神秘庭園 偽天球壁 底 闇底骨廟 集いし三人 Ⅲ
「【そんなかしこまられるような者じゃねぇよ、俺ぁよぉ。どっちかつうと、お前には、敬われるんじゃあなくて、憎悪を向けられたり、怒りをぶつけられる側だ】」
私の方を向いて、以前の私は、このどうしようもない私何ぞに、そのようなお言葉を向けて下さっていた。
そして、私が口を開こうとしたところで、
カチカタカチ!
「【ふははは、貴様のような、自由奔放で好き勝手の極めつけみたいな者が、らしくなく、あり得ない位の綺麗な、軍人風の敬礼受けるとはな、滑稽なものもあることだ。そうなるようにでも仕込みでもしていたのか?】」
髑髏がそんな風に私と、以前の私を、からかう。
「……」
もう腰は大丈夫になっている感じだったので、私は立ちあがり、髑髏を無言で睨む。
「【けっ、そんな訳ねぇだろう。そんな無駄仕込む余裕何ぞ、無かったぜ】」
どうやら、二人はそんな軽口を叩き合える程の仲らしい。つまり、靄の悪魔の言っていた、零落したこの多重多層世界の神というのが"世捨て髑髏で、来訪者というのが、以前の私、ということで確定でいいだろう。
なら、睨むのは止めた方がいい、か……。
そうして、目力を緩めたところで、
「【てぇことだから、お前、俺なんぞにそんな風な態度取るなよ、俺を敬いたいというのを止めることはできねえとしても、な】
私はそれに唯、頷いた。頭を下げるでもなく、言われた通り、そうした。以前の私は、どうやら、私と対等の立場であることを望んでおられるようだから。
【……、あぁ、お前のこと、俺、何て呼べばいい?】」
以前の私がそう、尋ねてきた。少しばかり間を開けて。どうやら、私の内心まで見渡されておられるらしい。
だから、そこで気持ちを切り返る。彼が私に望むのは、敬いでは決してなく、形だけの対等でもない。
心から、対等な存在として、そう、別の存在として、私と以前の私の従属関係は無い、唯の友好関係として扱え、ということだ。
「"名無し"という名で呼んで貰えれば……」
切り替えた、つもりだったが、そう容易くはいかないらしい。私は結局、畏まりながらそう、ティアから貰った名前を名乗ったのだから。
「【そうか、ははははは。ならそう呼ばせて貰うこととしようか。俺のことは、こいつみたいに"夢想家"で、もういいか。慣れちまったからな】」
だが、意志は伝わったらしい。先ほどみたいな不味い間も、追及も、無かったのだから。
「【ということで短い間だが、宜しくな、"名無し"】」
差し出された手。私はそれを、
「宜しく頼む、"夢想家"」
ゆっくり握った。
カチカチカチ!
髑髏がそう歯を鳴らしながら、私と以前の私の手の上に、人の手サイズの骨の手を形成し、それを重ね、
「【私のことも、短い間だが、宜しくと言っておこう】」
そう言った。
「貴方も宜しく頼む、"世捨て髑髏"」
だから私は無難にそう返す。少々の距離感と先ほどの無礼を詫びる意味での敬意を乗せて。
「【これで鍵は揃った。後はやるだけだ。なぁ、"名無し"に、"世捨て髑髏"。これで、俺たちの念願は、絶対叶う】」
「【これで話し合いの準備は整った訳ではあるが、今一度聞く。本当にやるのか、明かすのか、真実を、"名無し"に】」
「【ああ、決めてたことだ。っていうことだからよぉ、今から恐らく俺らは酷いことをお前に言う。お前の存在意義も、目指すものも、一度全て無為に変えるかも知れねえ、けど、お前なら、乗り越えられると、俺らは信じてる。って、臭い口上で、お前に隠していた全てを、時間の許す限り、話せるだけ話す。構わねぇか、"名無し"?】」
「頼む」
私が即答する。
この間にも、恐らく、ここへ向けて、神を名乗る者の手が伸びてきている。何やらの手段でそれを止めているか、未だ何とか見つかっていないか、そういうところなのだろうと以前の私の選んだ言葉から、容易く予想はついた。
「【ではまず、互いに向き合って座るとしよう】」
ゴォッ、カララララ!
