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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第六章第三節 向かえ決着の場所へ
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??? 白光柱路 内部 天地繋螺旋階 Ⅰ

 瞼越まぶたごしですら伝わってくる光の奔流ほんりゅうが収まったと感じたところで、つぶった目を開ける。


 っ!


 予想と全く違う空間がそこには広がっていた。


 そこは、まるで仄暗ほのぐらい海の中のような……。


 ヒュゥゥゥゥゥ、ザァァァ。


 ……、今のは……?


 潮の香りに、波の音まで……。随分遠ずいぶんとおくから聞こえてきたような……?


 だが、実際に海水の中、という訳ではない。実際には、水は私の体を覆っていない。泡のように浮かんでいる訳でもない。


 水族館などでの、透明なつつの中での疑似的な海中散歩、それに近いだろうか? それに、においと音を、付け加えたかのような?


 だが、ここは、そこまで作り物染みた、楽しむことが種目的なものでは決して、ない。


 においも音も、妙に現実味がある。


 ……。


 下、から、か。


 半透明な長方形の薄い硝子板。白い光とエメラルドブルーとエメラルドグリーンの流体がマーブル模様となり、揺らいでいる。それらは一切の支えの構造を持つことなく、等間隔に上へ下へ並び、浮遊する螺旋階段らせんかいだんを形成している。


 私はその途中、その中の一枚の段の上に立っている。


 そんな延々と上にも下にも続く螺旋の、ずっと下方。恐らく、そこから。ほのかに風が下から時折吹き上げてくる。


 光源は螺旋階段のステップを構成する板の中身、それだけ。この場所に外壁は存在していない。湿り気も無い。気温は冷たく、空気は妙に濃い。


 圧迫感はない。開放感がある訳でもない。少しばかり神秘的。そんな場所。だが、それがいつまでも続くとは思えない。


 外ではきっと……。


 だって、そうだろう? これは、上へと続く、とうのようなもの。上へ登る必要がある。神を名乗る者の近くまで転移で飛ばすこともできただろうにそうしなかったということは、こうする他なかった、ということに他ならない。


 だとしたら、ここはあの、光の中、か?


 あの礼拝堂、骨の建造物から、ここはそう離れた場所ではない。恐らく、非常に近くにある場所。なら、追っ手が、いつやってきてもおかしくはない。


 私の手に武器はない。神を名乗る者への武器は、契約に干渉することによる、同等の勝負の場へ引きり出す為の概念的なもので、奴にしか効くものではない。


 だから、あの二人は、私に追っ手と戦わせない、という選択を取ったのだろう。場合によれば、三人で挑むということもできたかも知れない。それを二人は捨てていた。






 一旦、落ち着け。


 血を頭に昇らせるな。悪い方向に考えるな。


 恐らく、まだ、時間はある。ここでの時間は、きっと、神を名乗る者への対峙たいじの前の心の準備を整える場としての意味も恐らくある。結局、私に残された手段が、じ曲げた契約による、泥試合。なら、武器や、力による勝負というより、頭を使った戦いにしなくてはならない。そうしないと私に勝ち目はない。


 相手は、この世界で最も神に近い者。


 以前の私が私という存在を成り立たせた、その理由が、思考の柔軟性、固定観念に囚われない感性。そこだとするなら、やはりそれで、私の取るべき戦術は合っている。


 いけない……。落ち着かなくては。


 今一度周囲を見渡す。


 暗室で大量のスクリーンを付けて寝かせて置いたかのような、そんな感じの不自然な暗さと明るさが混在する場所だ、ここは。


 そして、ずっと、下。数十メートルはゆうにある。数百メートル、いや、それ以上かも知れない。このような奇妙な空間だ。実際目測はあまりあてにしない方が良さそうだ。


 ヒュゥゥウウウ、ザァァァアア。


 っ! これまでよりも大きくなっている……? いや、違う。少しずつ少しずつ、大きく、そして、


 周囲には壁は無く、この薄暗い、しかし、螺旋階段付近らせんかいだんふきんと、はるか下だけは明る……い?


