神秘庭園 偽天球壁 底 闇底骨廟 自捨新生 Ⅰ
「【俺は俺という存在として、知識と記憶と人格と経験、そして、身体。偽りのそれらの要素から、俺という存在が造り出された】」
「【この"夢想家"だけでは無い。その前に、無数の、失敗し、砕け散って、塵となって消えた者たちがいる。彼らは須らく、"夢想家"と同じように、偽神によって用意された、候補である。新たな人格として、この夢世界を保持し、現実に立つ、痂疲無き一人を創り出す為の】」
話はそういう感じで、二人の視点から、"夢想家"が先に話し、補足すべき情報を、その後に"世捨て髑髏"が付け加える形で進行していった。
「【で、俺は世界を巡っていった。だがなぁ、二つ目の世界、"safety"の世界、そこで俺は躓いた。一つ目の世界、"physiological"は数刻で屈服させたというのによぉ】」
「【本来、選ばれる、攻略しなければならない世界の数も種類も、挑戦する存在によって変動する。より完全に近いとすぐさま分かる者程、課される世界の数は少ない。四つ、というのは、無数に及ぶ挑戦者たち、より綿密な事前調整が可能で、あらゆる素質の伸び幅や、心の成長が見込めた"転生者"という設定で創られた者たちすら含めても最小。そこの"夢想家"がそうなのだから、本質的には本来同一であった貴様も同等。そして、同等どころか、同一人物である貴様は、"夢想家"と同じ数の同じ世界を巡ることを決定付けられた】」
「【おい、時間はそうねぇだろう、もう。横道に逸らすな。そんな時間はもうねぇだろう?】」
「見つかったのか、神を名乗る者に?」
「【実はとうに見つかっている。お前が四つ目の世界を攻略する前、"靄の悪魔"の仕込みによって、偽神がお前に掛けた契約が変質しているとばれた時からな。そこの"世捨て髑髏"に力使わせて何とか抑えてるってとこだ。そう長くは持ちそうにない。時間ギリギリまで話は続ける。で、いよいよその時が来たら、延々と続く階段の途中にお前を転送する。それは、偽神が手を出せない、偽神の前まで直通の、一本道だ。ひたすらに、登れ。兎に角、急いで。その時が来たら。登り切った瞬間、俺とこいつの、力の全てをお前に付与する。後はお前次第だ。全てを託す】」
「分かったから、本筋に戻ってくれ、一方的で構わない。聞き逃さず聞き取って見せるから、話を急いでくれ。辿り付けても、策無しで勝てる相手では無いのだろう?」
「【最悪、我が抜けて食い止めに回ることも考えておくとしよう】」
「【ああ、頼む。じゃあ、続き、巻きで話すぜ】」
そこからは、早口。ペースが早く、ほぼ全ての内容を文字で後追いする状態。そうなっていた。何とか情報を処理しながらも、私は願う。
全体像が分かる位までは、話が聞けますように、と。
「【俺がお前という存在を設計した理由、それは、俺がじゃあ、どう足掻いても、失敗に至ると、分かったからだ。ルールの隙を突いて、他の世界から巡ってみて、三つ目の世界を攻略、そして、四つ目の世界の奴、"靄の悪魔"と千日手で勝負が付かず。奴に勝つには、等しい位階に昇りつめていなければならなかった】」
「【お前にも意図的に一つ轍を踏ませた。順路にある三つの世界を攻略した上で、四つ目の世界の奴は斃せる。俺はお前をずっとずっと悪辣にした感じの、手段を選ばない人間だった。だから、あの二つ目の世界の双子は俺特効だった訳だ。それでもやすやすとやられはしねぇが、相性的に不利だった。心を読み切ってきて、駆け引きが通用しない子供相手に、どう勝つ? 未だ、"靄の悪魔"の方が勝ち目あると思ったくらいだったぜ】」
「【で、"夢想家"はしくじった。直ぐ引けば良かったものを、変に正面突破しようとするから、失敗するのだ】」
「【分かってる……】」
"夢想家"はそう言って、一旦言葉を止める。苛立ちとやるせなさが見て取れる。今でもそれは、彼にとって、許せない過ちなのだろう。きっと、冷静に対処できれば、"夢想家"はそんな失敗はしなかったのだろうと、容易に分かる。
……。言葉の処理が、割と追いついていないらしい。詰まってはいないが、余裕は無い。だから、自身の心の中での、整理の為の呟きが、理解と識別、整理重視の、普段しない感じの、遠くから高くから自分すら俯瞰しているかのような、自分が当事者たらないような、距離になっている。
それは修正すべきであるように見える。一見すれば。だが、少し考えれば分かる。こうしないと処理しきれない。近眼視するのは、後で思い返す時でいい。
「【で、俺は、とうとう、集中を切らして、墜落。浮遊島群を閉じ込めた空の鳥籠から、網を抜けて落ちていった。で、二つ目の世界の入口に何とか着地しつつも、ダメージを上半身だけで抑えつつも、砕け切った体だ。脱出は成功した。で、念の為に、道を途切れさせようと台座から球を外そうとしたところで体制を崩して、底へと落下。で、この領域の入口へと何故か辿り着いた。で、俺は、らしくない方向へ、思考が捻れたかのように、気が狂ったかのような手段に出ることとなった。ここで一つ質問だ。自捨新生って、知ってるか?】」
