書海真名真姿 剥奪叡智の書海 雲上青空鏡 密着距離倒位届死手 Ⅰ
ギリリリリ!
体重は既に掛けるだけ掛けている。だから、心を、精神を、乗せ、奴の精神による防御を、取り払おう。
そうすれば、首はへし折れ、終わるだろう。奴は人に寄った姿で決闘に臨んだのだから、それで、終わる。
念の為、折る際に一際強い心の言葉を、そう、止めの言葉を、死を認識させるように、振りかざせばいい。
ギリリリリリ!
『では、私も、そ"う"させてもら"う"と"、しよう』
ブォォ!
「何っ……」
奴の尻尾は突如、細長いタイプの風船のようにその体積を数十倍、いや、数百倍に増大し、破裂!
奴は両手を自由にしつつ、私をその余波で浮かすように弾き上げつつ、両足の縛りも、新たにまた急速に再生させた尻尾を振るい、解く。
そして、――――私と奴は、組みあっていた。
『もう私にも余力は無い。こういった手品はもう無い。とはいえ、君も同じだろう。寝技での根競べで勝負を付けるとしようか』
奴から伝わってきた心の言葉。奴の今の顔色から、息の上がり方から、それは本当だろう。というより、そうであって貰わなくては、困る……。
私は尻尾で私を押さえている。そして、私は両手で、やはり存在していた、奴の翼、一対の翼の根元を掴んで押さえている。
奴は私の足の関節を取ろうとしている。私は、奴の両翼をもぎ取ろうとしている。
私がそれを掴んでいるのは、それの存在に気付けたのは、奴の動きが、立体的過ぎるとずっと引っ掛かっていたからだ。まるで何かに補助されているかのような、そんな感じだったからだ。
『未だ、隠し玉を伏せていたか、何処が正面からやり合う、だ』
と伝えると、
『だが、君は推理し、私がその札を切る前に、気づいて、今こうしているではないか。折ってしまわないのかい?』
そんな風に、奴は意地悪くほくそ笑む。
ガッ、ガッ!
奴の膝が、私の脇腹を横から襲う。まともに威力を発揮するには距離が足りていないそれだが、回数が重なって、ダメージとして現れてきていた……。
私は、奴の両翼をへし折り、首を極めに掛かっているというのに……。ここまで来たら、もう、根競べだ。
「げほぅぅ……」
そうやって、血を吐いたのは私……。それも、一度目ではなく、二度目……。
二度の吐血。一度目は口の中一杯程度だった。だが、この二度目は、バケツ一杯分くらい……。盛大に噴き出したのだ……。片肺が、折れたあばら骨によって、貫かれているのだから……。
当然のように、影響は出始めていた。視界がくらむといえばいいのか、ぼやけるといえばいいのか。それが偶に、襲ってくる。波があるのだ。だからこそ、それは非常に耐え難い……。
奴が私の心に言葉を響かせているが、もう、それが何と言っているのか聞き取れない位に、頭の中で、自身の声が、喚いているのだ。痛みと恐怖に……。
このままだと、私は、負ける……。奴は意識を未だはっきりさせ、首を精神力で守り切っているのに、私は意識が飛びそうなのだから。肉体的には、私も、奴を斃しに掛かって、王手を掛けている状態ではあるが……。
自身の頭の中で思考が渦巻く。
そのまま込めた。込めて、奴に、ぶつけた。未だ……勝負は終わっていない。負ける訳には……いかないのだ……。相手である奴ですら、私の勝ちを望んでいる状況で……。
……。私はこれだけは、負けなかった。意思だけは。私の意志は、どれだけの無謀でも無茶でも理不尽でも、折れなかった。
負けてはならない、ではない。私は目的を果たすまで、死ねない……。死ぬ訳にはいかない……。
どれだけ、犠牲にして、どれだけ、背負ってきたと思う。
これまでの旅路と、自身の為に犠牲になってくれた、礎となってくれた者たちのことを思い返す。
そして、その最後……。
それに、彼女、ティアに……、誓ったではないか。
意識の中での心のざわめきは止まった。
カッ、ギリリリリリ、メキメキメキメキ、
私は、水を得た魚の如く力を取り戻し、奴の精神的な防御補強を突き破りそうな勢いで、首を絞める。
そのまま首をへし折ってしまいそうな勢いとなった私を見て、奴はにやりと笑った。
ガッ、ガッ!
