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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第三節 その為唯けの贄の山
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 簒奪蒐集の書庫 その意は汝に刻まれた Ⅰ

 左手に握った木片は、右手の甲に、達しなかった。どころは、触れることすらできなかった。


 というのはも、左手に握った木片が左手に到達する直前で、何か透明とうめいかべにでもさえられたのかというように、


 バキィィ!


 木片は縦に二つに割れたのだ。斜め上から斜め下に向かって切断されるかのように。そして、上側の木片がすっと、上へと、打ち上げるかのように衝撃しょうげきで飛び、下側の木片も、その余波を受けて、私の手から、勢いよくい出たのだ。


 スゥゥゥゥ、ガッ、カララララ。

 ヒュン、コロン。


 ほぼ同時に聞こえた二つの木片の発射音と落下音。


 頭を上げて、それらが落下したであろう箇所を見つめた。そして、再び頭を下げて、私は木片が抜けて、唯、輪の形を作っている右手を再び確認する。


 すると、


「【そんなに自身にばつを与えたいというのなら、私が下してやろうではないか】」


 文字とともに、振ってきたその声は、一段と冷たかった。


 ブゥォォォォォ、ビキベキベキ、ボキィィィ、ガララララララ、ゴォォォォォォ……。


 そして私は、前方からの空気のかべの押し出しのような突風によって、自身の後ろにあった本棚ほんだなへと吹き飛ばされ、めり込み、私の身は砕け、本棚ほんだなもそれによって砕け、崩れ落ち、本棚とそこに収められた本の下敷したじきに、かたから上と両腕以外、なっていた……。


 それだけに留まらず、


 スッィィィッィ、ザクゥゥゥ、メリメリメリ、ボキィィィ、ガッ。


 シュィィィィィ、ザクゥゥゥ、メリメリメリメリ、ブキバキィィィ、ガッ。


 先ほど飛んでいった二つの木片がほぼ同時に先端を進行方向に向けながら横回転しつつ、つんざくような音と共に、私の両手の甲を打ち抜いた音が周囲に鳴り響く。


 右手の損傷の方が酷い。手の甲を横から打ち抜かれているから……。左手は手の甲を爪側の面から、正面から中心を突き抜けるように打ち抜かれているらしい……。


 両手とも、動かない……。


「【それはサービスだ。君自身の手でやるなら、そのばつに対して覚悟できてしまうだろう? それでは意味が薄れる。下の下だ。やり方としては】」


 こいつ、だ……。


 二重に見えていた、奴。はっきりと見えないその姿はもう、二重どころではなかった。歪んで五重にも六重にも、いや、もっ……、と……か。


 痛みはある。ある、が。それで苦しいということはない。意識は痛みに向いていないのだから。私の意識は、その耳障りな声と口調、表示される文字によって、全て、奴に向いたのだから。


「【このおろか者め。少々、期待し過ぎたか。見誤るとはな、この私が】」


 見下すように、しかし、さげすむのではなく、失望したかのように、投げかけられた言葉。


「げほはぁ、ぶふぅ……」


 目の前に、二重に見える、かすれて歪んで見えるそいつに、今すぐにでも殴りかかりたい存在であったそいつに、満足に言い返すこともできなかった。


 口すら出せないざまなのだから、打ち付けられた拳などは、どうしようも……。


 ろくに見えないそいつの正体は、その声と言葉遣いから疑いようもなかった。






 キィィィィィ!


「【さぁて、私からの質問の時間だ。終わるまでは生を保障してやる】」


 エメラルドグリーンの光、奴の手から発せられるそれが、私の頭に当てられているらしい。禄に見えていない、というか、どれが実像か……。


 ほのかに暖かな何かが、奴に触れられた頭から拡散していっているように感じる。おそらく、全身に広がっていっているのだろう、と思う。


 今の私には、両手を除いて、かたから下に感覚は一切無い。


 骨は砕け、内臓も潰れているだろう。だが、血はどういう訳か、吹き出すほどは出ていないようで。圧迫あっぱくされて、血が飛び出せないだけなのか……。


「【返事をしたまえ。辛うじて声が出せる程度には回復させてやった。視界も同様に、な。私の姿を辛うじて認識できているだろう?】」


「ああ、確か……に。少々、喉は痛むが、速度を落とせばどうということもない程度だ」


 おそらく、肺も損傷していただろうが、今はその光の影響か、問題なく息はできるし、声も出る。時折、むせそうになるのをこらえなければいけない以外は問題ない。


 今、は。


 確かに、奴の言う通り、奴との意思疎通に問題を生じない最低限までは奴の姿もしっかり。せいぜい、二―――


「【せいぜい、私が二、三重に見えて、少々歪んでいる程度だろう】」


 読まれた。被せられた。


 やはり、ぞくりとした寒さを感じる……。この世界で幾度も体験してきたそれであるが、到底、慣れるものではない。心をのぞかれるということは……。


「【君が黙秘したり、嘘をついたり、論点をずらそうとしたなら、私は躊躇ちゅうちょ無く君の心をのぞく」






 それは、間違いなく、警告だ……。


 とはいえ、それは、今の言葉通りの警告ではない。だが、非常に分かりやすい警告だ。


 私が、自身を自罰することを許さなかった地点で、両手をはりつけにし、両肩りょうかたより下を本棚ほんだなの下敷きにして半ば砕き潰すように口より先にあらゆる行動の目を潰され、その上、意に沿わない行動をしたら心をのぞくぞ、という宣告。


