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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第六章第三節 向かえ決着の場所へ
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頂のドーム 対峙 Ⅰ

【よくぞ来た、転移物よ。神の座する世界の頂まで。】

 

「っ、……」


 私は現れた文字を読むだけで、返事はしない。返事しそうになりつつも、抑えた、


 そして今ので一つ分かった。


 もし答えを返すなら、『ああ』となるところ。()()()()()、そう。だが、実際、心に留めたその声は、『私何ぞに、そのような言葉、勿体無うございます』となっていた。


 まだ、力関係は神を名乗る者の方が上。そういう力場といえばいいのか、畏怖といえばいいのか。明白に存在している。だが、抗えない程ではない。


 現に抑えられた。もし駄目なら、一文字漏らしそうになりつつ抑え、止めるなんてことはできなかった筈だ。心に浮かんだ変換させられた、言わされる、使用を強要された言葉遣いをしていた筈だ。


 抵抗しつつ、『ああ』と、無理やり口にすることは可能だと思う。


 だから、私と神を名乗る者で、力関係は、強制が働く程に、隔絶してはいないということがはっきりした。


 返事をしないことは、それと同時に、時間稼ぎでもある。置かれた状況を把握する為の。少しでも、周囲を観察する。ここがそのまま、戦いの場になる可能性が高いのだから。

 

 薄暗いながらも、隅々まで見渡せる。見える色は、緑。暗緑色の光を、周囲の壁や天井や床が放っている。


 そして、淡く光を放つそれらは、血管のように脈打っている。植物の根が折り重なったものであるようにも見える。踏み心地は、木のように固いながらもしなりを持っている。まるで、植物と動物の肉を合成したようなものであるかのように思える。その走る脈の筋は凡そ縦方向に、中央に向かうように走っている。


 それらによって、このドームのような場所は構成されている。


 大きさは凡そ、半径20メートル程度。中央部の最も高くなっている部分の高さは10メートル程度だろうか? 中心から端に掛け、緩やかに放物線を描くように、天井は少しずつ低くなっていき、端2メートル当たりで、ストンと底面に向かって落ち込んでいる。


 中央には、何かがいる。当然それは、神を名乗る者。伝わってくる威圧感、存在感からそれは間違い無い。だが、以前何処か分からない場所で対面させられた時とは違い、それらに押し潰されることはないようだ。


 私という存在の位階が、神を名乗る者にそれだけ近づいた、ということだ。


【まあ、良い。なんじには、最初の対峙たいじの際の印象が、畏怖いふの心が強く残っておるのだろう。拠って、心の騒めきを収める時間を与えよう。】


 返事をしないこと。それは少しばかり危険な行為。相手は全てが自身の想い通りになると思っている者なのだから。


 だが、初手で私をほうむるといういう手段にはやはり訴えてこなかった。神を名乗る者は、慎重で、計画的に物事にあたる。それは今までの傾向として割かし顕著だ。だから今回もそうなる。そう判断したまで。絶対ではない。だが、十中八九、そうなると私は思っていた。


 そして、確認できた。神を名乗る者は、決して全能ではないということを。少なくとも、心を読む力は、私に対して正常に働いていない。


 契約の書に、私の全てを覗く仕掛けがあり、それに、"もやの悪魔"が干渉した。そして、何故かそれはばれていないらしい。今私の心を覗けていないことがその証拠。わざとそうしているという可能性もあるが、どちらの可能性をとっても、油断のようなものがあるということは間違い無い。


 私ならここへ踏み入られた地点で、手を下す。何一つ抵抗の手立てなど与えはしない。自身の姿を見せるということは、刃が届く、ということだ。それでいて、自由にさせておくなんて、油断以外の何者でもない。







グゥアン、グゥアン、グゥアン、グゥアン――――


 ゆっくりと、真っ直ぐと、私は神を名乗る者の方へと進み始めた。懐に入れてある"契約の書"を取り出して。


 ティアの献身と、"もやの悪魔"の執念が繋いだ、切り札。これを使って、神を名乗る者を、私と同じところまで落として、同じ土俵で戦う。武器と自身の体だけの、魔法無しでの1対1の決闘けっとう


