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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第六章第三節 向かえ決着の場所へ
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??? 暗黒通路 Ⅱ

 無我夢中で駆け登り続け、潮の香りも、波の音も遠ざかり、そして、いつの間にかそれらが感じられなくなった頃、突如、視界が白光に包まれ、そして、


 ピキキキキ、バリィイイイインンンン!


 硝子ガラスが割れる音と共に、別の場所に私は立っていた。


 そこは、景観をこの目で見るのは初めてだが、壁にふと手を添え、直感する。ここはあの、私がこの多層世界においてスタートした、あの通路、か!


 ここに再び降り立つことになるとは……。


 そして、あのとき見えなかった、床面に空いた、初回の順路の穴。そして、そこからのぞく、下の景観。


 私の立つ場所。その足元。私の体がすっぽり通りそうな大きさの穴と、そこから見える、遥か下方の、崩れ落ちていく最中の庭園。それはどんどん遠ざかっていく。


 間違い無く、先ほどまでいた空間との接続口は、この穴だった、ということだろう。


 そんな周囲の様子が、この光を視認できないはずの場所で認識できているのは、未だ変わらず私の体の周囲にまとわれている、エメラルドブルーとエメラルドグリーンの混ざり合ったもやのせいだろうか? 


 まるでオーラのように私の体から10センチ程度の部分までを濃くまとっているが視界の邪魔にはなっておらず音も出していないそれが、光源の役割を果たしているからだ。


 逆を向き、そのコの字の空間の反対の行き止まりの方向へ向かって私は歩き出した。


 周囲の壁の色は、予想した通り、漆黒。全ての光の存在を許さないような、真っ黒な空間。初回訪れた際と、逆の経路で、私は歩を進めていく。


 そして、二度曲がり、目前には、……真っ白な梯子はしご? それは仄かな白光を放っている。


 更に歩を進め、その前へ。恐らくそこは、私の初期位置。


 つまり、これを登って、上へ向かえ、ということだ。


 軽く見上げると、それは天井に突き刺さって、途切れているように見える。が、こんな風に出現しているものが、行き止まりであるはずがない。


 あの螺旋らせんの終わりから続いた順路の果てのここ。だから、間違いない!


 この世界における、私の順路。スタート地点とゴール地点。それは、上下で隣接して存在していた。それだけのことだ。


 最初にそのことに気付いていても、どちらにせよ、下に降りなければならなかった。だから別に、ゴールが最初から目前にあったことに気付けなかったことを悔いる意味は無い。





 すぅぅ、はぁぁ。


 ここは、先ほどの空間とは違い、空気の濃さは通常と変わらない。だから、先ほどの空間にいた時のように、ずっと走り続けても息が切れないなんてことはないだろう。空気の濃さ以外のアシストもあっただろうから、余計にそうだ。


 だから、先ほどまでの感覚に引っ張られて動こうとしないように気をつけなければ。


 ……。


 行こう。これ以上ここでじっとしていても、気負い込みによる疲れや体の硬直にでもやられてしまいそうだ。不安も徐々に大きくなっていく。


 もうこれ以上なく、できる準備はやり切っている。後は力を出し切るだけ。そして、変に気負いすぎない。に角、目の前のことに集中するのだ。


 今後という、今ではないことに頭を割く程、私に余裕も猶予ゆうよも無いのだから。


 ガシッ!


 すると、感知した、おぞましい気配……。体が重くなり、足が一歩も前に動かせなくなる……。だがそれは、右手で触れた梯子はしごから感じたものではない……。


 背中を刃ででられるかのような寒気。一気に退く汗。いつの間にか、白くなる息……。そう……、後ろから、だ……。


 怖い……。


 何か、取り返しのつかない失敗をしてしまったかのような……。そんな、内から沸き起こる恐怖。自身の胸の内が発生源の恐怖……。


 だが、まだ……、振り向く位はできる。その正体を、確かめることくらいはできる。実際にそれが、私由来か、外から背中越しに触れたかも知れない何か由来か……。






 そうして後ろを向くと、


「ぁああ、う"あああああああああああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」


 私は声にならない叫びを上げながら、自身の知らぬ間の油断に、打ちひしがれる……。


 もやの悪魔の世界での、私の過ち、契約の書ののろいから生まれた柱の化け物共が、後ろからぎしぎし、あふれんばかりに迫っていて……、私側へと最も突出してきていた個体の体が、私の背中に……、触れて……癒着し、侵食しんしょくを始めていたのだから……。


