神秘庭園 崩れ堕ちる神秘の園 Ⅰ
噴水の淵へと私が辿りついたとき、それは始まった。
鳴り響く轟音とともに、庭園一帯が、揺れる。足元だけではない。全体が揺れているのだ。この空間全体が。
そう感じずにはいられなかった。
余りに激しい揺れに、このまま、突っ立っているわけにもいかなくなり。私は両手両足を地面についた。
これなら唯伏せるのとは違い、何とか移動もできるだろう。
私にはやるべきことがあるのだから。揺れが激しくともそれが収まるのを待っている時間など無いのだから。
揺れに一定のリズムがあり、横揺れであるため何とか動こうと思えば動けそうである。
偽物の天が崩れてこないこと。そして、目の前の橋が、奇妙な音を立てて点滅し、今にも消えそうに見えること。
つまり、これはどうやら、私をその場に繋ぎ止める、停止させて、何かしてくる為の、神擬きの仕込み、か?
見せ掛けでは無かったらしい……。
ゴォォォォオオオ、ガラララララララ!
轟音も揺れも依然止んではいない。庭園中央部、1辺500メートル四方。その角が、とうとう崩れ始めたのだ。
そして、
ボコォォ、ボコォォォ、
「うおっ」
私のいる中央部付近は、逆に、反り上がるように、地面が盛り上がり始めていた。
やばい、と直感し、中央から少しばかり、離れる。
すると、更なる変化が訪れる。
バコォォオオオオ、ズゥゥウオオオオオオオオオ、ザザザザザザザザ――――!
白い石畳が砕け散り、その下にある硬い硬い明度の高い黄土色の地面が割れ、その下から出てくる、塔状の何か。半径2メートル程度の、柱。
庭園中央噴水からは微妙に生え際が逸れ、斜めに生えた、その黄土の土の塔らしきものは、偽の天に突き刺さり、
あれは……、接続、した、だと……。丁度、私が最初にいた、真っ暗闇のコの字通路の出口辺りを通っている……。
そして、溢れるように次々と這い出てきて、膨れ上がっていく、黒い靄を纏った、黒々しい、不定形の触手? いや、植物、か? いや、正直、分からない……。 だが、触れては不味い感じがする……。
それは、黄土色の塔の表面を覆い、黒く、固く、光沢を付けるように、巻き付き、崩れないように補強していっているようだ。
フゥオンン!
そうして、私の見える側の生え際に、忽然と、穴が開いた。見える、上への螺旋の階段。
その出現と共に、揺れも崩壊も、止まった。庭園の、私が燃やした植物たちの花壇の、庭園中央部から半分程度までをまるで円を描くように残しつつ。
昇ってこい、ということだろう。
上からは、黄金色の光が、ほんの少しだが、漏れ出してきている。その光は、花壇に生えていた植物たちの色に、似ていた。それの出現と共に、その、上への塔は、再び色を変える。黄金色と蛍色が混ざり合った感じへと。禍々《まがまが》しさは消えた。奇妙な腐敗臭や、身を灼くような熱量はその中からは伝わってはこない。
蛍色の液体が感じさせるような、包み込むような安心感も、感じられる。
が、未だそちらへ足を踏み入れ、登っていく訳にはいかない。
奴の残した話の通り、底へ、向かわなくては。
さて、下への通路は、現れていないだろうか? 無ければ、飛び降りなければならない……。
そうして、周囲を探索し始めると、早速、現れていた下への経路に気付く。
噴水が、抜けている。その底部が抜け、闇色の下り螺旋階段が、見える。
スタタタタタタタ――――
ただ、登る。駆け登る。
……。っ!
何故、どうして、……私は、噴水の跡の下への階段ではなく、外側を蛍色に輝かせる、上への塔を、駆け登っている……? 駆け登らされている……。
ゴォォォォオオオオオオ、ズゥオオオオオオオオオ、ゥオオオオオオオオオオオンンンンンン――――!
罠、だ……。
嵌められた……、ここにきて、神を名乗る者に……。
蛍色の液体、あれの、作用、か……。足が、止まらない。それに一瞬、自身の認識を、奪われて、いた……。
スタタタタタタタタ――――
塔は上へ上へと伸び続けている……。私の全速力での強制昇段も合わせ、……きっと、物凄い早さで、上へと向かわされている……。
契約の本を出してみた。
表示に浮かぶ言葉……。
【命じた仕事はして貰わなくば、困る。汝の起源は所詮、我が駒。二次創作人格に過ぎないのだから】
私は今、半径20メートル程度の塔を登らされている。下層らしい空間は終わったようで、中層に差し掛かっているだろう。塔の外周に階段は付き出て、塔の回りに、上へ向かって巻き付くように存在している、紙のような厚さの闇の板の階段を登らせられ続けている……。
それは手摺りも、落下から保護する壁も片方無い階段であり、一段ごとの高さは15センチほど。一段の幅は50センチほど。偽の天に残った造り物の星たちがやたらに強い光を放ち始めており、おかげで、階段を踏み外す恐れもありそうにない……。
スタタタタタタタタ――――
ゴォォォォオオオオオオ、ズゥオオオオオオオオオ、ゥオオオオオオオオオオオンンンンンン――――!
私は、足とは違って自由を奪われていない脳で、考える。
では、一体、私をどこに導こうとしている? 何が目的でこんな面倒な手を取る? どうしていきなり私の目の前に現れない? どうして私を自身の前に飛ばさない? できるくらいの力が、あの神を名乗る者にはある筈だ。最低でも、私が倒した二つ目の世界までの悪魔の力がその手に戻っているのだから。
タタタタタタタタ――――
くそぉぉおおお。どうして、加速しやがる……、何故、抗えない……。
そうやって、私は階段を登る速度を上げさせられた。
凡そ、天井部までの道程の三分の二程度のところまで私は到達していた。上層部に差し掛かる。そして、疲れを体が感じ始めていた。息は上がり、酷い強制的なペース配分など無視したような激しい登りに、痛みを、疲れを、肉体が感じるようになったことによる弊害が現れ出したのだ。
足が、重くなっていく。だというのに、足は、回転の速度を未だ上げていく……。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
大きく口で、肩で、息をしていた……。そうやって、酸素を足りなくしていって、意識を飛ばすのが、神を名乗る者の策、らしい。
くそ、何故、何故、だ……。こんな、絡め手何ぞに、どうして……。だが、諦めきれない……。このままでは、全て、無為に、終わってしまう……。手はある筈だ、何か、何か……。
そう挫けそうになりつつも、何とか手はないか考えていたところで、
グゥォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ、ズフゥ、ガァァァァァァァァァ――――!
今までの轟音に加えて、新しく加わった轟音と共に、体が浮くのを感じた。
っ! 何、だ……、足が、……、空を、切った……? 途切れた、足場が、これはもしかして、底の者たちの、援護、か? やった、やったぞ、これで、下へ、迎える。
ブゥオオオオオオオオオオオオ!
風圧を体全体に、しっかりと感じる。足の支配権も、戻ってきた。大きく息をあげながらも、私は歓喜に塗れ、
やった、やったぞ!
「ははは、ははははははは!」
私は高笑いを上げながら、闇の底へと、落ちていくのだった。