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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第三節 その為唯けの贄の山
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 幻館地上書架環 全てが身を挺するかの如く Ⅰ

 どうすればいい……。


 赤黒い液体(まと)う、彼女と同じ大きさほどの柱の化け物どもが、眼下にうごめいていた。その逆方向にもそれらはにじり寄ってきていた……。


 逃げ道は、無い……。


 彼女はまた、真剣な面持ちで、今にも何かしでかしそうな、そんな様子で、私の前に、壁面にもたれ掛かりながら息絶え絶えに、辛うじて立っている。


 これ彼女を消耗しょうもうさせるわけにはいかない。本当に、死んでしまう……。何やら彼女は手を持っているらしいが、間違いなく、それは、使わせては、ならない……。


この通路前方の柱の化け物たちも下から積みあがってきて私たちの高さまで到達した分が、連動するように進行してきていた。


 何故、こうなるまで、どうにもできなかったのだ……。どうして、このような展開を微塵も予想できていなかったのだ……。


 私は心の中で叫ぶようになげいた。


 またしても……。私は、未だ、認識が甘かったのだ……。






 少し時間は遡る。


 水路を渡り切って、横穴からあのとうへ。そうして、求めるゴールへの横穴直通路はふさがれていた。


 だから背中の彼女に従い、本棚ほんだなを数十段よじ昇って、一度目とは違う経路で進み、入口から数百メートル上地点にある、本棚の間の私一人が辛うじて通れる通路の前で彼女を下ろし、私が先行しようとしたところで、彼女は私の腕を引いた。無言で。


 私は振り向いた。彼女は動揺を浮かべた顔で私を引っ張り、私から手を放し、通路から出てすぐの、偶々空いていた棚部分に入り込み、そこから首と手を出して、私を手招きする。


 そして、通路から引き返して、彼女のいる棚を身を乗り出して見るが、私の体では彼女と同じ段に共に入るのはどう見ても物理的に無理そうだった。


 なので、彼女のいるその段に顔だけ出して、体は、その本棚の下の段に足で立って、手で掴まるようにして、何がどうしたというのか彼女に尋ねた。


「いい、動揺して手を放しちゃ、駄目だからね」


 そう前置きして、彼女が引き返す決断をした理由を私に伝える。


「何か、危険そうな奴らが、いる……。今の状態のわたくしぐらいの赤黒い塊みたいな、嫌な感じがうする何かが、いるのが見えたの。たぶん、一体じゃなくて、複数……」


 彼女は私が向けた耳に向けて、小声でそう言った。


 それから彼女は、苦しみ始める。うずきにでも耐えるような声が、小さく漏れる。彼女のナビゲーションにはしばらく頼れそうにない……。


 だから私は、私は他の経路となりそうな場所へ、よじ昇って行ってみた。が、全ての経路の先には、うごめくように、徘徊はいかいする者たちがいた……。


 それは、赤黒い流動体らしきものを表面にまとう、彼女くらいの大きさの柱状の形態を取った、目すら持っていない、手も足もない何か。形容するとすれば、おぞましい柱の化け物、といったところだろうか。


 私が走る程度の早さと同じくらいの早さで、不規則にうねり、たまに自身の形をぐにゃりと潰れた臓物のようにぐしゃりとして赤黒い液体を跳び散らして、また元の形に戻ったりを繰り返すそれらは酷く不気味だった。


 触れるだけでも、不味そうだ。あれらの飛び散らす赤黒い液体にも触れてはならないだろう。下手すれば、近寄るだけでも……。


 背中の彼女は、息を荒げて苦しそうにしている……。明らかに、先ほどまでよりも急激に消耗している……。


 しかし、どうする……。


 もう引き返すことすらできないというのに……。


 私たちが入口として通ってきた場所の、塔の透明な床。それは既に踏み抜かれていた。その上に乗っかったものたちの重量によって。


 赤黒い柱たちが、絶え間なくその入口から入ってきては、そのまま下に落ちていき、急速な勢いで積み上がってきつつあったのだ。


 それだけ深いかも分からなかった、あの床板の下から、もう、入口から数十メートルのところまで積み上がっている。


 入口から依然、途切れることなくとうへ入ってくる赤黒い柱たちが、既にいた柱たちを押し上げていく……。それは止まる気配が全くない。






 そして、今に至る。


 塔と、隣接する塔との真っ直ぐな全長5メートル程の、大人二人分が並んだくらいの大きさの直方体状の連絡路の一つの中にいる私たちは、前後から迫り来る柱の化け物たちによって、逃げ場ない形に、はさまれてしまったのだ……。


 柱の化け物たちは、まるで明確な意思を持って、悪意を持って私たちを追い詰めるかのように行動していた。


 前から来る柱は、走って駆け寄ってくるのではなく、じりじりと、にじり寄るかのように距離を詰めてきていた。後ろから来る柱は、そうやって詰められていく私たちの逃げ場を唯、防いでおり、通路入り口からちょっと入ったところからに進んではこない。


 そして、私たちに残された距離が、後方に2メートル程度、前にいる彼女に、柱の化け物が触れられる位の距離になったところで、彼女は何の前触れもなく振り向いて、


「ねぇ、名無しさん。貴方、本の弱点って、知ってる?」


 脂汗をきながら、彼女はそう言った。


 私はそれを見て、唖然あぜんとした。彼女はわらっていたから。虚勢の笑顔でも、虚飾の微笑でもなく、何もかも、計算通りだと、そんな顔をしていた。


 ボゥッ、バチバチバチ――――


 その音と共に、彼女は、答えを私に告げた。言い捨てるように、投げ捨てるように、冷たく、


「火、よ」


 そう言った。


 前も後ろも、炎に包まれた。私と彼女以外、全てが。






 彼女の前方、数十センチのところまで来ていた、赤黒い柱の化け物たちはその原型を留めない灰になっていた。勢いよく。そして、私の後ろの、下から盛り上がってくるように押し上げられていく赤黒い柱の化け物たちの、通路の口近くの分も同様に。


