神秘庭園 偽天球壁 底 闇底骨廟 彼が夢想したものは Ⅱ
「【……。ああ。お前の言う通り、そいつは本物の神様だ。それは今も変わらない。それも、他に依存しない形で存在する、何でもできる神様だ。だからそれでいて、一人では何もできない。それは、この世界の正体と関係している。】」
世界の正体……。この世界について、非常に奇妙な、そう、まるで誰かの都合に沿って作られたかのような、作為……。私はそれに何度も気付き、それでも、それを脇に置いていたが……、どうやらそれが何より重要な間違っていない事実らしい……。
「【それが、結局、全ての事柄の説明になっちまう。全て夢想だってことがよ。俺のこの、身を焦がすような執念も、それから生み出されたお前とお前の抱える思いも、目的も、前提も、全てが、夢想だって、真実は示している。……】」
強調する、"夢想"という言葉。まるで、全て無為、まるで夢のように。"夢想家"はそう言っている。
極端に言えば、精神で全てが決まる、結局全て無為の世界。だとするなら、思いが形になるもの、干渉が入ればそれが乱れるのも、説明がつく、ついてしまう。
私はそれが何か、知ってしまう。
余りに馬鹿げた可能性。だからきっと、頭に何度か浮かんでいただろうが、無意識に突っぱねて、流石にそれは無い、と思っていたことが、どうやら、全ての答えであるということが分かった。
この世界が、人間に、心理に――――、思い出すかのように、答えは私に与えられた知識、しかし、今までどうしてか思い出せなかった知識、必要である筈だったのに、今まで見えず、"靄の悪魔"が私に出した問いの一つであったそれの真なる答えに行き着いた。
「それが何か、私が言っても構わないだろうか?」
「【……、ああ】」
「この世界、庭園を中心とした多層世界、それは、一人か、一つか、一匹か、一体か、単位は分からないが、一つの存在の、意思の、見る、夢。だろう?」
「【ご明察……。お前はそれでも、そうだと確信しても、全てが無為と分かっても、世界そものが、当然その世界の中にいる自身がそこにいる"世捨て髑髏"の下らない無為な夢の一部だとしても、折れるどころか、微塵も、揺らがない……か……。はは……。悲しいくれぇに、上手く……いっちまった……かぁ……。成程、虚しいもんだ、本当に……。"世捨て髑髏"の気持ちすら、少し垣間見えちまったじゃねえか……】」
そうして"夢想家"は、苦悩するかのように頭を抱えた。
「【……。確認する。お前は、この多層世界がどのように作られて、どうして、こんな状態で、存続しているか、分かるか?】」
「当然。だが、それは重要なことではない。それに、説明が面倒だ。思い浮かべるから、読み取ってくれ。当たっているのは間違い無いと分かるだろう。私も貴方も、ある意味、等しい存在なのだから」
台座の四つの言葉の意味。その言葉は、実在した、この世界の外、現実、そこにいた、"Abraham Harold Maslow"という心理学者が提唱した、人の欲求の段階ピラミッド、人の心の成熟度の階位。
"physiological《本能》" →"safety《安心》"→ "love/belongingness《愛と所属》" →"esteem《尊重》"と、上の位階へ。そして、世界を巡る順路もそう設定されていた。実際に巡った順路が違うということからして、それは絶対ではなく、傾向である、ということだろう。
そして、その概念には、更に一つ、その上の段階が実は存在している。"self-actualization"、つまり、自己実現、理想の自分の実現、完成だ。
この世界の有り様を暗示するのが、それだとして、誰がそれを実現したいか、当然、"世捨て髑髏"だ。
ここは、"世捨て髑髏"という人格の、頭の中。こういった世界を構築したことからして、きっと、後ろ向きで、実際の現実でも世捨て人かそれに近似した、ある種の教養人か、思想家、哲学者、若しくは、心理学者の類、だろう。
そして、何か、現実に耐えきれなくなって、きっとそれは、どうしようもなさ、理不尽の積み重ねで、きっとそれは、"世捨て髑髏"でなくとも、誰であっても折れる、そうはならなくても、色々と諦めざるを得ない、やるせない、理不尽の山。
で、とうとう、自身の頭の中に、その精神を引き篭もらせた。しかしそれでいて、現実を何処か諦めたくない。そんな気持ちが強いからこその、"夢想家"と"私"と、"神を名乗る者"と、それらを観測し、世界を未だ、緩やかに破滅に向かっているが維持している"世捨て髑髏"。
