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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第三節 その為唯けの贄の山
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 幻館仮想地下通路 その為唯けの彼女の空白 Ⅱ

 くそぉぉっぉぉおお、私が、私が、最初から、おろかでなかったなら、彼女の忍耐に、無理に、嘘に気付けていれば、こんなことには……、ならなかったんだぁぁぁっ!


 思っていても、声で出すわけにはいけない。それは彼女の覚悟を、存在を、意味を侮辱ぶじょくすることだ。それでも……、分かっている、理解している、が、それでも、納得は……、


「でもね、もう少しだけ、貴方と、人間らしいおしゃべりや、触れ合いや、うぅ、……、しっく、したかった、かなっ、ぐすん、しっく、しっく」


 ズッ、

 コト、コト、コト、コト、……、

 ザッ

 スッ、

 ぎゅっ。


「すまない、そして、ありがとう、ティア。私のために生まれてきてくれて、私のために散っていく君のことを、私は、自分が、消え、るまで、決し、て、忘……、くぅ、れ、ない。……、ちかう」


 するしかないじゃないかぁ……。


 私は地面にひざをつけた状態から立ち上がり、ゆっくりと彼女の正面前まで歩いて立ち止まり、ゆっくりとしゃがみ込んで、右手で彼女の背中に手を回し、ゆっくりと包み込むように、目をつぶって抱きしめ、そうつぶやいたのだった。






 コツ、コツ、コツ、コツ、――――。


 私は歩き続けていた。前と同じように、黄土色の石材でできた空間を。


 というのも、ここがあの、奴に誘われるままがけから降りて看板に従って進んでいったあの空間と同じ素材でできている、恐らくつながりのある場所だとようやく気付いたからだ。


 灰色のもやは私たちがあの場所に現れたときがピークだったようで、徐々に薄くなっていった。私たちがいたあの場所だけにもやは出ていたようで、数十メートル進むだけで霧の影響はすっかり無くなっていた。


 もやが薄れた地点でそうだと気付いた。みょうに強烈な既視感がある。背後の一枚の白い、びくりともしない石壁。全く同じ構造の空間。


 ここは間違いなく、あの、がけの下の黄土色の通路だ。


 ひたすら歩き続ける。


 コツ、コツ、コツ、コツ、――――。


 ゆっくりと、しかし、速度を維持しながら揺れないように歩き続ける。背中に背負った彼女の、背中越しの指での方向指示に従いながら。


 もうすぐ、あの、()()()()()()()()に出る。そこを越えれば、目的の地に着く。そう、信じて。






 コツ、コツ、コツ、コツ、――――。


 終着点が分かってはいても、そこへ至る道程が果てしなく、遠く感じる。今の地点でそ踏破率も分かりはしない。


 それに、私の背の彼女……。いつまで、保つ……?


 先を急がなくては。だが……、


 私は、自身の足の歩みを早めることを躊躇ちゅうちょしていた。


 本当はもう少し早く、移動したい。()()()()()、何()()()()()()()()()()()()()


 私は悟っていた。残された時間はそう長くはないのだ、と……。


 結局、足が、無意識に早まる。


 耳の後ろから、絶え絶えに聞こえてくる、声。


「ご……めんな、さい……、もう少し、ゆっ、……、く、り……」


 そして、元のように、ぐたりともたれかかるその声の主。


 私は、


「ああ……」


 と、力なく、それに答える。


 少しでも急がなくては、間に合わないだろう。本当はそう、言いたかった。その頼みは受けたくなかった。


 しかし、情けなくも、私は言えない。無視して走り出して、それでもし、事態が悪くなったら、どうする……。そんな恐れがまとわりついて、離れない。


 駄目だ、駄目だ、駄目だ。揺らぐな、反応するな。それは伝わる。伝わってしまう。そして、私が最も言われることを恐れている一言を、発っせられてしまったら、もう私は、動けない……。