 それであれば、勝ち目はある。そういった、不自由の中での戦い。恐らく、それの経験は、神を名乗る者にはない。そもそも、圧倒的上位者として、触れることもなく対峙する者を圧倒できるのだから、直接攻撃能力など、備えていない。そう考えられる。


 その理由として、奴が契約の書に、手を加えられたりしたときのカウンターとして用意していた、柱の化け物。あれは強力だった。確かに強力だった。強力無比だった。


 だが、ある意味で、杜撰な手管、粗末な自動制御という愚の骨頂でもあった。


 触れるだけで、癒着浸食する。そして、触れたものを取り込む。だが、触れたものが死して灰になると、癒着したそれも巻き添えになる。壁など、無機物には反応しない。速度は遅い。鈍足であり、重厚であり、視覚以外の何かで、対象を自動的に追跡。物量で圧倒。


 そこまで分かっている。すぐさま分かったことだ。そういった特徴を持つ存在であるということが。だから、"もやの悪魔"はあれらへの対処法を用意していた。


 自動追尾、自動制御。そして、それによる、対象の始末の可否は、それの召喚者しょうかんしゃには伝わらないか、召喚しょうかんの礎となっていた契約の書への干渉によって偽装が可能。


 完全ではない。完璧ではない。付け入る隙があった。それに、あれらは、燃える。燃えて灰にはる。


 動きは素早くない。対策さえしていれば容易に対処できる類。今の私でも、そう対処には困りはしない。


 この、夢という名の多層世界は、精神の世界だ。火? どうやって起こせばいいか? 簡単だ。まきはある、火種は私の思い込み。この上なく鮮明に、強力に。


 周囲のものや、柱の化け物たちに直接火をつけるなんてことはできないだろう。だが、自分自身なら? 自身の精神で、負傷の度合も回復速度も放つ拳の威力も絞り出せる握力なども、変動するこの世界でなら、()()()()()()()()()()()()()()ことであれば可能なはずだ。


 やるとしたら、髪の一本、いや、一束か、爪の一枚。発火と同時に、千切る。他の部分だと、発火した途端に、勢いよく燃え落ちるだろうから、それ位しか発火部位の候補はない。


 だが……、私は自身の髪を、自身の頭部の姿を認識できていない。だから、髪に火がつくのは想像の強度が低くなるだろう。


 手の爪でやるしかない……。自身の目ではっきり見れるそれに、焦点を合わせるしか。


 念の為、契約の本の白紙の頁で手を覆い、それを防火具兼、火の保持の為に使う。それで、火の保持も、火傷の防止も、上手くやればできる筈だ。最悪、自身の片腕を千切らないといけないことになるかもしれないが……。


 やったことはない。試してもいない。だが、恐らく可能だ。呪いですら、心の持ちようで、進行速度が変わるくらいだ。それは、自身の手を体を離れた現象となっても、消えはしない。その性質を、持ち続ける。火種としての炎の性質を。


 ここの空気は別に薄くはない。寧ろ、少し濃い。だからきっと、良く燃える。


 それに、効かなくとも、直接、神を名乗る者の元まで辿り着き、決闘に持ち込めさえすれば、問題無い。そのまま勝ってしまえばいい。最初から呪いが掛かっている状態では、対等な決闘にはならない。対等な土俵に立場に引き摺り落とす仕組みなのだから。


 たとえ、炎なんて出せなかったなんてことになっても、結局は問題無い。


 私にとって、勝負は、決闘に持ち込めるかどうか、契約の書が上手く発動するかどうか、だ。そうならなければ、危険を承知で、神を名乗る者から授けられた、何も無い場所から物を出し入れできる空間から、何やら、手を加えられている可能性がある武器を取り出し、戦うしかない……。


 "もやの悪魔"が止めたそれだ。やはり使いたくはない。"もやの悪魔"が私に何も言わずに、神を名乗る者の、あの空間の中に仕舞ったものへの干渉を解除している可能性があったとしても。


 ……。


 あんなにも、私にこの手段において提示されている情報が不完全であることと、その理由に凡その察しがついた。


 それも踏まえての、勝つための手段なのだ。


 私が知らないアドリブ。だからこそ、もし、神を名乗る者が私の心を読んでくることがあったとしても、契約の書への細工云々の全てに知らぬ振りをもししていたとしても、それでも私に勝ち目が残るように。