 だが、……、この終わり方は、私が私を許せない。だから……、足掻きにしかならないと分かっていて、それでも心は折れ切らない……。


 侵食部しんしょくわずか。指先程度。


 私に武器はない……。どうやって、がす……? 布地を纏って、蹴り飛ばすか、引き剥がすか、そんな位しか、手は無い……。


 だから、接触するそれから距離を取りつつ、引き剥がす。そのまま、梯子をよじ登り始めつつ、剥がし、落としてやればいい。それが一番確実。


 だが……、もう、指先一つ、動かなかった……。もう、遅かった……のだ……。振り向いた瞬間、動き出していなくてはいけなかったのだ……。


 腹の奥から込み上げるものを何とか抑えつつ、背中の感覚が、痛みが、僅かだが、広がり始めていることに気付く……。


 その感覚は……、一度味わったからこそ……。一度経験し、それが齎す結末を鮮明に想像できるが故に。彼女の挺身で一度は免れた致命的な誤り。だというのに、私はその類型をまた。


 だからこそ、心は、悲鳴を上げずにはいられない。体に指令を下せない……。


 服を溶かすか突き抜けるかして、私の背に達し、影響を強めていきつつあるそれは、そんなわずかな浸食しんしょくでしかない今ですら、もう、どうしようもない位に私を金縛かなしばる……。


 だって、そうだろう……? どう、抗う……? 私に抵抗する為の手段は無い……。まだ濃密に残っているこのオーラ……。これで何とかなる、だろうか……?


 ……、ならない。それをドローンは突き抜けてきた。


 追加で襲ってくる者からは、決死の決意でもすれば、身くらいは守れる、か? 放った拳にも何やら特異な力が乗るかも知れない……。だが……、これだ……。このざまだ……。


 だってそもそも……、ここまできて、おびふるえ、縮こまって、もう、拳なんて、放てない……。りなんて、もってのほか……。






 声も……


「う"あ"あ"」


 差し迫っても、このざまだ……。助けのてなんて無いのだから、どちらにせよ、関係、無い、か……。


 柱の化け物たち……。私はもう、それらに追いつかれた……。通路一杯に、あふれてきていたそれらに、もう既に体の半分が埋められている……。


 私は梯子にしがみついている……。意地で何とか、動いた。だが、そこまでだった……。押し倒されるように、後ろから覆いかぶさられ、下半身はもう、柱の化け物たちで埋まっている。下半身表面は服を浸透しんとうして浸食しんしょくされ始め、痛みと共に、重みも増すばかり……。


 意識……。それすら、もう、いつ、手放しても可笑しくない……。今これでも何とか生きているのは、意識あるから……。消えたら、本当……に……終わり……。


 薄まっていくオーラ。


 今更になって、オーラの役割が分かった。これは、鎧であり、盾であり、私の身を守るものだったのだ……。だから未だこの程度で済んでいる……。


 あのときと比べ、浸食速度しんしょくそくどが遅いのは、それが理由。だが、それも、もうすぐ起こるであろうオーラの喪失によって、切れる。自身の体が、浸食しんしょくされていく激痛と共にある、死に届くであろうという恐怖が……鮮明になっていき、心が、きしみ、砕けそうで……。意識なんてものは、四散してしまいそうで……。


「あ"、あ"、あ"……(だ、れ……、か……)」


 左手を……、私の望む神などいない天に、かざ……す……。


 済まない……、以前の……私……。そして、ティ……ア……。どうやら、もう、駄……――


「【未だ早いいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!】」


 つんざくような、周囲に響き渡る重々しいく、荘厳そうごんな声、それと共に、落ちた視界に直接映し出された、白光の文字群。


 下半身を覆い尽くす痛みと重さの消失と共に、ほぼ動かなくなっていた体に自由が、戻ってきた。


 この声は――――"世捨て髑髏どくろ"!


 そうか、まだ、奴がいた。奴だけが、いた。全てが終わるまで、敵をあしらいつつも逃げておくと言っていた、奴が! 





 いつの間にか、私は立っていた。梯子はしごを背に。向かい合うように、"世捨て髑髏どくろ"が。


 ブゥオオオオオオオ、バチバチバチバチ――――!