その物音と共に、私と以前の私の後ろに骨でできた椅子が現れていた。
「【さて、俺はお前に謝っておかねぇといけねぇ……。酷くどうしようもない、エゴな理由からお前という人格を、生み出し、俺のやるべきことを、お前に押し付けたんだからよぉ……。済まねぇ……。】」
そう言って頭を下げる"夢想家"に対し、私は、
「頭を上げて、くださ……いや、上げてくれ。私は貴方を恨みはしていない、"夢想家"。おかげで、濃密な旅を、生を、歩むことができた」
「【そうか……。お前、俺とは違って、まともで良い奴に成長したようだなぁ。ったくよぉ】」
そう嬉しそうに、夢想家は、頭を上げて、胸を張った。
「それでだが、"夢想家"。私は貴方の期待に応えらえられていただろうか……?」
怖い。とても怖い。私は間違っていないか。全てを今まで私に託してくれた以前の私の期待に応えられていたのか。
そうでなければ、私は始まりから間違っていたことと変わりない。
「【おぉん? お前、もしかして不安なのか、"名無し"。なら、ここは励ましてやらねぇとな】」
ポンポン、ガシッ!
"夢想家"は、いつの間にか、席から立って私の目の前にいて、私の肩を叩いて、そして、後ろ横に回り込んで、がっしりと肩を組んできた。見かけとは違い、普通の人体染みた触感を持っているようだ。
「【よくやってくれているよ、お前は。そして、この後もお前になら任せてもいいと迷わず断言できる位にはなぁ。世事無しに、お前は俺の予想を、理想を越えていきやがったんだ。だから、お前が思うが儘に、やればいい。その体はもう、お前のもんだ。全てが終わった後も、な。まあ、奴を倒した後、お前が生きていられたら、だが】」
「……」
私は、口から言葉を出なかった。
以前の私が言ったそれは、とても暖かくて……、私の根底にあった不安の、恐怖の、究極の解消となったからだ。あれだけ深く心を締めていた悩みが微塵も残らず霧散した安らぎがあった。
それでいて、"夢想家"は何やら、底知れぬ決意らしきもの、そう、まるで、"夢想家"自体が消えてしまってもいいかのような決意が、私からしたらどうしようもなく悲しくなるような決意が、そこには見え隠れしていた。
私は、"夢想家"に、今も生きていて、存在してくれていた、私の生みの親のようなものであり、根源であり、もう一人の私とも言える"夢想家"に、生きていて欲しい。
それも私の望みの一つなのだから。
だから、言葉の変わりに出てくるのは涙ばかりだ。
どうしようもなく、やるせない。そして、自身がそれでいて安心も感じているという事実が許せない。
私には、きっとそれをどうにかする力が、手段が、無いのだろうと思い知らされる。だって、そうだろう? "夢想家"がそのような決意をするという地点で、今ここにいるもう一人の強大な協力者である"世捨て髑髏"の助力が得られるというのに、"夢想家"はそう言ったということなのだから。
「【あぁ、泣くな泣くな。ったく、しゃあねぇ奴だなぁ。俺が元になったというのに、そんなにも無垢なのかよ、はは、だが、悪くねぇ!】」
彼は私の肩をポンポンと叩きながら、
「【もうよぉ、お前は俺なんかよりもずっと凄ぇ奴になってんだよ。だから、変に俺に対する気遣いとか遠慮とか、する必要は無ぇんだよ。それに、その体はもう、お前のもんだ。言葉通り。貸したんじゃねぇ、お前にやったんだよ。それが俺がお前にできるせめてもの埋め合わせであり、礼ってもんだ。お前はよぉ、色々変に気にし過ぎだ、はは、こんな風に笑えばいいんだ、なぁ】」
そう鼓舞してくれた。私の頭を頭を撫で出した彼を見る。表情どころか、それを形成する顔のパーツ自体が無いように見える彼であるが、そんな彼はきっと私のことを心底そう思ってくれているのだと、疑う余地もなく、分かった。
「【で、どう思うよ、元・原初の神様よぉ? "名無し"は合格か、お前の目から見てもよぉ?】」
「【ほう、そちら側に寄ったか。成程成程。では色々と確かめなくてはな。では、次は、――――。いや、あれの可能性も――――】」
「【駄目だなこりゃぁ、トリップしてやがるなぁ! ふははは! だが、答えなんて聞くまでもなく、明らかだ。お前なら、全てを託して問題無い、とこいつの態度は語ってるんだぜ】」
「それは有り難い。で、そろそろ本題を、聞かせて欲しいのだが。こうやって、話をしていられる時間、限られているんじゃないのか?」
"夢想家"も"世捨て髑髏"も私のことを構い過ぎだ。きっと、明かそうとしている事実は、私の根底を揺るがすものなのだろう。私が壊れないように、慎重かつ念入りに準備をしなくてはならないのだろう。
だが、二人は一つ、誤解している。私は間違いなく、その手のショックに強い、しかも、慣れている。そういった精神的な事柄で、しかも、私自身に大きく掛かる事柄で、私が壊れるなんてことは、それだけはまず、あり得ない。
私からこう言い出さないといけないのだと、早くに気付けて実行できたのは幸いだった。