頂のドーム 対峙 Ⅱ
【所詮、その程度。汝、愚かなり!!!】
契約の書は、バサリ、と落ち――――、何とか、私は、それが床に落ちる前にキャッチし、さっと数歩、下がり、構える。
「これも……わざと……か……」
言葉遣いだけでも、せめて抗う。
ブゥオンブゥオンブゥオンブゥオンブゥオン!
その音の数、5。それだけの数の影の塊。それが突如現れ、人の形に……。
【汝、四界の屠りし者。だが、それは、偶機を手にしただけではないか。拠って汝、証明せよ。】
そうして、四つの世界を巡って、私が斃した各世界を司っていた魔たちの姿を取り、一堂に並んだ……。
ふざけるな……。何が、偶然だ。私は、当然のように、当然の如く、勝つべくして、勝った。打ち倒してきた。何故なら、そうなるように、私は設計されていた。そして、私は、そう、当然のように成し遂げただけだ。
乗り越えた者たちだろうが……。それも、最後の一人に至っては、私に後を託してくれた。何故、こんな、冒涜のようなことを、平気でする……?
最初の一人は、生きながら死んでおり、終わりを望んでいた。
次の二人は、元は一人であったことを最後に思い出し、それでいて互いの存在を認識したままで、悪夢を終わりにしてくれたことを感謝していた。
その次の一人には、魔に堕ちても捨てられなかった永劫の妄執を終わりにしてやった。
最後の一人には、事を成すと誓った。
それに、今、私に対峙する彼らの目は、私に教えてくれていた。彼らは、斃された後の状態から記憶を引き継いで再生されているということが。
「神を名乗る者よ、一つ、聞かせて頂きたい」
【構わぬ、述べよ。】
その表情には微塵の罪悪感も見られない。それどころか、そうするのがまるで当然であるかのように……。
だから、もう私は、畏れない。畏怖してなんて、いられない。彼らは今の私の、ここへ至った私の、大切な礎だ、糧だ、そして、忘れずにいると心に誓った、道筋だ。
「お前|は、この世界の者たちの生を、所詮虚構で、所詮無為だと嘲笑うつもりか?」
「【お前、だと……? この、不埒者がぁああああああ! 不敬であるぞ!】」
それは、年老いた老人のような声、そして、"世捨て髑髏"のものと瓜二つだった。
それは重々しい圧を持った声だった。迫力だった。
だが、抗える。私はそれに似た声をもう既に聞いている。だから、竦みはしない。それが持つ畏怖に逆らうと心が決めているから、精神的重みにも、押し潰されない。物理的な重みにも、押し負けはしない。
何から何まで本当に、以前の私や"世捨て髑髏"は用意してくれていたらしい。部分的な要素ばかりだが、それでも、それらは、今の為の予行だったのだ。
ここで消耗する訳にはいかない。現れてしまった以上、斃さない訳にはいかない。
何、一度やったことだ。それに、一度目とは違い、私はそれらの背景を、斃した後には、知って、消化できた。
一つ目の世界は、この多層世界で最初に出会った"人"であった、彼女がその骸から遺された人生の本から間接的に。更に、あの肉の城の王座での補完情報で全貌を。
二つ目の世界では、彼女らを斃し、全ての情報が線で結ばれ、全貌を知った。
三つ目の世界では、対峙した際に出た明からさまな情報から、対処法を考え、実践し、成した。
四つ目の世界では、上位者を斃す為ということで与えられた牙の使い方を予行演習し、成功させた。
なら、こうだ。
「"靄の悪魔"よ、頼む」
「【承知した】」
ブゥ、ブゥオオオオオオ、メラメラメラメラ――――、スゥァアアアア……。
そうして、"靄の悪魔"は、"世捨て髑髏"が使っていたのと同じ、青い炎を喚び、他の再生悪魔を塵と化した。
私は彼らが、"靄の悪魔"の炎に、一切抗わなかったのを、見た。それが、彼らの意志であったのも。
「【何だこれは……。ふざけるなぁああああ!!! 我の力は全知全能。全てを超越する、唯一無二の力。こんなものはあってはならない。計算の外。があああああああ】」
まるで、子供だ。
図体の大きな子供。
それはあまりに慣れていない、思い通りにいかないことに。
そう。そんなことをする暇があれば、制御を奪い返すか、新たに何か召喚するかで、明らかに制御を離れた、再生させたこの"靄の悪魔"を葬るか、私に不意打ちででも刃を向け、貫くべきだろう。