 だからこれは、言葉を返す、投げる。それ以外、許しはしない。そういう警告だ。


 私がこういうことを考えているというのに、何もしてこない。ぞくりとした寒気もしない。ということは、色々考えるのは許しているということになる。実行に移すまでは、セーフ。そういうことらしい。


 となれば、私が何かしでかす動きが出た地点で、奴が何かしてくるとして、……はは、結局、これではどうしようもないではないか……。


 両手が使えないということは……いやだが、それでも口にくわえた状態で出すと考えれば、使えなくも……っ! いや……空間に仕舞った武器は、契約の本の呪いが解けているか分からない以上、絶対に使えはしない。彼女の命を使っての結果を、無為にはできはしない……。


 一瞬でもそんなことを……、彼女の命を使った挺身ていしんを、決意を、踏みにじるような行為を、手段として考えてしまった自身を悔い、そして、心の中で叫ぶように誓う。


 そんなこと、してなるものか!


「【そろそろ、君が頭を整理するのを待つのも無為だろう、これ以上ともなると。だから、話を進めるとしよう】」


 まるでタイミングを計っていたかのように、奴は、そう言った。だが、奴が私の思索を覗いていたかいなかったかは、今の反応では今一つ分からない……。


 だから、


「ああ」


 そう、返事した。






「【君の前に今いるのが私、つまり、もやの悪魔であるということは識別くらいはできているだろう? 確信できているだろう?】」


「……ああ。だというのに、一切の反抗ができない今の自身が、何ともやるせない」


 こぼれる本音。だが別に問題ないのだ。読まれなくとも、それがにじみ出ることは防げはしないのだから。


「【それ以上回復はさせないよ。それ以上は無為。君は失敗作なのだから。だから私は、また、再び創り直さなければならない。君のために用意したあらゆる物は全て無為となる。君が最後に何か遺せなければ】」


 何を言っているのだ、こいつは?


「【言葉通りの意味だよ。今の君は実に愚鈍ぐどんだ。彼女の死だけがその原因とは思ない程に】」


 私は唯、奴をにらみ付ける。


「【指摘してやらないと分からないか? 私に怒りを向けることに意味は無いということだよ。……。なら、もう少し分かりやすく、教えてあげるとしよう。君が今しないといけないことは、時間を稼いで肉体の回復を早め、はりつけにされた両手を無理やり引き剥がし、本棚を払い退けるように立ち上がることだろう? それと同時に、私への対抗策を考えることだろう? だというのに、精神を私への怒り何ぞに割くをどうして犯す?】」


 そこまで言われたら、もう、どうしようもないではないか……。


 それが私のしなくてはならないことで、それなのに、こいつに怒りを向けるという無駄に精神を割いているのは確かだ。


 だが、そこまで知られているとしたら、抗う手段を考えることすら、無為ではないか……。


 私の生は、息も絶え絶えな状態を奴の魔法でましにしてもらっているという状況は、奴次第なのだから……。


「【ちゃんと、理解したようだね。そもそも、()()怒る資格なんて無い。せめて何か()()()()()()の為に残していけと言っているのだよ】」


 ぞくっとした寒気。奴の前半の言葉も、心を読んだということを示している。だが、後半は何だ? 後に続く者たち? 私の心を読んだのだろう? なら、このような意味不明な言葉、通じる筈も無いと分からないなんてことは無いだろう? 何がしたいのだ……?


 今のこいつは、きっと、私への興味を無くしている。まるで、使い捨ての道具でも見るようなそんな目だ。それくらいは、分かる。それくらいしか、分からない……。


「【やはり、ひどいな。君は自分のことしか見ていない。そんな自分のことすら上手く把握できてはいない】」


「当然、だろうが。私が終われば、私のいしずえとなってくれた全てが、無為になるのだから」


「【例を上げよう。君は矢鱈やたらにこの言葉を心の中で呟くね。今も使った言葉、"無為"。だからこそ、私は腹立たしくてたまらない。君は彼女を無為にすることを躊躇ちゅうちょしているのではない。君は今現在も彼女から貰ったそれを、無為にしている最中なのだというのに、そのことに気付いていない。彼女が命を懸けて、身をていして、守ってもらった君が、どうしてそんなにあっさり、彼女からもらった、時間を浪費しているのだ?】


 その冷たい言葉は、私の心に突き刺さる。私は気付かぬうちに、彼女を裏切っていた。彼女が死を賭して、私に与えてくれたもの。それは確かに、契約の呪いに蝕まれていない生の、ありとあらゆる手段を選び行動できる時間、そのものだ……。


 複雑に色々考えていたが、何処までも単純化すれば、それだ。


 なら、私のすべきことは――――


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