神秘庭園 偽天球壁 底 闇底骨廟 集いし三人 Ⅰ
……。
私は意識を失わなっていなかった。衝撃は一切訪れず、一切の音なく、私は、あっけない位に何ともなく、あっさり、静止するかのように着地した。
そう判断したのは、落下の風圧を急に一切感じなくなったからだ。
そうしてじっとしていて、目が慣れてきて、周囲に散る、庭園の瓦礫から、私は別に死んでいる訳でもなく、ここは目的地、庭園の底であることが分かった。
闇に、瓦礫と土砂が半ばめり込むように埋まっているのは、何とも言えない奇妙な感じだ。
よくもこんな、光も何も無い場所で、周囲の様子が見えるものだ。闇の中で、周囲の色形がはっきり見えるというのは、もう既に何度か味わっているものではあるが、どうも慣れない。
背後には、恐らく、後で上に登る為であろうが、灰色の塔が、口を開いている。先ほど登らされた塔と同じ位の径で、色合いが暗いということ以外、一見大きな違いは無い。
恐らく、この、底にいる者が、ここでの用を私が終わらせた後の為に用意したのだろう。
中には、仄かな白い光を放つ大きさ1センチ程度の石が、内部階段の壁面や段の所々に埋め込まれているようだ。
恐らくその原料は、庭園を構成する石材を砕いたものだろう。
周囲の大気中に、庭園石材の粉が埃のように舞っているのが、周囲の光景が見える仕組みだろうか? それは弱々しくて、今の今まで目が慣れなかったが。
階段を内包したその灰色の塔は、以前の私の授けてくれた知識の中の、某、斜めってる聳える塔の如く、地面に刺さっているかのように傾いている。10度程度だろうか? よく倒れないものだ。
そういうなら、先ほど登らされた塔の方が、もっと奇妙であるが、それは置いておくとして。
フゥオオオ!
周囲の大きめの庭園石材が仄かな光を発し始める。更に一段と、周囲の様子が分かるようになった。
そこは、黒茶色の土に埋もれた、庭園の瓦礫と、ほぼ原形を留めた状態の傾き10度程度の灰色の、階段を内包した塔が突き刺さるった、廃墟だった。
ズッ、ズッ、ズッ、ズッ――――。
私は周囲の探索を始めた。何処かに、零落した原初の神と、来訪者、又の呼び方を、転移物、そして、以前の私。その二人が、いる筈なのだから。
一見ここには、神を名乗る者の手は及ばないようだが、それは一時的なものであるという可能性は拭えない。
早いこと合流した方がいい。そう思って、宛ても無く私は動き出したのだ。
ゴツッ!
……。壁、か?
ペタッ、ペタッ、ペタッ――――。
手で探り、確かめる。上へ下へ、右へ左へ。
見えない、闇色の、湾曲した、ドームの内壁のような、壁、か?
ペタッ、ペタッ、ペタッ――――
そうして私は、その壁面に沿って、時計回りに進み始めた。手に、庭園の石材の粉を付けて。それを壁にこすりつけつつ。
これでこの場所の形状が把握できる、だろう。単純に、ドーム状の半球か、それとも、別の、もっと複雑な形をしているのか。
ズッ、ズッ、ズッ、ズッ。これで、一周した、かな? かなりの広さであるようだ。
ペタッ、ペタッ。
取り敢えず、天井はかなり高いらしい。壁側から数メートル離れただけで、手が届かなくなる。そして、反対側を向いても、その方向にあるであろう壁面は見えている感じはしない。
前に進むにつれて高くなっていっている。最低でも100メートル以上はありそうであるが、そこから先は見えない。前方も100メートル程度から先は見えない。
場所の形は、ドーム状で間違いない。だが、広さは、かなりのものであろうし、正直、視界に全景が収まらないのだから、ぴんと頭の中に具体的な広さを浮かべることはできそうにない。
壁面に沿って歩いても何も無かった、ということは、この、円状の地面の、内側方向に、恐らく私が会わなくてはいけない二人か、次の場所への順路があるのだろう。
その辺から拾い上げた、大体一ブロック分位の煉瓦状の庭園の石材の断片を周囲10メートル程度を照らす電灯として使いつつ、内側へと歩き始めた。
この空間には何があるのだろうか?
巨大な建造物か? 巨大な在る種の生物か? 別の場所へと繋がる道か? 更なる深淵へと口を開けた穴か?