 結局全て、これだけお膳立てされても、私次第なのだ。






 グゥアン、グゥアン、グゥアン、グゥアン――――


 神を名乗る者との距離は、5メートル程度。


 ここまでくれば、十分に姿は見える。それと同時に、神を名乗る者の後ろ側に、この場所の出口といえばいいのか、他の場所へと繋がっていそうな出入り口が在るのが見える。その先に何があるかは見えないが、きっとそれが、私の目指すべきスポットというのがある場所なのだろう。


 そして恐らく、そこへ行くには、神を名乗る者をたおす他にない。


 神を名乗る者の姿。それは、仮面だった。白い仮面。一枚の白い仮面。人の頭の大きさと同じくらい。そして、目の部分、口の部分がくり抜かれた、陰影を付けられた、肉感的な、人面そのものを象ったような、仮面。それが、こちらを向いて、微笑を浮かべながら地面から2メートル程度浮かんでいるのだ。


 ここまで近づくまで姿が見えなかったのは、その仮面を中心として、地面から柱状に発生する一本の、薄闇の瘴気の柱のせい。


 グゥアン、グゥアン、グゥアン、グゥアン、


()()()をこちらへ】


 グゥ。


 私はそう言われ、足を止めた。


「どうぞ」


 と、左手に"契約の書"を持ち、差し出すように前に出しながら、ゆっくりと接近する。距離を詰める。


 そう、()()()()()。"契約の書"という呼び名は、私がつけたものだ。便宜上そう呼んでいるだけだ。


"契約の書"は名前が変わる。タイミングは、私の旅が一区切り付く度に。


 だが、私は、二つ目の世界を攻略した後、()()()()()()()()()()()()()()、知らない。


 だが、確実に変化している。


 そして、"契約の書"という呼び名は、私が使ったのと、もう一人の私と、"世捨て髑髏どくろ"以外、使っていない。

 

 だからほぼ、間違い無い。


 来る。私を嘲笑あざわらうかのような、だまし討ちのような一撃か、連撃が。


 あと1メートル。来るならこの辺り。これ以上私が近づくと、神を名乗る者の体に、私の手が触れるから。


 ガガガガ、


 やはり!


 だが、問題ない。分かっていれば、避けられる。来ると分かっていれば。


 音を立てながら地を這い進み、私が本を持つ左手目掛け迸る何か。


 バァアアア!


 この場所の床から成る、地走る衝撃が、地面から生え刺す槍に?


 それは音の早さにせまる速度で放たれた。


 スローモーションの世界を、集中して生み出していなければ、到底反応が間に合わない速度。それは、人から外れた速度の、対応を可能にする。


 辛うじて見えた。地面から生えた槍の向かう方向。それは、私の胴体ではなく、左手を狙っている。わざわざそうするということは、狙いは、"契約の書"ごとの貫き。そこからの、"契約の書"の弄ってある契約部分への干渉による上書き。


 といったところか?


 左手の掌。そこがターゲット。ならばこそ、かわすのは簡単。そして、このような手口を取ってくるということは、やはり私の心を読めていない。読む気もない。読める力を持っているかどうかはまだ決めつけるには早い。


 胴体狙いなら、躱すのもそれなりに無理な駆動をしなくてはならなかったが、これならそう問題はない。


 やることは、回避と共に、"契約の書"を開いて、あのとき、"もやの悪魔"がしたときのようにすればいい。


 すっと左手を引きながら走り出す。距離1メートル。走るというより、数歩素早く踏み出す。そういう感覚。


「神を名乗る者よ、貴方は気付いておられますね? だが、それくらい読んでいましたよ、私も」


 っ、ブゥン、バッ!


 距離20センチ程度と詰めたところで、"靄の悪魔"がやってみせた通り、私は本を、空へと投げながら、


「だから私の読み勝ちです。私のところまで引きり落とさせて頂きます。そして、決闘お付き合いして頂きましょうか」


 神を名乗る者へ向けて、私はニヤリと嘲笑あざわらった。 

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