という風に、やはり、"夢想家"の失敗は、らしくない失敗だった。
「過去の自分を捨てて生まれ変わる、だっただろうか?」
「【大体合っていて、少し違う。生まれ変わり、つまり、転生とは違う。今の自分という存在のまま、体験、既成概念、先入観といった、後付けの、自身の形を変える要素を一旦捨て去り、今の自分の本質、初期状態。それだけを持ったまま、気持ち新たに人生に取り組むことだ】」
「私に貴方がやったこと、とうより、私という存在を作り出して、完全な意味での体験、既成観念、先入観を捨て去った、無垢な状態の貴方、という私を作り出した訳だな」
「【だが、知識無ければ、騙される。だから、そうならない最低限の知識を、経験無き知識という状態でインプットした。そうして出来上がり、悪辣さに極振りの俺とは違う、新たな、分かれた俺、それがお前だ。考えてみるとまるで、菌糸類の株分けみてぇなもんだろうなぁ】」
「【不味い! 最初の護りを突破された。この領域の存在が、奴に露見したぞ! この教会入口の結界が破られた地点で、我は離れ、防衛と時間稼ぎに回る。だが、決死ではできん。我が死ねば、支配者無きこの多層世界は崩れ落ちる。この夢を創り出す体、脳ごと、活動を停止するのだから。塵すら残らんからな、そうなれば。だから我は、貴様が我の用意した、最早我にも滅ぼし方の分からぬ偽神が守護する部屋の先、主人格として立つスポット、円形の窪み、そこに、世界が崩壊する前に、立つのだ】」
ゴォオオオオオオオ――――
再びなり始めた轟音。それが聞こえてきたということは、一見止まっていた崩壊が再び始まったということ。
「【チッ。音、遮れねぇのか?】」
オオオオッ……。
途切れた。
「【結界の強度が弱まった。時間は減るが、聞き取れぬ方が不味いな、明らかに】」
「【この予め聞かされていなかったこの空間に上半身の殆どが砕けたままの、いつ死んでも可笑しくない状態。だが、何故か俺は死んでいなかった】」
"夢想家"はそのまま無理やり話を再開した。私が思っているより、もう猶予は無いのかも知れない。最後まで聞けないことも覚悟しておいた方がいいということだろう。
「【その答えは明白。我の干渉だ。地の底にいた我は、自身の領域への何者かの侵入を感じたのだから干渉しただけのこと。それは初めてのことだったのだ。我が領域には何者も侵入してくることは無かった。そうなる前に、延々と続く落下の間に、例外なく塵となって、挑戦者であろうと、それ以外の有象無象であろうと、意識を持って到達することなど無かったのだから。なら、当然だろう、興味を持つのは。だが、完全に元通り無傷にするなど面白くはない。我は、この者が地面に這いつくばろうとも、その瞳に見据える先が見たかったのだから】」
「【そんな状態で、闇の中、這い進んだ。意識飛びそうでよぉ……。だが、きっとここで意識飛んだらもう俺は消えちまう、折れちまう。というか、死を強烈にイメージし過ぎていた。イメージの力が肉体何ぞよりも大きく作用するのがこの世界ってことは気付けてたがよぉ……。で気ぃ失う寸前になって、こんなところで死んでたまるかって熱はあるのに、意識が吹き飛びそうで、血を止めることを失念していて、もう、指先一本動かなくなって、それでも何とか最後の瞬間まで諦めることができなかった俺は、気づけば、骨に囲まれた宗教施設、その祭壇らしき、場所、不気味な巨大髑髏のある礼拝場らしき場所で横たわっていた】」
「【どうも興味が沸いてな。この者は面白い、と。どういう経緯でこいつがここに来て、そして、どうして、死ぬ寸前でも、その瞬間でも、折れなかったのか。聞いてみたくなって、魂砕ける寸前で、元通りに再生させたのだ】」
「【俺はこいつと話した。この"世捨て髑髏"はよぉ、もしもや、自身の思いつかない思考というのが大好物みたいだったから、俺は投げかけられるどうしようもねぇシチュエーションに、俺ならこうするっていう一般的にはひねくれまくった、悪辣極まった回答をし続けた。何としても、上に戻って、続きをやり遂げねぇといけねぇって思ってたからなぁ。因みに、俺の願いとして用意されてたのは、神の如く悪役を愉悦してやるってことだった。刺激が足りなくてな。俺がお前にやった、第三者視点での参考映像。全部とは言わねぇが、幾つか見ただろう?】」
「……。ああ。悪辣にも程があるというか、悪趣味なチョイスであるとは思ったが、この世界で降り注ぐ悪意の対策としてはこれ以上無く役に立った、まさに必要悪だったと思うが。時には手段を選ばないことによる強引な突破、相手の悪意を悪意で上回ることによる有効打。そういった、実践的な考え方が、知れたから。とはいっても、私はその殆どを自身の防衛に使っていたが」
私は思ったことをそのまま口にしながら、二人の明かす真実の記憶と整理と要約に頭を使っていた。焦らず冷静に。
彼らの話を聞けるチャンスは、一度しかない。それもいつ唐突に終わってもおかしくないのだから。だがそれでいて、あらすじだけなぞるようにすかすかでは意味をなさない。
だから、遠回りに見えても、焦る必要を無視しているように思えても、こうするしかないのだ。