 いつの間に……。


 ずっとずっと下に、落ちるように視線を落として、焦点を落として落として落として、凝視して――――あれは……、海、か。


 階段のステップの中身と恐らく同じもの、それが露出して、広大に、深く、まっている? まだ遠い。まだまだ遠い。音は最初に聞いたよりも大きくなっているとはいえ、匂いは最初よりも強くなりつつあるとはいえ、差し始めた下からの光、現れた底、それは上昇してきている、ということ。


 あそこまでの距離は遠すぎて判断がつかない。視程は私が感じているよりも恐らくずっとずっと長い。この場所は、下まで、絶えず、光源が存在している。この螺旋階段らせんかいだんに沿っては。


 あれがリミットを示しているのだとしたら? それか、この、体を未だ、勢いを失くすことなく纏っているオーラがその役割をするか、だいたいそういったところになるだろう。


 実際どれだけの猶予ゆうよがあるか今の段階では予想できない。だがきっと、その水面が私に達したら、そこで終わり、だろう。下からのそれが私を沈ませるまでに、この終わりの見えない螺旋階段らせんかいだんを登り切る必要がある、ということだろう。


 階段としてのステップは、一段辺り凡そ、5センチ程度、足場としては、転びでもしない限り踏み外しの恐れは低い。私の足長が縦にも横にも、数足入る程度には広い。段の上で私が横になってもはみ出ないほどに幅はある。






 すぅぅ、はぁぁ、すぅぅ。


 さて、行くか。


 そうして、一歩を踏み出すと、


 フゥオン!


 そんな音と共に、私の進行方向をさえぎるように、目前に現れた浮遊する、意味を持った可読文字群。私の視界に直接映し出されているのではなく、空間に投影されているものであるらしい。そしてその文字の色は、足場の中の靄と同じ、エメラルドブルーとエメラルドグリーンの揺らめく文字。


 それらはまるで、私が一歩踏み出すとそれが現れるように予め仕込まれていたかのような……。だから、とてもとても……、悲しかった。


【最初に。これは前もって用意しておいた、置き手紙、いや、遺言のようなものだということを留意してくれ。しゃべり口調って地点で予想はついてたと思うが。いや、お前のことだからよぉ、その前から気付いてたかもなぁ。】


 そして、それが消え、


【だからよぉ、聞いてくれても聞かないで立ち去ってくれても構わねぇぜ。後者を選んだ際には、最低必要な事項のみ伝えることとするからよぉ。】


【終わるまでは、下のアレの進行は遮っておく。どちらを選んだとしてもだから時間はこの最中は気にすることは無いぜ。】


 それと共に、遥か下からの一面の光は消え、波の音も、潮の香りも、停止した。


【指先でどちらかを選んでくれ。】


 そして、現れる選択肢。


【『聞く』 『聞かないで立ち去る』】


 以前の私のことだ。聞いても聞かなくても、時間が差し迫るなんてことにはならないようにしてくれているに違いない。これは、私が聞きたいか聞きたくないか、純粋にそれだけのこと。だから、迷わなかった。


 私は即座に、『聞く』に、左手人差し指をかざした。






【先ず最初に、どちらを選んでも言っておくべきことからだ。】


 予想はしていた……。以前の私は、恐らくもう、消えてしまっている、と。これらの文字が私の一歩に合わせたかのように映し出されたときに……。



 消えてしまえば、何か伝わってくる。そして、恐らく、何やらの最後の言葉も、一言二言なら、こちらからも何か伝えることもでき、交わすこともできる。そう思っていた。


 だが、そんな、空想のような、元は同一存在であったことによるシンパシーなどは存在しないらしい……。


 そういうことだ……。


 何もかも、都合良くいく訳ではないのだ……。にしても……、こんな形で以前の私の消滅を知ることになるとは……。


【あの偽神への対処法について、俺から伝えられることは、無ぇ。あれに弱点何ざぁ、無ぇ。少なくとも、俺はそういうのを見つけられなかった。だからこその、もう一人の協力者、"もやの悪魔"も関わっての、契約自体への干渉による決闘形式けっとうけいしきの捻じ込みだ。


【俺のささやかな希望たるお前に勝ちの目がわずかでもあって、偽神にとって、あり得ないはずの負けが存在する土俵への引き込み。】


【奴にそんな経験は無い。だが、お前は、そうやって、上の位階である靄の悪魔を斃した。その場作りは予定調和であったとはいえ、お前は人の身で、超常に勝った。】


 成程、もう打てる手は、全て、打っているということ、か。後は全て、私次第。だが、決してそれでも容易い道ではなく、望みは薄い。以前の私のそんな薄く見ている勝機を、手にしなくてはならない。






