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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第六節 儀礼決闘
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 雲上青空鏡 密着距離倒位届死手 Ⅱ

 ……。


 そうして、消沈する気持ち。


 スッ。


 私は自然と、奴の首から腕を退け、馬乗りになったその身を、退けた……。


 奴も……何もしてこない……。


 私はまた、泣いていた。また、だ……。何度泣けば気が済むのだ……。情けない……。自分が情けない。


 奴にぶつけた彼女云々の下りは、凡そ、八つ当たりだ……。ただ、彼女を思い返すだけで、ひび割れそうになるほど、私の心は、もろいのだ。


 自身が虚ろで、旅の始まりの根拠すら、その存在を、実在を確認していないことなど、言われなくとも分かっている。だが、それは、私に対して、重荷にはもうならない。それは既に超えてきた地点だ。


 だから、それでは揺るがない、が……、彼女のことで、私はいつまでも、尾を引いているのだ。私の為に進んで犠牲ぎせいになったのは、以前の私と彼女しかいない。以前の私については、いると信じる他無い。いなかったとしても、これまで犠牲ぎせいにした者たち、踏みにじった世界、それらがいしずえとしてあるからこそ、最初から間違っていようが、私は止まるつもりはない。


 だが、彼女という犠牲ぎせいは、特別なのだ……。






「互いにもう、そう余裕はあるまい……。私も、覚悟を、決めるとしよう」


 涙から先に立ち治り、動き出したのは、奴だ。


 奴がかもし出す雰囲気が変わった。これまでの愉悦感ゆえつでもなく、悲壮ひそうの嘆きでもなく、あからさまな気狂いでもない。


 冷静で幽玄ゆうげんたたずまいで、遠くんだ、そう、迷いなど消え、悟り切ったような、虹彩こうさいの大きなひとみで私をぶれずに真っ直ぐ見て、言葉通り、覚悟を添えて、私に向かってそう言ったかのようの感じられた。


 ブトリ、ブトリ……。


 薄灰色の、私が奴から引き千切った、翼の、残骸ざんがい。背中の生え目当たりにわずかに残った……。そこから垂れる、灰色の、血。


 ガシッ、ガシッ、


 奴は地面を強く踏みめ、一歩、二歩、そして、


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおお――――っ!」


 雄たけびとともに、後ろ手に握った不可視の尻尾しっぽ。それを奴は、どういう訳か全身全霊で引き千切り、落とすように捨てる。


 バチッ、ブティィィ……。


 姿を現した、灰色の、鱗状のそれは地面で暴れるかのように、まるでトカゲの切られた尻尾しっぽの如く、のたうち回って、やがて、動きを止めた。


「つまり、何が言いたいかというと、そろそろ、決着を付けよう」






 そして、戦いは泥沼へ。


 正直、これが決闘と言えるかどうか、かなり怪しい様相だった。


 唯の、取っ組み合いといえばいいのか……。互いに避けず、相手に感情を打ち込むことすら止め、互いに精神的な防御を捨て、組んで転がり、攻めと受けが何度も変わりつつ、互いの首を獲りに掛かる、根競べのような、最終決戦……。


 正直、私は、そろそろ限界に近い。そして、奴も。


 こうなる前は、立って互いにひたすら殴り合っていた。10分程度……。そして互いにそれではらちが明かない、と、組み合って、組んず解れつになってから、5分程度。決闘が始まってから、恐らく、30分程度……。


 つまりそろそろ、私の知る知識からして、肉体的にはそろそろ、限界だ。精神でのごまかしが効かなくなる位に。


 奴もそれを分かっているようで、私たちは戦略も技術もへったくれもなく、互いの首を互いに、横たわり、十字に重なり合って、向かい合って、


 キリギリギリキリ。


 ズッ、ゴロッ、


 そうして、攻め手と受け手が変わり、


 キリギリギリキリ。


 それの繰り返し。


 その交代のスパンも、数十秒単位まで、延びてきている。


 だから、時折、意識が薄れるような波がおそってくる。受け手であるときは当然、そして、とうとう、攻め手である際ですら……。


 とはいえ、それはどうやらそれは奴も同じようだ。


 尻尾しっぽを引き千切ったことによる出血量の増加はかなり激しかったようだ。私の血の量はそれより危な気だが……。だが、血を失う経験は、何度かしている。その状態で堪え、動くということも。


 流れ出た私の血と奴の血が混じり、赤灰色のマーブル色の血溜ちだまりの上に、私たちは、いる。


 ギリリリリリ、ミキミキビシビシビシ!