 そして、首をゆっくりと後ろへ向ける。


 ティア……。


 声を出せるようになっているのだから、地に崩れ落ちたときよりは、少しはましとはいえ……。彼女が自身の体で歩かないことによる回復は、彼女が私から引き受けた呪いによる消耗しょうもうに追いつかなくなりつつあるのだろう……。


 私の背の、彼女の息が、絶え絶えしい小さな息が、徐々に、弱々しくなっていっているような、そんな気がした……。






 少し時間はさかのぼる。もやが周囲へと拡散していって薄くなってきて、すぐのこと。


「さて、行こうか。君の献身、無為にするわけにはいかないのだから」


 上手く言えただろうか。ばれていないだろうか。表情を偽っていることを。恐怖を、今にも崩れ堕ちそうになる、支えきれない罪悪感に、後悔に。


 震えている。手先が、震えて、いる……。私は両手を後ろで組んで、それを隠していた。震えは言葉を発する前よりも大きくなっている。


「ただ、真っ直ぐ進むの。そこに、貴方の呪いを偽装するための準備があるのだから」


 彼女は目を緩くつぶって、頭に何か思い浮かべるかのように、私の方を向いてそう言った。


 真っ直ぐと言われても……。先に続く道は何処までも曲がりくねっているというのに……。とはいえ、ここでじっとしていても始まらない。


 私たちは同時に立ち上がった。


 そして、私が前を歩き、彼女が後ろに付いて方向を指示することにしようという彼女の提案に従い、前へと足を踏み出し始めた。


 だが、ここが幾重にもほつれあった数多の蛇のような、終わりの見えない迷宮染みた場所であると認識できてきた頃、


 コッコッコッコッ、コッ――――、コツリッ。


 ……。


 足を止める。


 少々、早く歩き過ぎたのではないか、と。最初はそんな軽い気持ちで立ち止まった。


 だが……、おかしい。


 自身の足音しか聞こえていなかった。この空間はよく音が響く。


 彼女は裸足である。が、それでも、私がこのペース、それなりの早歩きのペースで進んでしまっていたのだから、彼女は駆け出すか、私に声を掛けて訴えるか、どちらかするはずだ。


 そして、振り向くと、いない……。不安は的中していた。






 私はかかとを返して、来た道を駆け戻る。数百メートル。それくらいは離れていただろうか。


 彼女が、いた……。横たわって、いた……。


 見ただけで分かる。立ちくらんだわけではなく、明らかに、力が抜けるかのように倒れ込んだに違いない。それでも、彼女は音を立てないように気を遣って、倒れ込んだのだろう。


 赤黒い瘴気しょうきのようにも見える息を絶え絶えにきながら、うつ伏せに倒れ込んで、顔を上げて、左手で地面から自身の上体を起こそうにも、中途半端な状態で、震えるくらい力を振りしぼって……。


 私に向かって、力を籠めて、固く伸ばす、彼女の右手。赤黒い液体が流れる網目状の管がポンプが取り付けられたホースに水を一気に流し込んだ如く、何か所も脈打ち、人差し指を含む右手、脈打ちごとに、弾けるかの如く、暴れぶれる右手を、腕の下側約半分を肥大化、異形化させつつも、私に伸ばしていた。


 彼女は目をつぶるかのようになりつつも、なんとか目を開けていようとしていたようだが、その目に光は宿っていない。


 赤黒いあざのようなものがその顔に浮かび上がっては、消えて。それを繰り返していた。


「……、ティ……、ア……」


 体から血の気が引いていくのを感じる。これは、どう見ても……、大丈夫では、無い。今すぐにでも何とかしなくてはならない。


 しかし、しかし……。彼女はたとえ、その方法を知っていたとしても、決して言わないだろう。そもそも、そんな方法自体、無いというのが濃厚。それでも手があるとしたら、それは、この場所ではなく、先。


 進むしかない。


 私は彼女を背負って進もうとしたところで、思い留まる。私の左手……。それで触れることで、更に浸食しんしょくの速度を上げてしまうのではないか、と。


 すぐさま、上着を脱ぐ。そして、自身の左手を覆うように巻き付ける。足りない……。シャツも抜いて、残った上腕をくるむ。


 そして、彼女の右手。生地が足りない。


 スラッグスでは明らかに面積が足りない。くくってみたが、彼女のてのひらくらいしか覆うことができていない。


 彼女のその浸食部しんしょくぶに触れることでまた再び私の浸食しんしょくが進み始めでもしたら、二人共々、ここで終わり。


 私しか、今は動けない……。


 私は彼女の妖精ようせいの羽スカーフをほどき、それを彼女の右腕にくくりつける。


 足りない……。


 ギュゥゥ、グッ、ビリリリリリリリリ!