 青い炎をまとい、後ろからまだまだ際限なくあふれ出してくる柱の化け物共を、ちりに変えていく。


 だが、よう、余裕は無さそうで、それは、奴にとって命削る行為となっていることが、見てとれた……。奴自身が腐食ふしょくされ始めている……。青い炎で焼いて殺し、ちりに変えそれらを塵に変える。


「平気なのか、それは……」


「【そんなはずは無かろう。だが、問題ない。貴様への浸食しんしょくは我が全て、引き継いだ】」


「お前が消えたら、世界が消えるのだろう……?」


「【問題などない。貴様が、偽神の先にある、スポットに立ち、この世界の神になってくれるのだろう?】」


「……、間に合うのか……?」


 ゴンッ!


「【間に合わせる、のだろう!】」


 突如現れた、拳を形作った骨に額を殴られる。衝撃と共に、その叫びは、私の頭に響いた……。


「【正気を保て。貴様がそのざまでどうする! 貴様に全てが掛かっておるのだぞ。あいつが貴様に賭けたように、我も貴様に賭けていることを忘れるな。それに、貴様のその胸の意志、それに恥じてどうする!】」






「【これは、我のち漏らしだ。貴様のとがでも、過ちでもない。我とあいつで、対処しておかねばならなかった。お前には、武器はない。弓も矢も刃も、我らが策のため、貴様から除外させた。その代わりに、貴様を、偽神の元に辿たどり着くまで守る為に、そのオーラを付与した。それが薄れ掛かっていたから、我が来ただけのこと】」


 明らかな励まし。つくった言葉であると、すぐさま分かる。だが……、そんなことを言われてしまう程に、私は正気でないのだ……。


「【こうはならないように、偽神の手の者たちは、我が引きつけていたはずだったのだが……】」


 ガシッ!


 形作られた、骨の両手に、かたを強く握られた。


「【だから、立て。それに、まだ、終わりではない。我がここにいるのだから。貴様が偽神に到達するまでの殿しんがりは引き受ける。それ位は未だ持つ。最悪、世界の崩壊順位を、貴様付近だけ最後辺りになるようにしたり、世界の崩壊速度を遅める位はできる】」


 そこまで言われて、やっと分かった……。


「あんたも、以前の私も、私に全てを賭けると、もう決意していたのだな、私が四つの世界を攻略した地点で」


「【いいや、違う。最初からだ。お前という存在を用意し終えたその時から、我もあいつも、貴様に全てを賭け終わった後だったのだ。それ位に、我らは自身を信じていた。そんな我らの最善たる貴様を信じていた。だから、その上をいったように思えた貴様が、成し遂げられないなんて、ある筈があるまい。絶対に認めん。ただそれだけの、簡単なことだ】」


 間違い無く、それは、微塵みじんの偽りもない、本音。


「ああ、承知した。もう、大丈夫だ。手間掛けさせたな」


 浸食度合が、奴自体の八割を越えた……。恐らく、もう、柱の化け物共の食い止めはできない。


「【そこを登り切った先に、ドーム状の部屋がある。そこに偽神の座がある。それを越えた先、一つのドーム状態の小部屋がある。その中央にあるくぼみ、それがスポットだ。偽神をたおした上で、そこに立て。では、さらばだ】」


 私は必死に梯子はしごを昇り始める。


 ガシッ、ギッ、


 出来る限り早く、到達しなくては!


 ガシガシガシガシ――――


 振り向く間すら、しい。もう時間はそうないのだから。






 ガシガシガシガシ――――


 天井であると思っていた部分は幻の壁であったようで、それを突き抜け、真っ暗な空間の中、唯、上に向かって延々と続く梯子を必死に昇り続ける。


 梯子はしごと、身に薄く残るエメラルドブルーとエメラルドグリーンの混ざったもやだけが光源である。


 幸い、手元が見えにくいなんてことはない。


 それは延々と上に伸びている。


 きっと、ある程度昇れば、また周囲が一新されて、そこが、神を名乗る者の待ち受ける最後の地、だ。


 考えるのは、先。それだけ。


 ガシガシガシガシ――――っ!


 まるで、手の先が、梯子はしごの終端に辿たどり着いたかのような、途切れる感覚。感じる予兆。


 ブゥオン!


 その音と共に、私の転移は始まり、


 ブゥオン!


 ついに、辿たどり着いた。

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