【さて、こっからは、聞くことを選んでくれたお前への、俺からのプレゼントだ。】


【って、言いたいとこだがよ、無ぇ。言うべきことは、言っちまっている。既にもう、な。意地ぎ汚くも、我がままにも、俺は、お前と直にリアルタイムに話す時間を長く取っちまった。】


【実はあれで粗方全てなんだなぁ、これが。】


【ってぇことだから、最後に残すのは、俺の言葉。最後の言葉って奴、だろうよ。消える寸前に何とかじ込んだんだぜ、お前の為によ。俺の為でもあるが。】


 以前の私は、きっと、軍勢を押し留めて、ちりとなったのだ……。自己申告……。だからこそ、言い逃れようがない。


 以前の私がここで嘘をつく必要なんて無いのだから。


【逃げたくなったら逃げれてもいいんだ。もう、俺なんてくさびはお前には無ぇんだからよ。お前の本当にしたいことがあって、それが俺の望みを含まないとしても、別に構わねぇんだ。】


【生み出しておいて勝手だけどよぉ、やっぱ言うべきだな、こう。好きに生きろ。】


 今更……。


【だって、そうだろう? お前が、勝つも負けるも、死にさえしなかったらよぉ、お前の生は続くんだ。この世界の外に出たなら、最長で100年近くか? この世界の中なら、体感どれだけになるかなんて見当もつかねぇ。】


【死ぬ寸前に気付いたんだ。そんな当たり前のことによぉ。だから、俺がこうしろああしろ、なんて、お前に首輪をつけるなんて、おこがましいことだってな。たとえお前が、俺由来だとしても。】


【だってよぉ、俺もお前ももう、別の人間、人格だろう? 考え方も取る手段も違う。なら、しばるべきじゃねぇ。】


【そして、くどいがよぉ、お前の先の為でもある。特に、お前が勝って、外の世界に、主人格として出たときの為の、な。】


【そこでお前が、唯、何かに俺や、この夢の多層世界の中での全てを残し記し、それをおぼえて保持し続けているだけが全てだなんて、あんまりだろうがぁ?】


【とはいえ、あくまで俺の感覚だ。俺ならそれは嫌だ。本能的にそう思う。だから、きっと、お前もそう思うだろうと思っているが、それが俺らの本質から来るものかどうか、断定とまではいかない。】


【だからこれは、念の為の、一押し、ってぇとこだ。】


【どうなろうが、好きにやれ。誰かの言に従うとしても、動機は自分由来であれ。】


 ああ、言われなくとも、分かっている。






【最後まで勝手で済まない。許してくれとは言わない。許さないというなら、足を止めるといい。それで全ては終わる。だが、お前ならそれはしないと信じている。】


【これが、本当に、最後だ。】


【お前に全て、任せるから、好きにしろ。】


【じゃあな。期待以上のもう一人の俺よ。】


 それが消えて、もう、新たに文字は浮かんではこなかった……。


 ……。


 ヒュゥゥウウウ、ザァァァアア。


 戻ってきた、波の音、潮の香り、遥か下方からの、まだまだ弱く、はるか遠い、一面から光放つ水面。


 直接、お別れを言い合いたかった、なぁ……。


 いつの間にか流れ始めていた涙。きっと、それは、文字が続いている最中からずっと。それをぬぐう。


 以前の私の為だけでなく、私は失敗する訳には、いかないのだから。全てを背負って、事を成す。そうしなければ、忘れずにいること、残し続けること、全てを記録として残ることは、できやしないのだから。


 証明するのだ、礎となった者たちの価値を。私の手で!


 目線を上げる。


 行こう。


 私は、上へと昇り始めた。歩かない。走る。前へ、上へ、駆け登る。ここでゆっくり、なんてことは、私らしさを、曲げることだ!


 タタタタタタタタ――――


 駆け登る!


 空気はこの上無く、濃い。


 私がこうするって、想定していたのだ、以前の私は。


 少しばかり、嬉しくなった。

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