そんなことを考えながら探索を続けていると、見つかったのは、建造物らしき物だった。
視程10メートル。一見かなりの範囲が見えているようで、かなり不自由だ。見えるそれの全容はそんな僅かな可視範囲の継ぎ接ぎで、しっかりと捉えられる筈はあるまい。
だが、それで、良かったと思う。
腰を抜かさずに済んだのだから。
部分部分を見ていっていて、妙にそれに、既視感を感じずにはいられなかった。そして、それは、ちょっとどころではない、不吉な感じを、醸し出していたのだから。
……。
私はそれを構成する部品の一つに恐る恐る、手を触れてみた。
スッ、スゥ~、スッ。
白を基調にしつつも、黄ばんだような、表面にざらつきや孔がある。
カリ、カリ。
爪を立ててみると、ポリポリと、その表面が崩れ、傷が付いて、表面以上の多孔質が姿を見せる。
……。
指で弾いてみる。
コォン。
少々高めの、響くような、しかし短い音がした。
間違いなく、弁解の余地などなく、言い逃れはもうできない。認めるしかない。
これは、人の、骨だ……。
以前の私が頭の中に置いていた知識が、そうだと、私に分からせてしまう……。否定できないほど、はっきり、断定するのだ……。
柵の一部を構成するものとして存在している、誰の物かも知れぬ上腕骨に左手で触れながら、右手に握った明かりで目前を照らす。
それは間違いなく、狂気の産物。だが、ある種の芸術でもあるといえる。髑髏や胸骨や腰骨や背骨。人体のあらゆる部位の骨で、それは構成されていた。
コツ、コツ、コツ、コツ――――。
その建造物は、凡そ、直方体の組み合わせによってできた、計画されて、設計されて、人為的に作られたものらしいということが、分かった……。
手に持つ明かりによる10メートルの視程ではどう足掻いても、全容が掴めないほど巨大であった。
一度に見得る可視範囲が狭すぎて、その構造は、大きさは、はっきりとは把握できない。が、大まかに見て、十数メートルという程度では済まない。そして、一層立てでは無さそうだ。二層以上あるのは確実だろう。その頂は見えなかった。
そう見える風に作ってあるのか、本当に見た通りなのかは定かではないが。
つまり、私の目前には、その全てが人骨でできた、ある種の境界や寺院のような用途不明の巨大な建物が佇んでいた。見た限り、その建物には、宗教的なシンボルは私の知る範囲のものは無いようだからだ。
建築様式は、不明。
恐らく、この中に入るのが、順路だろう。こんな建物が、何もないなんてことはまず、無いだろう。
それに、このような奇怪な建物であるが、信じられないことに、以前の私が頭の中に置いてくれている知識の中に、類似する類のものが、存在しているのだ……。
それは、以前の私のいた世界の、宗教的施設兼墓地として存在した建造物だった。
さて、なら、ここも、そういう施設、ということ、か?
だが、記憶の中のその映像の建物では、人骨は建物の装飾や、シャンデリア等のインテリア的なものとして使われていた。骨はあくまで、その教会の基盤を支える資材では無く、シンボル的な装飾に徹していた。
……。
ただ、不気味だった。
静寂が漂う。
この建物では、骨組みとしても装飾としても人骨が使われている。主に縦長棒状の骨、腕や脚の骨によって壁面の殆どは作られている。
骨と骨の間は黒い何かで埋められているようだが、そういう黒い部分は触れても、感覚はない……。唯、それより先に指先を進められない、見えない実体のある壁として存在しているかのよう……。
私は、この建物の入口の前にいる。入口は見たところ、この一箇所しか存在していないらしい。
山形食パンの断面のような形状になるように、頭蓋骨で縁取られた、扉無い入口。最も高いところは、私の背丈の倍程度はある。横幅も数メートルある。段差は無く、真っ直ぐ続いているように見えるが、先へ進む程、左右と上の壁が低く狭くなっているように見える……。
気のせいじゃあ、無い……。使われている骨に、個体差が、ある……。それに気づいて、しまった……。
ごくりっ。
溢れてきた唾液を飲み込み、流れてきた冷や汗を拭い、私は歩を進める。
ズッ、ズッ、ズッ、ズッ、カラッ、カラッ、カラッ、カラッ……。
床面としても、縦長の骨が幾つもフローリングの如く、入口境界面辺りから敷き詰められて、私の足音は、とても不気味なものに、変わった……。
再び、歩き出す。ゆっくり、ゆっくりと……。
ボォゥゥッ!
っ!
後ろを振り向く。
今しがた通り過ぎた、入口境界面を形作る、頭蓋骨たちが、目玉の収まっていた位置に、蒼白い炎を、灯したのが、見えた……。
……。顎部分が動き出して、一斉にカチカチしたりし出さないだけ、ましだ、まだ、まし……。
そう、自分をごまかしつつ、進む……。
数十メートル程度進んだところで、天井や横幅が、私が立って普通に進むのがギリギリ位になり、それ以上は狭く小さくはならなくなった。
だが……。
カラッ、カラッ、……、コロォォ、ミシィィ、コロォォ、ミシシィィ――――。
床の構成が、胸骨を平置きで進行方向に垂直に敷き詰めたものに変わった……。歩くと妙に跳ねる。そして足を浮かせると、軋む音を立てるのだ……。床が抜けるかのようにそれが折れないのが不思議である位に……。
勘弁してくれ……。これは幾ら何でも、悪趣味……過ぎる……。