だが、それをしない。できない。これを想定していなかったから。そして、想定外に慣れていなさすぎて、咄嗟の対策もできないらしい。
神を名乗る者が所詮、その程度の、まるで調子に乗った小物の典型、そのもので、最初、自身がそれに対して畏怖していたことすら、情けなくなる……。
「【再び最後に一つ聞いておきたい。何故気付いた?】」
そう言いながら、ニヤリと"靄の悪魔"は笑う。
「お前なら、こんな見え見えの手に対する対抗策を仕込んでおかない筈が無いだろう?」
だから私は、唯得意げにそう言った。
私に手を貸す、私に全てを託してくれた側には、全ての源、そこの神を名乗る者の源でもあった、"世捨て髑髏"もいたのだから。そして、その一団の一員だった、"靄の悪魔"が、こんな、手段としては常套である事柄に対するカウンターを用意していない筈がない。
「【なら、安心だ。後は頼んだ】」
「任せておけ」
ブゥ、ブゥオオオオオオ、メラメラメラメラ――――、スゥァアアアア……。
グゥアン、グゥアン、グゥアン、グゥアン、
私は"契約の書"を左手に持ち、未だ狼狽えた儘の神を名乗る者の傍へ。
そして、今度こそ、
っ、ブゥン、バッ!
ペラペラペラペラ、ガッ!
空中で回転しながら、"契約の書"が、"靄の悪魔"による仕込みの、決闘についての項目の頁を自動でペラペラ頁送りされることでがっしり開かれ、
「これが、本当の最後の一言。"名無し"さん、頑張って頂戴ね」
ティアの声が、聞こえた。それが、予め込められたものなのか、今本当に彼女の残滓が今この瞬間紡いだものかは分からないけれど、
「っ、ぐすん、ああ、任せておけ!」
どちらであろうとも、それは、この上ない声援だ。
"契約の書"に捻じ込んだ対等な決闘が発動したかどうかのエフェクトは無いが、ティアの声がしたことで確信した。奴、神を名乗る者を、私は決闘の土俵へと、同じ位階、刃が届く位階へと引き摺り落としたことを。
そして、それが間違いでないという証拠が、今、出てきた。
「何、何だ、これは……。我が全能が、我が全知が、我が全てを見通す目が、我が魔力が、我が神威が……、失われた、だと……。縛られている、だと……、人間の、肉の、身体に……。降ろされ、封じられた、だと……」
そこには、仮面を被っただけで、全く私と同じ恰好をした、神を名乗る者が、いた。
「どうやら成功したらしいな。お前はもう、神に最も近いものではない。落とされたのだ、私と同じ位置まで。授かり物の力の全ては失われた。この決闘が終わるまでは」
私は、地面に座って、呆然としている神を名乗る者に、そう、説明してやる。何故なら、恐らくまだ、完全ではない。この決闘の成立は。
"靄の悪魔"の時と違い、決闘についてのルールを確認していない。決闘のルールは変わらない。変えられない。そう言う風になっている。そういう風に、"靄の悪魔"に勝つことで、決定した。
だが、これが決闘であり、対等な立場で、という前提があるのだから。その前提を、後付けながらも成立させなければならない。それも、私が攻撃をする前に。
奴はまだ、それに気づいていない。今なら、その力は縛られていても、決闘のルール云々を無視して、その今の力を縛られた体で私に攻撃し、私を斃してしまえば、奴は特に問題なく、私を始末でき、力も戻るということを。
何故なら、決闘は未だ、完全には成立していないのだから。
「何、だと……」
だからこそ、こう、丸め込む。考えさえない、可能性を。奪ってやる、機会を。そうやって私は、詰め将棋のように、追い詰めてみせる。
「力が縛られ、私と同じところまで落とされたことで、分かっただろう? これはそういう趣旨の決闘なのだということが。お前は私に勝てない。同じ条件、同じ不自由。それを与えられたなら、経験を持つ私の方が圧倒的に上。だから私はまるで必然であるかのように勝利する。そう宣言しよう」
このまま、暫くいびり倒して、悦に浸りたい。そういう気持ちもある。当然だ。私はこいつに、それだけ振り回された。私だけでない。以前の私も。私が回った世界全ても。
だが、駄目だ。それでは。
私はそんな、愚は、油断は、しない。
そのまま、決闘のルールを読み上げた。