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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第三節 その為唯けの贄の山
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 幻館地上書架環 全てが身を挺するかの如く Ⅱ

「やっぱり、駄目、ね……。一度約束したのだから、言わないとね。見逃してくれると思ったのだけれど、どうして……?」


 彼女は微笑を浮かべているが、それが嘘であることは最初に詰まり気味だったことから容易に読み取れる。


 後悔してももう遅い、彼女に私のとげは刺さった後なのだから……。ここまで言わせて、うやむやになどできはしない。自分から初めて嫌になったそれを私は続ける他ないのだ……。


「無茶をするなとは、私が言えることではない。これまでの私の行動からも、君と会って、君の前で私が見せた行動からも。それに、君は私のせいで、さっきあんなに苦しむことになった……」


 彼女はそれを聞いて、哀しい顔をする。


「貴方のための私。私はそういうものとして、創られた。だから、ね。これは本望なの。道具が、道具として、その意味を成した。それほど、うれしいことは無いの。だから、」


 頭を過ぎる、どうしようもない結論。あの灰の山を作り出した炎を放った彼女が払った代償だいしょうは、取り返しの付かない、致命的であるということに。なら、今の彼女が苦しんでいないのは……? もうそういう段階を過ぎている? それではまるで……、命消える前の輝き、ではないか……。


 止めてくれ、その先は言わないでくれ、駄目だ、だから、


「だから、」


 私は大きく声を出す。彼女の言葉に重ねるように。そして、突然の大声にびっくりした彼女が再び続きを言おうとする前に、


「せめて、事前に分かる場合だけでいい。予め言ってくれないか、何か危ないことをするときは。数秒前でもいい。崩れないだけの覚悟をする時間が必要なんだ……。無防備だと放心して動けなくなってしまうようなひどいことが起こっても、覚悟によって耐えて、何か、事態を変える……、いや、それは無理でも、事態を少しでもましにするために何かできるかもしれないから……」


 悲嘆しながら、すがり付いた。


 ずるかろうが構わない……。何としても、そんなこくなこと、彼女に言わせたくなかったから……。


 だが……、


「もう、逃げないわ。だから、そんな顔、やめましょ」


 天使のように笑ってそう言う彼女は、


 ガシッ!


 私を引きがした。一見優しく丁寧にだが、要所要所とても強い力で……。


 そうだよな……。自分からつついておいて、それは余りに身勝手過ぎる、か……。


 私は泣いていた。私の為に虚栄を張る彼女が、今本来泣くべきなのに……。泣くべき資格の無い私の方が、泣いているのだ……。


 どうしてだろう。こんなに彼女に執着してしまっているのは……。その理由は分からないけれど、彼女が苦しんだりするのは、酷く心が乱れる。


 自身の左腕がこうなったときより、彼女の右手がああなって、苦しんでいるのを背中で感じているときの方がずっと、辛かった。そうやって背中越しに苦しむ彼女を感じるよりもずっとずっと、今のどうしようもないと悟ってしまった状況は辛い。


 私の旅の目的を果たすには、私が必要だ。できる限り消耗しょうもうすることなく、万全の状態で、先へ進まないといけない。奴、もやの悪魔を倒したとしても、旅が終わるとは限らない訳で。


 だからこそ、本来、私は彼女の犠牲を受け入れて、享受して、甘受して、何一つ引きらず、万全に近い状態で常に前へ進んでいかないといけないというのに……。


 ああ……、これが、"情"、というやつか……。






 気付いた。今更ながらに……。


 旅の終着点ではなく、私は通過点に過ぎないところに、それも、難所ですらないところに、しばられてしまっているのだ……。誰にされるでもなく、自分で自分をしばっているのだ……。


 もやの悪魔を倒したら、彼女は消えてしまうだろう。奴によって彼女は創られたのだから。彼女には奴との強いリンクがあることは明らかなのだから。


 つまり、遅かれ早かれ、彼女とは別れることになる。それは確定事項で……。分かっていたはずだ、最初から。私は無意識にそれから目を背けていたのだ……。


 意識してしまっても、受け入れられはしない。


 何故だ、簡単なことだろう。最初から定められていたこと。必然的な別れが、唯、真近にあるというだけではないか……。少し早いか、遅いか。彼女が命燃やしたとしても、それは大して変わりはしないのだ。