奴の膝が、私の脇腹を横から襲う。先ほどまでよりも勢いを増して。
何故か奴の方もやる気と言えばいいのか、そういったものを強く持った風だった。
となれば、心の、勝負、か。
私は、腕越しに響かせる奴へぶつける心の声を、出来得る限り、大きく強く、響かせる。
『一方的に、勝手に期待して、勝手に全てを賭けて、勝手に今にも見限ることすら考えている?』
気力を一気に注がなくてはならないのだ。脳に、思考に、負担が掛かる。
『何様だ、お前は。唯の敗者だろう、お前は。自分自身に負けたことを未だ受け入れられず、未練にしがみつく、そのざま、まるで、生きながらに死んでいるかのようではないか!』
ギリリリリ!
掛ける力も、心の声の上乗せで、強くなっている、が……、
ブッ、ブシャァァアアアアア!
不味いことに、血が、噴き出してきたらしい。脇腹下辺り、裂けた、か……?
折れた骨と、奴の膝、当たりどころが、悪かった、か? それだけでも無さそうだ……。血圧が、上がり過ぎている、のも原因かも知れない。
なら、尚更、引けない……。
『どうして、唯、未練塗れで、日々を、ティアや他の娘たちと平穏と過ごすことすらしなかった……? 何故、犠牲にした……、道連れにした……』
方向性を変え、唯、心の塊をぶつけるのではなく、心理的な攻撃へと転向する。
ギリリリリ!
分かる……。腕から奴の首に掛ける力が、弱まりつつある。少しずつ、だが……。もうそう、時間は無い……。
これが、最後のぶつかり合いになる。私の放つ、最後のラッシュになる。
そう、覚悟を、決めた。
『彼女らは、お前の分体では無いだろうが……。何故、巻き込んだ、何故、贄にした……。あれでも娘の代わりではない、新たな娘たち、としてしっかり見ていたのだろう……』
ブチャッ、メチャッ、ブチャッブチャッブチャッメチャッ!
奴の膝は、遠慮なく私の傷口から、奥へ奥へ、響かせるように、攻撃してくる。
『……。君に、何が、分かる! どれだけ、私が、苦しんだ、かぁああ、君なんぞに、分かる訳が、あるまぁいいいい!』
ギリリリリリ!
ブチャッ、メチャッ!
折り重なって、互いに互いを痛めつける。それは、精神的な面では、もっと激しかった。
『答えろよ、何か……。返答しろよ、その拳で。引き剥がすなんて行為ではなく、私の頭を直接殴りつけて、伝えて来いよ……』
キリリリリリ!
バァシッ!
奴が放った、距離的にジャブにしかならない拳からの、返答。
『娘を救う。そう思って転移してきたっ! そう思うことすら、嘘であって、神擬きの植え付けた、偽りの記憶であって、それでぇえ、何を信じて、突き進め、というのだあああああ!』
キリリリ、ミシシシシ!
『知るかぁあああ、そんなことぉおおお! なら、てめぇが、そんな根拠無いとのたまう想いの果てに創りだした、娘たちは、ティアは、そんな……、自滅願望に巻き込まれた、とあっちゃあ、あんまりに、報われないだろうがぁ……』
ブチャァ、ベチャァァ!
『何故っ! 何故だあああああ、何故、君は、それを聞いても全く、揺るがない、のだ……! 私の身の真実は、君にも、当て嵌まるかも知れないではないか! 君には過去の記憶が無い。それは、ある意味、私と同じく、始まりの根拠が何処までも弱い、そういうことだろうがぁああ!』
ギリリリ、ピキピキピキ!
『どんな結果になったとしても……。名を付けてくれなかったお前をそれでも、主様、と、何処か、おとうさま、と呼びたいのを堪えつつ、お前を父親と見ていたかのようだったあの子が、余りに、報われ、なさ、過ぎる……。あの子まで、てめぇのその後ろ向きな想いを……背負わせていたことに、どうして、……賢いてめぇが、気付けないっ……!』