 そう。全てが一瞬で同時に燃え出して、そして、ほぼ一瞬で、全てが灰になった。


 一瞬振り向いた瞬間、丁度、見えた。石でできているらしいこの塔の骨組みは無事であるようだが、本棚と、そこに収められてある本、それら全ては、柱たちとともに一瞬で燃え尽き、背後は灰でまった。


「火種は、コレ」


 彼女はすっと、一冊の本をどこからともなく、出して左手でその背を握っていた。


 それは、彼女の元の姿、それに非常によく似ていた、というより、そのものだった。タイトルのない、中身まで灰色の本。


 どうなっている、一体……。


 見るからに奥の手らしい手段を使って、何故か先ほどまでとは違って、疲労や苦痛が消えているように見える……。


 困惑した私は、彼女に何も言わず、それを彼女の手から奪い取るように手にし、その1ページ目を開いた。


「"呪い燃やす、火炎を封じ込めし書"」


 私がそれを確認する前に、彼女がそう読み上げる。怒っている様子も不満に思っている様子もない。ただ、何か、悲しそうに、さみしそうにしている。


 言葉の意味は直ぐに分かった。私に掛かった呪い、それは私と神を名乗る者との契約の本由来、つまり、あれらの柱の化け物たちも本の派生と言える。


 だが、今彼女が見せている表情の意味は……。


 書架に置かれていた本、つまり、同胞が燃えたから……か? なら、彼女はどうして、本を本棚共々、柱共々灰にする直前に、わらった? そして今、こんな表情をしている……? そしてそれを、私にまで向ける……?


「すぐさま使わなかったのは、リスクがあるからだな……。恐らく、君に。君も、あの契約書と同様、その素体は本なのだから。それで……、その……、リスクは何だ?」


 途中言いよどみつつも、結局私は彼女に尋ねてしまった。






 沈黙がただ、続く。


 もうすっかり、通路で舞い上がっていた灰は全て地面に落ちているというのに。それだけ時間が経っても、彼女は口を開かない。


 私は先ほど彼女の手から取った本を彼女に返すにかこつけて、


「言えない、こと、か……?」


 と、かなしそうに催促してしまう。


 そんなことするつもりはなかったのに……。唯、普通にそう言って、終わりにしようと思ったのに……。


 せめて、後に付け加えて、『では、もう、聞かない』と、言おうとしたが、できない……。私が今してしまっている表情からして、撤回することに意味はないと分かってしまうから。彼女が余計に気にするだけ……。


「……、っ、分かった。話すわ。あっちで話しましょうか。また柱が現れたとき、ここだと逃げ場が無くなってしまうかもしれないわ……」


 思い悩みつつも結局そう言った彼女の表情は暗い。それに、そう言い始めた一瞬、彼女が物凄く辛そうな表情をしたかのように見えた。






 通路の先、そこも本棚ほんだなだった。ついさっきまでは。


 今は、本棚ほんだなと本、そして、どれだけいたか分からないほどの柱の化け物たちの燃え尽きた後の灰が、一帯をき詰めるように、深く、降り積もっていた。


「灰となったこれらに、わたくしたちを害する力は無いわ。さぁ、進みましょうか。上まで」


 彼女が私に先導するように促すので、通路から出て、その灰積もった場所へと、足を踏み出した。


 ザクッッ。


 20センチほどだろうか……。足を踏み入れた感触と音からして、それくらいだと推測した。


 そこは、半径5メートル程度の円筒状の空間。最初のとう部分よりはずっと小さい。そして、上へと続く、柱などで支えられている様子はなく、壁にもくっついていない、厚さ1センチほどの暗緑色の石の板が等間隔で浮いているような螺旋階段が壁から1メートルほど離れて、螺旋状に上まで続いている。あの1メートルほどの間隔は、本棚ほんだながあったスペースだろうか?


 周囲の観察を終え、後ろを振り向く。彼女は小康状態どころか、至って健康そうな状態を維持している。だが、そうだとしても、この深さは、彼女の足ではきつかろう。


 だから彼女に、先ほどまでのように背負おうかと提案したが、彼女はそれを辞退する。


「ほら、問題ないわ」


 サッ!


 そうして灰の上に軽快に踏み出した彼女。彼女の足先は、灰に数センチしか埋もれていなかった。それは彼女がそれだけ軽いということ。


 背負ったときにも分かっていたことだが。


 そして、


「あとは、その螺旋階段らせんかいだんを上まで行けば出口よ」


 彼女はその螺旋階段らせんかいだんを指差し、催促する。


 だが、私はそこから動かない。


 それはまるで、急かしているかのようだったから。だから、彼女が使ったあの炎の説明をせずにやり過ごそうとしているのではないかと思い、私は彼女に目で、催促する。


『はぐらかさず、言うんだ』、と。


 言葉にはせず、敢えてそうする。


 私は卑怯ひきょうにも、彼女の隠そうと、偽ろうとすることに対する罪悪感を、恐らく私の為にしているそれを、衝いた。

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