 私は彼女の衣装を破り、彼女の右腕全体、そして、肩、首を含めて、しっかりと括った。そして、その上から、私のスラッグスのベルトで、最も解けては不味い彼女の異形化した右手掌みぎててのひらから右腕のひじから下までを縛るように、圧迫あっぱくするように、固定する。


 血の流れを止めれば、浸食速度を抑えられるかもしれない、というわずかな期待もあって。


 また、身をまとうものをぎ取ってしまって……。後で謝らないと。謝れれば、いい、が……。


 私は見掛けよりもやけに軽い彼女を背負い、立ちあがった。それが、浸食しんしょくによる消耗しょうもうのせいではなく、最初からその重さであったことを切に願いつつ。






 彼女を伴って歩き、焦りを抑えて進み続け、ようやく水路へと到達した。予想が合ってくれた。存在してくれた。しかも、私が天井を崩した状態のまま。


 私は少しばかり胸をで下ろす。


 かって進むとなれば、かなりの時間が掛かることが予想されいた。さらに、息をとても長時間止めていられる状態でなさそうな彼女をあの液体に私共々潜らせないといけない。


 それは唯の懸念で終わった。そうしなくて済むのだから。


 目の前に広がる水路と、その先にある目的地である塔への入口が見える。あのときの一射で崩れ堕ちた状態のまま。


 水路の天井は崩れて開放的な頭上空間を残したまま。明るく白めの光を放つ、エメラルドブルーの半透明の液体は全く濁っていないまま。液体の上の岩盤も沈むこともなく、浮かぶこともなく、ただ、床の上にでも置いたかのように静止したまま。






 一度目のときのように飛び石の要領で進んでいくわけにはいかなかったので、ゆっくり進んだ。それでも足場である岩盤がびくりともしなかったのは幸運だったと思う。


 できる限り揺れを彼女に伝えないように、揺れを起こさないように進んで行き、向こう岸に着いたところで、何かがふと、左頬に触れる。


 そのざらりとした感触と柔らかさを兼ね備えた触感から、それが彼女によるものだとすぐに気付いた。彼女が私の頬を左手で力なく触れているのだ。


 立ち止まって、背中に背負ったままの彼女の顔を、私から見て右側から振り返り、見る。


「わたくし……、を、その、水に、いいと言うまで、けて、くれな、い……、かし、ら」


 ……。


 水上の岩盤の上に立ち、彼女をその上で下ろし、うつ伏せに慎重に寝かせる。


 相当、ぐったりしている。浸食の境界線は、覆った布で見えてはいないが、きっと、進行しているだろう。


 私は彼女の両脇下後ろからかんぬきのように右手を通す。そして、彼女を青い水の上に固定されている2枚の岩盤にそれぞれ片足を乗せ、その大きめの隙間から、彼女をゆっくりと漬けようとする。


 その顔が水に沈まないように。肩までしっかりと、漬かるように。液体を吸って重くなるという事態も推定されるため、今は軽い彼女を、力を緩めることなく支えながら。


「待っ、……て……。ひ、だ、……り、手……で、お願、……い」


 彼女が私の方をどうにか振り向いてそう言ったので、


 にじみ出るかのように広がっていく赤黒のみ。水の色が完全に、赤黒く染まっていく。


 彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。やはり、苦しそうにしているのだろうか? この、液体に付けるという行為は彼女に更なる痛みを与えるものではないのか?


「もう、少しだけ……引き揚げ……て」


 私は結局のところ、言われた通りにすることしか、今はできない……。

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