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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第四節 嘗て人だった悪魔は人に何を願うのか
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 簒奪蒐集の書庫 その意は汝に刻まれた Ⅳ

【それだけの力を持ったのだ。神を名乗る者に気付かれることなく。神を名乗る者は、監視は常にしているが、基本的に放置する方針を取る。監視の目は、やりようによってはごまかせるレベルであるということも判明した。だから、男はそう、自身の名を決め、力を固定した。そして予想通り、男の世界に、神を名乗る者は攻め入れってきた。能力付与した転移者を大量に連れて。だが、それを難なく男はあしらった。その内の数人を自身の仲間として引き入れすらして。神を名乗る者が彼らに付与していた呪いがあったことに気付き、それを解除して。】


 微妙に説明臭くなっているのは、私に情報を、この本にいても渡す為だろう。何というか、あせりのようなものを感じられてきた。


【男の願いは、娘の蘇生そせいだった。あの地点で死した娘を、あの地点から再生し、続きの生を、歩ませる。それを今度こそ、絶対に守る。その誓いは、人を辞める、元いた世界を捨てる。そこまでに至る熱量を持ったものだった。】


 ……。


 なら、どうして、彼女を、ティアを、あんな……。


 握り拳を作りつつも、私はこらえ、続きを読む。奴が対面で言葉で言うことを降りた内容だ。なら、きっと、もっと辛い、そう、最後の、どうしようもない失敗できっと、この話は、終わる。


 そして、そこに答えがある。そのような気がして……。


【男は、自身に賛同する、協力してくれる研究者たちに自身の総轄的な知識を見せ、理論を作らせる。そして、それを発展させ、実験させ、新たな事実を紡ぎ出す。そうして、紡ぎ出された事実は、男の総轄的そうかつてきな知識と成る。それを男が見せる。それの繰り返しにより、ズレの無い情報共有をしながら、重複無しに、未知を切り開き、男の思い描く完全なる蘇生そせいに必要な事実を、知識を、そこに至るまでの穴を埋めるように、見つけていく。】


【その間にも、自身の分体を使っての、様々な世界から人、もしくはそれに準ずる知能生命体の誘致や、それを拒絶されたときの知識の剥奪はくだつを繰り返し、娘の再生の理論を更に完全に近いものに近づける。知識は余りに複雑で多岐になり始めてきた為、男は自身の知識の一部を、嘗て男がいた世界の史上初の図書館と言われたものの名をかんざした図書館を作り、そこにそれらを本として置いた。】


【男はそのように、一切の妥協だきょうをしなかった。やれることをやれるだけ、常にやり続けた。】


【男は、蘇生そせいの為の理論として、生贄的いけにえてきな意味の人的犠牲じんてきぎせいの無いものを求めた。そうでなければ、その、何処までも遠い奇蹟に、何度も何度も繰り返し、挑み続けることができなくなると考えていたから。男とは違い、男に協力する者たちはすべからく、人の域の精神でしかないのだから。】


【男は自身の世界から接続し、連れてきた者たちと共に、完全な形での個人の再生を探究し続けていた。】


【男にとって、それは前世を含め、娘と共にいた時間を除いてだが、最も充実し楽しかった時間だった。共に同じ方向を向いて、裏切りや争いや独占なく、唯、純粋に、不可能に挑んだことは。そうして、とうとう、理論が完成し、男は実証に取り掛かる。】


 一瞬、文字が揺らいだかのように見えた。それが気のせいかどうか、今一つ、分からない……。何れにせよ、心して、読み進めなくては……。投げてしまわないように。






【器の再現は、あっさりと成功した。その姿はまさしく、私が最後に見た。目を二度と開くことのない、娘の亡骸なきがらそのものだった。】


 どうやら、私の知識の中にある、遺伝子学的アプローチとは違う方法で、肉体の再現には成功していたらしい。遺伝子情報無き状態から生きた肉体の創造は、不可能なはずだからだ。


 ……。


 何故、泣く……。止めろ……、今は……。できるだけ冷静に、書かれている情報を精査、処理しなくてはならないのに、心乱れているようでは……。


 駄目だ、ティアのことが、頭から、離れない……。


 私の彼女との短い付き合いでこれだ。このざまだ……。なら、ティアと同じ姿をした、娘がかつていた、あの悪魔は、一体、どれ程に、気持ち乱れたのだろうか……。


 そうやって、気持ちの方向をいなしつつ、私は読み進める。


【そして、魂を、高密度のエネルギーで代替。脳に、情報を。肉体的な損傷や動きのくせは、表皮に、文様状の圧縮文字として、記入。そうして、奇蹟きせきは、成った。】


 っ!


