない、程良い強さ。今は、私の頭がずらされたことにより、直接石のベットにそれは辺り、周囲に拡散し、空間を明るく照らす。


 この体の、固い石面の上で寝ていたというのに、眠りから覚めた爽快感そうかいかんからして、もう既に、異様である。


 "世捨て髑髏どくろ"であった人格がその肉体の主導権を、この場を整えた上で手放してから、この現実では恐らく、一日どころか、数時間、少々長めであるが普通の睡眠程度すいみんていどにしか経過していなかった、だけなんて、単純には考えられない。それは筋の通った折れない理論足り得ない。


 推測すらまともにさせてくれない。


 そういえば、砂もほこりも床や壁面に付着していない。やはりここは、自然的であっても、人工的であっても、この目覚めの為に調律された場、だ。


 敢えて言うなら、それが唯一分かることだろうか? 徹底的に、この、現実についての情報を伏せられ、私は無知の状態から、この現実での生を始めるのだということが。


 この体の主導権を引き継ぐ際、一切合切の現実についての情報を意図的に遮断しゃだんしたかのように思えてならない。未知の、無垢むくの状態。そういう状態を作られたような、演出されたような。そう思えてならないのだから。


 あの夢の世界の構成要素全ての持ち主であった"世捨て髑髏どくろ"その人、その人格と、私は実際に話をした。その上私は、あの世界をそれなりに濃密に味わった。"世捨て髑髏どくろ"の持っていた記憶、知識、経験といった要素の抽出物が原材料のあの世界を。


 それは、きっと、そういった情報により、"世捨て髑髏どくろ"と同じ道を、来たるべく継承者に辿たどらせない、近似させない為だ。


 "世捨て髑髏どくろ"は、あんな狂った、それでいて飛び抜けて知的で、ある意味他人を傷付けない、自分しか傷付かない、無謀にしか思えない、理だけの、現実を見ていないかのような計画を立てる、何処までもクレバーでいて、それでいて、自身という人格をあきらめてしまった存在だ。


 そして、それは、自分という存在であればそんな無茶も叶うという、自分の人格ではなく、自分の性質や本質に対しての、資質や才能に対しての自負か自信からか?


 そして、その上で、私にとって、その、"世捨て髑髏どくろ"の目論見の一切が、問題無いというのが……。


 現に私には、この現実を未知から始めることに対して、戸惑いも苦悩もない。唯、これらの未知に、興味しかない。体に不自由一つない。服は着ていないが、他に誰かいる気配はない。だから結局問題無い。


 そして、この体、どうやら、夢の中と同じ体らしい。感覚が同じだ。手先の細かい動きまで、思いのままで、違和感など、欠片もない。


 夢の世界での体を動かす感覚。あれは、()()()()も兼ねていた訳、か。





 そろそろ起き上がることにしよう。出口があるとすれば、恐らく、寝そべったままでは見えなかった、頭側か?


 ザッ。


 私は体を起こした。そして後ろを向くと、まるで天然の空洞くうどうのような、トンネル状の通路が、向こうへと伸びている。出口は見えない。だが、その通路は、この部屋と同程度に明るいらしい。


 それは遠く遠く、真っ直ぐ、ゆるやかな登り坂として伸びている。その消失点付近は流石に少々仄暗ほのぐらいとはいえ、真っ暗ではない。かなり遠くまで見えているということは分かるが、その視程は定かではない。この場所が、視程を歪めている可能性も無い訳では無い。それは、果たして、何処に続いているのだろう?


 起き上がって、この狭い空間の全貌ぜんぼうを見渡してみて、改めて思う。この場所は、現実の開始地点にしては、幾ら何でも情報が無さすぎる。


 この部屋、調度品といえるものが、この、平たい長方形の面を上に向けた、シングルサイズのベット程度の大きさの巨石だけしかない。


 他に何もない。唯の空洞くうどうだ。洞穴どうけつの終点の、そう、まるで、空になったありの巣の部屋の一つみたいな……。


 だからこそ、()()()()不味い。


 結局のところ、先ほどまでのことが、あくまで、夢として処理されるのだとしたら、私の記憶は消える。夢の中の、あの誓いを果たすことすらできなくなる。持ち越したはずの夢での記憶を失ってしまう。


 経験は残っている。体の動かし方の感覚が、夢の中と同じであると判断できている地点で。だから、夢の中の全てを忘れることにはならない。恐らく、記憶、といえる事柄だけ、失う。体の経験は残る。思考する頭は残る。


 だが、あの旅路の記録は、それでは、残らない、残せない。いしずえになった者たちも、その中で特にしっかり、忘れず心に刻んでおきたいことも。


 以前の私と、ティア……。


 忘れる訳には、いかない……。


 今は保っている。だが、あれが夢という自分の中の世界の出来事なら、例外なく、それは夢の一部と判断される。処理される。


 そう、薄れ、ぼやけ、そして――――、色褪いろあせて、消えるのだ……。


 記録するものがない。ノートも書くものも。メモすら、手段がない……。


 できない。


 するものも、書くものもない。自身の血を流して血文字などでは、到底記しきれない。


 これは、この体の前の持ち主、"世捨て髑髏どくろ"にとっては、夢でしかない。"世捨て髑髏どくろ"の視点から見れば、全ては夢落ちでしかない。


 この体の本来の持ち主である人格であった、"世捨て髑髏どくろ"の行った、壮大な一人遊びと、肉体を継承する、後継させた上での、人格単位での精神的自殺。


 だが、私にとって、あそこであったことは現実だ。決して夢ではない。私はあそこで生まれ、あそこで足掻いた。そして、新たな世界、外の世界、現実。それは、私にとって、異世界でしかない。皮肉にも、設定として与えられたのと同じようにさながら、異世界転移そのものでしかない。