 それなのにどうして、私は、彼女にこれ程までに拘泥こうでいしてしまっているのか。それは簡単なことだった。これまでの経験の積み重ねだ。


 気付けばどうということもない、感情というものについての答え。経験の蓄積と、新たに受ける経験が合わさって、出力される思考。それが、感情だ。


 幼い少女、はかない少女との別れ。その経験は既にあったではないか。かごの世界では、そのときが来ても私は、こんなことにはなっていなかった。


 今でも、あの甘美な感覚は覚えている。黒羽根に私は強く誘引されていた。だから、私は黒羽根との終わりのとき、こうなっていてもおかしくはなかったのだ。



 だが、実際はそうはならなかった。あのときはまだ、経験が、そういう、生きていたら持つであろう当たり前の実感を持っていなかったから。


 今、それらを礎と、過去の経験として持っているからこそ、私は今、このような感情を浮かべているのだ。


 だからあのときとは違い、目の前の彼女が散れば、私は崩れる……。それは覚悟しようとも、到底耐えられるものとではないと疑いようもなかった……。






 上へ向かう前に、これだけは聞いておいて欲しいと彼女が言う。彼女が何故、あれを即座に柱の化け物たちに使わなかったかについて。


 私は後ででいい、上で全て聞かせてくれれば構わないと言ったが、『それだと、逃げ、になっちゃうでしょ』と、譲らなかった。


 だから私はそれを受け入れるが、


「すぐに使わなかったのは、……ぶはぁ……、ゲホ、ゴホ、ゴボォォォ、ドロッ、ボトボト、ゲホゲホ、っ……、ごめん、な…・・さ、い……。も、う、こんなに、はや、……く……」


 彼女は言ってる途中で、急に苦しそうに赤黒色の液体を咳込せきこみながらき出し、灰の上へ、崩れ落ちた。そして、後ずさるように壁側に進み、両手で壁に手を付きながら、彼女は直ぐに立ち上がろうとする……。


 突然のことに反応が遅れてしまっていた私ではあったが、そんな彼女に駆け寄り、手を伸ばす。


「おい、だ……」


 ピチン!


 心配の言葉をかけるのと並行して私が彼女に向かって伸ばした右手は弾かれた。


 彼女は苦しそうに壁に左手をかけながら、辛うじて立っている。口をぬぐうこともせず。


「がほっ、ごほっ、ごほっ……。駄、目……、は、なれ……げほっ、げふっ、ぃいああああぁぁ!!」


 苦しそうだった声は悲鳴に変わる。


 彼女の肥大化した右腕が破裂し、そこから、彼女の元の右腕一本分くらいの大きさの赤黒い柱が新たに現れる……。


 彼女はそれでも地にうずくまったり、のたうち回ったりしなかった。痛みに耐えつつ嗤いを浮かべ、その目に強い意思を未だ宿している。


 そして、残された左手に私が返したあの本を出し、思いっきり、その柱へと角からめり込ませるようにそれを叩きじり込む。


 すると、


 ボォウ!


 その小さな柱の化け物は一瞬の炎のエフェクトの後、灰へと変わった。その本ごと。


 ……。


 私は愚かしくも、また、動けなかった……。甚大なリスクあるそれを再び、使わせてしまった……。そして、本が灰になったということは……、次は無い……。


 もはや、命を削っての抵抗手段すら、失われたのだ……。次が出たら、逃げる以外、ない……。


 切らせてはいけないところで、切り札を切らせてしまった……。これでは私は、唯の、お荷物だ……。ただ、守ってもらうだけの……。


「だから、げほ、ぶはぁ……。貴方がそんな、顔をすることは、わたくしに、対する、うっ、ぶは、げほ、げほ、ビチャッ、否定っ……、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


 彼女の首の上、あごの辺りまで浸食境界面は上昇してきていた。つまり、止まってなどいなかったのだ……。水路の液体に彼女を付けたのは浸食を取り除く効果があったわけではなかったのだ……。彼女は結局、隠していただけで、もうそれすらできない程に、二発目の炎で消耗しょうもうしきったのだ……。


 彼女が先ほど言った、『こんなにはやく』……。それが彼女の自身の消耗スピードについての感想だったのだとしたら……、二発目の炎と共に灰へと変わったあの本が、浸食の緩衝効果を持っていたとしたら……、


 あ〃ぁ〃ぁ〃ぁ〃ぁ〃ぁ〃ぁ〃ぁ〃!