「……、ゲホッ、ゴホッ」


 攻め手側である私が血をく。


「ブホッ、ゲホゴホッ」


 奴も、口の中から、溢れるような量の血を、き出した。


 とうとう、互いに口から血を吐く程度まで、お互い消耗しょうもうしているのだ。恐らくこれで、奴の首の骨にひびが入った。少し砕けてさえいるのかも知れない。


 今回の攻め手側で、決め切る、と私は決意し、一段と力を込める。


『たったと、ちろ! 私は、積み上げてきた全てを否定するてめぇを認める訳にはいかない! 彼女の為にも、実質、全てを諦めたかのようなてめぇを認めるわけにはいかない……!』


 このまま仕留め切らねばならないが、こういったときが最も怖い。


 "窮鼠猫きゅうそねこむ"。自身が優勢で油断していると、相手にその喉元のどもとい破りかねられない。


 今の場合、不意に首を、重々しい感情を流されて、一気に折られる、か。


『分かったような口を……。私の絶望など、知らないくせに……』


 奴の手から感情が、気持ち悪い、負け犬の感情が、未練たらしい、後ろ向きの感情が、伝わってくる。


 ミシミシミシミシ!


『知るわけないだろう。そもそも、知りたくもない! それを受け入れ、理解するということは、彼女を踏みにじる行為に、他ならないっ』


 私は自身の手から、力いっぱい感情を流し込む。


 奴が別に、奴が悪だとは思わない。奴がそういう感情を抱くのは、至極当然だと、話を聞く限りでは思う。同情もできる。私もかつて、通った道だ。


 そして、彼女の挺身ていしんから、自身の意味、それを再び考えた。奴はそれを、私のいしずえ、試金石、と考え、自身の手で何か成す、ということをあきらめている。


 ピキピキピキ!


 もう後少しで、決着は着く。だから、その前に聞いておきたい。


『存在意義が歪んでも、それでも、そこで自身を終わらせず、生き、待ったのだろう? 希望を。先をたくせるかも知れない、偽りの存在意義を埋め込んだ、神を名乗る者を変わりにつ者を』


 ビキビキビキ!


『だから、分からない……。どうして、自身の手で、それを成すという道を、捨てている……? どうして、ティアたちと共に、事を成し、生き続けるという道を、捨てたぁああ!』


 ビキキキ、


『答えろぉおおおお!』


『何処までも、縛られて、いるから、だ……。そろそろ、折れてやろう……。そして、知るがいい、開示される答えを。君には、私とは違って、折れず前に進むだけの強靱きょうじんな想いが、ある。認めよう』


 奴はそうして、何か重荷から解放されたような安らかな顔を一瞬して、


『私の、負け、だ、おめでとう』


 奴のその心の言葉が終わると共に、


 ボキィイイイイイイイ!


『な……、に……』


 まるで抵抗を止めるかのように、あっけなく、奴の首は折れ、決闘けっとうは、終わった。






 どうやら、嘘では無いらしい。


 宙に浮かんでいた契約の書が、地面にゆっくりと、降りてきた。


 首が折れた奴であったが、未だ死んではいない。奴の手が、私のかたに触れた。そして、心の言葉が伝わってくる。


『げほ、ごほぉ……。言葉、通り、だ……。タイムアップ、というやつ、で、ね……。後の説明の時間も考え、この辺りが頃合いなのだよ』


 奴の口から吐き出された液体は、赤黒かった。灰色を少し含んでいるが、ほとど、赤黒色。そう、あの呪いの色……。


『言いたいこと……、はある……だろうが、まあ、聞……け』


 奴はのろいの血反吐ちへどを吐きながら、私が口を開こうとしたのを制止した。

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