 成……った?


【最初の検証でいきなり成功し、男は、苦楽を共にしてきた仲間たちとはしゃぎ、その日から三日間の、祭りを執り行うことにした。だが……、男は、異常に気付く。違和感を感じたのだ。その、蘇生した自身の娘に。仕草が、微妙に、違う。ほんのちょっと。微妙も微妙だが、確かに、間違いなく、違う。】


 ……。成程。これは、限りなく奇蹟きせきに近い。だが、それは近似値であり、決して届きはしない、か。


 結末がもう、分かってしまった……。






【そして、その差異は、祭りの終わりの日、何処までも娘に似た、別人であるという気が濃厚に感じられてしまい、他の研究者までもが、聞いていた男の娘の特徴と違う、ということに気付き始めたのだ。そして、祭りの終わりを待たずして、再現された娘は――――死んだ……。】


 これは、奇蹟きせきに違いない結果だが、男の望むそれとは、何処までも近く、何処までも遠い、決して一致しない、半端で、届いてくれない、望まぬ奇蹟きせき……。


【それは、男にとって、地獄じごくだった。男は苦悩した。結局、実証を再開する。それを微調整し、娘そのものを創り出してみせる、と。】


【だが、それは、失敗に失敗を重ねた。創造した娘たちは、ことごとく、求める娘ではなかった。最初の一人よりも、それらは娘よりも遠く……、それどころか、原因不明の死を、一日~六日程度で迎えてしまう。それらは娘ではないが、何処までも娘に似ている。だから、男はとうとう、狂った。その実証のサイクルが二桁にけたにも満たない間に、男は狂った。】


 ここでやっと、狂ってると、自覚、か。どう見ても、最初から狂っているだろう……。失われたものは二度と完全な意味では元には戻らない。補填はできても、それは、損傷を受ける前とは別物。


 そんな当然をじ曲げることなぞ、できるはずがないと、どうして、知恵の殆ど全てを得たかのような者が、分からないのだ……。


 そうやって私は、意識を奴に集中させつつ、読み進めていく。


【男は、研究者の一人が提案した、最も狂った方法を、採用した。それは、遺骸いがいとなった、娘の近似再現体を燃やして灰にして、本に定着させるという手法。男は、涙を流しながら、最初のサイクル、その作業を自身の手で、行った。】


【焼き付けた情報の劣化変質れっかへんしつが原因なのではないかと考えた上での、生きた魔法書と人の両方の性質を持つ肉体の生成。魔法書には、それの記述者のたましいを再現するものが存在するから。】


【そうして、劣化はしなくなった。寿命も、本が破損しない限り、永久となった。しかし……。その本に魂を入れる際は、魂が真っ新な状態でなければならなかった。どうせ元の方法では、元の娘へは至れない。なら、可能性が限りなく低くとも、ゼロでないその方法を取るしか無かった……。】


【並行して情報収集は続けた。男は、自身が回れる世界をありったけ巡り、情報を集め続けた。力も。だが、それでも、それ以上の方法は見つからなかった。】


【だから、その為だけに、新たな娘を創造し、それを育て、自身が望む娘と同じように、時間を辿たどらせなければならなかった。】


【魔法書でもあるという性質がここで活きてくる。書物としての保存性。勝手な想定外の変化を防げるのだ。】


【文字を書き込むことによって、様々なものを定義し、入れていってやることによって、娘と同じ道をに近づけ、やがては完全に同一な、私が望む娘の人生を再現する。その途中に辿る経路的な、感情の変化やした経験などは、死の原因となるものだけを除いて、調整、試行錯誤して、問題なかったものだけを書き入れていく。】


【駄目なら、停止の、死の文字をその体に書き入れ、次へ。途中で文字が消せないという欠点はあるが全消去は可能。その中で、理想の経路に近似する素体だけは残し、外からの情報で変化しない状態にして、そばにいさせ、理想との差異を探す。】


【そうしてできた素体の灰は、更なる高密度な圧縮文字のインクとして、つなぎとして、使用できる。新たなる素体に混ぜ合わせることで、幾らでも幾らでも。書き込める量に実質的に際限は無い。これなら、娘が最も長く生きたであろう寿命、人としての最長の理論的な寿命まで、その生を、設計できる。】


【そんな気の遠くなるような作業を続け、周囲の研究者たちの顔ぶれが何度も何度も何度も入れ替わった頃になってようやく、男はさとった。】


【無理だ。何故なら、致命的なものが、足りていない……。】


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