 つまり、私にとって、ここだけでなく、ここに来る前も、すべからく現実なのだ。


 未だ忘れていないでいられているか思い返すように、強く記憶として意識し、定着させようと、辿たどる。浮かべる。


 そう、大丈夫だ。未だ欠けなく、矛盾なく、しっかりと残っている。


 順番にあげていく主要人物。以前の私についてと、ティアと以前の私についてだけ長め。


 そして、このままじっとしているだけでいるのは、無し、という結論が出た。






 ここから出るとしよう。まずは何もかも、それからだ。


 ここ、現実がどのようなものであるか、把握しなくては。外に出れば、記録する為に使えるものが何かあるだろう。少なくとも、この中でじっとしているより、有意義だ。ついでに、何か、身を覆うものも探すこととしよう。誰か、他の人と遭遇そうぐうする前に。そんなものがいるかも定かではないが。


 私は裸足で歩き出す。


 足音は鳴らない。どうやら、この場所は、一つの巨大な石灰岩の削り出しからできているものであるらしい。


 兎に角、通路を進む。最初いた場所から見ていたときと違い、その通路は、そう暗くはなかった。奥に行くにつれて、少しばかり道幅が狭くなって、少々腰を低くして進まなくてはならないようになっているが、明るさは、最初の部屋と変わらない程度。


 少々速度は落ちたが、それでも止まらず進み続ける。尖った小石などが落ちていないのが在り難い。裸足どころか、裸体の私でも、特に問題無く進めているのは。行き止まりや落とし穴や酸の海などといった、如何にもありそうな障害が全くないからというのが大きいだろうか。


 そして、いよいよ、その通路の終わりが見え始める。少々強くなり始めた白い光と共に、さわやかな風がほのかに向かい側から吹いてきたのだから。






 幸先がいい。どうやら、真冬でも真夏でも無いらしい。春寄りの、過ごしやすい場所らしいと、判断しても問題ないだろう。もしこれが、真冬などであれば、そもそも、事実上、食料もなく閉じ込められてのみに等しかった。水すら見つかっていなかったのだから、真夏であっても、結局、みに近かっただろう。


 これなら、この、何もまとっていない状態でも外を探索できる。他に人がいなければ、という前提が付くが。


 そうやって、色々考えながら進む。進むにつれて、一度は狭くなっていた道幅が、広がっていき、この通路に入ったときの入口の径を少し超える。光も風も、少しずつ強まる。


 そして、これは?


 恐らく、洞窟どうくつの出口。だが、外は、白い光の壁でもあるかのように、見えない。これと同じようなもの、私は知っている。見たことがある。多層世界であった夢の、原始の世界への、庭園からの通路の出口。それとまるで同じ。外が洞窟内どうくつないからは見えないようにという、仕掛けだろうか。


 成程。これで凡そ分かった。


 これも、全てが未知であることの演出。そして、ここから出たら、現実世界での全てが始まるという、境界としての意味合いもあるのだろう。






 そして、その境界の前に辿たどり着き、足を止める。


 胸は高まっている。この先に何が待っているのか、見てみたい。それは私の知らないものだ。どうやら、私は、旅というものが、未知を見て回ることが、案外好きになっていたらしい。


 心はそうやって浮き立つが、まだ、夢となった記憶も、忘れていない。こちらに来たら、やると誓ったこともこの胸にしっかり、刻み込まれたままだ。


 以前の私よ、ちゃんと、私がやりたいこと、早速発見致しました。貴方の分まで、心ゆくまま、やってみようと思います。


 ティア、私は君のことを鮮明に覚えている。この胸に刻めている。君が隣にいれば、この先への一歩はもっと素敵なものになるだろうけれど、それはもう、言っても仕方無い、か。見てくるよ、現実を、未知を。そして、死してそちらへ行って、君にまた会えたときの為に、君に面白おかしく現実での生という旅を話せるように、記録しよう。君に送る物語のように、記録しよう、書きつづろう。


 さて、行くか。


 何が待っているのだろうか。


 未知。だからこそ、あらゆる可能性がある。どうせなら、夢の世界の中で体験していないことがいい。何があるだろうか? どうなったらいいだろうか?


 あぁ、成程。未知だからこそ想像はつかない、か。


 私は勢いよく、その境界の外へと、駆け出した。


-fin-

 以上で完結となります。


 タイトル何度か変えたり、あらすじがなかなか安定しなかったり、投稿間隔が密すぎたり空きすぎたりと不定期になったり、全面改敲まで途中で始めてしまったり、連載開始から完結まで一年以上経過してしまいました。


 それでも、それなりの数の人が、ブクマしてくれて、読んでくれているようで、感激です。おかげさまで、何とか完結まで続けていくことができました。最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


 感想や質問や疑問など、ありましたら是非聞かせて下さい。

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[一言] すさまじい。涙なしでは見ることができなかった。 最高でした。
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