「あ、ああ……あ〃あ〃あ〃あ〃あ〃あ〃―――――――、……」


 頭の中が、そのままに出力された……。混沌とした、悲嘆の思考が、悲嘆の叫びとして……。


 ティア、ティア、ティア、ティア、ティア、ティア、……。


 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、がしっ、ぎゅうう……。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」


 灰の上にいつの間にか崩れ落ちていた彼女を抱き上げるが、


「ごめんなさい。約束、守れそうにな、い……わ」


 ガクッ。


 微笑を浮かべ、涙を流しなら、彼女は私の腕の中で動かなくなった。


 スゥゥゥゥ……。


 風化するかのように消えた彼女自身が生成した布が、彼女が死んだという事実を私に付きつける。言い逃れはできはしない……。


 彼女に淫靡いんびな感覚を、その裸体を何度見ても終ぞ感じることは無かった。だからこそ、言葉から感じる暖かさに、心に、私は純然に、……かれていた。


 力無く私は、彼女を抱えたまま、項垂れる。


 だが、いつまでもそうはさせてくれないようで……。


 ピキピキ、ペキッ!


 まさか……、そんな……。


 そう思って目を開けると、彼女のへそ辺りが光り、赤い文字で文章が彼女の胸から下腹部にかけていっぱいに浮かび上がっていた。


【早く上へ。この場所は燃え落ちる。わたくしを起点にして。貴方の呪いの全てと共に。最初から定められていたこと。】


 読み終わると次が浮かぶ……。


【だから貴方が、『俺のせいだぁぁああああ』って、全て背負う必要なんてないの。何一つ、背負わなくていいの。この場所全て、わたくしを含め、貴方の為のにえなのだから。】


 まだ意思が、力が残っているなら、そんなことに使わず、共に、来て、くれよ……。


 次が、浮かぶ……。


【そんな私を、人として、愛おしんでくれて、ありがとう】


 それが最後のようで……、文字は光を失った……。


 そんなこと言われたら……、もう、嘆くことすらできないではないか……。だが、おかげで、分かったよ……。知ったよ……。


「これが愛、か……。ありがとう……」


 さよならは、言わない……。愛ならば、心は未だ共にあるのだと信じて。




 スッ、ザスッ、トッ、トットットットットットットッ――――


 私は彼女の亡骸を灰の上に置いて、独り、階段を駆け上がる。振り返ることなく、ひたすらに。そうしなければ、彼女は無為になる。無駄死にに。


「ティア、ティア、ティア、ティア、ティア、ティア、ティア、ティアァァァァ――――」


 私が死んでは、呪いが解けようが意味は無いのだ。


 今の私ならきっと、死からよみがえれはしないだろう。闇の底にそのまま沈んでいきそうな……、いや、確実にそうなる。


 私は彼女を通して、明確に、死、というものを認識してしまったのだから。


「ぁぁぁぁあああああああああああああああああああ」


 叫びながら、駆け登る。


 そうでもしていないと、足を止めてしまいそうで。未練を振り切れ無さそうで。叫ぶことを止めてしまえば、私の足は止まってしまうような気がしたから。


 遥か下から吹き上げてくる熱気と、炎が、ここまで伝わってくる。


 呪いは灰に。彼女も灰に。


 私は呪いが解け、彼女は使命を果たして、それでも、素直に喜べるはずなど無かった。


 せめて、炎に巻き込まれて、彼女の全てを無駄にすることだけはしないように、ひたすら駆け登り続け、


 フゥオン!


 その音ともに、突如私は別の場所へと飛ばされた。

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