それが、答え。
私も"夢想家"も、結局、そういった、夢の一部。根本が同じ。だから、そんな突拍子も無いそれが、正答であると分かる。
この世界は、諦めかけた、夢の追及の為の場所。"世捨て髑髏"が、自身の変わりに、新たに、現実での自身として、この世界の神として、立ってもらいたい理想の自分を追及し、試し、成長させ、完成させ、託す為の、しかし、どれだけ、気が遠くなるまで試行しても芽が出ない、夢の中の、しかし、現実にしてしまう為の、自身の後継者となる人格の形成という試みなのだ、これは。
「【……、ああ。俺が推測していたよりも正確な答えだ、道筋だ、それはよぉ……】」
「なら、良かった」
「【長かった。とてもとても長かった。果て無い、途方もない道だと思えた。やれることは徹底してやったが、できはしないと、何処か思っていた。だが、何処か、願わくば叶って欲しいと弱気になっていた……。】」
「らしくない。貴方はそういった迷いなんて、突っぱねる存在だと思っていたが、貴方も、人、なのだな、私とは隔絶した強い存在では無かったのだな、それでいて、できないことに気付き、その躓きを超える、あり得ないような壮大で遠回りで、自身の権利、この世界の、肉体の、支配権を、貴方は私に渡した訳だ。願いを叶える為に」
「【ああ。だが、結局のところよぉ、俺は今の今まで、迷っていた。本当に、お前に任せていいのか? 条件を揃えて、俺自身が実行した方が、その肉体を駆使し、偽神の前に立った方が成功確率は高いのではないか、ってな。だが、もう、迷わねぇ。これで、お前は、完成だ。俺が想定の上を行く、俺の躓くところでは躓かない存在として。それによぉ、お前は躓いても、必ず立ち上がる。自分では無理、と唯諦めるなんてことはしねぇ。だから、これで安心して、お前を、送り出せる。】」
「なら、期待に応えなくてはな。以前の私、"夢想家"よ。貴方の願いは何だ?」
「【お前は、俺を恨んでないのか……? 色々押し付けた俺を。そして、"世捨て髑髏"を】」
「そんなことある筈無い。言わなくても分かるだろう? 私は心底、私という存在を作り出して貰え、そして、全てを託してくれ、目的を終えた後の世界も託してくれる貴方を、軽蔑する理由なんて、微塵も、無い!」
「【おい、聞いたか、糞髑髏っ! そろそろ戻ってきやがれ】」
そして、"夢想家"は私の方を向いて、
「必要だろう? お前の求める最後のピース」
流石、以前の私だ。分かってくれている。
過去の失敗の情報。それも、第三者視点と、以前の私という当事者視点共に得られる情報である、以前の私自身の失敗と、私という存在を用意して目的を果たさせる為の仕込みの全て。
それが、用意されていない、事を成す為の答えを紡ぐ為には、必要だ。
「【"名無し"よ。我からも謝罪を入れることとしよう。我はあの偽の、我が代理として仮置きしたアレを斃す方法を用意していない。我の思考の至る範囲での弱点はアレに付与しておらぬ。そして、アレが創り上がった地点で、我からのアレを変える干渉はできぬようにしておる。だが、言われなくとも分かるだろうが、貴様自身の頭で、アレを斃す方法を捻り出せ。それが、我自身の手で貴様を試す最後の見極めとする】」
「【かぁ、そうきたか……。済まねぇな、"名無し"……。ってことらしいが別に特に何も変わらねぇな、結局】」
「確かに」
「【そこまで揺らがないでおられると流石に少々物足りんぞ……】」
「【下らぇ愉悦すんなっつうの、この馬鹿が。意味ねぇだろうが、んなもんよぉ。それが原因で失敗したら、てめぇ、どうするつもりだ、はぁん!】」
「【"夢想家"よ、貴様が変に力んでいたから、ガス抜きさせたまでのことよ。"焦っては事を仕損じる"。貴様が先ほど使った言葉だろう?】」
「【はぁ……。済まねぇなぁ、こんなざまで……】」
"夢想家"は私の方を向いてそう言った。
「当然だ。密度の濃い悲願が叶うかもしれないところまで来たのだろう? 私がそちらの立場でもきっとそうなる」
ゴォォォォ!
「【だろう、ふははははは】」
「【……。俺の失敗と、"世捨て髑髏"との接触、"靄の悪魔"という協力者、そして、お前という仕込み。それについての全て。俺たちがお前にそれらについて話す。んで、そん中からよぉ、お前なりの、偽神を斃す手を、考えてくれ】」
"夢想家"は"世捨て髑髏"の無駄口を遮ることを諦めて、しかしながら力強く、私に向かってそう言った。